メールマガジン
分権時代の自治体職員
第93回2012.12.26
インタビュー:滋賀県野洲市消費生活相談員 生水 裕美 さん(上)
2009年9月に消費者庁・消費者委員会が創設されて3年が経過した。国レベルでは、さまざまな取り組みが行われているものの、各省との連携は必ずしもうまくいかない場合もある。
地方自治体における消費者行政の在り方についても、消費者委員会で議論がなされ、また、消費者庁でも地方協力課が設けられて取り組みもなされつつある。ただ、基本的には、資金の提供などの間接的な支援にとどまることが多い。
結局、地方消費者行政の充実は、各自治体における消費者行政に関する取組如何にかかっている。
全国的な注目を浴びている、消費生活相談員が滋賀県野洲市にいる。生水さんを訪ねたら、いきなり、プレゼンがはじまった。
生水裕美氏
ドウタクくん
生水 野洲市は、多重債務の取り組みをベースにして、各課が連携して生活困窮者を支援する仕組みを作っています。ますは、野洲市の多重債務者包括的支援プロジェクトについてパワーポイントを使って説明させていただきます。野洲市のゆるキャラで「ドウタクくん」というのがいます。
稲継 ああ、そうなんですか。ひこにゃんがそば(彦根市)にいるから。
生水 日本で一番大きな銅鐸が掘れたんです。それをモチーフした「ドウタクくん」という24歳のゆるキャラで、ひこにゃんが6歳なので、うちのほうが歴史は古いんです。筋肉トレーニングが得意で、昨年の鳥取スポーツ大会「第6回 ゆるキャラカップin鳥取砂丘」で優勝しているんです、かけっこ&ダンスとすもうで(笑)。
稲継 そうですか(笑)。
生水 あくまでフィクションで、まずこの「ドウタクくん」が主人公という設定で話を進めます。
市役所の滞納部署等からは、「税金」「給食費」、「水道料金」等々バラバラに請求が来るので、借金を抱えている人は、何がどこから来ているのかわからなくなります。そこで例えば、納税推進室からは、滞納している税と一緒にこの黄色い紙を送ります。表には「多重債務は必ず解決します」と書かれていて、裏に法律相談、税務相談、行政相談、消費生活相談等の無料相談の情報を入れています。この紙を見てドウタクくんが「手紙を見たのですが...」と、勇気を振り絞って本市役所の納税推進室の窓口に来られます。そこから相談ブースへご案内します。ここはちょうど市役所の中央部分に位置し、プライバシーを確保した半個室があり、ドアは開いているので圧迫感はなく、市役所のいろんな職員が集まりやすい場所です。電話もあります。まず、納税推進室の職員が不安なドウタクくんに納税相談のカウンセリングをしていく。ドウタクくんは、銅鐸博物館にある竪穴住居に住んでいて、軽自動車税と固定資産税を滞納しているんですが、「わかっているけど、払えなくて。払えるんだったら払います」とおっしゃいます。これは、滞納している多くの市民さんも同じです。そこで、ドウタクくんが払えない理由、「借金とかほかにも滞納がありますか?」という聞き取りをします。通常、どこの自治体も納税の担当者が「借金ありますか?」と踏み込んで質問をするのは、プライバシーの侵害にあたるのではないかと非常に躊躇する。「そんなことを聞いたら相談者が怒らないか?」という質問を多く受けます。でも、私は13年相談員をやっていますが、一度たりとも怒られたことはないです。「何も理由を聞かないままに、『払え、払え』と言うほうが、よほど不作為のことでしょう」というお答えをします。
話を戻して、ここでドウタクくんが「実は結構困っているんです」と言うと、「じゃあ、いい人を紹介しましょう」と答えます。当市では、その場ですぐに弁護士会や司法書士会を紹介することはしません。 職員が市民生活相談室に来て、「借金がある人を見つけたので、一緒に相談してください」と呼びに来るんです。そこで「では一緒に聞きましょう」ということで、私たち相談員の方から相談者の待っているブースに出向いて相談を受けます。納税推進室の職員と一緒に相談員が話を聞いて、「じゃあ、ドウタクくん、借金とか滞納は解決しましょうね」、と促します。
でも、実際は「借金を解決しましょう」と言って「はい、わかりました」と言う相談者はほとんどいないんです。借金を抱えている方は、長らくその借金生活になじんでしまっているので、借金を整理することに不安感をものすごく持っていて、今の生活や家族に迷惑がかからないかということを危惧されます。そこで、「借金を整理することで不安感が取り除かれるんですよ、あなたにとってとても大切なことですよ」と説得していきます。
もう1つ大切なことがあって、借金の相談だけではなく、この方の世帯で困っていること、例えば失業していないか、夜は眠れているか、ご飯は食べられているか、介護の必要な親がいれば介護サービスをきちんと受けているか、お子さんがいたら学校や幼稚園に行けているか等々その世帯の全ての課題を抽出していきます。そこで、この方の借金だけではなく今抱える課題、問題点の聞き取りをして整理をしていきます。今自分は何が困っているかということを整理してきちんとお話しできる方はなかなかおられないので、本人の抱える課題をしっかり自覚を持ってもらえるように、こちらが一緒に探し出していくという手順を踏んでいきます。
そこで、「借金を整理しましょう」、「わかりました」と言ってくれたら、次の問題は、個人情報です。個人情報の同意は非常に大事で、市役所の中で連携していく中で、勝手に相談者の個人情報をやりとりすることはできません。この資料をご覧いただけますか。
稲継 はい、はい。
生水 これが、個人情報の取り扱いに関する同意書です。どういうことかというと、税金の滞納や多重債務を解決して生活の再建を図るために、こちらが相談者の個人情報を収集したり、利用したりしてもいいと同意してもらう必要があるためです。具体的に言いますと、今回この多重債務の取り組みというのは、「野洲市多重債務者包括的支援プロジェクト」と言いまして、こういった流れになります。高齢福祉課が介護保険料で、子ども家庭課が幼稚園・保育園料、保険年金課が後期高齢者医療保険料で、納税推進室が市県民税、軽自動車税、国民健康保険税になります。学校教育課が給食費、上下水道課は上下水道料だし、住宅課は市営住宅家賃になります。こうした市役所が抱える債権債務を一つにまとめるチームを作り、この中で情報の共有化をする。
例えば、今ドウタクくんの税金の滞納はわかったけど、水道、給食費等他にも請求書がバラバラに届くので、本人はなかなか全てを把握しづらい。そこで、「あなたの代わりにこちらで調べてもいいですか? そして、調べた情報をチームで共有してもいいですか?」という情報を調べ共有化する同意を求めるわけです。それと同時に、こちらが知り得た情報について、これから受任いただく弁護士、司法書士、また地域の社会福祉協議会のほうに提供してもいいという、第三者提供の同意ももらいます。なぜかと言いますと、社会福祉協議会で貸付制度や権利擁護事業である金銭管理サービスをお願いすることがあるからです。このように情報の共有化と第三者提供という非常に包括的な同意書になっています。この同意書の文面については、全国いろいろ探してみたんですが、このような部署間をまたがる包括的な同意書は、なかなか見つからなかったのです。総務課の個人情報の担当者と10回ぐらい決裁のやりとりをして、やっと通った仕組みです。
次にこちらですが、平成23年3月3日、おひな祭りの日に総務省地域力創造グループと自治税務局市町村税課長の連名で出た「生活困窮者対策等における税務情報の活用について」です。総務省自治税務局市町村税課長の杉本さんという方がおられて、この取り組みのお話をしたら「市町村にとっては非常に大事なことだ。反対に言えば、市町村だからこそできることだから」と応援くださいました。全国に広げる中でネックになっているのは個人情報の取扱いであり、同意書を取ろうとしても、そもそも同意書作成の決裁から通らないことは非常に多いし、ノウハウもわからないし、どういうやり方をしたらいいのかわからない職員がたくさんいます。「現場でやろうとする職員を、ぜひとも応援ください」とお願いをしたらこの通達を出してくれました。同意書のたたき台も作ってくださり、こういうことでやっていきましょうと応援くださいました。
これと併せて、平成23年6月1日発行の地方税6月号に、「滞納部門による多重債務の発見・対応マニュアル~多重債務者の生活再建と滞納解消のために~」と題して寄稿しています。
稲継 へぇ。
生水 地方税担当者からも、「好きなだけページを取ってくださっていいです」とおっしゃってくださり、ほとんどの自治体の税の部局が読まれますから、通達と併せてこのマニュアルを活用して取り組みを始めましょうと呼びかけました。これは、非常に大きなことで、その後も全国の税務部局が集まってくる課長会議が総務省でありまして、そこでも呼んでくださり、今日のこの資料でプレゼンしました。
稲継 なるほど、なるほど。
生水 都道府県とか政令市等がたくさん来られていましたが、都道府県の方が市町村に対して指導や指示をしていく立場なので、非常に共感いただいたのかなと思いました。現場の職員が不安がっている壁、個人情報の問題や、どんなふうに庁内連携したらいいかというところで、皆さん思いはあってもそこでどうしてもつまずいてしまう。現場が安心して取り組んでいけるように、そして「個人情報の取り扱いが難しいから連携ができない」という言い訳をしないために、しっかりと現場を整備することは大事なんです。
もう1つ、「支払い方法に関する同意書」がありまして、これは多重債務者で滞納している税金について、本人ではなく、受任された弁護士や司法書士が、返ってきた過払い分を直接市役所に納付していただくというシステムです。
どういうことかというと、市民は市役所に税金等の滞納をしている。市民はサラ金業者に借金をしている。市役所と市民の間で、この代理納付承諾書を交わす。市役所は法律家に対して相談者を紹介する。市民は法律家の事務所に行って相談をし、先生が受任されて、過払いがあればサラ金に過払い金返還請求をしていく。サラ金業者から過払い金が返ってきたときには、通常、法律家から市民のほうに返金されるのですが、そうではなくて法律家から市役所に対して「過払い金が戻りました」という連絡があり、市役所が納付書を作成し、そして先生の事務所に送って、先生から直接市役所に代理で納付いただくというシステムをとっています。
平成23年度1年間の統計で、本市の多重債務の相談件数は88件です。このうち、このシステムによって取り戻せた過払い金は4,450万円。今はもう少し増えています。さらに、そのうち公租公課に入ったお金が約300万円。債務整理をすることで、分納で税金に納めていただいている分はここには入っていません。代理納付は一括だけですので、現実的にはこの倍以上のお金が納付されています。
一消費者が支払う約定残債務、いわゆるサラ金業者の出資法ぎりぎりの高い金利だと、1億4,200万円だったんです。でも、利息制限法で引き直すと9,100万円で、約5,000万円近くが圧縮して払わなくてもよくなったお金です。それと過払い金4,450万円を足すと約1億円近いお金が1年間の相談者、88人の元に還元され、それが野洲市内での消費につながったり、ご本人の生活再建につながったりします。
そして、この88件の方の職業ですが、1番多いのは給与所得者39人、次が無職の方が32人です。この39人の年収について、世帯収入になりますが、100万円未満が30人、200万円未満が9人、300万円未満が11人、約300万円未満の貧困世帯が7割強ある中で、無職も32人。債務整理にかかる費用は全て相談者の負担ですから、市役所がこれにかける予算はゼロです。こうした貧困世帯の方に多重債務が多く、かつそこに1億円近いお金が還元されるとなると、職員のやる気とモチベーションと仕組みを作ることで、予算ゼロの事業でもこうした効果が出るということです。
生水氏によるプレゼンの様子
話しは戻って、先ほど個人情報の同意書をとっていますので、ドウタクくんの状況をもっと調べることができます。ドウタクくんには給食費など他の滞納もあるみたいです。ドウタクくんに聞いてみると、「はい、手紙が来ているようだけど、もうわけがわかりません」とのことなので、「じゃあ、担当の職員を呼んできましょう」というと、ドウタクくんが困った目になるんです。本当は、ゆるキャラの目を替えたらだめなんですが(笑)。
稲継 そうなんですか(笑)。
生水 怒られるんですが、ちょっとここだけはいいですよということで。この段階で、職員がドウタクくんの滞納分に関係する担当職員を全員呼んできます。給食費の滞納があれば学校教育課、介護保険の滞納があれば高齢福祉課、水道料金の支払いがあれば上下水道課、こうして色々と調べてそれぞれの担当者に、今、相談を受けていてこの人の状況はこうなので、これから債務整理をするため先生に受任していただきます、と情報を伝え、市役所からの督促を一括化します。これから債務整理をするのにどんな借金の状況なのかを調べる中で、市役所がバラバラで請求をかけていたら、債務者が落ち着かないし、いつまでも整理ができないから、いったん市役所の請求を全部止めるんです。大体1カ月ぐらいかけて先生が債務状況を調べ、整理の方針が決まれば、どんな家計再建をするかということをそれぞれの担当課に伝えていきますから、それまでは止めて様子を見ます。今、どんどん人が集まってきました。これがうちの市役所の一番の特徴で、相談者があちこちに動くのではなく、さまざまな担当課の職員が集まって一緒に知恵を出し合う。で、考えます。はい、先生、これはどこのアングルだと思われますか。
稲継 えーっと、ドウタクくんのテッペンのところ?
生水 そうです、そうです。ドウタクくんの頭、釣り鐘の切れ目から見た納税推進室の職員の顔です。相談を受ける側がてきぱきと「あなた、こうしなさい、ああしなさい」と専門的に言わなくても、こうして僕のために一緒に悩んでくれている、一緒に困ってくれているということを見せることで信頼につながり、正直に話をしていこうと思っていただけます。職員も怖がらずに、市民との間には、このような信頼関係が必要だと思うんです。そして、行政のサービスは申請主義ですので、市民側が申請しないとサービスが受けられないという大欠陥があるので、こちらがしっかりと情報提供をしていく。職員には、市民に対して、こんな制度が使えるからぜひとも活用しましょう、という情報提供義務があると思っています。
もう1つ、縦割り行政と言われている中で、ほかの課が何の制度を持っているか全く知らずに単独で受けていると、そこでサービスのスキマが生まれ漏れが出てしまう。例えば、納税推進室の職員が、学校教育課と納税推進室が一緒に話を聞くことで、生活が苦しそうだ、子どもさんもいるようだ、そうしたら就学援助申請につないでみようということを学びますので、現場の中でモチベーションが非常に高くなるし、お互いが学び合うんです。
これがうちの特徴なんですが、1つの部署、1つの窓口、1人の職員だけがいくら頑張ってもだめで、人事課、総務課、出先機関等の発達支援センターから福祉、納税、水道、さまざまな担当課が、多重債務で生活困窮している人に対して一緒にみんなで助け合おうという共感と認識を持つ。市民の皆さんに向かってアンテナを張って、何か困ったことがあれば市役所に相談に来てね、とアピールすることが一番大事で、こんな人たちが手伝ってくれれば大丈夫だよというメッセージをしっかりと伝えていく。最後、この写真の真ん中にいるのが本市の山仲市長です。
稲継 ああ、そうですか。
生水 「市長、写真を撮らせてね」ということで、こういうことにも出てきてくれます。「着ぐるみですか?」と言っているのが、当時子ども家庭課の職員で中身に入っています。
稲継 ああ、そうですか。
生水 こうした様々な部署の職員が、写真を取るのに協力をしてくれるのです。
稲継 (笑)。
生水 ああ、また何かやってるな、という感じで。こういう仕組みは消費生活相談室だけでできることはなく、どこの制度を使って、どんな仕事をして、と一緒にやっていかないと整わないので、オール市役所でやっていくことが大事だと思います。また、ドウタクくんには「借金だけではなく、本人がリストラされてしんどかったらお母さんの介護保険も減免できるし、一緒に考えていこう」と、一度に払わなくても分納もできるということをどんどん情報提供していく。そして、借金の整理は進められたけど、このときに失業していたら、うちはパーソナル・サポート・サービス事業により、ハローワークと連携して、就職ナビゲーターの派遣を受けて就職相談を行っているので、今度は就労支援に入っていく。また、「夜が眠れない」と言えば、すぐに健康推進課の保健師につないで、必要があれば自立支援医療の公的負担、1割負担の通院につなげていく。さらに、この方のお子さんが不登校だったら学校教育課に連絡をして、学校と連携をしてすぐに情報を共有していく。実際にここから不登校の部分が見えてくることが多くあります。
稲継 そうですか。
生水 困窮されている家庭のお子さんは、学校に通うのが非常に難しくなっている。貧困の連鎖があり、貧しさで困窮する家庭のお子さんが学校に通えなくなると、授業にどんどんついていけなくなり、学力が落ちていく。将来の学力で貧困の連鎖を断ち切るのは、非常に大事です。子どもが今学校に来られていない理由を調べていくと、その子の家庭に支援が必要だということが見えてきます。このように、家庭の借金を取っかかりにして、その方が抱える家庭の色々な課題にそれぞれ担当課が一緒に考えてやっていく。市役所には命を守るサービスがすべて揃っているので、それらのサービスにしっかりとつなげていくために、この市民生活相談室がコーディネート機能を担っています。
また、本市は弁護士事務所と司法書士事務所各5つほどと連携しています。様々な事情で各事務所に行けない相談者の方には、先生に市役所へ来ていただいて、担当職員を交えて債務整理の受任をいただく等の方法も取っています。相談を聞いて借金のあることがわかり、先生に連絡して、その方が借金問題を解決したとしても生活ができなければ、すぐに生活保護の担当につないで申請をし、同時に先生の債務整理も受任いただき、心の問題があれば保健師の相談に繋ぐ。そして貸付が必要ならば社会福祉協議会に連絡し一緒にやっていく。活用できる行政サービスを探して繋いでいく。こんな流れでやっていきます。先生は面談をされ、受任をして、取引履歴を送ってもらい、過払い金があれば回収する。過払い金が返ってきたら、先生から市役所に「返ってきました」という連絡があり、そこから本人を交えて関係職員で協議をします。
例えば、「税金滞納者を相談に繋いで100万円戻りました」とします。でも、税金滞納の100万円全額に支払うことで、他が何も払えないのはよくないので、相談者の生活再建をベースにして支払の優先順位を協議します。今、介護保険を使っていて、介護保険には時効がありますから一番に介護保険料を払いましょうとか、追い出されると困るので家賃に充当しましょうとか、病院にお世話になっているから病院から支払いましょう、ということを協議して、生活の優先する順番に払います。これがしっかりとできれば、相談者は次、2回目、3回目と違う事案であっても、何かが困ったことがあればまた市役所にご相談に来ていただけるようになります。以上ちょっと駆け足でしたが、ご説明させていただきました。
稲継 はい、ありがとうございました。感銘を受けました。
生水 いえいえ。
市民生活相談室
稲継 今、ずっとお話をお伺いしたんですが、消費者センターというタイトルではなくて「市民生活相談室」という部署の名前になっている意味がようやくわかりました。単に消費者問題だけを解決するのではなくて、それはあくまでも取っかかりなんですね。
生水 そうです。消費者庁が設置された後、名前を消費者センターにしようかどうかという議論があったんです。でも、今、先生がおっしゃったように、広く市民さんからの困り事、生活に関する相談をすべて受けていくとなると、消費者センターではなく「市民生活相談室」のほうが非常にわかりやすいだろうということで、あえてこの名前を残しました。
稲継 非常にいい取り組みで、全国の消費者センター、色々と頑張っておられる消費者相談員はたくさんいらっしゃいますが、どうしても自分の所掌事務というか、消費者問題に関して相談に乗ることと、あとはPIO-NET(パイオネット)に入力することが過重な負担になっていて、消費者目線を大事にしているけど、市民目線、困っている方の本当の問題解決のところにまで踏み込んで取り組んでいるところはそんなに多くないと思うんですが、全国を見ておられて、どうですか。
生水 以前の消費者センターに寄せられる相談の質と、最近の相談の質は変わっているんです。私は平成11年から相談員をしていますが、以前は訪問販売のトラブル、いわゆる契約に関する消費者トラブルが非常に多かったです。今は、いろんな法律が整備されて訪問販売のトラブルは減少してきている。反対に、多重債務、生活困窮、いわゆる生活そのものに関する相談で、相談の質と内容は非常に変化しています。そのときに、「消費者問題」というカテゴリーでくくってしまうことで、市民にとってどのような行政サービスを提供することが一番いいのかという視点を失ってしまうのではないかと思い、野洲市ではあえて「市民生活相談を受ける」スタンスにしています。今、おっしゃったとおりです。
稲継 今、プレゼンをお聞きしていて、普通はいろんな窓口があり、滞納しているところもある。ここでは市民生活相談室にお見えになった市民を取り囲んで、いろんな部署の人か集まってきますよね。これってすごいですよね。
生水 自分が市民の立場で市役所に相談に行ったときに、どうしてほしいかというのが原点です。私は相談員になる前、困ったときにどこの窓口に行ったらいいかわからなかった。行った先で「あそこに行きなさい」と言われても、次、またどのように行ったらいいかわからない。勇気もいる。そうすると、市役所というのは大きな組織であり、相談する場所ではないと思ってしまっていた。だから、自分が相談員になったときに、そういったことはなくそうと思ったのです。市民目線できっちり対応することが必要だと考えています。
稲継 そこにみんなが集まってくるという仕組みもすごいことですが、もう1つすごいなと思ったのは、市役所は本来縦割り組織で、部局ごと、課ごとに所掌事務が完全に決まっていますから、対象は同じ市民だとしても、自分と関係のない仕事にまでいろいろと口は出さないという風土がどこの市役所にもあると思うんです。それが野洲市の場合は全然違う、コペルニクス的転回だなと思ったんですが、いかがですか。
生水 今、使っている言葉は「おせっかい」です。行政においての欠陥は、先ほどお話ししたように、「申請主義」、市民がサービスを受けたいと申請しないと行政サービスは受けられないという大欠陥があると思っているので、職員は情報提供をしていく義務がある。その時に自分の担当する業務しかわからなければ、「すき間」に陥ってしまう相談者が生まれる。他の担当課にはどんな制度があって、どんなことをしているのかを知ることによって、その「すき間」を少しでも埋めることができ、行政サービスを受けられずに困窮する方々をなくすことができるだろうと思います。
この「すき間」を埋めるにあたって、例えば法律をいろいろ細かくつくっても余計複雑になっていくだけで、一番大切なのは、マンパワーという大前提のもとに、他の課にどんな制度があるかというしっかりとした意識を職員が持ち、「おせっかいな精神」を基本にしてみんなが手をつなぎ合えば、すき間を埋めることができるだろうと。これが究極のパーソナル・サポート・サービスだと思っています。
相談に来た人に各部署を回ってもらうのではなく、相談窓口に各部署の人を集めて一挙に問題解決に取り組むという新しいスタイルの生活相談に取り組んだ生水さん。他の部署からの抵抗などはなかったのだろうか。
(以下、次号に続く)