メールマガジン

第109回2014.04.23

インタビュー:北杜市 産業観光部観光・商工課 浅川 裕介さん(上)

山梨県北杜市には「食と農の杜づくり課」という課がおかれている。この課は「次世代を担うこどもたちのために」をコンセプトとした「"食と農"健康な杜づくりプロジェクト」の推進、運営を目的として平成22年度に新しく設置されたものである。いわゆる「農政課」は別に設置されている。人は生まれ育った土地や環境と密接な関係にあると考え、その土地からとれたものを食べることがもっとも体によいとされている「身土不二(しんどふじ)」を重んじ、長期的な食育・地産地消推進から市民の健康、心の健康、農業の健康、さらに北杜市全体(環境・水など)の健康へとつなげることを考えている。
 この課の創設当時の中心メンバーであった浅川さんにお話をお伺いする。


稲継   今日は山梨県の北杜市にお邪魔して、産業観光部の浅川さんにお話をお聞きします。浅川さん、どうぞよろしくお願いいたします。

浅川   よろしくお願いします。

稲継   浅川さんは、現在、観光・商工課におられるんですけれども、その前に食と農の杜づくり課というところにおられたということですね。この辺のところをちょっとお話しいただけますでしょうか?

浅川   食と農の杜づくり課というのは、全国的にも珍しい課だと思うんですが、食と農の杜づくり課ができるきっかけというか原点が、その前に僕がいた農政課にあります。

稲継   農政課。

画像:浅川裕介氏
浅川裕介氏

浅川   平成19年4月に農政課に配属になって、ご覧のとおりこれだけ田畑が多い地域なので、農業振興もしていかなければならないというのも重々承知してはいました。
 私の家は兼業農家なので、お米や野菜づくりの過程は何とかわかっていましたが、生業としての農家ということに関しては全然わかりません。
 父は、農家になれとか、そういうことを絶対に口には出さなかったですし、「できればスーツを着てネクタイを締めて......そういう仕事がいいぞ。きつい農業の仕事なんかに就かない方がいい。」というのが、何となく記憶に残っている親との会話です。
 農政課に異動になった時に、「どうせ農政なんて」みたいな、いわばちょっと見下すじゃないですけど、別に出世をしたいわけでも、エリートコースを進みたいわけでもないですが、市役所の中でも花形な担当ではないイメージがあったので、そんなに楽しいところじゃないだろうな、というふうに思っていたんです。
 実際に農政の事務に携わると、その裏側にどれだけ補助金がついて、どれだけお金漬けにしないと農業自体が成り立たないのか、という現実に衝撃を受けたことを覚えています。
 お米作りや野菜づくりをしたことがない人は、何気なく普段買物をしているだけで、その商品が出来るまでの過程などは、おそらく想像つかないでしょう。ましてや、農家でなければさらに収支の部分なんてもっとわかりません。
 補助金付けの衝撃の話を少しすると、例えば北杜市産の大豆100%の豆腐を1丁300円で販売したとして、この豆腐の原材料である大豆(1丁分)に約80円の税金が投入されているのです。実際は380円のものが300円で買えるようになっているのに、そのことへのありがたみを持っている人はいないと思います。ただ、高いか安いかの議論が中心で、結局輸入されてくるものの方が安いから、地域の恵みを口にするという「豊かさ」には目を向けず、もっと言えば豊かな農村風景を作り上げている地域農業には目を向けず、経済優先の消費行動が、結果、負の循環になっていることは、農政担当にならなければ分からなかったことかもしれませんが、危機感を持ったことを今でも覚えています。
 それと、農業を守っている人たちと接すると、うちの親父より年配の人ばっかりで、何でそんな歳にまでなって、自分の体にムチ打ちながらやっているのかというと、やはり先祖が守って来た土地を守らなければいけないとか、田畑が荒れ果ててふるさとの景観が悪くなることを非常に申し訳なく思っている。それは、合理的とか経済的とかではなく、ただ精神論で頑張っているだけかもしれませんが、今僕たち世代には非常に希薄化している、地域再生においてはとても重要な部分であると気づかされたこともあります。
 こういう体感を経て、これからは消費まで一体として考えた農業政策を展開し、これまでの仕組みであったり、イメージであったりを180度変えなければ、そして、農ある暮らしの大切さ、農がつくりあげる風景を地域の子どもたちにしっかりと伝えていかなければ地域農業の未来はないなと思いはじめました。
 そんな時、農政課に配属になった半年後ぐらいだと思いますが、たまたま愛媛県今治市の安井孝さんという方にお会いして、その方がもう20年以上前から、今でいう「食育」や「地産地消」といった取り組みをしているのを聞いて、すごく感銘を受けて、こういうことを地道にやっていけば、多少変わるのではないかと思ったんです。例えば、一生懸命自分たちが生きるために必要な食べ物を支えている現状の農業構造から、少しでも若者が一つの魅力ある産業として、農業に就けるようにならないかな、ということで取り組んできたんです。

稲継   今治市の安井さんのお話の中で、一番何か印象に残っているようなことはありますか?

画像:取材の様子
取材の様子

浅川   やっぱり、安井さんのお話で一番印象に残っているのは、「いただきます」と「ごちそうさま」です。本当に単純ですが、その言葉の本質というか、それを改めて聞いた時に、自分もこのような活動をしているのに偉そうなことは言えませんが、しっかりと両手を合わせて「いただきます」と「ごちそうさま」を心からいうことを忘れていると思いました。
 その単純なことを、ちょっとずつ伝えていけば変わるだろうなと思いました。食と農の杜づくり課にいたときは、小学校の総合学習70時間をプロデュースさせていただき、子どもたちの前で45分「いただきます」と「ごちそうさま」だけで授業をしていました。あんまり難しいことを言っても子どもたちには分からないですし、単純に命をいただくということと、かけずり回って集めてくださった方々への感謝の「ごちそうさま」というのは、これは意外と簡単なようで、やるのは難しいことです。ただ単純な収穫体験で喜ぶだけでもダメですし、このような授業で話をするだけでも頭の中で理解するだけで、その本質を理解することは決してできません。
 食農教育プログラムを実施しても、忙しくてついつい忘れちゃったり、ただ、用意ドンみたいに号令的になることもあるので(笑)
 僕の役割は子どもの心にどれだけ印象を残せるかだと思っています。親になったときにフラッシュバックしてくれれば本来の家庭教育になりますしね。
 少し話がそれましたが、安井さんとの出会いから、市でもそういったことができないかと横断的なプロジェクトチームを立ち上げて進めてきました。しかし、行政はやはり縦割り的なところもあるので、思うように進まなかったり、横断的にまたがる組織の上司の理解や調整には苦労しました。僕はそういうことが苦手だったので。でも、こういったことは地域ぐるみでやっていかなきゃいけないし、組織的に進めなければ、どこでもやっている単体の取り組みになってしまい、本体の目的を達成できないので、市長とプロジェクトチームメンバーとで意見交換し、その2年後である平成22年に食と農の杜づくり課を新設していただき、僕はそのまま継続して、食と農で循環する社会をデザインすることをテーマに取り組んできました。

稲継   この「食と農の杜づくり課」という名前に込められている意味は何ですか?

浅川   一番は、市長がいつからか言い始めた「一流の田舎まち」を目指すことだと考えています。
 市長が考える「一流の田舎まち」とは、都会を創るのではなく、都会と連携、共生し、恵まれた自然環境の中で、歴史と伝統の上に文化の香りがする「心豊かな地域づくり」でしたので、豊かさであったり幸せの価値観をお金だけでなく、「感動」であったり、昔のような「お裾分け文化」であったり、結いなどの「助け合い社会」であったり人と人の心がかようまちづくりを、と自分なりに考えていました。そういうことが盛んな地域こそ持続可能な社会には欠かせないと考え、進めてきました。

稲継   それで、食と農の杜づくり課が平成22年4月にできました。具体的にはそこでどういう取り組みをやっていったんですか?

画像:保育園児による野菜の収穫
保育園児による野菜の収穫

浅川   一番は、「教育」です。この地域に誇りをもち、この地域に暮らし、支える人たちをどのように育てるかということが、最大のポイントだと考えています。今、僕たちの年代が農業に関心がないのは、育ってきた環境にあると考えています。別に親から直接的に教育を受けたわけではなくても、何となくその時々の雰囲気であったり、地域の大人達がつい口にしてしまう「田舎には何もない」「農業なんてやっても儲からない」などのつぶやきや後ろ向きな発言が、「田舎」や「農業」への誇りを失うことにつながるのでは、と感じています。一種の生活習慣病ですよ。なので、教育に特化して、市内に市立保育園が15か所あるのですが、その保育園の園庭に畑を作って、365日、野良仕事が出来る空間を作って、野菜づくりを通じて、ものづくりの過程や表面だけでは決して見ることのできない部分へ目を向ける大切さなどを感覚的に伝え、田舎ならではの幸せな暮らしを子どもたちが実感できるプログラムを食と農の杜づくり課が中心となり、企画・調整しています。

稲継   なるほど。

浅川   このような取り組みは、全国的に見れば決して珍しくはないと思いますが、手法は独特なものがあると思います。全国的に多い取り組みは、保育園や幼稚園の外での体験で、農家さんが持っている畑の一角を借りて、ちょこちょこっとやって、気が付いたら立派な野菜が出来ていて、「あー美味しい」で終わってしまっているのではないでしょうか。管理している農家さんもおじいちゃん世代が多いでしょうから、保育園児は孫みたいなもので、かわいくてしょうがなくて、孫みたいな子どもたちが悲しい表情をするのを見たくないから、また、失敗出来ないプライドもありますからね。ついつい手を出しすぎてしまう。子どもたちは必死で自然と戦って、生きようとしている野菜の生命力を五感で吸収しようとしているその姿がすべて子どもたちの学習につながると考えているので、その素晴らしい瞬間を大人が奪っては、伝えたいことも伝わらなくなってしまうと僕は考えています。

稲継   なるほどね。

浅川   トマトは、芽欠きをしないでほったらかしにすれば当然美味しいトマトが実らなかったり、ただかわいい、かわいいで水ばかりあげていれば、根が腐ったりして、野菜は枯れてしまったり、これは子育てと同じだと思うんですよ。命を育て上げるということはとても大変なこと。しかし、すべてを大人がやってしまえば、そんなことを子どもは知らずに、植えればすぐになるし、立派なのができると思ってしまう。それだと結局食に対する恩恵などが培われませんよね。食べるまでの大変さを昔の人は良く知っているから、食事の時の厳しさは半端なかった......僕もよくおばあちゃんや両親に怒られましたよ。米粒一つでも残せば目がつぶれるってね。それと、園の外にある畑のもったいないところは、フェンスという高い壁があることですね。もし事故が遭ったらどうしようとか考えますから、頻繁に野菜の観察は出来ません。それでは子どもの好奇心とか、野菜の出来る過程から食や農への関心を高めることにはつなげられません。園庭だったらフェンスの中ですから、自由に畑に行って、トマトが赤くなっている、スイカがこれだけ大きくなった、時にはカラスにやられちゃったとかいうことを感じてもらえる。中の体験と外の体験では、子どもたちとの会話の濃さは歴然としています。
 自然の中で起きている様々な出来事は、子どもたちにとっては全てが初体験。いろいろなことに興味をもち、学びながら成長していくわけですから、すべて見せてあげたいということで今の手法にシフトチェンジしていきました。
 それと、やはり子どもたちが野良仕事はカッコイイとか面白いと思ってもらえるようなプログラムにすることが大切ですから、まず、指導者を30代~40代の「農業で生きる」と強い志をもった方々にお願いしました。そして、彼らと一緒に子どもたちが興味を持つようなプログラムの検討を繰り返してきました。そして、五感を刺激する体験にすることをポイントにして、すべての体験を裸足で取り組むことにしたり、ただ単純に苗を植えるのではなく五感をフル回転させて、目をつぶっても野菜の苗がわかるようなゲームを取り入れたり、山を見て、木々を見て季節を感じてもらえるように、始まるときにちょっとした会話のキャッチボールではないですが、「オオイヌノフグリ」のフグリって知ってる?とか、子どもたちが爆笑するちょっと下ネタ的なことを入れたり、「セミが鳴いているね」とか、山の様子を見て天気を予測したりとか、自然に目や耳を向けたりするような問いかけに気を付けていました。そして、実際畑で栽培したものを子どもたちだけで調理をするキッズ・キッチンという体験事業も並行して進めています。
 なぜここまで、と思うかも知れませんが、実は北杜市の中でも包丁を持たない家庭が結構あったりします。今、スーパーでカット野菜が売られていますからね。野菜炒めを作るときもミックス野菜という袋を買って、豚肉なども細切れになっているから、そのまま炒めれば良いだけですからね。そして、核家族化が進むことで、一回あたりに作る量も極端に少なくなり、昔みたいに家族の人数が多く、そして肉体労働が多い時代ではなく、ダイエット志向が高い時代においては、食べる量が多くないということは、作る量は少しであって、その手間を考えるとちょっと惣菜コーナーで買って来た方が楽だよね、という心理になると思います。そういう親もいて当然だろうと思います。
 だけど、人口減少などの、時代の流れが大幅に変わってきている中で、いつまでもこの便利な時代が続くとは限りませんし、時代の流れだからということがなくても、いざという時に何か作れないのは、生きることを放棄したのと同然ですからね。

稲継   それで子供たちに料理をさせるキッズ・キッチンを?

浅川   キッズ・キッチンは、福井県小浜市が推し進めている食育事業で全国から注目を集めています。ただ単純な料理教室ではないんですよ。「和食」の基本である一汁三菜をベースに、五感をフルに回転させて食材の観察をして、魚を捌いたり、手のひらで豆腐を切ったり、しかもこれらの作業を大人が手を出さずに、子どもたちだけで進めるといった本格的なキッチン事業なんです。
 話が少しそれますが、私たちも食育先進地である小浜市へ行き、短期間でありますが小浜市職員として働かせていただき、いろいろ勉強させていただきました。
 小浜市の食育コンセプトやふるさとへの想いなど、すごく勉強になりましたし、3つのキーワード「栽培」「調理」「キョウショク」は、僕も講演で呼ばれるときは使わせていただいております。

稲継   「キョウショク」ってどういう漢字を書くんですか?

浅川   「ともぐい」と書きます。共に食べる。

稲継   ああ、共食ね。

浅川   というのも、やっぱり人間が動物と違うところというのは、食べ物を食べた時に「美味しいね」などと会話をしてコミュニケーションをはかり、その幸せなひとときを共感するということ。1人で食べるのは非常につまらないですからね。いろいろな孤食が社会的問題となっていますので、みんなで一緒に食べるということの大切さを知ってもらうために、学校給食というフィルターを通じて、ただ地産地消すればよいのではなくて、先ほども話したように「教育」という部分に重きをおいています。まずは、「いただきます」や「ごちそうさま」の本質を知ってもらうということ。その裏側にどんな人たちがいるのかを知ってもらうため、実際に生産者を招いたり、調理員さん、八百屋さん、お肉屋さんなど給食を支えてくださる方々を招いたりして、感謝祭を開催してきました。
 いろいろ想いもあってまとまらない話をしてしまいましたが、大きくは「教育ファーム」、「キッズ・キッチン」、「学校給食」の3つの事業をしてきました。

稲継   それについて、まだ平成22年度に始まったばかりなので、保育園だとか幼稚園ぐらいの子どもたちが小学校低学年になったばかりで、効果というのはまだ目に見える形になっていないと思いますが、何か効果のようなものがありましたら教えてもらいたいんですけど。

浅川   そうですね、効果というのは、今治市のように何十年も前からの取り組みがあると、その時の子どもたちが、ちょうど親世代になって10円20円高くても今治産を選ぶとか、有機農業も市として推進しているので、有機農産物を選ぶなどのアンケート結果が出ているようです。でも、北杜市はまだ初めて6年くらいしかたってないので、本当に効果というのは分かりにくいです。ただ、一つ挙げるとすれば、今までお話しした活動をするにあたって、「みつめよう、食の原点」というのを合言葉にし、その合言葉の「みつめよう」を顔のモチーフにしたマークがあるのですが、それがすごく浸透していると思います。そのマークが子供から親へ、親から地産地消へという流れをつくっているようです。このマークにも戦略があるのですが、子どもたちにどれだけ印象深く、記憶に焼き付けることができるかと考えたとき、お台場のキッザニアではないですが、マークを親しみやすく、メッセージをということで、まさに戦略にはまったと思っています。

稲継   これですか?

画像:「教育ファーム」でどろんこ相撲をする子どもたちと「みつめよう」のマークのTシャツを着た浅川氏
「教育ファーム」でどろんこ相撲をする
子どもたちと「みつめよう」のマークの
Tシャツを着た浅川氏

浅川   そうです。ペコちゃんみたいなマークです。これが食農課の制服で、子どもたちとの体験では、指導農家をはじめみんなが着用するというルールにしています。このTシャツを着ていくと、「あ~、お百姓さんが来た」という声が飛び交うようになり、そこから、「ねぇねぇこの間畑でね...」といった感じで畑の様子を細かく子どもたちが話してくれるという効果は出ていますね。
 その他の効果というと、保護者へのアンケートで、「子どもたちが家に帰って来て、野菜の会話をすることが増えた」とか、「嫌いな食べ物が食べられるようになった」という結果は出ていますね。

稲継   そうですか。

浅川   やはり、スーパーで買った野菜と、自分で作った野菜とでは、科学的にみた美味しさも当然あるとは思いますが、それ以上に科学的には証明できない「美味しい」という思い込みがあると思います。自分が作ったものって、やっぱり思い入れが強いですから、それが味に反映されたりするんでしょうね。子どもたちなりに、自分が育てて、それを食べて「感動」すれば、その感動は誰かに伝えたい。まずは、親やおじいちゃん、おばあちゃんになるわけで、子どもが大人の意識を変えるという力は大きくあると思いますので、継続することで徐々に効果が出てきていますね。
 実際、僕は異動してしまったのですが、異動する前に企画した地域のスーパーと連携した「はらペコちゃんの知産知姓コーナー」が、ものすごい売り上げを伸ばしているので、意外と効果が出ているのかもしれませんね。
 先ほどのマークの戦略ではないですが、ひとつのマークが食卓と畑をつなぐ役割を果たすのではとも考えています。まだ、商標登録などの手続きもあり、看板設置までは実現していませんが、先ほどの「知産知姓コーナー」に「みつめよう」の看板を入れてもらうことも予定しています。そうすることで、もっと地域が地域農業と密接な関係になれると考えていますし、ぐっと食卓と畑の距離が縮むとも思っています。
 ひとつ言うと、これが成功したのは、僕たちのこれまでの取り組みの浸透の結果というより、私たちのまちづくりに込める想いを買って下さったスーパーの社長さんが、民間企業でありながら、儲けよりこの地域をよくしたいという想いが非常に強く、そして熱く、パワフルで、すぐ協力してくれて、そして何より自ら率先してマイクを握りしめて宣伝してくれたからだと思っています。

稲継   なるほど、なるほど。

浅川   当然親だって、皆さん共働きしなきゃなかなか生活できないとか、経済状況は決してみんながいいわけじゃない。田舎は特に都会に比べたら購買力も低いし、安いものを選ぶという絶対的なものは変えられないわけだから、10回のうち1回でも子どもたちが言うのなら食べてみようかなと、そういうちょっとした変化が地域を変える大きな一歩になると思うんです。

稲継   なるほど。その「みつめよう」のロゴっていいますか、コーポレート・アイデンティティーみたいなものが、割と子どもたちの間に焼き付いていっている。これが、たぶん5年10年後になると、かなり楽しみな状況になるんじゃないでしょうか。

浅川   そうですね。そういった意味では効果が出て来ているのかな、というふうに思っています。

稲継   なるほど。「みつめよう」のロゴの中には自分たちが保育園で、あるいは幼稚園で育てた野菜の思い出だとか、取るまでに虫と格闘した思い出だとかいろんなものが詰まって。

浅川   そうですね。

稲継   それがお百姓さんが代わりに作ってくれているっていう、そういうのが全部つながって子どもたちの頭の中で醸成していくんでしょうね。

浅川   そうでしょうね。子どもたちは成長するにつれ、勉強、勉強になりますから、小さな頃に体験した記憶はだんだん薄れてしまうと思いますが、親になったときに、フラッシュバックするきっかけに「みつめよう」があればいいなと考えています。


農政課に異動になったときに、「どうせ農政なんて」と思い「そんなに楽しいところじゃないだろうな」と思っていた浅川さん。その後、農政の実態を目の当たりにし、また、食育や地産池消に熱心に取り組んでいる人との出会いもあり、その後、食と農の杜づくり課が新設された後は、さまざまな取り組みを進めていった。この人の強みはフットワークの軽さにある。市内を走り回るのはもちろんのこと、今治市や小浜市など距離的には相当離れている自治体の事例なども熱心に学び、それを北杜市の実践へと落としている。
(以下、次号に続く)