メールマガジン

第74回2011.05.25

インタビュー:甲府市企画部企画総室政策課 課長補佐 土屋 光秋さん(下)

 山梨県と県内全市町村の計57団体で電子申請を研究し共同化するプロジェクトの座長を命じられた土屋さん。他のメンバーは皆年上という構成、しかも共同事業に対する警戒感があった中で、取りまとめを進めなければならない。困難を極める作業であったと思われるが、頻繁に集まって話をする中で、お互いの性格が見えてきたり、お互いの純粋な思いやそれぞれの自治体の実情などが見えてきて、本音の話ができるようになってきたという。


土屋 1つの節目だったのは、8月くらいに、それまでの議論の中間報告をまとめましょうという話になって、実際の費用積算を始めていったんです。そうすると、比較対象として、いくつかモデルの設定をしなければならないんですが、1つは自治体それぞれが単独で構築した場合の費用積算をある程度、条件を揃えてやったものと、もう1つは全体の構築を統合型で包括アウトソーシングで導入した際の費用積算を、大きい自治体も小さい自治体も、それなりに恩恵が出てくるように費用負担の設計をしていったんです。
 ポイントはやっぱり、均等割と人口割というのが、今も当時も中心だと思うんですけれど、我々はこれに加えて便益割という考え方も取り入れて積算したんです。

稲継 便益割とは?どういったものですか?

土屋 使われたら、使われた分だけ、その便益に応分の負担をしていきましょう、という考え方です。

稲継 なるほど。

画像:土屋 光秋さん
土屋 光秋さん

土屋 当然、1つの自治体が加入するということは、システムにそれなりの領域を用意しなければなりません。それが均等割です。その他、ある程度の人口規模であれば、施設の数だとか、手続きの数が想定されるので、それは人口割をしましょう。そこで半分以上を賄っておいて、残りの部分は、システムの利用に応じた負担という性格でやろうと。電子申請だから、実際に市町村ごとで使われた件数に応じて、それを翌年度の費用負担の金額に反映させるという仕掛けを入れておくと、納得しやすくなる。
 結果的に、独自構築で積算したものと、共同構築で積算したものを比べると、それぞれの自治体にゲインが出るんです。ゲインの幅に多少バラツキがあったとしても、みんなが恩恵を受ける形式を構築していくということで、夏から秋ぐらいにかけて市長会や町村会にお話をさせていただきました。
 本当に、それで大丈夫なのかなんていう議論をする中で、先ほどお話をしたように、1つのチームとして組み立てていくという、先輩たちがやってきた手法がすごく役に立ちました。「あれ?先輩たちと同じことやっているな」というようにですね。だから、私は座長だったので、基本的には議論のある程度先を読んで、落としどころじゃないですけれど、こういう絵が描けますよ、というように議論をリードしていきました。
 実はこういうリードのすごくうまい先輩がいたんです。最初、うまく組み立てるんですね。本当になるほどなっていうモデルを描くんですけれど、次の回に行くと、自分が言った話を全部否定しているんですよ。「こうやったら、こうなるよな。でも、こうならない可能性はあるよな。その可能性の要因は何だ。次善の手はどう打つ?それを防ぐにはどうする?」というふうに。その2回目の議論の中で、「いや、こういうリスクだって考えなきゃいけないだろ。そのための方法論として、こんな作業があるんだぞ」ということを埋めていって、2段階のステップを経て議論を成熟させていくんです。
 みんながボトムアップでいろんな議論をするのはいいんですが、それには時間も手間も掛かりますし、迷走するリスクもあります。そこで不信感が根付いてしまうと、市町村間の共同事業って非常に難しいんですよね。だから、本当にどこも隠しようもない議論の絵を描いて、その方法やリスクなどについて、2段階のステップで議論していくと、短いスパンの中でみんなが納得できる。特に役所の中の会議と違って、市町村それぞれの代表たちが出てくる会議で一番困るのは、彼らが市町村に戻って、彼らの組織の説得に苦しむことなんです。

稲継 そうですね。

土屋 そのためには議論の経過を、彼らが同じように説得できる理論武装をしてあげないと、戻ってから、「ごめん。課長から反対されちゃった」という泣き言を言われては困ってしまいますからね。「じゃあ、議事録はこんなふうにつくって、そのための絵はこう描いて、これを持って説得する。説得の武器を与えて、皆さんを担当へ戻しましょう」ということは、すごく意識をしました。
 同じ方法がその後の「こうふDO計画」のところでは庁内でしたけれども、エビデンスをきちんと作っていく中で、各担当の協力なんかを得ていくことが重要でした。

稲継 「こうふDO計画」について、読者の方はご存じないと思いますので、少し説明をしていただけますでしょうか?

土屋 「こうふDO計画(以下DO計画)」というのは、1つは、今まで情報システムを庁内の大型コンピューターで処理をしていたものを、基本的にはダウンサイジングという形で、今までよりもコストを下げて進めていきましょうという計画です。
 もう1つは包括的なアウトソーシングですね。包括アウトソーシングについては、結果そのものを直接調達するというDO計画の考え方を示したものですが、よく例え話で言うんですが、我々が日常、どこかに通勤なり移動したいというときに、自家用車とか公共交通機関があって、間にタクシーがあるんです。年間の利用の距離数が5,000km以下であれば、自家用車を持って、維持管理費、ガソリン代、車検代とか全部含めた総額と、タクシーを利用した場合の総額を比べると、タクシーに乗ったほうが実はリーズナブルだということは、本当かどうかは分かりませんが(笑)、よく言われる話ですね。
 そうすると、我々としては移動さえできればいい。なおかつ、自家用車だと、何人乗りかにもよりますけれど、5人乗りだと5人しか乗れません。でも、タクシーであれば、たまたま今日は8人だと、2台用意すればいい。大型タクシーであれば、1台でオーケーということになります。
 だから、大型コンピューターシステムでも、その考え方が応用できないのかなと。必要なときに必要なものだけ、サービスとして供給していただければ、我々はハードウエアを持つ必要がないという考え方が成り立たないのかなと考えました。今で言うと、クラウドコンピューティングみたいな考え方なんですが、発案したのは平成15(2003)年ぐらいなんですね。
 実際、民間企業さんにハードウエアとかアプリケーションとか、一通りのシステムとして使える物をご用意いただいて、我々はそれを使います。皆さんお聞きになると、ものすごく丸投げに聞こえると思うんです。ただ、そこにきちんとマネジメントさえすれば、それは市の業務システムになります。しかし、単に「うまくやってよ」という管理の仕方だと、タクシー会社に電話をしても、「ごめんなさい。今日は空いている車がありません」「運転手がよく道を知りませんでした」という不都合が出てしまう。
 そんなことがないように、我々は業務システムのサービスを提供していただくんですけれども、そのサービスの品質とか体制についてはSLAというものでチェックし、モニタリングし、評価をし、支払いにも反映しているというマネジメントをやっています。

稲継 今おっしゃった、SLAというのは、Service Level Agreementの略ですね。少しご説明いただけますでしょうか?

土屋 はい。我々が何かをしてもらうときに、サービスの品質をお約束していただきたいので、「住民票が発行できます」という仕様書を書くんです。「発行できますが、翌日になります」では、話にならないですね。何かの処理をするときのレスポンスの時間など、いろんなことを決めておかないと、サービスを購入することが、維持できなくなってしまう。
 したがって、サービスのクオリティーレベルの定義をしてお約束をしましょう。サービスの提供としては「2分以内に出ればいい」「即時、出なければいけない」という2つのルールがあったら、必要なルールを選択して、「このルールでこの業務を組み合わせたら、ベンダーさん、おいくらでできますか」というように競ってもらえるように決めておくのです。
 一般的には、今まで通常に動いているシステムがいろんなトラブルが出たりとか、業者さんのレスポンスが悪かったりすると、SLAを途中から入れようとするんですね。それは、コストが上がるばっかりで、ベンダーさんも手間が増えるので、すごく嫌がるんですよ。「今まで動いていたじゃないですか。トラブルもありましたけど、契約の途中からSLAを入れるんだったら、お金くださいよ」というように、一般的にはSLAは後出しで入れると、お金がかかる割に、「当たり前のことが当たり前にできるレベルを維持するのに、なぜお金がかかるんだ」っていう話でこじれるんです。
 我々はもうファシリティも持ちません。アプリケーションも持ちません。ハードやファシリティ周りの運用体制すら整備をしません。サービスだけを買います。だから、サービスのレベルを保証してもらわなきゃ、そのサービスは買えません。
 「タクシーを呼びますよ」といった場合に、タクシー会社と、「24時間で最大3台まで、5分以内に来る」という約束をして、いざ呼ぶときは「2台ください」「今すぐ来てください」「明日の朝、来てください」という、その時々でオーダーを出します。24時間で最大3台まで、5分以内にというのが、アグリーメントなんですね。

稲継 SLAで品質を保証してもらって、そして、契約をするということがDO計画の真髄と言いますか・・・。

土屋 真髄ですね。そうすると、今まで、何となく業者さんが「いいですよ」もしくは「仕方ないですね」と言って、やっていただいたものにも、コストがきちんと見えてきます。「これ以上のことはしなくていいですよ」ということは、はっきりと分かります。自治体の職員は、普通にやってくれるものだと、よく言いがちなんですよ。「そんなのやるのは当たり前だ(自治体)」「でも、書いてありません(業者)」「書いてなくたって、お前、公共の仕事をしているんだろ(自治体)」って、言ったりするわけです。
 業者は大体、そこでリスク幅を見るんですよ。「あそこの担当は、無理難題を言うからな。ここで金額を乗っけておかなきゃ、えらい目に遭っちゃうわ」というようにですね。ところが、「ここまで求めますが、これ以上は求めません」と最初に書いてあると、「ここまでやればいいんだな」と業者も理解します。要するに、ボーダーラインの解釈論だけ、契約交渉で詰めておけば、「これ以上のものは要りませんし、必要になったら、お金を払います」ということを明確に書いておくと、リスク幅が小さくなっていくんですよ。そうすると、何が起こるかというと、金額が落ちていくんです。
 そして、運用の仕方については、我々は無用に定義をしません。例え話ですが、「この帳票を来月までに100枚出しなさい」と業者に指示するとします。それが意味するところは、「そちらで、アルバイトを雇って、ワープロで打ってくれてもいいし、手書きだって構わない。システムから出しても、構わないけれども、その期日に間に合って、正確であれば、どんなやり方をしても構いません。だから、一番、あなたたちがやりやすくて、責任を果たせて、コストが少なくて済む方法で提案をしてください。我々としては、結果とそのプロセスの適法性だけは確認をしますけれども、それ以外の方法については何も問いません」ということです。
 そうすると、彼らは、他の市町村で実証されている方法を甲府市に応用させてもらえば、安くできると考えます。そうすると、そこでもコストが落ちていくんですよ。

稲継 なるほどね。非常に大雑把な言い方をすると、従来のインプット・ベースじゃなくて、アウトプット・ベースの要求をして、契約を結んでいくことで、最終的にコストをダウンされたんですね?

土屋 そうですね。

稲継 約38.5%の経費を削減されたとお聞きしたのですが、これは本当にそれだけ落ちたわけですか?

土屋 実際のお話をすると、過去のシステムについては、今まで庁内にありましたので、場所代、電気代などは別で、当時のシステム関係の経費に含んでないんです。職員が運用していましたから、職員の人件費も別で含んでないんです。また、紙代も別だったりするんです。
 けれど、今回の事業については、業者にデータセンターも用意させていますから、当然、場所代がかかります。そこには電気代もかかります。非常用発電機を置くというお金もかかります。紙は彼らに用意させますので、紙代もかかります。運用職員も雇用しますから、運用のお金もかかります。
 平成17(2005)年当時の甲府市のシステム経費と、今後かかると試算した経費をぶつけ合わせて、約38.5%の削減ですので、実際に新しいシステムの側で業者側に乗っかっている費用を上乗せすると、試算ベースで、ちょっと難しいんですが、約45~48%ぐらいの削減効果にはなっているんです。

稲継 それはすごい。発想の転換によって、すごくコスト削減ができたということですね。

土屋 コストを下げることは、我々としても非常に重視をして、ほとんど前例がない仕掛けでした。
 ただ、庁内を説得する際に、未来永劫、システムに関するコストは伸びていくとお話しています。なぜかと言うと、行政需要の中でシステムありきとして、制度設計されるものが介護保険制度以降は当然になっています。
 従来は手作業、紙作業を前提として、システムが作られていましたけど、おそらく今後はシステム化が最初から前提として制度設計をされると、2つの問題があります。1つは制度が設計されてから、実施までの期間がものすごく短くなります。もう1つは、システムを前提として制度設計されますから、その関連システムの改修が問題になります。
 だから、我々の問題として、今後、取り組むべきは、システムも1つの塊として見るのではなく、その中のいろんなデータフローとか業務フローを中心として、システムの専門家ではなく、業務の専門家とマネジメントの専門家を育てていかないと、そのスピード感に勝っていけない。毎回、後から、システム、サーバなど色々なものを、追加していくと、グジャグジャになって、お金は何ぼでもかかる結果となってしまいます。
 そうした状況で、DO計画の仕掛けには、もう1つ肝があって、「一般的に法令改正がされるシステムは、全国一律でしょう?同じですよね。我々は特別にわがままを言いませんので、その部分については、この契約費用の中に含んでください」と言ったんです。甲府市がオリジナルで要望したものは払います。現時点で予想できないような大規模な社会保障制度などが加わった場合、それは払います。
 けれど、固定資産税の毎年の法令改正や3年に1度の評価改正については、全国一律であることが分かっているでしょう?だから、それにかかる経費はすべて総経費で提案をして、毎年の支払いを平準化してください。そうすると、我々の財政計画としては、基本的にはフラットになるんです。

稲継 なるほどね。

土屋 また別の話なんですけれども、後期高齢者医療制度や子ども手当などの追加経費というのは当然、生じます。それを全部、当初の契約金額の中に入れることは、無理な話なので、そこは我々とベンダーさんがパートナーとしてお付き合いをする。払うものは払う。払えないものは払えない。それをお互い納得して決めなきゃいけない。
 その1つの方法としては、全体のシステムの機能をベースとしてポイントや単価で表していこうという考え方があったんです。通常はファンクションポイント法といって、システムの中身を見て、ポイントに落としていって、システム全体の規模を測りながら、積算するんです。我々はそれだと、ベンダーさんの土俵の上で戦うことになるので、我々の土俵の上で戦いたい。
 そうするためには、業務の一つ一つの機能についてポイント化しておく。例ですが、全国一律で行うようなものは1ポイント(A)ですね。甲府市のオリジナルで作らなければいけない、工夫をしなければいけないというものが1.2ポイント(B)ですね。これは通常の業務ではなく、EUC(End User Computing)でデータを出して、職員が加工すれば十分賄える業務については、データを出すだけなので、0.5ポイント(C)ですね。というように、システムごとに仕様書を全部整理して、ABCのランクを付けるんです。
 そうしてすべてを合計すると、全ポイント数が出ますよね。これで契約金額を割ると、1ポイントあたり、いくらかという金額が出ます。例えば、追加で子ども手当のシステムが必要となりました。子ども手当をポイント化するんです。ポイントが分かれば、DO計画の際のポイントの金額に合わせると、大体の金額が積算出来るんです。
 もちろん、実際に契約金額を決めるのは、業者さんからの見積りをいただき、類似市町村の比較によるもの、機能ポイント積算したもの、それぞれを勘案しながら、追加契約の金額を決めるんです。ちょっと荒っぽいんですが、契約条項の中で、こういう調査をして比較をした上で、最終的な契約の積算方法は甲府市が決定するって契約書に書いてあるんですよ(笑)。
 かなり荒っぽいと思っていたので、DO計画における事業者の調達段階では、事前に契約書を開示しています。この契約書で我々は皆さんと契約をしますので、今の段階でご意見がある方たちは、ご意見をいただければ修正もしましょうと。
 また、法制度改正などに関係する追加契約に関しては、事実上そのメインベンダー以外にできません。これがいわゆる「囲い込み」や「ベンダーロックイン」と言われる問題だったわけですが、逆に我々は、ベンダーさんに拒否権はないという項目を契約に定めました。技術的に不可能というものでない限り、やらなきゃいけないし、新しい制度を導入する際に、できないのであれば、失格ですから。余程おかしな話でなければ、全国一律の自治体がすべてやるものが、そのベンダーでは、できないということはないですよね。仮に何かできない理由があるのであれば、その時に話をしましょう。技術的にできることであれば、それは拒否ができませんよ、と契約書に書いてある。価格決定を合理的な形で、機能をポイント化し、単価を乗じて得るという仕組みを、事業者選定の段階から開示して、納得の上で契約を結びましょうということです。こうすることで、我々の土俵の上で勝負することになるわけです。
 我々としては、金額は別として、メインベンダーさんにできませんって言われたら、どうすればいいんだっていうのは、みんな思うので、拒否権は与えません。そのときの金額の積算方法については、先ほどの方法によって、一番安いものを採るわけですけれども、この金額は我々が恣意的に決定できるものではありません。相互に合意したルールで、なおかつ合理的な根拠に基づいて、市側が決定すると書いてあって、これで了解してもらいたいと。
 結局、積算の方法については、議事録も残しまして、契約書に付けたんです。納得いただいて、当初の契約をフラットにする。それによって、全体の契約のゲインも出たし、先が読めるようになってくる。なおかつ、どうしても追加でかかる部分についても、彼らが事業者選定のときに提案した価格水準で金額が決まるんですね。本当の金額を決めるのは我々じゃないんです。
 例えば、当初、彼らが40億円という提示をすれば、40億円をポイントに落としていくと、1ポイントあたりの金額が分かる。そのときの価格水準を将来の追加契約にも維持したいのであれば、最初に金額に乗せればいいんです。安値入札は困るんです。なぜなら、ベンダーとパートナーを組んでいく中で、信頼関係を損ねますよ。安くした後で、取り戻そうというものが透けて見えると、我々が常に警戒しなきゃいけない。
 払うものは払う。その上で、あなたたちがどれだけ頑張って、他の業者と競えるのかというところをオープンな形で見極めたい。そのためには、追加経費のこういう考え方も入れている。きちんと、あなたたちが赤字で提案を絶対にしないように入れている仕組みなんです。きちんと事業として成立するために、この仕組みが入っているんです。要は真面目に、真剣に考えたベンダーさんに、「その努力が選定評価につながりますよ」と分かっていただくための仕組みなのです。

画像:武田信玄公像
武田信玄公像

稲継 ある意味で言うと、安値入札をさせない、フルコスト・リカバリーで、その契約の中身は非常に明解にして、追加費用の発生についてもきっちりと分かりやすく、住民に説明がつくような方式を採られたということですね。今までのIT関係の入札ですと、安値入札とか、あるいは喰い物にされたような入札とか、役所のほうは割と、非常に弱い立場、侵食される立場だったのが、むしろ、こちらに主導権が移るような契約方式に変わったっていうことですね。そういう意味では、革命的なことだと思うんですけれども。

土屋 そうですね。先生がおっしゃる、革命的というほどではないと思いますが(笑)、我々としては自らのパラダイムを変えました。今までの情報システムを買って使うという考え方から、成果を買わせていただくという考え方に変えたんです。それと、誰が価格を決めるのかという部分を、「いや、彼らじゃないよ。合意に基づいて我々が決めるんだよ」としたんです。
 我々が取り戻さなきゃいけないことがたくさんあったんだと思います。その代わり、我々がかじりついて抱えていたものについては、事業者のほうに渡さなきゃいけなかったこともたくさんあります。システムをつくるときに、ハードディスクが何GBだとか、パソコンやサーバーが何台だとか、CPUがいくつでというように書くんですよね。

稲継 仕様書にですね。

土屋 そうです。しかし、仕様書にそういった事はあえて書かなかったんです。

稲継 そういうものは必要ない、アウトプットだけしっかりやってくれということですよね?

土屋 そうです。ハードなどは好きなようにしてくださいと。でも、やっぱり、審査委員会とかいろんなところで、「大丈夫なのか」って言われたんですね(笑)。それは彼らが保証することだし、ペナルティーがあったら、どこまで追っ掛けるかっていうことに関しては、弁護士さんも入れて議論をしています。
 これまでは、我々が設計したシステムが当初はちゃんと動いたけど、2年目、3年目に向かって、当初課税をやろうとしたら、「ハードディスクの容量が足りませんでした」という時に、普通は追加でお金を払って買いますよね。「どうして」と問われれば、我々の設計したファシリティーが間違っていたから、追加するしかなかったんです。場合によっては、逆もありますよね。これだけ必要かと思ったら、実際にシステムの寿命が来た際に、半分以下しか使ってなかったというオーバースペックもあれば、逆にアンダースペックもありますよね。それについて、担当職員を責められます?

稲継 責められないですね。

土屋 今までそれは仕方ないこととされてきました。でも、我々はジレンマを感じていました。プロがもっと優秀な目で、いろんな経験値の中で工夫をしていけば、もっとピシャッというところに収まるでしょうと。収まらないまでも、そのリスクは我々が負うべきではないので、それはベンダーさんのリスクとする。ベンダーさんの工夫の余地を残すという意味では、最初はすごく小さなハードにして、2年目、3年目で少しずつ追加していくことができるような構成を作るといいんです。ハードって年々安くなるじゃないですか?

稲継 そうですね。

土屋 5年目の価格を見ると、1年目の価格から半額、いや3分の1ですよね。手間は掛かりますけれど、増設ができる構成を彼らが考えて、工夫や努力をすればするほど、甲府市に対する提案金額が下がるので、我々にもゲインが出る。持っていてもしょうがいない、我々にとってリスクでしかないものは、ベンダーさんにきちんと買ってもらいましょう、という考え方です。私は不安だったことは全然ないです。

稲継 それに踏み切られて、今、それがうまく回っているわけですよね。

土屋 そうですね。稼動してほぼ2年が経っていますので。

稲継 そして、先進地としても、いろんな自治体からも視察が来ているのですね。
 ここまで、土屋さんに、入庁されてから最近の取り組みまでをお聞きしてきたわけです。入庁した当初から、かなりの負荷が掛かったけれども、それを割と喜んでというか、逆境をむしろプラスに転じて、ここまでいらっしゃったと思うんですね。
 そういう意味では、今、全国の自治体の職員がいろんな逆境下にいながら、うまくいっていない人もいらっしゃると思います。彼らに勇気を与えてあげたいと思って、このシリーズを続けているわけですが、全国の自治体職員の皆さんに、メッセージがありましたら、最後にお願いしたいと思います。

土屋 ここまでのお話だと、すごく立派な職員みたいですが(笑)、私自身は非常にぐうたらな人間で、極めてズボラなんですね。同じことに、知恵も工夫もしなくて苦しむのは、やっぱり嫌なんです。自分自身も嫌ですし、部下にもそういうことをさせるのは、あまりよろしくない。要するに、きちんと考えること、工夫をすることで、少しでも合理的な方法であるとか、ジレンマから解放されたいという思いはいつも持っています。ただ、そのために1人で苦しんでも、結論は出ませんので、仲間やいろんな方から教えをいただくんです。
 仕事に直接関係するようなセミナーや勉強会とかに出ることも、とても大事です。一方で、できれば自分の興味の赴くままに思考回路が違う人たちのいろんな会に参加する。システムに関して極めていく人たちとずっと議論していても、パラダイムは変わらないんですよ。全く違う「えっ?そんなことってありなのかな」ということを聞くと、「実はそうなのかな。そうするには、どうすればいいのかな」と考えるようになります。
 本当に他業種はたくさんありますし、興味の赴くまま、面白いなと思ったところは積極的に、読むなり聞くなり参加するなりした中で、発想をどう切り替えていくのかということです。そのためのキャパシティーを自分で作っていくことは誰にでもできることだと思います。
 また、うちの職員にもよく言ってきたんですけれど、彼らは、資料を作る前に口で物を言いに来るんです。報告書が面倒なので(笑)。実は、分かっていなくても、説明できる気になって来るんですよ。そこが勘違いで、こんな話をすることもあります。「話すのと書くのではどっちが難しい?俺は書く方がずっと楽だと思う。話すって一過性だよな。お前の言ったことが、お前の思ったとおりに伝わるとは限らないし、言い漏れもあるし、言い過ぎもあるし、前提条件も伝わらない。結論として、こうしてもらいたいという思いも、人によっては、聞き逃されてしまうかもしれない。100人説得しなきゃいけないとなれば、100人に対して、同じことが言えるかい?だったら、俺は書いたほうが楽だ。[読む・書く・話す]ってあるよな。みんな絶対に勘違いをしている。読む・話すっていうのが難しくて、書くのが一番楽だぞ」と言っているんです。
 どれだけ、ドキュメントに説得力があるのか、その裏付けとなるものが、どれだけエビデンスとして用意できるのか、それがやっぱり一番だと思います。発想する力と、やっぱり物が書ける力。物を書いて、自信が付けば、語れるんですよ。きちんと物が書ける人間に、別に人の前に出て、お笑いをしろって言っているわけじゃないんですよ。話術、話芸を競っているわけではないので、とぎれとぎれでも、一通りの説明をして、質問に「えっと、これはですね・・・」なんて言いながらでも、きちんと内容的に答えれば、上は理解してくれますので。そういう意味では、書く力をどう鍛えるか。それは年齢に関わらず、いつでもできることだと思います。
 その上で、組織をまたがった人たち、ベンダーさん、国であったり、他の市町村であったり、今は産・学・官で、先生方とも協力していかなければならない。先生にいろんな話が持ち込まれて、思いだけを語られて帰っても、さて、どうしたもんだろうというようになってしまうじゃないですか?完成度は高くなくてもいいんですが、やっぱりエビデンスがしっかりしていることと、狙いとするところが明確に絞り込まれているのか。その方法論は先生方のお力をお借りしてステップを上がっていくことかもしれません。まずは思いがきちんと伝わって、何を成功させたいのか、何を現状から変えたいのか。そうすることで、どんな変化が起こるのかというところは、どんな方たちとチームを組んで仕事をする場面でも、やっぱりドキュメントを書ける力というのが一番重要なことになると思います。それができれば、少なくとも階段を一歩、上がれるのではないでしょうか。

稲継 ありがとうございました。甲府市の土屋さんにお話をお伺いしました。今日はどうもありがとうございました。

土屋 ありがとうございました。


 土屋さん率いる甲府市のIT部門は、「情報システムを買って使う」という従来の考え方から、「成果を買う」というように発想を転換し、パラダイムを根本的に変革した。市にとっても大幅なコストダウンが実現するし、受託者側も求められる成果がはっきりしているので様々な工夫をしてコストダウンを図ったり、リスク回避をしたりすることが可能となる。両者のWin-Winの関係を導いた。この取り組みが極めて先進的であることは、受託者側のレポートからも明らかである。従来の自治体職員では思いつかないであろう土屋さんの発想力、パイオニア精神は驚嘆に値する。
 土屋さんが最後におっしゃった、「発想する力」と「書ける力」、これは分権時代の自治体職員に共通して求められている。また、「エビデンス」を繰り返し強調しておられるのも印象的だった。
 発想力を強化するためには、仕事に関係するセミナーや勉強会に出席するとともに、「思考回路が違う人たちのいろんな会に参加する」「異業種交流を行う」ことなどが必要であるとおっしゃられているが、いずれも重要な指摘である。