メールマガジン

第86回2012.05.23

インタビュー:直方市中心市街地整備振興課 主査 松田 欣也さん(下)

 GISを役所内に構築して、国勢調査人口の回収率を飛躍的に高めることに成功した松田さん。このことが評価されて、米国での表彰式、報告会に臨むことになるが・・・


画像:松田欣也氏
松田欣也氏

松田   僕はいつも言っているんですが、これは自治体GISに限らずよく言われているのは、GISは「システム:GIS」と「データ:地理空間情報」と「使う人」の三つがうまく機能してはじめていい事例になるということです。システムについては、昔は使い物にならないようなものもあったんですが、現在はGISもかなり成熟し、システムの問題はほぼないと思います。データも昔と違ってかなり流通していて入手しやすくなっている。問題は、システムを使うのもデータを活用するのも人で、人がうまく機能しないと自治体GISはうまくいかない。どこの自治体もそうなんですが、行政で関わる法律は同じで、そのアウトプットもほぼ一緒なんですが、同じソフトを使っていても、一方はうまくいくし、一方はうまくいかない。人や組織が違うだけなんです。

稲継   なるほど、その通りですね。

松田   そのため、人を何とか変えないといけないというので、GISに関係する人と人のコミュニティを何とかしたいということで意識的にいろいろな取り組みをやっています。直方市では、GISワーキンググループのミーティングを月に2回ぐらい開催しています。これは各課のコンテンツの進捗や新しい要望などの情報を集約したり、最新の技術動向の紹介や、それをどの分野で試行すると効果が出るのか、といった議論をしています。それと、GIS活用推進委員会として、各課から委員を1人出してもらい全庁的な情報共有を図るため、現在年4回ぐらい継続して開催しています。
 県レベルになりますと、九州大学にGIS基礎技術研究会という組織がありまして、2004年ぐらいから個人的に参加して、2011年からは幹事も務めております。これは東京など様々な地域から有名な講師をお招きして、地元九州の人に向けに講演会を開催しています。それに私の知っている自治体職員をお呼びして講演していただいたこともあります。
 その他に、九州大学は独自にGISの研修もやっています。我々も当初使うときは操作がわからなくて九州大学に通って教わった経緯もありますし、今でもかなりの方が受講されています。これが年に8回あります。最近は自治体職員の会員も増えましたので、自治体、大学、自治体GISに関わっている業者、いわゆる産官学が連携したコミュニティ作りも行っています。直近では、GISを導入しているがうまく運用ができていないと相談を持ちかけてきた自治体へ視察に行って、何が悪いのか、どうしたらうまくいくのかといった意見交換会を行っています。他の自治体がどう運用しているかというのは、我々もなかなか見る機会がありません。大学や業者も含めてみんなで行って、喧々囂々の議論をし、情報の共有を図ろうという取り組みを行っています。

稲継   うん、なるほど。

松田   その他は、全国で開催されるGISセミナーで出会った自治体職員とメーリングリストを立ち上げて連絡などを取り合っています。メーリングリスト用に、GISベンダーのマークである地球をかじるロゴマークを作りました。GISのベンダーを、ガバメントだけにガブッと噛みつくぐらいの気概を持って、我々自治体職員も頑張っていこうという決意を表現したものです。アメリカの講演会で公開してきましたよ(笑)。

稲継   なるほど。今、アメリカの話がありましたが、以前松田さんはアメリカに行って直方市のGISについてプレゼンテーションをされたと聞きました。それはどういうきっかけだったんですか。

画像:ESRIユーザー会
ESRIユーザー会

松田   GISベンダーのESRI社が、アメリカのサンディエゴで世界的規模のユーザー会を、毎年開催しています。世界中からGISのユーザーが集まる世界最大のGISイベントなんです。GISを活用している自治体職員や大学の先生で定期的に参加されている方の話も聞いていて、ぜひ一度行ってみたいという思いがありました。当初、個人的に休暇を取って参加し、どうせ行くならスピーチでもしたいなということで申し込みをしていたんです。

稲継   プレゼンのエントリーをしたんですね。

松田   そうです。その後にSAG賞を直方市が受賞したという通知がありました。「SAG賞(Special Achievement in GIS)」とは、ESRI社のArcGISを使っている企業・団体の中で秀でた成果を修めているユーザーとして世界から150ぐらいの団体に与えられる賞なんです。

稲継   10万のユーザーの中から150ですね。

松田   そうですね。日本においては、ここ数年1団体なので、直方市は2011年の国内チャンピオンということなんです。2010年が九州大学で、2009年は北海道の酪農学園大学、2008年は新潟県、2007年はソフトバンク、2006年は東京都が受賞しました。そんな名だたる受賞団体の中に、「何て読むんだ?」と思われるような直方市が入っていると。

稲継   そうですか(笑)。

松田   受賞理由は、先ほどのサイトライセンスが自治体向けに販売され2年ぐらいが経ち、その中で直方市が一番上手く活用していると評価されたためだと思います。その他にもいろいろあると思いますが、直方市の特徴はワーキンググループを組織し、お金をかけずに取り組んできたこと、無料からステップアップしてきたという経緯、あと定量的な効果測定を行っていることなどです。GISというのは紙の地図がシステムになった瞬間に、ソフトの定性的な効果が出るんです。当然、紙をめくる必要もありませんし、つながって見えますし、それで従来は満足して、これを導入したからどれだけ時間が縮減されたかという定量的な効果を自治体がなかなか出していなかったんです。直方市はフリーソフトを使っている頃から、経費がどれだけ縮減できたかということを節々で整理していましたので、自治体としては珍しかったようです。あとは、大学との連携や地域のコミュニティへの参加などを評価していただいたようです。これが実際にアメリカでのプレゼンの様子です。

ESRI国際ユーザー会直方市事例紹介(YouTubeにリンク)前編後編

稲継   2011年は、日本から唯一受賞され、アメリカでプレゼンされたんですね。聴衆のほとんどは日本人ではなかったと思いますが?

松田   そうですね、はい。

稲継   もちろん英語で報告されたと思うんですが、苦労話とか何かありますか?

画像:松田氏事例発表
松田氏事例発表

松田   基本的に英語はしゃべれないので、過去にユーザー会へ参加した自治体の方に「英語はどうするんだ?」と聞くと、「何とかなる」と言われました。しかし、たどたどしい英語で、内容に興味がないと判断されると、プレゼンの途中で離席してしまう人が結構いると聞きました。とにかく最初のつかみが肝心だと散々脅されました(笑)。2011年に東京であったGIS仲間との親睦会で、「実は今年、アメリカに行くつもりだ」と話したら、「それは着物を持っていったらいい」とか、「おにぎりを作って配れ」とかいろいろとアドバイスをもらいました。結果として、それをかなり忠実に再現することとなりました。
 プレゼンは、日本でいつもやっている講演内容をESRIジャパンのスタッフに英語に翻訳してもらい、その原稿をインターネットのサイトで英語の音声に変換したものを聞いて覚えました。私が聞き取れる60%くらいの再生速度に落として、それを携帯電話に入れて毎朝バイクで聞きながら通勤していました。1週間ほど聞けば、もともと自分が書いた文章なので何となく一通り耳に残り、それを頼りにあとは紙を見ながらしゃべったのですが、僕が思っていた以上にプレゼンを聞かれた方からは「聞き取れた」と言っていただけました。

稲継   私も動画を拝見しましたが、聞き取れました。よく理解できましたよ。

松田   ありがとうございます。でも、僕は意味がよくわからずに言っているんですが(笑)。

稲継   堂々たるものですよ。あれだけの人数の前で英語で自分の主張をし、しかも直方市のGISの取り組みを説明されるというのは、やはり聴衆は全然立ってなかったですよね。映像からはみんな座っていたように見えましたが。

松田   そうですね。最初にお米の話から入ったことがよかったと思います。夏だったので浴衣を着ましたが、最初に会場の責任者と話したときは着物にあまり注目していないので、「外したかな?」と思っていたんです。しかし、周りのスタッフに「日本人はこういったときに着物を着るのか?」とかいろいろ聞いてきたらしく、気にはしてくれたようです(笑)。

稲継   なるほど、ありがとうございます。今まで松田さんがCADやGISに関わってこられ、直方市のGISの取り組みが世界的にも注目されるようになってきた話をお伺いしました。
 では、ここで松田さんが直方市に入庁され、これまでどのようなお仕事をされてきたのかお聞きしたいと思います。先ほどのお話では、一度民間企業にお勤めになっていたんですね?

画像:直方市役所
直方市役所

松田   そうですね。民間企業で4年間システムエンジニアをやっていました。それから直方市に転職しました。

稲継   入られたきっかけは何かありましたか。

松田   きっかけはいろいろありますが、システムエンジニアはかなり多忙な業務で、朝早く出勤して夜遅くに帰宅していましたので、仕事以外の時間を全く確保できなかったことです。当時から、地元でのコミュニティ活動などにも興味があり、そのためには地域住民に接する機会が多い地方自治体の仕事が適していると思ったからですね。

稲継   なるほど。最初の配属はどちらの課ですか。

松田   都市計画課です。

稲継   ここではどういう仕事をやっておられましたか。

松田   都市計画道路、用途地域といった都市計画法に関わる仕事が主です。例えば、家を建てるときに用途地域が何であるか、都市計画道路にかかっているならどこに境界がくるか、基本的には都市計画法に関連する申請・届出の手続き業務を担当していました。

稲継   なるほど。その仕事を何年間?

松田   3年間担当しました。

稲継   その後、次はどの課へ異動されましたか?

松田   下水道課です。私は土木技師なので、実際に下水道を設計して、工事を発注し、現場の施工管理をするという業務を担当しました。その際に、下水道台帳を整理する業務がありましたので、その中で施工したマンホールや管の位置や種類などを管理する下水道台帳システムの導入にも関わっていました。

稲継   下水道課におられるときにCADの勉強会をやろうと、2000年に職員の皆さんにチラシを配るところから始まっていくわけですね。

松田   はい、そうですね。

稲継   そこから直方市のローコストのシステム化が始まっていくということですね。ほとんどフリーソフトでやっておられるということで、それは予算がつかなかったからなのか、それとも安くあげようと松田さんが思われたのか、どちらでしょうか?

松田   結果的には全庁的な動きになりましたけど、始めからみんなが賛同してくれるとは思っていなかったので、まずは興味のある人だけで取り組みました。当然、公的な組織でやることもありませんし予算もありませんでしたが、当時からフリーソフトでも十分に業務効率化に効果がでるいう自信があり、とりあえずお金をかけずにやってみようと思いました。失敗してもともとですから、仮に失敗してもそれに至るまでのノウハウは身に付くので全く無駄になることはないと。試してみると業務に問題がなく使えたので、みんなに広めていくことになりました。

稲継   なるほど。下水道課に8年おられて、次はどちらに?

画像:福智山
福智山

松田   はい、2003年に農業振興課に異動しました。ここでは農業土木、つまり水路や農地の設計や工事の施工管理を行いました。

稲継   そこでもやはりCAD、GISが役立つわけですね。

松田   そうですね。同じく使いますね。

稲継   この農業振興課に移られた2003年から、本格的に直方市のGISの取り組みが始まったということですね。このときは、もう全庁的な取り組みになりつつあったわけですね。

松田   そうですね。その時には、地番対応図などをコンテンツ化しましたので、いろいろな部署から「見たい」という要望があり、特に部署間の情報共有が図れた時期です。

稲継   なるほど。情報共有について、「うちの情報は見せないよ」と言う課はなかったですか。

松田   いや、やはり最初はありましたけど、直方市の職員は理解があるというか、他の自治体で聞くほど高いハードルはありませんでした。個人的な考えにばらつきはありましたが、他の部署のデータを閲覧することで、こちらも助かっていることがわかるので、直方市には相互に協力してやろうという風土が芽生えたのだと思います。

稲継   なるほどね。

松田   法律上、できないことはしませんが、それ以外の法解釈などで対応できるものであれば、職員の皆さん相互に協力していただいているという状況です。

稲継   農業振興課に4年間おられて、今の中心市街地整備振興課に移られたわけですね。今はどういうお仕事をされていますか。

松田   中心市街地活性化事業として、直方市の玄関口であるJR直方駅周辺の区画整理や、交通結節点改善という鉄道、バス、タクシーといった公共交通機関を集約する駅前広場の整備、いわゆる公共交通機関利用者の利便性を図るハード事業を担当しています。

稲継   なるほど。今までの松田さんの仕事を振り返る中で、直方市のGISへの取り組みを中心にお聞きしましたが、実は日本でこのGISをこれほど活用されている自治体は、それほどないと思います。そういう意味で直方市は非常に先駆的な取り組みをやっておられると思いますが、日本の自治体でなかなか進まない理由は何だと思いますか。

松田   地理空間情報活用推進基本法(NSDI法)で、地方公共団体は地理空間情報を活用していく責務があると定められています。以前から業務に合わせカスタマイズされた下水道、水道、都市計画、道路、固定資産税の台帳システムについてはかなり普及していると思いますが、その次のステップで、いろいろ部署のデータを統合・共有して、役所全体で活用していこうという場面でなかなかうまくいっていない自治体が多いのだと思います。

稲継   役所の各部署が縦割りになってしまって、下水なら下水だけでやっていますと。

松田   そうですね。部署を越えて横断的にやる段階で、やはり自治体によってはその壁が高すぎて全然横のつながりもうまくいかないこともあるでしょう。また、情報をもらって加工することを業者に任せると、工程が増え時間がかかりますよね。まずは情報を集約して、データを業者に渡して、その業者がデータを加工し、納品されたものをチェックする。その工程で不備があるとまたやり直してと、焦れったいというかスムーズに事が運ばなくなることが多分にあるかと思います。
 直方市はその点、全部業者に委託せずに直接職員で運用しているので、我々がデータを集め、我々自らが作業するだけです。もし違うとなってもまた私たちが作業すればよいので非常にスピーディーに対応できます。そこが職員で全部やっているメリットだと思いますし、それができないところは、管理や運用がかなり大変かなと想像します。

稲継   なるほど。今日はGISの分野で日本の最先端である、直方市の松田さんにお話をお聞きしました。JIAMメールマガジンでは、様々な自治体で自分の業務に関わることや業務を超えていろいろ取り組みたいと思っているけど、脱皮できずに縮こまっている人、もう少し飛び出したい人が読者でたくさんいらっしゃるかと思いますが、その人達を勇気付ける言葉を一言いただければと思います。

松田   私が日頃から一番思っているのは、様々なところで関わるいろいろな人に感謝しないといけないということです。私は、本業を抱えてワーキンググループに参加しているのですが、少なからず本業に携わる時間が削られていますので、上司や同僚に迷惑をかけていますが、GISを通じていろいろなことをやってきて、それなりに効果が出ていることを皆さん認めてくれているのか、私の活動を理解してくれ、助けてくれています。
 また、我々がGISの活用事例を発表していますが、システムを整備して現場の人が使って初めて事例になり、価値がでるものなんです。各部署に相談を持ちかけ、システムを整備し、使ってもらって「ありがとう」と言われ、これが事例になる。私にとってGISに関わることは良いことだらけなんです。また、通常の業務とは比べ物にならないくらい、私にとっては刺激的でもあります(笑)。例えばCADもそうですが、製図自体は昔からずっとやってきたものですが、CADを導入することにより劇的に作業能率が上りました。仕事の中身は当時の先輩に聞かないとわかりませんが、CADは私たち若い世代の職員が導入し、始まったものです。仕事のやり方がダイナミックに変わるのはすごくおもしろいですし、モチベーションも上がります。GISも同様です。いろいろなことを仕掛けることにより、稲継先生ともこうやってお話ができますし、アメリカでの講演も実現しました。常に刺激を受けて、本業そしてワーキンググループの活動をするためのモチベーションも確保でき、このようなことに関われば関わるほど、私の意識が高まるのです。やらないのはもったいないですよ。

稲継   やらないのはもったいない?

松田   はい、そうなんです。直方市がここまでたどり着くまでに、いろいろな大学の先生や業者の方などから知恵をいただいてやってきたわけです。今度は、その恩返しをしていきたいと考えています。GISの導入に当たって、どこに相談したらよいかというコミュニティが全くないのが現状です。今後は、これからGISを導入していきたいと思っている自治体に情報提供を行ったりと、今まで直方市が様々な方からいただいたご恩を、還元する活動をしていきたいと考えています。そうすれば、同じように恩恵を受けた方がその恩を別の方に還元しようとなり、良いスパイラルになると思います。このような流れにも、かかわらないのももったいないといことですね。

稲継   はい、ありがとうございました。本日は直方市の松田さんにお話を伺いました。どうもありがとうございました。

松田   ありがとうございました。


  予算がこれだけ必要だからできない、ノウハウがないからできない、○○だからできない・・・普通の自治体職員は、できない理由を見つけることの天才が揃っている。だが、そういった後ろ向きの発想を捨て、どのようにすればできるのかを考えることこそ、重要ではないか。
松田さんの取り組みを見ていると、どうやってやり遂げるかということを真っ先に考える思考様式があるように思える。多くの自治体職員にもぜひそのような思考様式を身につけてもらいたいと思う。