メールマガジン
分権時代の自治体職員
第144回2017.03.22
連載12年
このコーナー「分権時代の自治体職員」はこれまで12年間、144回、毎月掲載させていただいてきた。
第1回から第26回は、人材育成にかかわるさまざまの問題提起を私が行って、読者からいただいたメールとのキャッチボールも交える形で書き進めた。
第27回から第45回は、人事行政の現場で人材育成や人事管理に取り組んでおられる人事・研修担当者に登場頂いて、その方々にインタビューをするという形で進行した。
そして第46回からは「分権時代の自治体職員」というにふさわしい活躍をしておられる自治体職員の方々に登場していただくこととし、インタビューを繰り返した。取材に訪れたのは、26都道府県51市町村(または振興協会)と米国の郡で合計52人(チーム)の方々にインタビューをしてきたことになる(県別リストは末尾に掲載)。
書き進める際の苦労などは、第121回(連載から10年)に詳しく記したが、毎月継続するというのはなかなか大変なことである。特に、インタビューのために各地へ赴くのは、その日程調整を、取材先の登壇者、雑用に追われる稲継、そしてJIAM担当者の間で行う必要があり、担当者の方々にはこれまで大変ご苦労をおかけしてきた。
私自身、12年前に比べて忙しさがさらに増してきていた。JIAMの方でも研修の多角化多様化にともなって人手がどんどん足りなくなってきている状況にあった。また、「分権時代」という用語も旬を過ぎており、この12年で地域主権や地方創生という言葉に取って代わられることが多くなってきた。そこで、今回、12年という干支の一回りを区切りとして、この連載をいったん休止することになった。
思えば、連載を始めた時期は、地方公務員に対するバッシングが厳しかった時期でもあった。マスコミの作る「公務員=悪」といったようなマイナスイメージを吹き飛ばしたかった。私が言葉で書くだけでは十分ではなく、実際に各地で活躍をしておられる地方公務員の方々を紹介することでマイナスイメージをプラスイメージに変え、そのことが全国各地で地道に働いておられる地方公務員の方々の何らかのお役に立てばというのが第46回以降の連載の大きな趣旨であった。その後、地域に飛び出す公務員という言葉が一般化したり、それを応援する首長連合ができたり、アウォードが授与されたりして、公務員叩きに走りがちなマスコミの論調とは異なる土壌もできつつある。また、地方自治体、地方公務員を応援するメディアも登場した。このようなうれしい広がりもあるので、本連載の役割もそちらに譲れると考えた。
連載をしていると、「今まで会った方々の中でどの方が一番素晴らしいと思いますか」という質問を受けることがある。答えは明確だ。「どの人からも本当にたくさんのことを学びました。どの方も本当に素晴らしい。」偽りない正直な感想だ。登場していただいた方々の中にはもう定年退職された方もおられるし、その後大学教員に転職した方もおられる(鹿児島大学、東京農業大学)が、大部分の方々は現役でそれぞれの自治体のけん引役として活躍しておられる。副市長や特別職になっている方もおられる。
取材に行って初めて、登場していただいた方々が全国レベルでつながっていたということを発見して驚いたこともある。福山市の安原さん(第69回、第70回)、山形市の後藤さん(第124回、第125回)、福岡市の今村さん(第132回、第133回)、砥部町の田中さん(第134回、第135回)、中野区の酒井さん(第142回、第143回)などが互いに顔見知りだったことを知り、全国的なネットワークの広がりを感じたりもした。
どうしても1人だけ挙げてくれということだと、第46回、第47回、第48回で登場していただいた札幌市の北川さん(当時、札幌市円山動物園経営管理課経営係長)をあげることになる。
当時のメルマガを私は次のように締めくくっている。
「初任配属の区役所では老人クラブのお年寄りとのふれあいを大切にし、行政改革部門では、職員からの行革のアイデアを実現することを熱心に進め、組織改革の部門もまた、それなりに楽しんで遂行していった。コールセンターを札幌市役所に導入しようというアイデアを思いつくこと自体すごいが、この人のすごいのは、それを実現してしまうところである。インタビューではあえて触れられなかったのだと思うが、さまざまな『妨害』や『抵抗勢力』に北川さんはぶつかっていったことと思う。普通ならくじけてしまいそうになるところも、彼の独特の陽気さで乗り切ってしまう。そして、日本初の自治体コールセンターを実現してしまった。
市役所の本庁で長く仕事をしたあと、出先の事業所、しかも事務職員にとってはとても縁遠い動物園に配属になった北川さんは、ここでもさまざまな仕掛けをしていった。ポテンシャルは高いがやや意気消沈気味だった飼育員さんたちのモチベーションを引き出していく。従来はまったくやっていなかった民間スポンサーを探してきて色々な企画を実現するということによって、飼育員さんたちの間にもますますアイデアが生まれてくる。良い循環がそこには生まれている。
分権の時代にあって、自治体職員は従来の職務遂行能力だけではなく、課題を設定し、課題を解決する能力が求められている。分権時代の自治体職員は、自ら『考え、調査し、行動する職員』でなければならない。北川さんはまさに『分権時代の自治体職員』と呼ぶにふさわしい人だろう。」
もちろん、「実行力」や、いま話題になっている「段取り力」も当然備えておられた。
北川さんとのインタビューでは、CRMという言葉が何度も出てきた。顧客関係管理と日本語に訳されることが多いが、「顧客満足度と顧客ロイヤルティの向上を通して、売上の拡大と収益性の向上を目指す経営戦略/手法」(Customer Relationship Managementの略)のことである。自治体の究極の顧客は住民の方々である(地方自治法第1条の2)。それをCRMという概念を用いることで、経営戦略の一部としてどのように住民満足度を高めるかということが北川さんの話の中では繰り返し出てきた。
自治体コールセンターを日本で初めて設置することに奔走したあとは動物園の再建に取り組まれた。円山動物園(札幌市)は当時、旭山動物園(旭川市)に大きく水をあけられ、入園者数がピーク時(1974年度、125万人)の半分以下の49万人にまで落ち込んでいた。それをさまざまな手法で改革していく。一番印象に残っているのは飼育員の方々のモチベーションをあげるために取り組んだ様々な手法である。栄光への階段、長期計画へのインボルブメント、ブログポスティング、発想の吸い上げなどが職員の満足(ES: Employee Satisfaction)を引きあげ、顧客(入園者)増につながった。2005年度に49万人にまで落ち込んでいた入園者数は、北川さんが着任してからの3年間で飛躍的に回復して70万人にまでなった。(その後も上昇基調は続き、2015年度は98万人になっている。)
当時としては珍しいSNSを使った飼育員のブログ発信もすでに行われていた。IT化の推進と電話で話を受けるコールセンター。一見逆の取り組みに見えるがすべて顧客ファーストという点では一致している。時代の最先端を行きつつも、CRMを大切にする姿勢が貫かれている。
AI(人工知能)の急速な進歩がこの先10年程度の間に予測されている。コンピューターが自ら学んで臨機応変に対応できる時代がすぐそこまで来ており、定型業務だけでなく非定型業務もまたAIに取って代わられていくことが予想されている。ハウステンボスに新設された「ホテル」では9割の仕事をロボットが行っている。144の客室を抱えているのに勤務する従業員は10人に満たない。
大阪市では職員の戸籍業務支援にAIを活用し、役所内や役所間の照会・回答の時間を劇的に短縮することが目指されている。2年後の実用化が目途だ。日経新聞の記事も一部をAIが書き始めている。メガバンクもコールセンター業務などにAIを本格導入している。このような分野は今後どんどん増えていくだろう。
実際、札幌市も市民からの問い合わせに対してAIで対応する実証実験に入っている。これまでコールセンターで蓄積されてきたビッグデータを利用してそれが可能になった。北川さんの先見性がAIの活用余地を広げたともいえるだろう。
このように考えると人間に残された重要な業務とは何かを再考する時期がすぐ目の前に来ている。人間が活躍する主要な分野は機械・AIが対応できない高度な残余業務、営業活動、変化への対応、対人業務になるといわれている。実際、医師・看護師の業務のAIでの代替はしばらくの間できないといわれているし、コミュニケーションを図ってすすめる営業活動も代替度は小さい。行政分野は民間部門と完全には同じではないものの、諸外国の例を見ると10年後には地方自治体業務にもAIが驚くほど導入されていくだろう。今後、自治体職員の業務は、AIが不得意な対人業務や変化への対応に、よりシフトしていくことになるだろう。現在は十分な時間的余裕を持っては対応できていないものも、AIを使いこなすことにより生まれた時間的なスラックを利用して対応できる日も遠くはない。住民との直接的なコミュニケーションに割ける時間を作り出すのがAI活用だともいえる。
先見性を常に持って新しい技術を利活用しつつ、新たに生まれた時間で「住民福祉の増進」(地方自治法第1条の2)の原点である市民とのふれあいを大事にする職員であることが今後の自治体職員のロールモデルになっていくのではないか。
2017年3月
早稲田大学3号館14階の研究室にて
稲継裕昭
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取材させていただいた方々の所属自治体(取材当時)
北海道 赤平市 札幌市 小樽市(農水省)
岩手県 一関市 矢巾町
福島県 相馬市
山形県 新庄市 山形市 天童市
千葉県 流山市
茨城県 水戸市
東京都 豊島区 足立区 中野区
神奈川県 秦野市 横浜市
山梨県 北杜市 甲府市
静岡県 三島市 熱海市 富士市 静岡市
愛知県 豊田市
岐阜県 高山市
三重県 津市
滋賀県 野洲市 大津市
京都府 亀岡市 京都市
大阪府 八尾市 交野市 高槻市 岸和田市 マッセOSAKA 寝屋川市 堺市
兵庫県 西宮市
奈良県 川上村
岡山県 玉野市 岡山市
島根県 江津市 出雲市
広島県 福山市
山口県 宇部市 山口市
愛媛県 砥部町
福岡県 直方市 福岡市
宮崎県 北郷町(現 日南市) 高鍋町
熊本県 八代市
ロサンゼルス郡庁
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Special thanks toご担当いただいたJIAMのメルマガ担当者の皆さん
日立市 池田勝さん、東近江市 木村進さん、大阪府 田中良正さん、可児市 川合正徳さん、金沢市 出口利明さん、和歌山市 稲垣隆紀さん、四日市市 原昌弘さん、湖南市 齋藤幸志さん、袋井市 髙岡秀祐さん、北海道東神楽町 鹿島圭介さん
本当にお世話になりました。
このコーナーは、稲継氏が全国の自治体職員の方々にインタビューし、読者の皆様にご紹介するものです。
ご意見、ご感想をお待ちしています。(ご意見、ご感想はJIAMまで)