メールマガジン

第95回2013.02.27

インタビュー:熱海市総合政策推進室 主査 杉山 由記 さん(上)

 メルマガの読者の皆さんは、「熱海」というとどのようなイメージをお持ちだろうか。
 「親が新婚旅行で行ったところ」「温泉街だけど、バブルがはじけて大型のホテルの倒産があいついだ」というようなイメージをお持ちの方も多いと思う。確かに、1990年代に、団体旅行の熱海詣でが激減して、老舗の旅館やホテルが廃業に追い込まれた時期があった。
 だが、いま、熱海は大きく生まれ変わろうとしている。不死鳥のようによみがえろうとしている熱海のシティプロモーションを担当しておられる、杉山さんにお話をお聞きするため、熱海を訪ねた。


画像:杉山由記氏
杉山由記氏

稲継   今日は熱海市にお邪魔して、杉山由記さんにお話をお聞きします。どうぞよろしくお願いします。

杉山   よろしくお願いします。

稲継   今、杉山さんが担当しておられる仕事を教えてもらえますか?

杉山   シティプロモーションを担当しています。熱海はいわゆる観光プロモーションというのはずっとやってきたわけですが、なぜ、今、シティプロモーションに取り組み始めたのかと言いますと、「熱海」をご存じの方は多いと思うんですけど、伝えたいものがちゃんと伝えられていないのではないか?ということがありまして。

稲継   えっ? どういう意味でしょうか?

杉山   熱海はピーク時に比べて、観光交流客も減少し、人口も減少しています。それにはいろいろな要因がありますが、一つの要因としてはプロモーションに課題があるように思います。熱海のイメージが、昔は団体旅行にあふれていて・・・というような中で、バブル崩壊後、大型ホテルの倒産がクローズアップされすぎてしまって、どうしても「さびれた」というようなイメージが刷り込まれてしまった気がします。特に首都圏の方々に対してですかね。
 今、市内では大規模な施設も生まれ変わろうとしていますけれども、そういった新生(リニューアル)の動きや、熱海の発信すべきものを、顧客といったら何ですが、伝えたい方に、伝えたいことがきちんと伝えられていないのではないかということなんです。

稲継   具体的にはどういう取り組みをされているんでしょうか?

杉山   平成22年度に第四次総合計画を策定する中で、市長が「住んでよし、訪れてよし」という街づくりの実現には、熱海の魅力を更に磨き上げ、それを内外に情報発信していくシティプロモーションの必要性を言及したのが始まりです。因みに、総合計画で掲げている熱海市の将来都市像は「住むひとが誇りを 訪れるひとに感動を 誰もが輝く楽園都市熱海」なんです・・・。

稲継   いいですね。

杉山   そこで、平成23年度からシティプロモーションの指針づくりに現実的に取り組み始めたわけですが、最初はとても苦労しました。何が苦労したのかというと、発信するものがないという地域ですと、探し出すことから始めるところが結構あるように思いますが、私、個人としては、熱海はこれまでいろいろなものを「観光地熱海」として発信してきているのではないかという思いがあったので、「何をどのように発信していくべきなのか?」「何が足りないのか?」 ということを考えると、やっていないわけではない現状があり、どこに切り口があるのかが見出せませんでした。

稲継   なるほど。

杉山   そのような中で平成23年7月に新たに副市長が就任されたのを契機に、熱海市のプロモーションにかかわる現状や課題について庁内外の方々とヒアリングを重ねたり、専門家の方と議論を深め、課題の整理や方向性の検討を行ったりしました。
 また、そういったことに取り組みながら、「走りながら、考える」ということで、伝えたいことが伝わっていないというところが課題で明らかになっていましたので、まずはメディア広報の部分をやってみようと動き始めたんです。そこで、パブリシティを重点的にやり始めました。

稲継   具体的に、パブリシティとしてはどういうことをやられたんですか?

杉山   他の自治体では当然やられていることかもしれないので、今頃?というお話かもしれないのですが・・・。今までは、積極的にこちらから発信しなくても、熱海は取り上げていただけることが多いので、こちらから攻めていくことはあまりしませんでした。特にプレスリリースについては、市役所内に記者会がありますので、「報道出し」という言い方をするんですけど、それ以外の首都圏メディアに向けたプレスリリースというのは今までやってこなかったんです。

稲継   そうですか、なるほど。

杉山   それに、メディアの方々との関係を構築する点でも、全く見ず知らずの方よりは、一度取り上げていただいた方に、「今度、こんなのもありますよ。こういう企画もありますよ」というのも重要な部分なんです。この記者さんとはこういう接点があったとか、そういうメディアリストを作っておくと次につながるのですが、名刺交換をしてその場で終わってしまっていたので・・・。

稲継   終わっている。もったいない。

杉山   人間的なつながりで、当然つながっていく部分もあるのですが、そういうのを体系的にやっていくために、庁内でメディアリストを作って共有しています。それから、プレスリリースも、単にお知らせのプレスリリースではなくて、ニュース性を高める工夫、いわゆる新規性とか、社会性とかいろんなことがあるんですが、そういった工夫をして発信しています。そういったPRに関するノウハウが不足していたので、PRの専門家の方から研修でお知恵をいただいたり、『広報会議』とかそういった書籍を参考にしたり、熱海市には観光戦略プロデューサーもおりますので、そういった方にノウハウを教えていただいたりしながら一歩一歩やっているところです。

稲継   そうなんですか。

杉山   民間企業の場合は、統括した広報部署がありますが、行政はそれぞれの事業課がありますので、それぞれの発信力を強化することも必要です。先日、稲継先生もいろいろな部署の職員とお会いされたと思いますが、観光PRは観光課・観光施設課、商工や投資促進は産業振興課、行政広報は広報広聴室とか、それ以外にもいろいろな部署で情報発信しています。
 熱海に「訪れる」「暮らす」「投資する」魅力というのは、各課が連携することにより、相乗効果もあがり、発想も膨らんできます。最近は庁内にそういった体制ができはじめてきました。例えば、ホームページの編集会議であったり、観光プロモーションに関するものであったり。

稲継   庁内を横断的にやるような?

杉山   そうですね。庁内の横断的な体制ができてきていますので、連携だけではなくて、お互いに切磋琢磨し、職員の情報発信に対するモチベーションが高まってきているのが、庁内にいても変化を感じます。

稲継   以前いただいた資料の中に、宿泊客数が昭和44年に530万人いたのが、平成22年には半分に減っているとか、いろいろなマイナスの数字がありますよね。この数字を、シティプロモーションを始めるまでは、市の職員はみんな気がついていたけど、しようがないという感じだったのか、どんな感じだったんですかね?

杉山   これでいいということではありませんでした。観光に関して言えば、宿泊客数の減少には、プロモーションだけの課題だけではなく、様々な要因があります。新幹線開通後の昭和40年代と比較すると、首都圏からアクセスの良い温泉地や海外旅行などの競合も増えましたし、旅行の形態も団体旅行から個人旅行へと変わる中で、コンテンツというか、まちづくりに関する課題も当然あります。

稲継   なるほど、なるほど、そうですね。

画像:取材の様子
取材の様子

杉山   そういったことで、インバウンド等も含めて広範囲である観光施策については、平成19年に観光基本計画を策定し、観光課を中心として推進をしています。
今回取り組み始めたシティプロモーションの推進は、観光についてはプロモーションに焦点をあてたということです。
 今年度シティプロモーションの基本指針を定めたのですが、「訪れたい」「住みたい」そしてそういう街に「投資をしたくなる」ような『選択される街』となるような魅力を訴求していくことを目標として掲げました。主に観光、そして移住促進、投資促進、その三本柱でシティプロモーションを推進していきたいと考えています。

稲継   なるほど。
 私も熱海は何度も来ているんですけど、今年来る前が、10年ぐらい前だったんですが。そのときはちょうど大型老舗ホテルの解体時期でして。

杉山   そうですか。その頃が熱海の衰退ということで、メディアにも取り上げられた時期でした。

稲継   非常に寂しい思いをしたんですが、今年訪ねて、例えば海辺のテラスですか、ムーンテラスのあたりにすごいヨットがたくさん浮かんでいたり、前のイメージとは全然変わっていますよね。サンビーチもきれいにできているし。そういう意味では、インフラはかなり整備されつつあると思うんですよ。ただ、まだ十分に回復していないというか、取り壊されたけれども、その跡が何も建っていない部分に投資をどう呼ぶのかという問題はありますよね。あるいは、先ほどおっしゃっていたように、「熱海はこんなに変わりました」ということを、東京とかほかの地域の人はご存じないので、それを知らせることも必要だと思います。たまたま昨日宿泊したら、花火が打ち上がっていて・・・

杉山   そうなんですか。お泊りいただいたんですか。昨日は冬季の3回目の花火大会の日でしたね。

稲継   真冬に花火かと思ってびっくりしました(笑)。たくさんの人が見ておられて、僕はそれもすごくいいなと思って。そういうことをやっているって、多分、熱海市域の人以外はほとんどご存じないと思うんです。そういうのもこれからいくらでも伸びしろがあるなと思ったんです。これから、具体的にどういうふうに攻めていかれますか?

杉山   今、稲継先生がおっしゃられたように、まずはあるものをしっかり伝えるというところが重要だと思います。メディア広報の部分で言うと、首都圏から取材に来ていただくためには、よほどニュース性がなければ難しい面があります。それを企画の段階でどのように工夫していくかが、重要なポイントとなると思います。
 ただ一方で、取材に来ていただくには、やはり首都圏から近いようで遠い面もあるので、昨年の7月に熱海の魅力を首都圏のメディアや顧客の方々に発信するためのシティプロモーションイベントを、豊洲のカフェで行いました。
 このイベントは、㈱静岡銀行さんと㈱ぐるなびさんとの、「熱海市の活性化に関するパートナーシップ協定」による連携で、顧客の発掘やメディア広報など、民間のノウハウを活用させていただいて行いました。首都圏のターゲットとする層にこれまで知られていなかった「熱海で暮らす魅力」を移住者の生の声を通じて発信でき、熱海らしいお土産である熱海ブランド認定商品「熱海コレクションA-PLUS」の商品を直接体験していただくことができ、多くのメディアやブログにも取り上げていただきました。

稲継   そういえば、熱海駅前にブランド認定されたものばかり並んでいるテナントがありましたね。

杉山   そうなんです。その駅前のテナントが、今お話した、熱海商工会議所が田崎真也さんを特別審査委員として招聘し、熱海ブランドとして認定をしたものを集めたショップなんです。

稲継   これは、市役所が直接認定しているわけではないんですね?

杉山   そうですね。熱海商工会議所が認定しています。

稲継   この豊洲のイベントは、総合政策推進室が実施したんですか?

杉山   産業振興課、観光課、総合政策推進室のコラボレーションです。産業振興課の民間企業とのパートナーシップやブランド認定の部分であったり、観光課の観光PRの部分であったり、総合政策推進室の移住促進の部分であったり、横断的にそれぞれの課が関わることによって、「住んでよし」「訪れてよし」の熱海の魅力を発信するイベントとして作り上げたんです。
 先ほども申し上げましたが、民間企業とパートナーシップ協定を結んで、そのノウハウを活用して事業実施したんですが、そこで得られたメディアの方とのつながりを次のPRの際に活用させていただいているわけです。

稲継   なるほど、なるほど。

杉山   委託業務で任せっきりにしてしまえばそれで終わりなんですけど、一緒につくり上げていくことによって、財産として残る。

稲継   どんどんメディアリストが増えていくんですね。

杉山   そういうことなんです。民の力も借りながら、それが次につながっていくというところではすごく貴重な経験でした。
 今後、そのメディアリストをどう生かしていくかというのも、企画づくりの部分が課題であると思っています。同じ素材でも、社会性やストーリー性など、どう見せていくかということが、企画段階ですごく重要であると思いますので、その辺を意識してやっていきたいと思っています。

稲継   先ほど、田崎真也さんが出てきましたが、熱海にお住いなんですよね。

杉山   そうなんです。

稲継   ほかにも橋田壽賀子さんとか、有名な方がお住まいですよね。
 そういう人たちもシティプロモーションに協力してくださったりするのですか?

杉山   おかげさまで、熱海は多くの著名な方にお住まいいただいています。今回の熱海ブランドの認定事業など、具体的な事業にもご協力いただいておりますが、それ以外にも、テレビ・雑誌・著書などを通して、熱海にお住まいの著名人の方々が、熱海で暮らす魅力やお気に入りのモノ・場所などを発信してくださっており、その発信力と影響力が多大であるということをすごく感じます。
 本当に経験に基づく情報発信というのは説得力があり、これも熱海の貴重な財産であると思います。今後もそういった著名人の方々との繋がりを深めながら連携させていただいて、更に熱海の魅力の訴求に務めていきたいと思っています。

稲継   定住促進というか、移住促進ということで言いますと、「熱海時間」というウェブサイトを作っておられますね。これについてちょっと説明してもらえますか?

杉山   はい。私の所属している総合政策推進室では、政策課題として「人口増加策」というテーマがあります。人が住む場所を選択するには、教育だったり、雇用だったり、住環境だったり様々な要因があり、なかなか難しい課題です。人口増加策の担当者が、転入出アンケートや本市の人口動態の特徴など、いろいろな分析を行いましたが、まずは市の一つの方策として熱海で暮らす魅力の情報訴求をしていこうということで、移住促進のウェブサイト「熱海時間」を昨年5月に立ち上げました。
 熱海で暮らす魅力の発信といっても、普段住んでいるとなかなか気づかないことがたくさんあります。例えば、熱海は東京駅から新幹線で最短で、こだまで47分、ひかりですと39分です。都内って凝縮しているようで、東京に出張してみると、都内での移動の方が熱海駅から東京駅に移動するより時間がかかったりして、そういうことで熱海って本当に近いなって気づくこともあります。

稲継   近いですよね。

杉山   そういう普段は住んでいる人が意外と気づいていない切り口みたいなものがあるんですね。そういうものを熱海に移住された8組にインタビューして、その方々のライフスタイルをご紹介しながら熱海の魅力を整理して、ウェブサイトを作成しました。それに合わせて、「熱海という選択」というリーフレットもプロモーションツールとして作成しました。


 「伝えたいものがちゃんと伝えられていない」熱海をどうするか。どこに切り口があるか見出せない中でのスタートだった。
 パブリシティを重点的に行う、メディアリストを作って人脈を大切にする、民間企業とタイアップしてシティプロモーションイベントを展開する。。。。
 熱海に住む著名人も動員してのシティプロモーションが本格的に始まった。観光、投資促進と並ぶ柱が、移住促進である。「熱海時間」というコンセプト、そしてWEBでの展開を繰り広げていく。
(以下、次号に続く)