メールマガジン

第90回2012.09.26

インタビュー:静岡市福祉総務課 副主幹 小林 久展 さん(下)

 農林水産部に移り、自由な発想で山間地域振興施設にかかわることになる小林さん。これらの施設へ足しげく通うことになり、結局は、そば作りまで本格的に行うことになった。


小林   面白いですね。ですから一から最後のところまで、しかも、それが売り上げになって見えてくるとなれば、公務員ではなかなかできない仕事なんです。

画像:小林久展氏
小林久展氏

稲継   なかなかできないですね。

小林   新規の施設の場合、当然目新しいので多くの人が訪れて、開館当初は順調な運営が出来るんです。そこからしばらく時間が経過して売り上げが落ちてきている施設のリニューアルができることがやり甲斐があって、すごく面白いんです。ちょうど在籍中に清水市と合併があって、清水市民が大切にしてきた市民の森という森林公園に出会ったのです。そこには食堂と売店の山間地振興施設が2ヶ所あり、12年目を迎えていました。そこに勤めるおばさんたちが「おそばの味がすごく落ちていて、何とかならないかな」という話があったんですが、僕らが担当している森林公園の管理棟を造る計画についているのは、管理棟の建設費と管理棟の備品の予算しかなかったんです。でも、何とかリニューアルをさせたい。
 静岡の山間部というのは1時間走らないと行けないんですが、ここは30分で行けるところにキャンプ場があって、地元の野菜を売る売店があり、旬な食材を使った食堂があって、市営温泉まである。せっかく管理棟を建設するならキャンプ場の利用率を上げて、既存のポテンシャルを生かしたリニューアルをすることで価値を高め、ココを知らない旧静岡市の人に魅力をPRしようと頑張ったんです。また、おばちゃんたちが「蕎麦のクオリティーを上げたい」と言う相談は、市に予算がないので自分で企画のシナリオを書きました。でも、おばちゃんたちに企画は全部説明しなかったんです。「何とか俺、売り上げを上げるから、おばちゃん、俺に40万円、託してくれないか」とおばちゃんたちの会議でお願いに行きました。すると「ええぞ、もう、おまえに任すわ」というお話をいただいて、40万円でそば挽きの機械を買いました。使った予算はそれだけなんですが、おばちゃんたちとすれば大金です。とにかく3たて(挽きたて・打ちたて・茹でたて)の蕎麦をやろうと。抜本的な改革のために、機械を購入したんです。

稲継   やっぱり、挽きたてがおいしいですね。

小林   おいしいですね。さらに、蕎麦の実も小分けに北海道から仕入れることにしました。今までは1年分ストックした蕎麦の実を1カ月単位で挽いてもらっていましたが、「今はいい配送のシステムがあって、そんなに高くないから」という話をしたんです。また、食堂の定食メニューは、地元のいい素材や凄く美味しい物をてんこ盛りにした2つとお蕎麦が2つで4種類しかなかったんです。そこで、作るものを変えずに、組み合わせを工夫して、レディース定食など定食を9つに増やしたんです。単品のてんぷらは、300円で大きいのが7種類も載っていましたから、これだけでおなかがいっぱいになっちゃうんですよ!これでは売り上げが伸びない。ただ、山の人たちにとっては、お客さんにたくさん振る舞っておなかがいっぱいで歩けない姿を見るのが一番嬉しいんですよね。

稲継   そうですか(笑)。

小林   そんな人情あふれる気持ちを大切にしながら、でもだめだよ、と教えなくちゃいけないんです。それが山のルールで、山の人たちの喜びなんですけど、ここに来る人はご高齢の人が多くて、子ども連れも来ますが胃袋が大きくないですから。ここの食堂で食べて少し物足りないと思ったら、売店で何かを買ってくれるでしょう。だから、お饅頭や甘いお菓子を売店で買ってもらうためには、ここで腹八分目にしないとだめだよということを教えたりして、メニューも全部組みかえました。美味しい物を少しずつ食べて貰うんです。もちろん売店にあるお菓子もプチデザートで。
 おそばは製法を変えましたが、打ち方の腕も上げなくてはなりません。以前からいろんなところで体験して自分なりには勉強していたんですが、出張で行った猿ヶ京温泉ですごくおいしいおそばを食べた覚えがあって、そこのおばちゃんに電話をかけて「こういうことで、みんなに指導したいから教えてくれ」って言ったら、「住み込みでいいから、うちにおいでよ」と快く引き受けてくれたんです。二泊三日で夏休みを取って勉強に行きました。二泊三日で何とか打てるかなと思っていたら、「おばちゃん、どうですかね?」と言ったら「もう1日追加だな」って言われて、急遽「夏休みをもう1日追加してください」と職場に電話をかけました。そこである程度打てるようになって、おばちゃんたちにそのテクニックをフィードバックしたんですが、全くそのままではできないんです。なぜなら、僕らは力があるからできるんですが、山間部の人たちは平均65歳で力がなくてどうしてもだめでした。そこで、そばをうどんのように踏んで作ってみようとか色んなことを試行錯誤でやってみました。先週、山間地の小学校で福祉教育の授業があったついでに「味が落ちてないかチェックだよ」なんて笑いながら寄ってきましたが、味は全然落ちてないんです。いまだに同じやり方でずっとまじめにやってくれていました。
 最後は、おつゆで悩んだんですが、おばちゃんたちは「かえし」を3週間寝かせる作り方をしているんですが、どうしても匂うんです。そこで、僕と勝負しようということになり、僕はインターネットで調べながら、いろんなつゆを作っておばちゃんのところに持って行きました。でも、僕のおつゆは深みが無いんです、その日にできてしまうので。

稲継   なるほど。

小林   それと、既製品のつゆとも比べようと。風味が弱いであろう既製品のつゆと比較させたのは、万人受けする味に少しでも近づけたいから。これを先入観が働かないように白い紙コップに入れて比較するんですよ。

稲継   テイスティングをするんですね。

小林   そうですね。ブラインドチェックをするんですが、「なかなか、うまくいかないな」ってみんな同じ感想を言うんです。毎週月・木曜日に必ずつゆのチェックをしていましたが、それを3ヶ月やりました。だから、何種類作ったんでしょうかね。最後の最後にブラインドチェックしたときに、おばちゃんが「こうやって混ぜてみたら、おいしいよ」という話になって。最後に作った僕のつゆと、おばちゃんたちが最後に作ったものを混ぜたらすごくおいしいものになった(笑)。本当に偶然なんですけど、あれは嬉しかったですね。おばちゃんたちも泣いていましたね。それで今も同じつゆでやっています。

稲継   そうですか。

小林   すごく温厚でいい人たちなんですが、自分から声をかけるのは苦手なんです。こっちから一声かければ、すごく優しい笑顔になるんですが、最初は強面なんです。だから、おばちゃんたちに「いいですか。みんな、お客の商売をやるんだよ。だから、毎朝鏡を見て、ニコっとしてきてください。笑顔が作れなかったらだめだよ。奥に入っている調理の人もニコっとしてから来てね」とか「表に立つ人は口紅をしてきなさい」とかお願いしました。「おはようございます」、「ありがとうございました」と全員で並んで練習もしました。「こんなことやらされると思わなかったよ」とか言いながらやりました。でも、楽しんでやってくれましたね。おばちゃんたちと一緒に旅行に連れていってもらったりしたこともありました。おばちゃんたちの自分たちの積み立てのお金で「ちょっと旅行に行くから」と、「そんなタダの旅行じゃいかんよ」って言ったら、「勉強しに行くんだ」って言うんで、「じゃあ、俺、付いてかなきゃなんないよな」って言ったら「ええわ、おまえさんの費用は全部うちらがみてやるで」ってことで連れていってもらったりしました。そういうアットホームな感じで、山は本当に楽しいですよね。そんなことを繰り返して1年が経過したら、2,500万円だった売り上げが4,000万円ぐらいまで上がったんです。おばちゃんたちの時給も650円から1,000円に上がったって言っていました。

稲継   それは素晴らしいですね。

小林   話題にも出ましたが、キャンプ場のリニューアルもやりました。旧清水市時代のキャンプ場の予約は、ゴールデンウィーク明けの日曜日に清水市役所で行うんですよ。日曜日に家族の人たちがみんな市庁舎をぐるぐる囲むように列になって、何回も予約したいので何度も何度も列に並んでいるんです。僕も日曜日は潰されたくないので(笑)、何とかならないかなと思ってインターネット予約の仕組みをつくりました。基本的に予算ゼロなので、CGIソフトを使わないホームページを書き換える方式で空き情報を公開して、電話かファクスでないと受付はしないことにしました。ただ、集中すると優先の管理が大変なので、1ヶ月前きっちりからしか予約を取りません。連泊するには次の日も電話してくださいとしました。予約する側からするとすごく大変なシステムにもかかわらず、みんなそれに協力してくれて、利用率も5倍に上がりました。特に、NOSHOW(連絡なしで当日来ないこと)が減りましたね。当然ですよね、5月に予約しても、その時点でお父さんの8月の予定なんか決まってないですからね。

稲継   それはそうですね。

小林   キャンプ場にたくさん人が来れば、当然、そこの売店も儲かるし、温泉も儲かるし。どこかを一つ動かすのではなくて、それらを総合的に改善させると大きな効果を生みますから、そういう意味ではリニューアルは頭の使い方次第な所も大きくて面白いですね。
 色んな谷(や)があるのでしょっちゅう山に上がっていましたね。打ち合わせはたいてい夜なんです。皆さんご飯を食べて、7時半とか8時からやるんです。すると、公用車で現地に行って役所まで帰ってきて、また自分の車で帰るとなると帰宅が遅くなっちゃうじゃないですか。毎日12時過ぎちゃうのは嫌なので、本当はダメなんですが、自分の車で直接行くことが多かったです。実は、自分はプライベートでレースをやっていまして、ちょっと派手な車に乗っているんです。山に登って、おばちゃんに会うと「この前の月曜日は違う谷(や)に上ってたよね。最近、うちの谷(や)に来ないよね」って(笑)、嫉妬めいたご意見もいただいたりして。でも、そんな人気がうれしかったです。

稲継   今、お話を聞いていて、完全に住民の中に溶け込んで仕事をしておられるというイメージを持ちました。

小林   そうですね。でも、役所の上司にはゼロ円の事業ですから残業もつけずに、企画も無ければ、目標もないし、さらっと話すことはあっても、成果報告をしませんから、どれだけのことをやったのか知らないんです。でも、自分が人事評価を意識しなければ逆に承認という面倒なことを省けるので、その方が良い仕事が出来ることも少なくないと思います。地方公務員として、目の前の人にどれだけ喜んでもらうか。僕らは、上司が喜ぶ仕事なんかしてもしようがないんです。行政マンとして、末端の地方公務員として、接している人が窓口に来て書類を書くだけでも、この人がどれだけ気持ちよくやってくれるのかが勝負じゃないですか。そんな住民本位の仕事を長年かけてやれるのはすごく楽しいなと思いました。ある意味、僕がここで今、福祉を語れるのは、山の地域福祉でいろんなものを教わったからという気がしますね。

稲継   山の地域福祉ね。

小林   はい、そうですね。そういう温厚な人たちに、いろんなことをいっぱい教えてもらったな。自分は町のことは教えながらも、逆にいっぱい教わったなという気がします。

稲継   なるほどね。今のお話でレースの話が出てきましたが。

小林   はい(笑)。

稲継   プライベートでレーサーとして、日本チャンピオンになったとお聞きしたんですが。

小林   はい、そうなんです。

稲継   これはどういうレースですか。

小林   ジムカーナという競技で、たくさんの車が一遍に走るのではなくてタイムトライアルのレースです。

稲継   なるほど。

画像:フォーミュラカー(小林氏搭乗)
フォーミュラカー(小林氏搭乗)

小林   個人が1台ずつ走って一番早い人は誰かという競技です。日本のモータースポーツというのはJAFが一括して管理していまして、認定されているレースと認定されていないレースがはっきり分かれています。認定されているレースは全て全日本選手権枠の競技であり、みながそこを目指しています。レースのヒエラルキーは、トップからフォーミュラ・ニッポン、GT選手権、F3というのがあって、その下にラリー、ジムカーナ、ダートトライアル、カート選手権が並んでいます。そのジムカーナの中もヒエラルキーを構成しており、全日本選手権、地方選手権、県シリーズと階層が明確化されていて、その中のトップ、全日本選手権で7年チャンピオンをやらせてもらっています。しかも、全日本ジムカーナの中のクラス分けで一番速いカテゴリーで、フォーミュラカーと言ってF1みたいな車に乗っているんです。

稲継   普段もこれに乗っているんですか。

小林   いやいや、それはレース専用で公道は走れませんので。

稲継   なるほど。

小林   実は、昨日もお休みをいただいて鈴鹿サーキットに行って、次の全日本選手権のための準備をしてきました。

稲継   ああ、そうですか(笑)。準備というのは、普通はどういうことを? トレーニングとか?

小林   トレーニングは体を鍛えるだけです。

稲継   あとは、サーキットに行って練習をするということですか。

小林   サーキット走行は、人もお金も準備も多くの手間があって簡単に走れるものではありませんから、練習をやりたくてもやれないスポーツなんです。ですから練習はあまりできません。自分の中の引き出しは実践で増やしていくという感覚がありますし、実践の決勝の前のテスト走行もあります。全日本選手権は、金・土・日曜日で行きますが、金曜日、土曜日と走って、日曜日が決勝になるので、そこでいろいろと自分の技を鍛えます。

稲継   そうなんですか。

画像:レーシングスーツ姿の小林氏
レーシングスーツ姿の小林氏

小林   僕らは特にトップを走っているので、企業イメージの向上ということで僕らのレースのためにはタイヤメーカーさんはお金を出して、常に速くなるようにと色々なタイヤを開発してくれます。サーキットごとに路面が違うので、路面に合わせてタイヤも合わせなくてはいけないので、年間に4、5種類のタイヤを作ってきます。昨日、もうそろそろ暑くなってくるので、暑い路面用のタイヤを昨日は2種類作ってきていただき、「どれがいいかという評価をしてください」というオファーがありました。それと、うちのマシンに新しい部品が1つ付いたので、その製品の評価もすることになりました。
 また、部品メーカーから製品の評価を依頼される事が良くあります。つまりテスト走行です。でも、モノを評価をすることは、すごく緊張感があります。メーカーはテスターにかけてきて、大体これがどんな性能を示すのかわかっているんです。さっきのおそばの話じゃないですが、いつもブラインドチェックなんです。どういう製品なのか性格を説明されないまま、いきなり「乗ってみてください」と。その後「今、使っている製品とどこが変わったかということを評価してください」と評価シートを渡されて、それに対して点数を記入し、自分のフィーリングを感想で書くんです。それが当たっているか当たっていないかは、向こうが見れば一目瞭然なんでしょうね。とは言いながらも、この依頼を10年ぐらいやらせていただいているということは、とんちんかんなことは言っていないんだなという自信にはなっています(笑)。

稲継   なるほど、なるほど。

小林   そういうことをやっているから、仕事においても第三者的な客観視の評価できる力が育てられたのかなと感謝する部分もあります。

稲継   なるほどね。ありがとうございます。プライベートな話までお聞きして、ありがとうございました。

小林   いえいえ。

稲継   ずっと福祉の話から始まり、山のおばあちゃんのおそばの話もお聞きしましたが、常に自分も楽しみながら、予算のない中で何かをやっていこうという姿勢が伝わってきました。このメルマガを読んでおられる全国の市町村職員の中には、私ももっと飛び出したいがなかなか飛び出す勇気がないとか、もう一歩がジャンプできない人もたくさんいると思うんです。最後に、その人たちに対して、小林さんから何かメッセージがありましたら、ぜひお願いしたいと思います。

小林   難しいですね。飛び出すためのメッセージですか。うーん、そうですね。

稲継   小林さんは、考えてロジカルにそういうことをやってこられたわけではなくて、自然にやってこられたわけですよね。

小林   僕は、何で上司と闘ってでもここまでやるのかというと、自分自身が公務員をばかにされるのが嫌なんです。いろんな不祥事があって「公務員なのに」とか、「おまえらは、税金で飯を食っていやがって」とか、そういう見方をされて、あたかもルーティンな仕事しかしていないように見られてしまうことに嫌悪感を持っています。だから、それに対して何とかしてやろうという意識がすごくあります。でも、その思いで前向きに進んでいくことに対して、上司の1人か2人は絶対に反対します。「いいことだね。よし、やってみろ」と言う人は本当に少ないです。上手なオモテの理由を付けて、役所としての都合に合うように、役所としての利益が上がるようにうまく交渉して、腹の中で「おまえら、ざまあみろ、裏で俺はこんなことを考えているんだ」と2枚看板で企画するテクニックはすごく鍛えられましたね。それでも、まだ反対する人はいっぱいいるんです。

稲継   そうでしょうね。

小林   結局、上司も変わってくれなくちゃダメなんですよね。僕は上司と色んなところで闘っていますが、上手く交渉が進まないと、自分の席に帰ってきて机を叩きながら「だから、俺は、公務員は嫌いなんだよ」って言っていますから(笑)。

稲継   (笑)。

小林   自分も公務員なんですが。「だから、くそっ、ここの会社、大嫌いだ」とか、負けて帰ってくるといつもぶつぶつ言っています。例えば、JIAMでは、ユニバーサルデザインの海外派遣研修をやっていますよね。あの海外派遣研修に、僕は手を挙げたことがあるんです。実は、そのユニバーサルデザインの海外派遣研修について、申し訳ないんですが、こんな研修をしても意味が無いと思っていました。ユニバーサルデザインを見にいこうといっても、先進国をずっと回ってくる感じじゃないですか。確かに、先進国ではユニバーサルデザインが進んでいます。ただし、マインドが無いんです。

稲継   うん。

小林   だから、マインドのあるような北欧に行けば、ユニバーサルデザインもバリアフリーもないんです。そこでは、人が優しいからそんなことをしなくてもできる、そんなことしてもらわなくてもいいというのが基本なんです。市役所内でユニバーサルデザインの中心となる人が、北欧以外の国でその技術を見てきても何にもならないんです。ユニバーサルデザインを勉強するならマインドの部分、先ほどまで話したような内容が重要なんです。
 昨年、本市が初めてそのユニバーサルデザインの海外派遣研修に職員を派遣した時のことですが、公募で選考だったんですよ。行きたいと手を挙げた人が8人ぐらいいたのかな。僕も当然手を挙げたんです。でも、実はそれに行きたいと思ったんじゃないんです。ユニバーサルデザインという名前のもとに、僕ならこういうところを見てきたいと思って、自分でコースを作ったんです。当然、落ちました。「JIAMがこういう派遣研修をするので、市役所としてもこれだけの枠内で、上司が動いて、これだけの予算を取ったんだぞ。それに対してお前は、なんでそれを覆すようなことを言うのか」と言われましたが、「だって、それ、意味ないですから。このほうがいいと思いますよ」という話をしたんです。役所の仕組み上ここまで進んで来てしまったものに対して最後に大どんでん返しをしてでも、本当のユニバーサルデザインとは何かを言いたいがゆえに、わざわざ手を挙げたんです。
 その日は、たまたま茂木サーキットで走行会があったんです。朝3時ぐらいに静岡を出て茂木に7時について、午前中はサーキット走行をして、午後はその面接のために新幹線で宇都宮から帰ってきて、静岡で4時から面接を受けて、さらにその日は職場の旅行で夜には羽田から沖縄に行ったんです(笑)。その面接のためだけに。何のために帰ってきたの、別に羽田で待っていればよかったねという話なんですが、そこまでしてでも長いものに巻かれるのが嫌なんです。
 業務改善でいくつも金賞を取っているんですが、2年ぐらい前に業務改善研修をやったときに、とにかく相性の悪い上司がいました。僕が言うことは何でもだめ。以前のことですが、たまたま市民討議会の予算が3回分余って、それを使って福祉大学に行って福祉の授業をやりたいという企画を通したんです。市内の障害者の方を6人連れていき、大学生を30人集めてみんなで取り囲んで、この人のためのユニバーサルデザインを考えましょうという講座をやりました。そこでのユニバーサルデザインとは、もうあるものではなくて、固定観念に縛られないように10年後に開発できるものと設定したんです。だから、例えばパソコンに足が付いていて、自動で歩いても構いません。そいつが勝手に充電器の上に座っても構いません。そういう奇抜なアイデアでもいいから、この人が今困っていることを何なのかを聞き出して、それに対して、あなたが考えましょうという講座をやったんです。福祉大学といっても、どこかの福祉施設に行っておむつ替えや食事をあげたり、そういうことしかやったことがないんです。彼らが障害者のためにいろんなこと聞くじゃないですか。「それってどうなるの?」、「それ、困ったらどうする?」といろいろと会話が進むんです。「では、こんなものをしたらどう、あんなものしたら、これだったらどう、あれだったら」ということを1回、2回とやり、最後の3回目は開発した商品を記者会見風に発表するんですが、発表するときには障害者の方たちが「この子たちが、私のためにこんなに熱くなってくれたことがすごく嬉しい」と喜んでくれ、学生たちも「福祉ってすごい。こんなに喜んでもらえる仕事なんだ」と喜んでくれました。例えば、彼らに障害者施設に行って食事を出す体験をしてもらっても、障害者の方たちにとっては単に職員から代わっただけなんです。そうではなくて、この講座を通じて「人のために働くとはこういうことだ」という真髄を彼らに学んでほしかったんです。だから、すごくいい授業ができたと思います。

静岡市役所
静岡市役所

 実は、NHKがこの企画に飛び付いて「特集をしたい」という話があったんです。その資料を土日に来て作っていたら、たまたま相性の悪い上司が来て、僕がプリントアウトした資料を見ていたんです。しばらくして、上の方から「この話はなかったことにしろ。役所としてのオーソライズができてないから」って止められたんです。「福祉に対しての夢を書いているだけなので、オーソライズがいるかよ」という話をしたんですが、最終的にはOKが取れずボツになりました。でも、その年に、この事業のことで業務改善提案で銀賞をもらったんです。みんなの前で公表する機会があったので、事業発表をした後に、部長や局長クラスの偉い人たちに、「あなたたちに承認する勇気がないと、こういう良い提案は実現できません。あなたたちの勇気の無さが有効な事業をスポイルさせているのです。それをわかってください」と言ったら、拍手している人が何人かいましたが、例の上司はくやしそうにしていましたけどね。

稲継   (笑)。

小林   「してやったり」と思いましたね。でも、役所だけではなく、今は民間でもとにかくクレーム社会になっていて、なぜそんなことを言ったのか、なぜそうやったのかと言われるので、奇抜なことができなくなってきてるじゃないですか。責任主義、説明責任ということを恐れるばかりにいい攻めができなくなっていて、それが日本の社会全体の風潮になっているのかなと思います。そこを何とかしていきたい。少なくとも、僕の周りだけでも何とかならないかなと思ってやっているんです。役所だから民間よりももっと厳しい部分もあるのかなという気もしますが、負けてはだめです。マインドは持っておかないと。達成したときの気持ちよさを考えると、一生涯これかなという気もしますね。

稲継   なるほど、はい。

小林   そういう意味からすると、早く偉くならないというのも、責任が背負わされないので、僕らみたいな「企画屋」には都合がいいのかなと。

稲継   なるほどね(笑)。

小林   そんなアドバイスをこのHPですると怒られちゃうんでしょうが(笑)。

稲継   今の話の中で、マインドを持ってやるということと、何かを達成したときの「してやったり」という達成感が非常に大きいという話は、全国の皆さんに伝わったと思います。

小林   ありがとうございます。

稲継   今日はどうもありがとうございました。

小林   いえいえ、すみませんでした。雑ぱくな話で申しわけありません。


 プライベートの生活も謳歌する小林さん。仕事においても、9時から5時までの公務員のイメージとは大きく異なっている。
 担当業務の枠を超えたグレーゾーンへの挑戦。
 どこまでが公務員の勤務時間内の仕事なのか、どこからボランティアワークになるのか。
 実は、両者の間の線引きは簡単ではない。その線引きの再定義を、考える必要性が出てきているのかもしれない。