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分権時代の自治体職員
第78回2011.09.28
インタビュー:江津市産業振興部農林水産課 定住対策係長 中川 哉さん(上)
地域ガバナンスに詳しい小田切徳美・明治大学教授によれば、日本の農山漁村は「人、土地、ムラ」という3つの空洞化に直面している。人の空洞化とは高度経済成長期の人口減少であり、土地の空洞化とは1980年代以降顕著になった耕作放棄などの農林地の荒廃である。ムラの空洞化とは、人口減少に伴い1990年代に起こり始めた集落機能の脆弱化である。そして3つの空洞化の底流には、地域住民がそこに住み続ける意味や誇りを喪失しつつある「誇りの空洞化」さえ生じつつあるという。さらに近年では、「空洞化の里下がり現象」が始まっていて、農山村地域に限らず、地方中小都市にまで及んでいるという(天川晃・稲継裕昭『自治体と政策』放送大学教育振興会、140-141頁)。
土地の空洞化やムラの空洞化を防ぐために、地方中小都市において、人口減少にどのように歯止めをかけるのか、定住促進をはかるかは、極めて大きな課題である。その課題に、柔軟な思考で取り組んでいる職員を今回と次回にわたって紹介する。
稲継 今日は島根県江津市にお邪魔して、産業振興部農林水産課定住対策係長の中川さんにお話をお伺いします。どうぞよろしくお願いします。
中川 よろしくお願いいたします。
稲継 中川さんは、平成17年から定住対策についてのさまざまな取り組みをやってこられたとお聞きしたのですが、まずそのお話をお伺いできますか?
中川 哉さん
中川 はい。そもそも定住対策に取り組んだのは、平成17年の国勢調査の結果、島根県8市の中で江津市が最も人口減少率が高い、高齢化率が高いという現状を受けてなんです。もともと私は定住対策担当ではなかったのですが、産業振興も含めてすべての行政の施策というのは、まずは定住対策から始めるべきだと思いまして、江津市のオリジナルの計画で、総合振興計画のアクションプランである「定住促進ビジョン」を策定すべきと提案したことがそもそもの発端でした。
稲継 ああ、なるほど。それはどういうポジションにおられたときですか?
中川 それは、農林商工課の商工観光係にいたときです。
稲継 商工観光の仕事とはちょっと違うようなイメージを持つのですが。
中川 そうですね。その前年、市町村合併の後に、桜江支所で地域振興担当をしていまして。
稲継 ああ、なるほど。
中川 実は、桜江地区は合併を期に、地域の相談役である役場の職員がいなくなったということで、住民の皆さんの元気がなくなっていきました。私自身、何をやっていくべきかを考え、地域住民の方にいろいろと話を聞く中で、キーマンを集めて「NPO法人結(ゆい)まーるプラス」というまちづくりNPO法人を立ち上げました。
稲継 「結まーるプラス」とは、どういう意味ですか。
中川 「結」というのは沖縄の言葉で、共助、助け合うという意味で、NPOを作ったメンバーの中で、すごくいい言葉だねということで、それを結び合わせて円くつなげようと思って。
稲継 「結」を「円く」という、なるほど。
江津市役所
中川 企業にとっても地域にとってもプラスアルファが必要だろうと。共助、維持するだけではなくて、活性化ということを意味するために「プラス」という言葉をつけてNPO法人を立ち上げました。その「結まーるプラス」の活動の中で「田舎暮らし体験ツアー」ということをやっていたんです。それで、田舎暮らしをしたい人から「空き家を紹介してほしい」とか、「田舎へ来たい」という声をたくさんお聞きしました。過疎化が進んでいる一方で、都会から田舎に来たい人がいるという現実を受け止めて、定住対策のソフト事業をいろいろとやっていくべきだなと思ったのです。その頃は、商工観光係で産業振興の担当をしていましたので、すぐには結びつかなかったのですが、やはり産業を維持するにはある程度の人口も必要で、その両輪としてやっていく必要があるなということで、産業振興と地域振興的な定住対策、「移り住む定住対策」と「住み続けるための定住対策」を二本柱にして江津市の「定住促進ビジョン」の策定を提案しました。それがこの事業の出発でした。
稲継 なるほど。それが出発ですね。
中川 はい。これが平成18年ですね。
稲継 それを提案されて、受け入れられたということになるんですね。
中川 はい。
稲継 具体的にどういう事業を進めてきたのでしょうか?
中川 その頃、7省庁連携のパイロット施策として、「都市と農山漁村の新たな共生・対流システムモデル事業」という副大臣のプロジェクトチームが立ち上げられた社会実験事業がありまして、それに企画・提案をしました。空き家は、地域にとっては負の資産ですが、農山漁村の定住対策としてそれを有効活用することが非常に効果的であることを提案してスタートしました。幸い、全国50件弱の提案の中で11提案が選出され、その中に選んでいただきました。その事業を受けてまず空き家の全戸調査、そして現状分析から始まって、施策を組み立てていきました。
稲継 空き家率はかなりありましたか。
中川 そうですね。市全体としては13.5%ですが、江津市の7~8割がいわゆる中山間地域でして、そこの空き家率が18.5%ということで。
稲継 2割近いですね。
中川 ええ。5軒に1軒ぐらいの割合で空き家が発生していることが、この平成18~19年度の調査で明らかになり、思いのほか厳しいなと思いました。
稲継 そうですね。空き家が増えた原因はどういうことですかね。どこかに移住された方もいるし、後継者がいなくてそのまま亡くなっていった方もいるでしょう。どういうことが一番大きな原因でしょうか。
中川 経済成長期にどんどん若い働き手が流出していったことが大きな原因だと思います。その後もずっと、みんな高校を卒業したら都会に行って働くということが根付いてしまいまして。
稲継 なるほど。
中川 島根県の東部の出雲部と江津市のある西部の石見部では少し現状が違っていまして、出雲部では高校を出ても7割方が地域に残るんです。
稲継 そうなんですか。
中川 一回出ても帰ってきたり、企業もありますので雇用が確保されています。石見部は2~3割しか地元に残らず、その他は全部外に出ていってしまうのです。インフラ整備の遅れ等々も相まって人口流出に歯止めがかかりません。そうなると、働き場がなくなるので若者が住まない、若者が住まないので働き場がなくなる。
稲継 負のスパイラルですね。
中川 はい、まさに負のスパイラルです。
稲継 でも他方で、先ほども少し話がありましたが、都会の人がIターンして田舎で暮らしたいとか、そこで畑を耕したいとか、そういう希望を持っている人もいるわけですよね。
中川 そうですね。
稲継 役所のほうにはそういう声も聞こえてくるのですね。
中川 はい。島根県は早く、1990年代後半ぐらいから合併前の島根県内の町村部で過疎・高齢化が顕著に進んでいましたので、定住対策だけを専門とする「ふるさと島根定住財団」という機関をつくって、町村を中心にいろいろなソフト事業を展開していました。それに町村も乗っかったという経緯もあるのですが、その中で、当時はそう多くなかったんですが、都会ではなくて田舎に移り住みたい、サラリーマンではなくてもっと違う豊かさを求めて田舎に移り住みたいという層が確実にありました。今、先生がお話しされたように、畑付きの中古住宅に住みたい、あるいは農業とか林業をやりたい、自然と親しむ仕事がしたいというニーズが確実にありましたので、そういったニーズがあるのに何もしない手はないと思い、空き家活用事業を思いつきました。
稲継 なるほど。一方で空き家が5分の1程度ある。他方でこちらに移って来たい人がいる。そのマッチングを、役所としてビジネスとしてやり始めるという提案なんですね。
中川 そうですね。
稲継 今までは割と、役所がビジネスをやるのはいけないことというイメージを持つ人もいると思うんです。行政法の世界では、公平性とか平等性とか何だとか言ったりしますけど、もうそんなことは構っていられないと。
中川 そうですね。
稲継 とりあえず空き家を埋めないといけないし、他方で移住したいという希望を持っている人は叶えてあげたいと。それを叶えてあげるのも役所の仕事ですからね。
中川 そうですね、ええ。
稲継 それをマッチングさせることが重要な使命になったわけですが、具体的にはどういう方法ですか。
中川 施策を組むにはまずは実態の把握からということで、空き家全戸を調査しまして、どのくらい空き家が発生しているか、議会などへの説得材料をつくりました。その後、不動産取引に関して私たちはプロではなく完全な素人でしたので、不動産業者、あるいはNPO法人の「結まーるプラス」と一緒になって空き家を活用するという仕組みをまず作り始めました。ですが、いろいろとやってみると宅地建物取引業法という法律が一方であり、どこまで行政が関わっていいのか、民業も圧迫してはいけないとか、さまざまな課題に直面し、その都度、できるように仕組みを作ってきたということです。
稲継 どの辺が一番ご苦労されたところですか?
中川 そうですね。市民の方に、空き家を提供するという意識を持っていただくことがまず一番ですね。どこの自治体も空き家活用事業を始めていますが、やはり登録数が少ないのが大きな悩みです。まずはその意識改革ですね。それから、出てきた空き家も長年放置されていて老朽化が進んでいるものが多く、農村の空き家というのはビジネスでの採算が合わないので、不動産業者が全然取り扱っていただけないんです。
稲継 なるほど。
中川 というのも一つあります。事業をやりながらそういう実態もわかってきました。であればなおさら、行政が介入しなければ農村の空き家は増え続けて放置されっ放しで、所有者がどこにいるかわからない空き家もいっぱい出てきて、近い将来大変な問題になってくると思うのです。そういう仕組みをつくる中では、放置空き家の問題、老朽化の問題をどう克服するか。それを活用していただけるように住民の方にどう説得していくかなど、さまざまなことがノウハウとして積み上がっていきました。
稲継 例えば今お話の中にあった、空き家登録の促進に関しても、行政としても家主に対して大分働きかけをされたということ。不動産取引で言うと、売買の場合は売買実売額の3%しか手数料がないとか、あるいは賃貸の場合は1カ月の家賃しか手数料が入らないということで、高額の物件ならば不動産業者も取引をしたら取引実績としてそれだけの収入があるんだろうけれども、低額の物件なら全然実入りがない。よって手間だけがかかって全然やりたくないため放置してしまう、取り扱わないということになってしまう。そこを行政、あるいはNPOの支援を受けながら何とか活用を促進する。その辺の仕組みづくりをいろいろと進めてこられたのですね。
中川 そうですね。その中で役割を分担しまして、行政は社会的な信頼性が高いということから、住民の方に空き家の登録を促す。住民の方にとってみれば、「こんな田舎にある空き家なんか売れるはずがない、借りてくれるはずがない」という意識を変えていくことをまずやりました。その仲介業務なんですが、もう一つNPOをかませることで、先ほど先生からもご指摘いただいたように、行政が一から十まで不動産業者のようなことをやっていると、空き家を紹介するのに半日ぐらいかかることもあり、これは行政職員としての本来の業務なのか? ということもあります。そうしたものはNPOと一緒に連携してやる。問い合わせ、相談があった部分について、市役所の職員も受けますが、一方でNPOの職員も一緒にその相談業務を受けてもらう。それは、行政の職員は3年位で人事異動があり、せっかく積み上げていったノウハウが白紙になることがよくあるので、民間で残しておかないといけないと思い、NPOにも一緒に協力してもらっています。行政は、もともと定住相談をやっていてノウハウもありますので、この三者が一体となりながら、役割分担をすることで、非常にスムーズに空き家の活用が図られるということがわかりまして、結果的にこういう体制を作りました。
稲継 なるほど。その中でも、特に家賃の安い家の場合は、手数料らしき手数料が全然入らないと。そういう物件は、建設業者を兼務しているような不動産業者にお願いをして、リフォーム代などを込みで賃貸していると聞いたんですが。
中川 そうですね。この事業をやり出して一番困ったのは、家賃の安さですね。場合によっては月額5,000円ぐらいの家賃もあります(笑)。
稲継 手数料も5,000円ですね(笑)。
中川 専業の不動産業者には嫌がられましたね。
稲継 そうでしょうね。
中川 一方で、建設業と兼業の不動産業者ですと、Iターンされた方は地域に知り合いの業者がいませんから、仲介契約後にリフォームも「そのままおたくでやってください」ということになりますので、業者の協力を得ました。市のこういった事業にいま参画いただいているのは結果的に3社なんですが、うち建設業の兼業は1社です。社長さんが社会貢献を強く意識された経営をされているので、協力を得ることができています。
稲継 なるほど。そういういろいろな取り組みをして、ここ5年間でかなりの数の方が戻ってこられたと。空き家活用事業によって5年間で47軒、127人の移住者とお聞きしたんですが。
中川 はい。
稲継 数字としては、100人以上お越しになったということですかね。
中川 はい、はい。割り戻すと年平均で20~30人なんですが。
稲継 でも、空き家活用の定住促進事業としてはかなり率が高いというか、たくさん来てもらっているほうじゃないでしょうか。
中川 そうですね。もう一つは、商工観光係でしたので、誘致企業の社員を集積されるときのお手伝いもしていまして、社宅として空き家を活用したいというニーズに応えた数も若干は入っておりますが、基本的には田舎暮らしがしたいという方がほとんどです。年間20人とか30人までですが、こつこつやってきた結果が127人という数字なのかなと思います。それ以上に5年毎にわかる減少数のほうが多くて(笑)。
稲継 手元の資料では、平成12年に29,377人、約30,000人おられた人口が、平成17年の国勢調査で27,774人、約2,000人減少したと。さらに、平成21年の住民基本台帳人口で26,505人と、ここでも1,200人ほど減少していますから、年間300人ぐらいずつ減少していると。
中川 そうです、はい。
稲継 自然減と社会減が続いているわけですが、そんな中で毎年20名、30名が外から来てくれると。減少が300人としてプラスが30人ある。これはかなりの割合のIターン、Uターン、Jターン率だと思います。先ほど「こつこつやっていった結果」とおっしゃいましたが、決して小さくなくてインパクトとしては非常に大きいし、江津市をいろいろな地域に売り込むブランディングとしてはかなり成功している事例だと思います。
中川 ありがとうございます。
稲継 総務省の地域人材力活性化事業の地域人材ネットにも登録されているとのこと。中川さんが提案して始められた空き家活用事業が、全国的に今、かなり注目を浴びていると思います。その辺のところをお話しいただけたらと思います。
中川 昔から空き家バンクというのをやられていた自治体はあるのですが、先ほど言いました平成18年度の7省庁の方々の前で、「地方の農村には非常に空き家が多いです、現状はこうです」ということを国に対してきちんと数字で示して、一方で「空き家は地域資源としても生かせるんです」ということを明確に施策として打ち出したという意味では、江津市が初めてではないかと思います。そういう意味では注目いただいているのかなと思います。ただ、少し話がそれるかもしれませんが、空き家活用でこつこつと人に来ていただく中で、地域にとって必要なのは、人数ではなく、どんな人に来ていただくかなんです。4年、5年やっていますと、人材なんだなということを非常に強く意識するようになりました。
桑抹茶リーフパイ
この取り組みでは、島根県の海士町が有名なんですが、海士町では10年ぐらいかけて、職員の給料を削りながら、Iターンする人材を集められました。来られた10人の中1人、2人と面白い方がいらして、海士の地域資源を生かして起業されて、その人材が人材を呼ぶという好循環が生まれてきているんですが、江津市は多分10年も待っていられないと。非常に切迫しているので、戦略的に人材を誘致したいということです。
定住対策というのは、数を増やすという定住対策と、もう一つは地域を維持する、企業も維持する、産業も維持するためには、やはり人材を誘致するという戦略を両輪としてやっていかないといけないと思いまして、昨年度、創業支援事業ということで「ソーシャルビジネスコンテスト」を試みました。これも全国の自治体ではあまり例がないと思います。
稲継 具体的にどういうことをするものですか。いろいろなソーシャルビジネスプランを提案してもらうということですかね。
高い人口減少率を目の当たりにして、それをどう食い止めるか、どう回復するか、さまざまなアイデアをだし、またチャレンジしてきた中川さん。次にソーシャルビジネスコンテストを試みたという。