メールマガジン

第66回2010.09.22

インタビュー:京都市総合企画局政策企画室 政策企画課長 林 建志さん(下)

 嵐山の公衆トイレを作るのに、ワークショップ方式をとったことにより、テレビをはじめとするマスコミも取り上げてくれるようになった。林さんの仕事人生はそういった住民参加の方にいくのかと思われたが、人事異動で行政改革を担当することになる。


稲継  都市づくり推進課で、嵐山のトイレ作りだとか、景観・まちづくりセンターの立ち上げに携わっておられましたが、それは、どのくらいの期間いらっしゃったんですか?

 それが、たった2 年間なんです。

稲継  2 年間ですか。次はどちらに異動されたのでしょうか?

 新設された行政改革課の行政改革係長になりました。嵐山での取り組みとかが功を奏して、景観・まちづくりセンターの設立が決まって、「よっしゃ!そこで、愉しもう」と思っていたときに、辞令が出たんですよ。「くっそー、おかしいですがな」って、以前の上司やった人事部長に言いに行ったんですけど(笑)。

稲継  後になったら、動かしようがないですよね(笑)。

 「あかん」って一言でかたづけられました(笑)。

稲継  行政改革課の行政改革係長に異動ということで、名前からすると行政改革をやるんだなって、分かるんですけど、具体的にはどういったことを命じられてやってこられたんでしょうか?

 異動したときは、一昨年に3 期12 年で退任された桝本前市長の1 期目でして、新たな行財政改革をスタートさせるということで、平成9 (1997 )年の4 月に鳴り物入りで新設された課なんです。その名が示すとおり、行政改革を進めるということで、行革の大綱や計画を策定したり、シェイプアップ(行財政の効率化)・パワーアップ(庁内活性化)・パートナーシップ(市民参加の推進)の3つ巴で改革を進めることとして、そのための色々な仕組みや仕掛けを作りました。

稲継  その後、いろんな雑誌等で、京都市の行政改革が取り上げられるようになりましたが、少し、他の自治体とは毛色の違うことをやっておられたようなんですけれども、そのあたりのことを説明いただけますでしょうか?

 そうですね、行革も行政職員と同じで目立ったらあかんのです。行革なんていうのは、手段であって目的ではない。当たり前に、常に何かを変えることであって、それは、継続的な営みなんですよね。ですから、京都市ではあまり向こう受けするような派手なことはやってきてませんが、結果として大きな成果を出してきたと自負しています。
 また、改革を進めるには、ポリシーなり基本的な哲学というのが必要だと思います。そこで、大学院に派遣されていた頃のいろんなネットワークで、例えば、京都大学大学院の田尾雅夫先生や秋月謙吾先生などに、人事や財政、企画などの若手の係長で作った研究会に入っていただきました。そこで、市民と行政の役割分担と協働のあり方という、新たな行革を進める上での価値基準、どういう行革を進めていくかということを検討しました。研究会では、各自がいろんな事例を発表し合って、行政のコアコンピタンスは何なのか、民間に担ってもらうべきは何なのかといた議論を延々やって、それを提言としてまとめるようなことをやりました。当時はNPM 改革というようなことが言われていて、「民間でできることは、民間で」ということがありました。しかし、提言は、国の行革とは一線を画すとして、今まさに意味のある言い方だったと思うんですけど、単純に今やっている分野から撤退すれば民間がそれを担うといったことではなくて、基礎的自治体として、そこを担うNPO なり事業者の育成も含めて公民役割分担あるいは、協働、パートナーシップを進めていくといった考え方を描きました。

稲継  具体的な中身としては、どういうものがあったのでしょうか?

 そうですね、ツールとしては、事務事業評価制度 を作ったり、あるいは、外郭団体の経営評価システムを作ったりですとか、いろんなことをやってきました。また市民参加を進めるために職員を公募して4つのテーマで市民参加事業を実際に進めるプロジェクトチームを設置したり、市民サービスを向上させるために、窓口対応を実際に来庁者の方に5段階で評価していただく制度を作ったり、果ては、小さな営みとして、名札をつけるようにしたんです。昔の行政職員は名札を付けなかったでしょう?

稲継  ええ、そうですね。

 当時の京都市では、ほとんど名札を付けてなかったんですけど、服装規定に名札の大きさが規定されていまして、それは、近くで見ないと名前が読めない小さなサイズでした。そこで、行政改革課で、4倍くらいの今の大きさの名札をカラフルにデザインして作って、「掟破りでもいいし付けよう!」ということで、始めたら、それがだんだん他の部署にも広まっていきました。

稲継  それも、行政改革の一環なんですね。行政改革って、人を減らすとか、お金を減らすとか、そういうイメージがあるんだけど、行政を変えるということは、全部行政改革なんですよね。

画像:林 建志さん
林 建志さん

 そうなんです。行革の最終目的は、市民サービスを向上するということだし、高品質で満足度の高いサービスをどうやって、お金のない中で生み出すかということだけであって、人減らしとか、金減らしとか、組織いじりというのは、そのための手段の一つですよね。それを履き違えないようにしないと、結果として、それをせざるを得ないのかもしれないけれども、手段と目的、こうすることの本当の目的は何なのか、その目的のためにこの手段は最善なのかといった、物差しでいつも考えるようにしています。
 言わずもがなですが、人減らしを目的化してしまったり、あるいは金減らしを目的にしてしまっては、何の意味もないですね。ですから、目的を達成するための方法は多様にあっていいし、多様にいろんなことをした方がいいと思っています。職員たちはホンマ大変やったと思いますけど。

稲継  林さんの部下たちが大変だったと。林さんが思いついて、これやろう、あれやろうということで・・・。

 それもありますし、市役所中に影響することですからねえ。当時、職員が1 万9 千人、今は1 万5 千人にまで減りましたけど。いろんなアイデアを考えついて、やりたいんだけど、やっていいんだろうかと、ホンマにやれるんだろうか、そんなことを考えながら・・・。いつも、胃が痛くなるくらい葛藤していました。恐らく、全国自治体の行革部門の職員さんは皆、そうなんと違いますか。

稲継  事務事業評価を1つ取り上げても、京都市の事務事業評価シート というのは、他の自治体と違って、公民役割分担の度合いを示すとか、マトリックスになっていたりとか、非常に独自のものがあって、その後、色々な自治体が京都市方式を真似するようになりましたよね。ああいうものは、どのように思いついて、作ってこられたんでしょうか?

 先ほどの研究会の提言で、公民役割分担をまず考えるべきとなって、それをベースに構築していきました。ですから、京都市で一番初めにやったのは、いわゆる達成度とか、効率性とかではなくて、そもそも、この仕事は公民役割分担に照らしてみて、やるべきか、やらざるべきかを考える、今、流行の事業仕分けに近いんですけどね。
 事業仕分けと違うのは、客観的な判断基準・物差しを用意したことかもしれませんね。大学院生たちに手伝ってもらって公共経済学の考え方を応用して、いくつかの設問にYes 、No 形式で答えていくと、自動的に公共性とか実施主体の妥当性とかの判定が4象限に区分して出されるようにしました。ただ、それで、最終の答えが出るわけではありません。未だに、行政評価だけで白黒がはっきりするような幻想が持たれていたりしますけれども、行政評価はコミュニケーションツールであって、そこから、議論するベースとなる客観的データをきちっと揃えるものですよね。ただし、評価結果の精度や信頼性を高めないとあきませんので、その後、達成度とか効率性とかの判定を付加したりしながら、試行を繰り返していきました。

稲継  それは、予算に連動するようにしたわけですよね。割と、全国的にみると、早いスタートだったと思うのですけども・・・。

 平成15 (2003 )年に戦略的予算編成システムという名前で導入されました。元々、平成12 (2000 )年の末に京都市全体の政策と施策の評価、事務事業評価両方を含めた京都市版行政評価システム導入計画案というものを作ったんですけれども、その案では、事務事業評価は平成16 (2004 )年から、政策評価もそれと同じ時期に本格実施するということになっていました。それまでは、試行しながら、順々に準備していました。
 財務会計システムが一方で構築中でして、それと連動することによって、職員負担をできるだけ少なくしようと考えていました。それが、いよいよ財政が逼迫してきて、財政非常事態宣言を出さざるを得ない状況になって、これまでのシーリングでのやり方では無理と判断された副市長から、一年前倒しでやれとの指示がでました。それで、やれる準備はできているんだけれども、約1600 件の事務事業を、一遍にやらなきゃいけない。大変な騒動が起こりました。

稲継  でも、それが予算に結びつくから、みんな本気になって、事務事業評価にも取り組んでくれたということですね。

 これも、さっきのワークショップと一緒なんです。中途半端だと愚痴も出るし反発もあるけど、真剣だと知恵が出るんですね。目的と手段の関係から考えると、やっぱり、きちっとした見直しにつながるものでなければならない。予算編成に活用されるものでなければ意味がない。それは、市民にとってもそうですし、やってる職員にとっても、本気になれません。「なんで、そんなもん、やらされなあかんねん」と。ですから、負担はかけますけれども、一方で、一件査定はやめましょうと。予算要求調書にいっぱい書いたけど、ゼロ査定みたいな、無駄とは言いませんが、その労力を別のほうに向けましょうと。
 40 億円だけは政策重点化枠として、政策評価の結果などを参考にして決めた政策重点化の方針に沿ったテーマで新規事業を各局がエントリーする、それ以外は、局に予算を枠配分して、事務事業評価の結果を使って、予算組みを局の裁量で行えるようにしましょうと。なおかつ、評価の結果をちゃんと市民のみなさんにすべて公表することを、セットで行いました。
 もちろん、私だけでなく、財政や企画などの部課長が一緒になってこの制度の検討を行いました。
 ですから、賛否両論はあったんですけど、みんな本気で評価作業に取り組んでくれました。実施後に各所属の担当者にアンケート調査をしたんですけど、けっこう好評で正直びっくりしました。「自分の仕事を見直すチャンスになった」とか前向きな評価が多く寄せられたんです。うれしかったですねぇ。公務員って、目的がはっきりしていれば、すごく真面目に頑張るんですよね。

稲継  一所懸命やる?

 一所懸命やります。本当に、捨てたものじゃないです。世間の皆さんにも分かってほしいんですけど、なかなか伝わらないですね。

稲継  今、取り組みをお話いただいたように、最初、行政改革係長として異動して、その後、課長補佐になって、そのまま、行政改革課長になって、ずっと、行政改革課にいらっしゃったわけですね。

 はい、9 年間いました。

稲継  9 年間でプロみたいになった。その間に、色々取り組んでこられて、全国からの視察も相次ぎました。そのうちの、事務事業評価サポーター制度 というものについて教えていただきたいのですが。

 9 年の間に行革の計画あるいは大綱というものを4つ策定するのに携わりました。作っている最中ってかなり大変なんですけれども、計画は手段であってその実行が肝心ですよね。ましてや制度とかは作った瞬間から陳腐化が始まります。「なんとか本格導入できたけど、事務事業評価もこのままいったら形骸化する」という危機感があって考えていたら、ふと京都市って、なんと37 も大学があるなあって思いついたんです。

稲継  大学のまちですよね。

 ほんとうに恵まれていると思います。第三者機関として事務事業評価委員会を、政令指定都市で初めて設置したんですが、委員会はその会議の時間だけに限られていて、十分精査していただくにもやはり限界がある。そこで、学生さんです。専門分野のことを調べたら学生さんにも得になるし。一度に全部はできないですけれども、分野ごとで、ゼミの先生にチームリーダーになっていただいて、ゼミ生と京都市の職員を公募してですね、一緒にその分野の事務事業の評価の結果、あるいは、事務事業評価の仕方についても、色々と研究して、提案してくださいねっていう仕組みを作って、それを事務事業評価委員会の下部組織に位置付けました。

稲継  事務事業評価委員会の下部に、大学のゼミ生と京都市職員のボランティアの人たちが、集まった研究会のようなものがひっついているイメージですね。

 そうなんです。初年度は、京都橘女子大学(現京都橘大学)と立命館大学に協力してもらったんですが、職員には「女子大生と合コンできるで~」って言って。これは冗談ですけれども(笑)。

稲継  学生って、時間があるけれども、何をしたらいいか分からないっていう人たちが、結構いますから、目標を持たせて、「君たちは、ちゃんと京都市の市政をウォッチしなさいよ」ってことを命じられたら、一所懸命、がむしゃらにやりますよねえ。

 やってくれますねえ。非常におもしろいし、ありがたいです。

稲継  また、事務事業評価委員のような大学の先生だと、どちらかと言えばパートタイムで年に何回か来るぐらいの話だけれども、大学生だと、割とフルタイムに近いような形で、歩き回ったり、色々見てくれますよね。遊休の資源を活用しているというか・・・。

 結局、市民参加もすべてそうなんですけど、お互いに Win-Win の関係を大切にしたいですね。確かに報酬は払っていませんが、何か、お互い得るものがある Win-Win 、三方一両得 みたいな関係を作らなかったら長続きはしないように思います。今でも、これまでに協力していただいたゼミには、必ずその分野の評価結果を毎年度送り続けてもらっています。そうすれば、またやってみようかという気になっていただけるかも知れませんし、常にモニタリングしていただいている仕組みにもなりますし。

稲継  それは、市役所にとってもすごくありがたいことですよね。いろんな取り組みを行政改革課で取り組まれて、9 年間おられました。その次は、今、いらっしゃる政策企画課長になられたわけですね。今のお仕事は、どういう担当になるんでしょうか?

 今のポストは5 年目になるんですけど、特に今、行っているのは、平成23 年度から10 年間のいわゆる総合計画、京都市基本計画の策定作業に携わっています。

稲継  どういうご苦労とかが、ありますでしょうか?

画像:京都市役所
京都市役所

 京都市は、先ほど、市民参加の話をしましたけど、住民自治の伝統がずっと市政の根底にあります。ですから、ずっと京都市政は市民参加ということを言い続けてきて、理念も常に進化させてきました。基本計画の上位計画にあたる2000 年から2025 年までの基本構想も壮大な市民参加で策定されました。90 人の各界各層の方々に、侃侃諤諤の議論をしていただいて出来上がった構想は本当に素晴らしいものになっています。大阪大学の鷲田清一先生がみんなの議論を踏まえて自ら執筆されたんですが、「自分の文章がこれだけズタズタに直されたのは、初めてだ」とおっしゃるぐらいに、みんなが寄ってたかって、もみくちゃにして作られた基本構想です。今読んでも、ほんとにすごいです。もう、何回読んでも惚れ惚れします。
 その基本構想を踏まえた上での、基本計画なんですね。ですから、今回の基本計画作りも当然、市民主体で、形式的な市民参加じゃない方法で作っているんです。今回も70 人の委員の方に審議会に入っていただき、4つの部会に分かれて熱心に議論をいただいています。ある意味、行政のプロとして、各専門部署で作れば効率的でいいのかもしれないですけど、京都市はそういう方法を採れないし、採らない。それには、2つの理由があると思っています。
 1つは、行政のプロといっても、今後の10 年間を見渡したときに、いろんな価値観とか、方向付けとか、考え方というのが、すべてを完璧に見い出せるわけがないですよね。例えば、今回の基本計画づくりの議論の中でも、地域コミュニティ、ソーシャルキャピタルの重要さがより鮮明になってきているんですが、現行の組織体系がそのことに追いついていないことがはっきりとしてきました。政策の分野分けの事務局案では既存の組織をベースに、コミュニティと生活安全を一括りにしていたんですが、「それは違う。生活安全のためにコミュニティの活性化をするわけじゃないので、2つに分けるべき」とかですね。そのようなことが部会の中でどんどん提起される。そういう知恵、知見、生活実感をきちっと入れるということが重要だとつくづく思います。
 もう1つは、プロセスを大事にするんですね。ですから、プロセスも含めて、今回の計画は共汗型計画にしましょうと。

稲継  共に汗する型ですか。

 責任も行動も共にしようという意味で、汗ということを言っているんです。共汗型計画にしようと策定方針の中で謳っていて、計画策定がゴールではなくて、計画を作った後、それを市民をはじめ、企業・事業者も様々な団体、NPO も、みんなそれぞれが役割分担しながら、実現していく必要があります。ですから、策定に出来る限り多くの人に関わっていただいて、そのことが行動につながると思うんです。
 例えば、今回の計画策定での企てとして、審議会とは別に2 つの組織を設置しました。
 1つは未来の担い手 ・ 若者会議U35 (アンダー35 )です。京都にゆかりのある概ね18 歳から35 歳未満の各界で活躍する若者で構成されています。座長が、妙心寺退蔵院の副住職という若くて、素晴らしいお坊さんです。他にも、KBS 京都( 株式会社京都放送 )のアナウンサーとか α-STATION ( FM 京都) のDJ の方とか、芸妓でJAZ シンガーの方といった著名な人もいらっしゃれば、私のマニフェストっていう、10 年後の私はこうなっているという、論文募集に入選された人など、本当に多士済々の若者がコラボしてくれています。
 例えば、基本計画に10 年後の京都の未来像を掲載することになっているんですが、審議会の議論に向けて、U35 として提言してくださったんです。その中で「真のワークライフバランス」が大事だとの提案がありました。「私たちは、いわゆる仕事と家庭生活だけじゃなくて、社会貢献も大切にしたい」といった内容です。今回の基本計画の大きな特徴の一つになるのではないかと思っています。また、審議会によって今年の5 月に基本計画の第1 次案がまとめられて、そのパブコメやシンポジウムを行うのにも、主体的に熱心に取り組んでいただきました。シンポジウムでは、新風館という、屋根がなくて、人がたくさん集まる商業施設を会場に選んでU35 のメンバー自身が企画・運営して開催してくれました。市役所ではまず考えられない非常に型破りなシンポジウムとなりました。パブコメも形だけのパブコメはしたくないと言って、自分たちから出かけてですね、例えば、高校生と対話しながら、意見を聞いてみるとか、そんな活動をやってくれて、すごい数のパブコメを集めてきてくれました。
 もう1つは、足かけ3 年になるんですけど、職員公募で集まった職員でプロジェクトチームを作りました。まず、若手研究者と一緒になって、そもそも今の時代に求められる基本計画とはどんなものかを研究してもらって、審議会が設置されてからは、U35 と一緒になってシンポジウムをやったり、パブリックコメントをやったりしてくれています。みんな本務も忙しいのに、ほんと熱心に、そして活き活きと取り組んでくれています。

稲継  役所が主体になっていたら、とてもそんなことにはならないですよね。任せているのが重要な要素かなあと思いますね。

 無責任になってはいけないと思うんですけど、責任の持ちようが違うんですよね。

稲継  なるほどね。スタートは改良住宅の現場で、植木を植え替えるところから始まり、今は、京都市全体の総合計画をプランニングするという、タウンプランナーの責任者として、ご活躍されているわけですが、このメルマガは、多くの自治体の職員の方が見ておられます。全国の自治体職員の方に、林さんの方から、何かメッセージがありましたら、お願いしたいと思います。

 これまであたかも僕一人がやってきたみたいな言い方になってしまったかも知れませんが、決してそうではなくで、上司や同僚とかみんなと力を合わせたからできたことです。ですから、そんな大したことはとても言えないのですが、行政というか地方自治体は今、大変ですよね。正直、我々も何年も給料上がらへんどころか給与カットされてるし、それに応じてモチベーションも上がらへんし(笑)。そんな個人的な話だけではなくて、今は、相反することが色々と自治体現場で求められていますよね。スピード感を持って市民ニーズに対応することが求められる一方で、先ほどまでお話したように、民意を尊重して、市民参加で丁寧に行政運営するとか。これらは相反していますよね。そのような、狭間の中で、皆さん、かなり葛藤してはるんではないかと思うんです。私もその一人ですが、その時に、これも精神論的になって恐縮なんですが、さっきもお話したように、これは手段なのか目的なのか、常に原点に戻るようにしています。そして、正しいことを正しくやろうということに、一度戻れば、けっこう勇気が出るなあと思います。いろんな人に何を言われようが、聞き耳は持つべきですが、正しいことならば、自分が目立とうとか、いい目しようとか、そういう自分のためじゃなくて、世のため人のためになっている、というようなことを確認できると、すごく勇気が出てくるし、頑張れるんやないかなと。迷ったときは、「これは手段か目的か?」、「私心はないか?」の2つを物差しに考えるようにしています。
 あと、そういう抽象的な話は別として、大事にしたいと思っているのは、仕事でうれし泣きができることを、できるだけたくさん体験できるようにすることですね。さっきお話した嵐山の1 回目のワークショップで自治連合会の会長さんが終わりがけに「お前には負けたわ」っておっしゃって握手してくれはったんです。その時、ホンマに涙がぼろぼろ出ました。そういう快感が次のバネになるし、何回もそういう体験をしたくなりますよね。そうした体験はどんな職場でも、工夫次第で、できると思います。そのためにも、これまで目立ったらあかんとか言ってきましたが、内部的には一目置かれるというか、自分のブランドができて、こいつにやらせたら、必ず結果を出してくれるといった信頼が得られるようになれば、次に大きな仕事を任せられる。あるいは、その立場を超えた裁量を与えてもらえる。裁量を与えてもらえることで、自分がうれし泣きできるような冒険ができたりすると。それができれば、自治体の仕事は、こんないい仕事はないでしょうね。

稲継 こんないい仕事はないですか。

 私の元上司が、「公務員というのは、手を抜けば、税金泥棒。だけど、一所懸命に頑張れば至高のボランティア」とおっしゃったことが印象に残っています。その通りだと思います。こんなに自分で愉しめて、うれし泣きができて、しかも、公のために貢献できて、褒められるなんてことは、なかなかないですよね。
 とは言いながら、最近はだいぶん疲れてます(笑)。なぜかというと、現場から、長いこと離れているからです。

稲継 現場から遠くなってしまったとは?

 さっき言ってたことと、矛盾してしまいますが、どこでも、感動できるものを見つけ出せばいいし、U35 が活躍してやっているから、「おお、よっしゃ、よっしゃ」と喜んでいるんですけど、やっぱり自分がプレイヤーの方がもっとおもしろいですからねえ(笑)。

稲継 なるほどね。今日は京都市政策企画課長の林さんにお話をお伺いしました。どうも、長時間ありがとうございました。

 ありがとうございました。


 「公務員というのは、手を抜けば、税金泥棒。だけど、一所懸命に頑張れば至高のボランティア」
含蓄のある言葉である。分権時代の自治体職員がみな、至高のボランティアになれば、日本の自治体の底力が限りなく大きなものになるだろう。