メールマガジン
分権時代の自治体職員
第111回2014.06.25
インタビュー:ロサンゼルス郡庁 Myers Yokoさん(上)
このメルマガの連載がスタートして9年、インタビューシリーズも既に7年になる。今回は、初めて、海外で活躍している日本人を取り上げる事とする。ロサンゼルス郡庁にお勤めのMyers Yokoさんは元々、日本の自治体職員であった。日米の自治体の働き方の違いなどを含め、興味深いお話をお伺いする事が出来た。
稲継 このシリーズは日本の地方公務員、特に市町村職員の方々を順番に取り上げてきている訳ですが、今回は海外で活躍されている日本人で、元々県庁の職員だったYokoさんにお話をお聞きします。Yokoさん、どうぞよろしくお願いします。
Myers よろしくお願いします。
稲継 まず、現在、どういう職場でどういう仕事をしておられるかという事を、ちょっと教えてもらえますでしょうか。
Myers はい。現在、私が所属しているのは、基本的にはロサンゼルス郡庁の中のITの部署で、その中でもGIS(地理情報システム)にかなり特化したチームに所属しています。特に私が任務として受け持っているのは、エンタープライズGISシステムというプログラムを運営していく事です。
郡庁内で様々な部署にGISを使用する人が沢山いるんです。
稲継 そうですか。全部でどれ位いらっしゃるのですか?
ロサンゼルス郡庁とYoko氏
Myers 郡庁職員10万人の中で、おそらく150人ほどがGISに関する仕事をしているんじゃないかと思います。
稲継 そんなにいるんですか?
Myers はい。ロサンゼルス郡はアメリカ国内の中でもGISの活用がかなり進んだところです。その他の市役所や郡役所にいくと、きっとGISを使用する人は1、2人だけとか誰もいないというのが珍しくないと思います。そんなロサンゼルス郡でも、GISの職種が最近、確立されたばかりで、実際にGISという専門職にいる人が、まだ誰もいないんですね。皆、例えば私のようにアプリケーション開発者というITプログラマーをしている人とか、あとは公共事業なんかだと土木技師の職種にいる人がGISをしていたりするので、いろんな人がGISをしているんです。
その中で、ここ5年位になります。色々な部署でそれぞれがGISを使っていたんですが、IT部署の中でエンタープライズGISシステムというのを作って、GISを一つに統合して使用していこうという動きの中で出来てきたチームに所属しています。
具体的にはどんな事をしているかというと、システムのデザイン、構築、管理、データベースの管理、GISのアプリケーションのホスティングをしています。また、そのパフォーマンスのチェックや、パフォーマンスを向上させる為の改善もしています。あとは、郡庁の中にも色々な開発者がいるので、GISを利用したアプリケーション開発がしやすい様にウェブサービスというものを開発しています。
あとは、セキュリティーですね。データのセキュリティー、ネットワークのセキュリティー、サイバー攻撃対策などです。これはGIS職員だけでは出来ない事なので、同じIT部署内の別のチームの人達と協力して管理しています。
これがメインの仕事ですね。さらに2つメインの仕事があるんです。二つ目の仕事はリード・デベロッパーとしてプロジェクトベースの仕事を管理運営しています。例えばある部署が「こういうGISのアプリケーションを開発して欲しい」と要求してきたとき、同僚のプログラマーの中でプロジェクトにあった適切なスキルをもつ人とチームを組んで、そのGISのアプリケーションを最初のコストの見積もりから最後の引き渡しまで管理するというプロジェクトマネージャーの仕事もしています。
三つ目は、もう少し事務的な仕事で、GISをするには、もちろんソフトウエアが必要ですので、そのライセンスの管理をしています。これは技術というよりも、本当に事務的な仕事です。郡庁の中で、それぞれの所属部署が、それぞれのライセンスを、同じ会社から取っていたんです。それは、郡庁全体から見てコストが高くなるので、全部一緒にまとめて、なるべくコストを下げようという、最近の全庁的な動きの中で、そのライセンス管理をしています。
稲継 GIS。このメルマガをお読みの方でご存じの方もいらっしゃるとは思いますが、なかなか一般の地方公務員には、よく分からない事で、具体的には例えばロサンゼルス郡庁ではどういうものにGISを使っているんでしょうか?
Myers そうですね。GISというのは意外と新しいようで昔から使われているというものなんですね。最近、ソフトウエアが使いやすくなってきて、以前より身近になってきたので、一般の方もGISが何かよく分かるようになってきました。
具体的に、どんなところにGISが活用されているかというと、ほぼ全部の部署で使用していると言っていいと思います。なので、エンタープライズGISというのが出来てきたんですね。
分かりやすい事例でいくと、例えば警察。色んな所で犯罪がありますよね?
稲継 はい。
Myers 犯罪があったら、そこに行かなければいけない。その通報システムで住所とかを検索して、そこまで行くのにはどうやって行けば一番いいのかGISを使っています。あとは犯罪が起こりやすい場所の分析なんていうのもGISのデータを持っている事によって、例えばここの郵便番号の区域では殺人が多いとか、ここの辺りでは窃盗が多いという風に分析できる様になっています。これが警察の例です。
あと、データの管理という面で分かりやすい事例は、公共事業です。例えば道路が出来ますよね。道路の情報はすべてGISで管理されているんです。新しい道が出来たら、そこに新しい路線のデータを入れます。勿論、その所在地情報には、ここは何番街から何番街までで、この右と左、両方に番地がこれだけあってという情報が入っていて、すべてGISで管理されているんです。
あとは公衆衛生。例えば、インフルエンザの流行期になりますと、この辺に患者さんが多いので、この辺りにもっと沢山のワクチンを持って行かないといけないとか。たぶん、連邦政府の疾病管理センターではインフルエンザの流行分析なんかもやっていると思います。それから、アメリカの国勢調査にもGISはフルに活用されています。国勢調査の仕事には郡や市もかなり関わる訳ですが、人口調査標準地域(Census Tract)などはGISのデータフォーマットです。
稲継 じゃあ、役所の仕事の、ほぼ全てに渡ってGISが必要とされていると?
Myers そうですね。郡庁内のあらゆる面で必要とされていると言っていいと思います。一番簡単な例をご説明します。郡の中には管轄区域が沢山あります。
「今、私はここの住所にいるんだけど、ここはどこの管轄区なの?」っていうのは、やはりGISを利用する事で簡単に答えがでるんです。郡政執行官区域というのが郡庁の中にあるんですけれども、「ここのアドレスは、区域何番」というのが庁内で一番頻繁にGISが利用される事例です。
稲継 なるほど。150人ぐらいが、いろんな部署に配置されているという事ですが、前にいらっしゃったのはソーシャルサービスシステム課ですね?
Myers はい。
稲継 これは、日本でいうと福祉部みたいな所になるんでしょうかね?
Myers ちょっと......。
稲継 違いますか?
Myers 今所属している部は1000人ほどの職員が皆ITの仕事をしていますので、ITサービスのクライアントが誰かという事で課名がついています。私がいたソーシャルサービスシステム課は、子ども・家庭福祉部ですとか社会福祉部という部署がクライアントだったので、このような名前が付いているんです。そして、GISが、昔からあった部署の中にくっつけられてしまったので、たまたまGISがソーシャルサービスシステム課に所属する事になった訳です。実際にはGISは特定の部署にかかわらず全庁的に使われているわけですが。
稲継 ああ。そうですか。なるほど。
Myers 今はインターネット開発課にいます。アプリケーションの開発をする部署という感じですね。
稲継 なるほど。今、ロサンゼルス郡庁に勤められて何年ぐらいになるんですか?
Myers 7年になります。
稲継 7年目?
Myers はい。
稲継 お話はまた後でお聞きしますが、昔、県庁に勤めていた時の日本の地方自治体の仕事或いは組織と、今、お勤めのアメリカのロサンゼルス郡庁の仕事の内容や組織の違いなんかをちょっと教えてもらえますでしょうか?
Myers そうですね。まず、組織の観点からお話ししますと、組織といいますか、郡庁の仕事を大きく見た時に、恐らく日本の方は郡っていうのに馴染みがないと思うんです。
稲継 そうですね。
Myers もちろん、アメリカ人もちょっと馴染みがないんですね。基本的には州と市の間なんですけど、どちらかというと市に似たサービスを提供するのが郡なんですね。
アメリカの中にはIncorporated Cityというコンセプトがありますよね。
稲継 これをちょっと説明してもらえますか?皆さん、ご存じないと思いますので。
Myers Unincorporated Areaというところに郡がサービスを提供するんです。
稲継 そのUnincorporated Areaっていうのは市としてまだ独立していないという事ですか?
Myers はい。
稲継 日本の場合は全ての地域がどこかの市か町か村に所属していますけれども、アメリカの場合には、市として独立していない所については、今おっしゃったUnincorporated Areaになるわけですね。
Myers そうなんです。
郡は、そのUnincorporated Areaという所に、市と同じようなサービスを提供するんです。ロサンゼルス郡の中には88の市があるんですが、小さい市もたくさんあるんですね。
稲継 ああ。そうですか。
Myers 大きな市はロサンゼルス市ですとか、あとはロングビーチ市、パサディナ市といった所があるんですけど、今、私が住んでいるレドンドビーチやご存知の方も多いマリブ市なんかも含めて、どちらかというと小さめの市なんです。そういう所は予算規模も小さいですし、小規模な市では、警察ですとか、あと消防を、自分の市で独自に持つ事が出来ないんですね。
稲継 うーん。なるほど。アメリカの場合は市警察という事で、市の警察とかは、よく日本でも映画とかで紹介されますけれども、必ずしもすべての市が警察を持っている訳ではないという事ですね?
Myers そうなんです。そういう所は郡に委託して、サービスを提供するんですね。ただ、その委託の仕方が市によって様々なので、例えば警察署に行ったら、我々の管轄はA市とB市とC市と、あとUnincorporated Areaで、消防署に行くと我々の管轄はA市とD市とE市とUnincorporated Areaというようにバラバラなんですね。
そういった、いろんな部署がそれぞれの管轄区域を持っているんです。GISの話に戻ってしまいますが、だからこそGISが必要になってくるんです。
稲継 なるほど。ある地域に住んでいる人が、自分の地域の消防の業務はどこが管轄しているのか、警察の業務はどこが管轄しているのか、単純には分からない。
Myers そうなんですよ。
稲継 日本の場合だと、必ず自分が住んでいる市の市役所が消防を管轄していて、警察は県の警察本部が所管しているというのは分かりますけれど、アメリカの場合は分かりにくいんですね。それを、GISを使って分かりやすくするという事なんですね。
Myers そうです。例えば、実際に住んでいても自分が郡の中にいるのか、それとも市の中にいるのか、よく知らない人って意外といるんです。
稲継 (笑)。はい。
Myers なので、ウェブサイトに行って検索なんかをすると「ああ。そうか。私が電話するところはこっちだ」っていう(笑)。そのような形で分かりやすくする為に、GISは活用されているんです。
稲継 うん。なるほど。あと、その組織の作り方だとか何か、日本との違いは何かありますか?
Myers はい。組織の作り方ですか?うーん......例えばどんな事でしょう?
稲継 日本ですと、県庁には福祉部とか何とか部とか、必ずどこの県庁も似たような組織がありますよね?
Myers はい。
稲継 こちらの組織ではどうですか。
Myers なるほど。私は、他の郡で比較をした事がないので、ちょっと分からないんですけれども、法律で設置しなければいけない部署は、必ずどこにでもある。同じですよね。例えば税務課とか、あとは公衆衛生。公衆衛生は市にはないので郡が必ず担当しているんですね。
稲継 はい。
Myers 郡が独自に設置した部署というのもあります。例えば私の部署は郡庁が独自にあったほうがいいということで作った部です。Internal Services Department(ISD)という部ですがInformation Technology Service、テレコミュニケーションを含め庁内の別の部署にサービスを提供する部です。このISDという部には2300人ほどの職員がいて、先ほどお話しましたように、その中の1000人ほどがITに所属しています。これは郡庁が独自に持っている組織ですね。
稲継 はい。今、郡の中のお話し、それから市役所との関係とかもお伺いしたんですが、今、小さな市の場合には、郡が直接仕事を請け負っている、これは日本でいうと、東京都庁が消防の仕事を東京都内の市から請け負って東京消防庁っていうのを作っているイメージに近いと思うんですね。
Myers ああ。そうですね。
稲継 それと、例えばロサンゼルス市のような大きな所は独立してやっている。これは日本でいうと、政令指定都市が県庁の仕事も兼ねてやっているような、例えば名古屋市が愛知県の仕事の一部もやっているような、そういうイメージに近いかもしれません。
Myers そうですね。
稲継 そういう意味では、なんか入り組んでいるっていうのは日本と一緒の部分もあるけど、はるかに入り組んでいるってイメージを私は持っているんですけど。
Myers そうですね。私もそう思います。私は岐阜県に住んでいたので意外と分かりやすいところにいたと思うんですけど、入り組んでいるという点では......そうですね。私は、法令の方が弱いので何とも言えないんですけど、こっちへ来て、かなり複雑だという印象はあります。
アメリカのカリフォルニア州の南部にあるロサンゼルス郡庁で働いておられるYokoさん。GISの専門家ということでその分野で活躍しておられる。GISについては、以前このメルマガでも取り上げたことがあるが、ロサンゼルス郡庁にはその専門家が150人もいるという。日本とはかなり様相が違うようだ。