メールマガジン

第79回2011.11.26

インタビュー:江津市産業振興部農林水産課 定住対策係長 中川 哉さん(下)

 江津市における高い人口減少率を目の当たりにして、それをどう食い止めるか、どう回復するか、さまざまなアイデアをだし、またチャレンジしてきた中川さん。次にソーシャルビジネスコンテストを試みたという。これはいったいどういうものだろう。


稲継 ソーシャルビジネスコンテストとは、具体的にどういうことをするものですか。いろいろなソーシャルビジネスプランを提案してもらうということですかね。

画像:中川 哉さん
中川 哉さん

中川 そうですね。江津市の人口減少の要因の一つとしまして、昨今の状況ですが、誘致企業の撤退があります。江津市は、石州瓦という粘土瓦の産地ですが、住宅事情の変化から瓦が売れなくて、地場産業がどんどん衰退して瓦工場が閉鎖する。一方で行政として多額の予算を投じて誘致した企業が、血も涙もなく撤退していくということで、この4~5年で300人、400人という雇用の場がなくなっています。それによって若者の人口流出にさらに拍車がかかるのではないかということを非常に懸念しており、現実そのようになりつつあります。そうであれば、もっと地域に愛着のある企業を育てる。働き場がないなら行政自らがつくればいいのではないかという思いから、ビジネスを創業してくれる人材を戦略的に誘致する仕掛けをやってみたいと思い、ビジネスコンテストをすればきっとそういう人が来るのではないかと考えました。
 これは、去年の総務省の新規事業で、先進的で創造性の高いソフト事業に支援する過疎地域等自立活性化推進交付金事業を活用しておこないました。また、経済産業省では、今後10年間でソーシャルマーケットが1.6倍ぐらいに拡張するという試算も出されていますし、行政は財政が厳しいですから公共サービスを縮減する中で、地方というのはアウトソーシングするような企業さえも非常に少ないですから、その受け皿もつくらないといけないので、ソーシャルビジネスというテーマで打ってみようと思っています。

稲継 課題解決型の社会起業ですね。

中川 そうです。幸い、江津市には解決すべき地域課題がたくさんありますので、それも何テーマかを挙げながら募集をかけたんです。ありがたいことに、玉石混交でしたが25件の応募がありまして、その中から大賞を4名選ばせていただき、今年度からそのサポートをやっています。定住対策として、「ソーシャルビジネスコンテスト」を提案して、「ソーシャルビジネスとはどういう意味だ」とか、内部の説得がなかなか大変でした。

稲継 難しいですね。

中川 議会も含めて、まずソーシャルビジネスから説明しないといけない(笑)。

稲継 これは議会の人はなかなか知らない。

中川 「何なんだ?」っていうところからですね。

稲継 私も最近「『新しい公共』推進会議」の専門調査会の座長をやらせていただいて、この構成員のソーシャルベンチャー・パートナーズの井上英之さんとか、NPO法人フローレンスという病児保育をやっている若い起業家という人たちと一緒にいま仕事をやっているので、ようやくこのソーシャルビジネスが何なのかが、実感としてはわかってきましたが、一般的に議員や自治体の職員はソーシャルビジネスを知らない方が多いですよね。「何?ビジネスなの?金儲けか?」と。いや、そうじゃないと。営利目的ではなく、儲かったお金は次の事業に投資ということを内部に説得するのは、とても時間がかかりますよね。大変だったでしょう(笑)。

中川 そうですね。言葉の説明が大変でしたが、幸いなことに、先ほどのとおり総務省への提案が採択となる一方で、もう事業をやらないといけない。だけど、市の管理職を含めて意味を理解してもらえず、コミュニティビジネスという名前に代えまして(笑)。

稲継 ああ、まだわかりやすいですね(笑)。

中川 予算上は、そういう事業名にしました。でも、この事業を通して、市役所内に対して、そういう概念があって、可能性があることを理解してくれるようになりましたので、結果的にはよかったのかなと思っています。

稲継 例えばこういう提案は、中川さんが全部考えてやられたのですか?

中川 そうです。

稲継 すごいですね。

中川 シンプルなんですが、やっていると、空き家活用事業でそれなりに人に来ていただきましたが、やはり農業法人や企業にお話を伺うと担い手がいないとか、生産者ではなくマネジメントができる農業人材が欲しいとか、そういうニーズを頂くんです。そうすると、やはり人材なんだなと。では、人材を誘致するにはどうしたら来てくれるのだろうと。

稲継 なるほど、人材を誘致するにはどうしたらいいか。

中川 ええ。ましてや、創業してくれるとか、起業してくれる人材を誘致したい、若者がチャレンジできるような地域にしたいということが発端で、ではどうすればいいか。「あっ、ビジネスプランコンテストとかすれば人が来てくれるのではないか」と、本当に単純なんです(笑)。後先を何も考えないで、やってみようということで。幸い、国の交付金事業は試行的な事業でも対象となりましたので、試しにやってみようということでチャレンジしたんです。

稲継 シンプル・イズ・ベストですね。

中川 そうです。「課題が見えたらやるべきことがわかる」ということです。

稲継 そうですね。それが中川さんの信念なんですね。

中川 はい、そうなんです。

稲継 なるほど。今、各省庁ともそういうアイデアがものすごく枯渇していて、総務省でも経済産業省でも、従来の自分たちの頭の中では考えられない出来事がたくさん起きています。どうやって解決すればいいかわからない状態なんですよね。

中川 そうですね。

稲継 できるだけ地方のアイデア、あるいは民間のアイデアが欲しいという状態になっていて、シンプルなアイデアが出てくると、あっ、それをやってみたいということに多分なると思いますね。今までのようにとりあえず国で法律や通達をつくるという法学万能の世界では、課題が全然解決できないことがたくさん起きているんですよね。まさに、中川さんのような人材が求められている時代だなと、僕なんかはすごく思うんです。

中川 もう好き放題やっていますので(笑)。

稲継 それがいいですね。誰も止めてくれないですか(笑)。

中川 ちゃんと認めてくれる上司に恵まれたことがラッキーでしたが、普通はなかなか理解していただけないですよね。

画像:インタビューの様子
インタビューの様子

稲継 「何だ、そのわけのわからないカタカナは」と前例踏襲でブレーキをかける人もいますよね。まず、「ソーシャルビジネス」と言った途端に却下する人もいますからね(笑)。それを説得された中川さんも偉いし、それをわかってくれた上司も偉いし、通してくれた議会も偉いと思うんです。わけのわからないうちに煙に巻いて通してしまった中川さんが、僕は一番偉いと思うんだけど(笑)。

中川 上司の中には「経済性は担保できるのか」と言う人もいましたが、「いや、経済性ではないんです、人材なんです」と。現に「ソーシャルビジネスコンテスト」の課題解決プロデューサー部門で受賞した2名がこちらに移住して、自分のビジネスプランに基づいていろいろな活動をしてくれています。島根県石見地域の地域性でもあると思いますが、外から人が来ることを、地域を挙げて一生懸命応援するんです。
 もう一つは、チャレンジする若者には惹かれる地域なんです。ベンチャー企業を一度たたんで、東京から江津市の隣町に移住してきた尾野寛明さんという方がいます。去年まで大学院生で、有限会社エコカレッジという古書のインターネット販売をやっている方ですが、彼が、「東京にいると、多分自分みたいな人間はごまんといるだろう。でも、この島根県だと光れるんだ」と言ったんです。そういう人材が非常に認められる地域なのだと思います。彼は、アドバイザーとしていろいろな市町村を回っていまして、東京に年の半分いながらこちらでも半分仕事をやっていますので両方の状況がわかって、私たちも様々なことを教えてもらっています。今回の「ソーシャルビジネスコンテスト」も、彼も一緒に関わってもらっています。地方にいると、都市部のトレンドとかニーズにはやはり疎くなるので。

稲継 やはり、そうなりますよね。

中川 そういう情報を持っている人で、さらに若くて、ツイッターとかフェイスブックを普通に使える人たちはやはり貴重です。

稲継 そうですね。

中川 課題解決プロデューサー部門で受賞し江津市に来てくれた田中理恵さんは、一人娘なので、東京の企業を辞めて島根に帰ってきたいと。島根に帰ってフリーランスで仕事をしていたけど、やはりちょっと違う。都会から島根に帰ってきたいという若者が大学生でもたくさんいる一方で、その受け皿がない、働き場もない。では、自分がそのビジネスプランとして受け皿づくりをやろうということで、「NPO法人てごねっと石見」を今年の4月に一緒につくって、そこに入ってもらって一緒に活動しています。人材が来るということが非常に大きくて、それによっていろいろな動きがあります。彼女が来たことで、隣にある島根県立大学に「地域密着てごねっと」という大学生のサークルができて、江津市に通ってきていろいろなイベントを仕掛けてくれています。
 もう一人の受賞者である志村竜海さんも来てくれたんですが、彼が来てくれたことで、今まで養鶏業を休んでいた企業がもう一回トライしてみようとか。一人の人材が及ぼす影響というのは地方というか農村では大きくて、やはり人材なんだな、そういう考え方で間違いなかったんだなとつくづく思います。

稲継 そうやって一人でも渦巻きの渦の中心になってくれる人がいれば、それがものすごい渦に広がっていきますからね。

中川 ええ、大きいです。

稲継 みんな、自分が中心になれるとはなかなか思っていないけど、異分子がちょっと入っただけでみんながぐちゃぐちゃっと動いていくというのはありますよね。

中川 今回やってみて、つくづく人材、それも若い人材だなと思いました。

稲継 今までは、いま取り組んでおられる定住対策事業を中心にお話を伺いましたが、中川さんは江津市の職員で、江津市というのは平成16年に、桜江町と江津市が合併してできた新設合併の市ですが、平成16年までは、中川さんは桜江町に所属していたわけですよね。

中川 はい、そうです。

稲継 入庁されてから平成16年ぐらいまで、どのような仕事をやってこられ、どういうことを感じてこられたのか。できたら順を追ってお話をいただけたらと思います。

中川 昭和62年に入庁いたしまして、初めは総務課でした。桜江町の職員時代の多くが総務部門か福祉部門でして、いわゆるルーチンワーク的なデスクワークがメインでした。22歳で役場に入りましたが、20代はがむしゃらに仕事を覚えるということ。さらに結婚、出産をしましたのであっという間に過ぎてしまいましたが、30歳を過ぎた頃から、やはり女性であるということで、とかく窓口とか、福祉部門であれば児童福祉とか保育所とか、大分前の時代ですから女性特有の仕事を任されまして、やはり女性ということを常に意識されながら職場にいまして、何か違うんじゃないかなと思いました。私が役場に入った頃、市と違って町村の総務課というのは1つの課に10人ぐらいの職員がいて、もちろん人事もありますが、企画も、財政も、今の江津市の4課ぐらいの仕事をしていたんです。財政の資料が回ってきたり、企画の関係でいろいろな冊子が回ってきたりすると、私は人事給与が長かったんですが、自分の担当業務の冊子よりも地域振興関係の雑誌を熱心に読んでいまして、「うちの町だったらこんなまちづくり、こんな事業ができるのに」「もっとこんなことをすればいいのに」「この町はすごく面白いことをやっているな」というふうに興味を持ち、企画の仕事をやりたいと思うようになりました。
 もう一つの経験として、20代の独身の時に、人事交流で県への派遣の公募があったのですが2年チャレンジしたんですが2年とも落とされたんです。1年目は自分よりも先輩でしたが、2年目は自分よりも年が下の男性職員が行って、これは明らかに男女で取扱いが違うと、そのとき認識したんです。

稲継 あったのかもしれないですね。

中川 はい。30代になってそれを顕著に感じるようになりまして、何かおかしいんじゃないかと。その時代が30代半ばまで続いて、子育てが一段落ついたときに、やはり自分はまちづくりとか地域振興をやりたいという思いがより強くなっていきました。ただ、その頃は自分に自信がなかったんです。いろいろと思いはあるけれども形にすることは多分できないだろうと思っていました。ちょうどそのとき、島根県自治研修所へある研修を受けに行ったときに、隣町の女性職員とそういう話になりました。彼女はすごくて、役場に行きながら島根県立大学に通っていたんです。そこの大学の先生が、もともと川崎市の職員でいらした吉塚徹先生で、「これからは自治体職員もきちんと勉強しなさい、研鑽しなさい」と言われ、そういう場を自分が提供するから、時間を割いてボランティアで指導してあげようとおっしゃっているということを彼女から聞きまして、ほかの町村の違う役場でもう2人、合併前の邑智郡の女性職員ばかり4人で自治研究会をつくって、ひと月に1回大学に通っていたんです。それでゼミのようなことをやっていまして、一つの論文を読んで、それをA4のサマリー2、3枚にまとめて、プレゼンをして、ディスカッションをするということをずっとトレーニングしていただいたんです。
 そのときに、地方自治、住民自治ということをしっかりたたき込んでいただいて、何をするべきかというのがすごく見えてきて、それがすごく自信になったんです。勉強をした時期はほんの1年半ぐらいで、市町村合併により、研究会活動もできなくなったんですが、それがすべての出発になりました。合併を機に、桜江支所の地域振興担当に配属していただいたので、以前からNPOを立ち上げたいと思っていましたので、これはチャンスだと、どうも地域に危機感があると思っていました。合併前だと多分NPOの設立はできなかったと思うんですが、この合併後に、非常に危機感を持っていましたその当時30~40代の企業の経営者などを集めて、合併を期にNPOをつくりたいという話をして、理事長の河部真弓さんを中心にNPOをつくったんです。それが功を奏して、NPO活動や河部真弓さんからすごく刺激を受け自治体職員らしくない感性を磨くことができました。

稲継 どのような方ですか。

中川 東京でマーケティングプランナーをされ、ご主人のUターンに伴ってIターンで来た方です。彼女にもすごく感化されて、女性でもやりたいことをどんどん提案してやっていけばいいんだということを教えてくれて、それから意識が随分変わっていったと思います。山陰の女性は特にだと思いますが、あまり前に出ないんです。良く言えば謙虚だと思うんですけど、悪く言えば主張しない。

稲継 引っ込み思案。

中川 はい。そういう教育というか、そういう社会で育ってきたので。大学は一回広島に出ましたけれども、その意識から抜けきれなかったんです。彼女は東京の企業で働いていましたので、東京にいたらお茶くみなんて若い男性社員がやるのは当たり前だし、「中川さん、お茶くみなんかやっちゃいけないよ。給料をもらっているんだから、お茶をくんでいる間は、もっと低い給与単価の人にやってもらわないと」と住民に対しても失礼なことだと。

稲継 そうですね、おっしゃるとおり。

画像:中川 哉さん
中川 哉さん

中川 あっ、なるほどと思いまして、その頃から随分意識が変わって、果敢にいろいろと提案をしようと。折しも国も、県ではなくて市町村である基礎自治体に対して現状に即した施策提案をしなさいということを求めて、三位一体改革がちょうど打ち出された時代でしたので、いろいろと提案をして国に提案していた事業が採択となり、支所に置いておけないので本庁にということで本庁勤務になりました。幸い、合併したとき、桜江町出身の助役が副市長になっていたので、副市長が本庁に引き上げてくれて、こっちで一番働きやすい環境の上司がいるところにつけてくれまして、それからいろいろとできるようになったんです。

稲継 なるほど。そういう意味では、今までお聞きした中では、20代、あるいは30代前半も、役場特有の女性の職掌範囲が決められていることに少し疑問を持っていたけれども、どうやってそれを突破したらいいのかよくわからなかったと。

中川 はい。

稲継 しかし、島根県立大学を中心に、ほかの町の女性職員とのネットワークができて、お互いに切磋琢磨する中で何とかしていかないといけないんだという気持ちが芽生えて、それを持ち続けて、特に新設合併された江津市に移られたときから花開いたということですね。

中川 そうですね。結果的に、私は市町村合併があってよかったと思っています。すべてがいいわけではないんですけど、それはもう後戻りはできないので、現状の中で前を向いて進んでいかないといけないことだと思います。

稲継 ありがとうございました。このメルマガは全国のいろいろな市町村職員の方がお読みになってくださっています。皆さん、いろいろと悩みや課題を抱えながら、どうしたらいいのかわからなくて困っている。そのヒントが得られたらと思ってこれを読んでおられる方もいらっしゃると思うんです。そういった方に何か一言、できたら、女性職員特有の悩みを持っておられる方もたくさん読んでおられると思うんです。その方々に何か、中川さんのほうから勇気づけるような言葉をいただけたらと思います。

中川 やはり、皆さんは現状の私を見てくださって、かなり前からばりばりやっているように思われる方が多いんですが、そうではなくて、下積みというか、きちんと勉強をして、自分に自信が持てるようになるための自己研鑽といいますか、先生方のお手伝いをいただいた面もありますけど、そういうことを経て今は自信を持って、例えば省庁に行っても官僚の方とも毅然として話せるのかなと思っています。やはりそういう基礎的な勉強をすることは非常に重要だと思います。

稲継 なるほど。

中川 上っ面だけで何をやっているかではなくて、やはり根本がわかっていろいろな新しい取り組みをしないと、はき違えて違う方向に行ってしまう可能性がありますので、そうではなくて、地方自治体職員、地方自治とはどういうことなのかということをきちんと認識した上で仕事をしていくことだろうと思います。
 そして、私はもともと、女性であることは非常にハンディだと思っていたんですが、最近は女性であることは有利だなと思っていまして。

稲継 どんなことがですか。

中川 いろいろな会議に行っても男性ばかりなんです。

稲継 そうですね。

中川 例えば講演などをされた先生と名刺交換をしても、けっこう覚えていてくださるんです(笑)。

稲継 数が少ないから(笑)。

中川 改めて先生に会いに行ったときやアポを取ったときも覚えていていただいたり、今は女性であることが非常に有利だなと。変な意味ではなくて、印象に残るのか、自治体職員は男性が多いですから、覚えていただけるということがあります。何でもそうなんですけど、課題は施策になるように、ハンディや不利だなと思ったことは、ベクトルを180度切り替えるとそれは強みになるので。

稲継 なるほど。

中川 今はそういう男女差はあまりない時代になりましたが、私もそうですが、家庭があると大変な面もありますので、ぜひ前向きに、やるべきことは信念を持ってやっていくことかなと思います。

稲継 はい、ありがとうございました。今日は、江津市にお邪魔して、定住対策係長をやっておられる中川哉さんにお話をお伺いしました。今日はどうもありがとうございました。

中川 ありがとうございました。


 人の空洞化を防ぐために定住対策に取り組む中川さん。徒手空拳で、試行錯誤の連続だったと思う。しかし、「渦巻きの渦の中心になってくれる人がいれば、それがものすごい渦に広がっていく」ことを自ら体験した。すべては「人材」だという。
 アイデアウーマンの中川さんだが、その行動の根底には、勉強会をしたりしっかりした基礎知識がある。「やはり根本がわかっていろいろな新しい取り組みをしないと、はき違えて違う方向に行ってしまう可能性がありますので、そうではなくて、地方自治体職員、地方自治とはどういうことなのかということをきちんと認識した上で仕事をしていくことだ」と断言する。至言であろう。