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第64回2010.07.28

インタビュー:岡山市総務局政策法務課 宇那木 正寛さん(下)

 岡山市では、「岡山市電子掲示板に係る有害情報の記録行為禁止に関する条例」を制定した。2ちゃんねるなどの有害な書き込みに対する対策であった。この条例制定にも宇那木さんは深く関わることになる。


宇那木 条例の施行後もかなりの有害情報が書き込まれ、毎日のように削除されていました。削除担当の方は、常に掲示板を眺め、関係者と一件ごとに協議して削除していたわけですから大変だったと思います。
 この条例については当時、大きな反響がありました。市長自身に情報規制の問題提起とネット情報社会への危惧をテーマとしたNHKの討論番組のパネリストとして出演依頼をいただいたり、朝日新聞の全国版の1面を使った中で、この条例を取り上げていただいたりしました。さらに、こうしたことがきっかけで、担当職員が、いくつかの自治体の招きで条例についての講演もしました。このように、当時は注目を浴びて、岡山市からネット社会に対する警鐘という意味でそれなりの「情報発信」ができたと思います。
 市長から立案検討の指示をもらったとき、「すみません、ネット情報を条例で規制するのは法的に無理です」と報告するのは簡単だったかもしれませんが、許してもらえなかったと思います(笑)。

稲継 許してもらえないですか(笑)。

宇那木 そうですね。創造力豊かで、アイデアに富む方だったので、緊張感がありました。その他にも、思い出深い条例があります。岡山市内で風俗営業店の宣伝カーが昼間から大音量で走り回っているという時期がありました。この時期、岡山市は、岡山国体を控えていました。国体で全国の人が岡山市に集まるというのに、あまりよろしくないということで、市長からこの風俗宣伝カーを規制するための罰則付の条項を、立案途中であった安全・安心条例の中に組み込むよう検討を命じられました。はじめ、条項の立案過程で、地方検察庁の検事と協議をしたところ、風俗宣伝カーの規制は、風営法の事務と同じで、都道府県の事務であって、市町村の事務ではないとして、罰則付の条例は市町村では難しいのではないかと指摘されました。この点は、私自身、納得出来ませんでした。それで、何度も自分なりの考えをまとめ、地検の検事とやりとりを行いました。地検の検事も根負けしたのか、法務省本省の刑事局に意見を聞いたうえで、判断してくれることになったんです。本省の刑事局では、警察庁との協議の結果、風俗宣伝カーの規制も市町村の事務と言えないことはないということなりました。それで、無事、地検との協議は終了し、罰則付の条例が原課と協力して、制定の運びとなりました。県警でもこの条例については、立案当初から大歓迎で、条例制定後、風俗宣伝カーを所有していた店に条例の趣旨及び罰則について説明にいってくれました。その結果、条例施行後、全ての風俗宣伝カーが市内で運行されることはなくなりました。この条例は岡山市安全・安心まちづくり条例といいまして、その20条が風俗宣伝カーの規制条項にあたります。
 もう一つ条例の話をさせてもらってもいいですか。

稲継 ええ、どうぞ。

宇那木 これも当時の市長からの指示ということになりますが、産業廃棄物の最終処分場の設置に当たって、住民の不安を解消することを目的とするシステムを考えるように、産廃課と私に指示がありました。産廃施設の許可は、分権一括法施行前は、自治体の機関が委任を受けて国の事務として処理する機関委任事務という名称のものでした。このため、機関委任事務の執行に関わる条例は、制定できないと考えられていました。ところが、分権一括法施行後は、法定受託事務として、自治体の事務となりました。この時期を捉えて、条例対応の指示が出たのです。岡山市初の法定受託事務の執行に大きな影響を及ぼす条例ということで、かなり力が入ったことを覚えています。産廃課の職員と一緒に、かなり、勉強をしました。条例は、施設の設置に当たり、設置予定者が、ミニアセスを行った上で、建設予定施設の情報を廃棄物処理法に基づく施設設置申請の前に、周辺住民に開示し、その上で、建設予定者が周辺住民とのコミュニケーションを持つことを義務化することを柱としていました。それに加えて、建設予定施設に係る情報を縦覧に付して、住民が意見書を提出することができ、この意見書に対して、建設予定者が見解書を提示するというシステムも付加しました。この条例は、岡山市の産廃行政で大きな役割を果たしていまして、岡山市産業廃棄物処理施設の設置及び管理の適正化等に関する条例といいます。

稲継 1人の政策スタッフが、市長に言われたことがきっかけで、条例までできてしまうという、なかなか、すごいことだと思います。普通、条例を作るときは原課で相当揉んで、喧々諤々の議論をして、しかもどんどん、骨抜きになって割と、他の市に右に習えの条例ができていくのが普通だと思うんですけど、これらのユニークな条例ができたのも、やはり、先ほどおっしゃった市長が、秘書課の政策スタッフを置いたことによるんでしょうかね。

宇那木 そうですね。私は、結局はアイデアを提供しただけに過ぎないのかもしれませんが、それで、担当の部署も動いてくれましたし・・・。公務員というのは、下からなかなか動きにくいところがあって、組織が大きくなると、関係する部署や対立する部署が多くなり、一層その傾向が強まります。それに、今までやっていないこととなると、一層の労力を要します。だから、なかなか動きにくい、動かないというところがあります。トップダウンのやり方には色々、議論がありますが、市長から直接に指示があれば、組織内の対立はできませんから・・・。新しいことは意外とやりやすいといえます。

稲継 今のお話を聞いていると、政策スタッフではあるけれども、その中で、宇那木さんは法務の担当でもあると、政策と法務という2つの概念がそこで融合してくるわけですけど、これはやりながら、考えてこられたのか、あるいは、何かきっかけがあってその政策法務について考えることになったのか、お聞かせ願えればと思うんですが。

宇那木 法務といえば、裁判所に提出する書面を書いたりですとか、原課が作ってきた例規の審査をするものだと思っていました。しかし、政策スタッフとして仕事をやっている中で、法務と政策の融合を考えるようになりました。先輩自治体職員の方々の中には、自主的に勉強されて、そういった考えに目覚めた方もいらっしゃると思います。私の場合、仕事を通じてそういうものに目覚めたということですね。

稲継 割と、最近では政策法務という言葉を聞くようになったのですが、学者の中にもこういうことを、主張しておられる方もいらっしゃいますね。そういった学者の方との出会いについて紹介いただけたらと思いますが。

宇那木 法務担当の政策スタッフとして、大きな訴訟事件については、市長に直接、訴訟の担当者に指名されることがありました。その中で、「廃棄物」の該当性を巡って大きな行政事件訴訟がありました。当時、この事件は、いわゆる権限法7条の事件として、法務大臣の指揮を受けながら訴訟を遂行していました。国の指定代理人(訟務検事)が「これは専門的な事件だから、専門家の意見も聞いてみたら」ということで、専門家のリストアップをしました。訟務検事と協議する中で、北村先生にご相談してみようということになりました。

稲継 上智大学の北村喜宣先生ですね。環境法、行政法専門の先生ですね。

宇那木 そうです。それがきっかけで先生のところにご相談に行き、訴訟だけでなくて、いわゆる政策法務、政策と法務の融合とか、そういう話も色々聞きながら、先生の魅力にはまったという感じです。北村先生を通じて、自治体の目指すべき法務の将来像が見えてきたような気がします。それが、政策法務に関わる学者の方との最初の出会いでした。こうしたことがご縁で、北村先生には、毎年岡山市での講演会や若手職員を対象にした岡山市・倉敷市合同の政策法務研修会に来ていただいています。

稲継 先生は、非常にユニークな方で、政策法務を歌に託して、替え歌集を作っていらっしゃるんですけれど、この方自身は現場の中に踏み込んで、いろいろ研究をしていくタイプの方ですよね。

宇那木 そうですね。非常によく、行政の現場を知っていらっしゃいます。具体的事例をあげながら、難しい行政理論を説明していただける方です。岡山市での講演も高い人気があります。

稲継 北村先生から感化を受けたようなことはありますか。

画像:宇那木 正寛さん
宇那木 正寛さん

宇那木 そうですね。法務は守りじゃなくて、積極的に使うものだと。もう少し、具体的に言うと、法務というのは手段で、政策を実現するためのものだと。だから法律に使われるのではなくて、法律を使うようにならないといけないということを学びました。先生ご自身のお人柄はもとより、発想力がとても豊かな方で、常に前向き、そういうところに感化されました。
 先生は、現場を知っていらっしゃるので、一般の教科書に出てこないけれども、実務上、非常に重要な、担当者が困っている論点について、論文をお書きになったり、自治体の方々にアドバイスされたりと、その辺りが実務家にとって有り難いです。国や多くの自治体の職員の方々が、先生にアドバイスを求めに行くのも、そのためだと思います。

稲継 実務と学務、学者の世界との接点的な役割を果たしていらっしゃいますね。

宇那木 先生のおっしゃるとおりです。北村先生のような学者の方が増えてくると、学者と実務家との交流がより進み、相互によい刺激を与え合うことができるのではないかと思います。

稲継 実務の側からは宇那木さんが、問題を提起されたり、あるいは、北村先生の方から問題を提起されたり、こういう交流があるわけですね。その頃から、雑誌に論文を書かれ始めたんですかね。

宇那木 そうですね、最初に声をかけていただいたのが、北村先生なんです。まちづくり研究会というところで、ゲストスピーカーとして行政代執行の話をさせてもらいました。その話した内容を自治実務セミナーに「まちづくり関係法令における実効性の確保について」と題して2回ぐらいにわたって、まとめさせていただきました。

稲継 その後、いくつも雑誌に書いておられますね。

宇那木 第一法規さんの自治体法務NAVI、これはWEB雑誌なのですが、「失敗から学ぶ政策法務」と題して、私自身が、岡山市の法務を通じて、経験したこと、勉強になったことを12回のテーマを設けて連載させていただきました。「失敗から学ぶことも重要だ」ということで、タイトルも実は北村先生からいただいたものです。私自身の経験からしても、成功事例よりも失敗から学ぶことのほうが多いと思います。非常に気に入っているタイトルです。連載では、実務との接点に配慮しながら、法的ポイントを明らかにするという構成で書いています。読者の方々から、感想や、ご意見をいただいて、私自身も大変、勉強になりました。
 現在は、公職研さんの「地方自治職員研修」という月刊誌に「政策法務入門」を連載させていただいています。実務的視点を重視しながら、立法法務に必要な理論をかみ砕いて分かりやすく説明することを心がけています。この連載は、一方で、自分の考えや知識を整理するのにすごく役立っています。当初は6ヶ月の連載の予定でしたが、編集長から延長のお話をいだたいて、現在も連載中です。

稲継 話を前に戻しますが、一応、形の上では人事異動がありますよね。次に異動されたのはどこになりますか。

宇那木 平成18(2006)年に、新たに政策法務室というものができたものですから、一応、そちらに異動しました。

稲継 この政策法務という名前が付く部署というのは、まだ全国的には非常に珍しいですよね。

宇那木 少なかったですね。当時、やはりそういう部署を作る必要があるのか内部でも議論があったのですが、政策法務という考え方に共鳴してくれた人事担当の方、あるいは行政改革担当の幹部職員がいました。しかし、なんといっても、設置に関しては、現在の髙谷茂男市長が最大の理解者です。行革により組織の数が減る厳しい中、新たな組織の設置を認めてくださったわけですから。

稲継 総務課の中に政策法務室ができたということですか。

宇那木 当時の総務と法務を担当する総務法制課の中にできました。

稲継 総務法制課の中に政策法務室ができて、これが、今度、課に格上げになるんですね。政策法務課が翌年にできているんですね。平成19(2007)年に。現在、そちらで課長補佐をされている。

宇那木 そうですね。

稲継 仕事の中身としては、要するに、政策スタッフ的な法務を担当する位置づけは変わらないわけですか。あるいは、組織のラインの中に入っているので、市長の遊軍としてではなくって・・・。

宇那木 そうですね。政策法務室という組織ラインの中でしっかりがんばれということになりました。

稲継 兼務はとれて・・・。

宇那木 はい、そうです。

稲継 政策法務課のお仕事を、今、しておられるということですね。この政策法務課の職員は実際何人いらっしゃいますか。

宇那木 政策法務課の職員は課長1名、課長補佐の私が1名、副主査が1名、主任が2名の合計5名です。

稲継 でも、実際は市役所内のあちこちの職員に兼務をかけて、政策法務課の職員であるとしておられるわけですね。その辺りのことを説明していただけますでしょうか。

宇那木 兼務職員は、そもそものアイデアは私ではなくて、政策法務の組織の設立にご尽力いただいた、当時の行政改革推進課長からのものでした。やはり、組織全体の法務能力を向上しなければ、特定の組織の中に4番バッターが1人や2人いても、それは、組織全体として法務能力が上がったことにはならない。それで、兼務職員を置いたらどうかという提案があり、関係部署の理解もあり、兼務職員を配置できました。

稲継 実際に兼務職員というのは、例えば、ある部署の職員で兼務の方を取り上げて、どういうことをやっておられるのか、具体的に挙げていただけますでしょうか。

宇那木 例えばですね、開発指導課というところに、兼務職員がいます。この職員は、形式上は、開発指導課を主に担当するという位置づけにはなっているのですが、場合によっては、都市整備局の兼務職員という立場で開発指導課だけでなくて、都市整備局という局の法律問題も担当してもらっています。まず彼のところで話して、彼のところで話が終わればそれでいいし、いやいや、やっぱり政策法務の本課のところにいって一緒に政策法務課の専任職員と議論しようということになれば、兼務職員が一緒に来て、みんなで議論したり、検討することになります。
 訴訟の場面でいうと、指定代理人として、原課に近い立場で、一緒に訴訟を遂行していくことになります。訴訟遂行はもとより、訴訟遂行の過程で得た知識や反省材料、今後の業務遂行に役立つ考えなどを、原課あるいは局に、原課の担当職員とともにフィードバックする役割を担います。

稲継 各局部にそれぞれ何人か兼務職員がいると、各部局の法務担当みたいな人が、いろんな部署に散らばっているということなんですね。先ほど、2つめの所属で総務課におられたときに、訴訟を担当していても、法務担当者だけじゃなくて、原課の職員にも当事者意識を持って積極的に訴訟遂行に関わっていただくということが、すごく必要だということを当時から感じていらっしゃったことが、ここで実践されているわけですね。兼務担当ということで、昔イメージされたことが、現実に組織の中でこれが描かれていたということですね。実際これは機能してますか?

宇那木 そうですね、やっぱり兼務職員も自ら希望した人ばかりじゃないものですから、必ずしも、すべての兼務職員がうまく機能しているとは言えない面があります。けれども、方向性は間違ってないのかなという気はしますね。中には非常に熱心な職員もいます。兼務職員という位置づけを与えることで、やる気が出る職員も少なくありませんし、また、法務のおもしろさに目覚める職員も少なくありません。政策法務の自主勉強会に参加したいという積極的な兼務職員もいます。

稲継 なるほど。従来の法規係系統の職員養成というのは、割とそこの部署に同じ職員を張り付けて育てて、他の部署の職員は、何も知らずに全部そこに泣きついてくるというパターンが、どこの市役所でもそうだったと思うんですけど、岡山市の取り組みは、どこの部署の職員でもそういう人材を育てていこうという大きな、壮大な実験だと思うんですけど、どうでしょう、見通しは?

宇那木 将来的には兼務職員となった職員を適正に人事配置していくことによって、例えば、局の筆頭課の庶務担当の係長には、兼務職員経験者を置いて、その職員が法務担当の職責を兼ねてもらえるようになればいいなと思っています。簡易な訴訟あるいは例規の改正なんかはそこを中心にやってもらうという風になっていけば、法務の組織内分権化が進み、法的視点からの迅速な、しかも現場に即した判断ができるのではないかと考えています。

稲継 岡山市の政策法務課が色んなことをやっているというのは、全国的にかなり知れ渡っているところなんですけれども、宇那木さんは、岡山県市町村職員研修センターの講師もやっておられますよね。その他にも宇那木さん自身の兼務がいっぱいありますよね。

画像:岡山城
岡山城

宇那木 そうですね。病院局経営総務課の課長補佐も兼ねています。具体的なミッションは特にないのですが、病院局の専任の法務担当という役割を担っています。今年度から、診療科ごとに病院局の顧問弁護士とドクターをはじめとする医療スタッフのみなさんで月2回、研究会をやっています。個別具体的な問題から組織のコンプライアンス、不当要求対策、労働問題といった将来の病院運営に関わることまで、広く研究しています。また、今年の4月からは、情報公開室長補佐ということで、情報公開制度の実務上の運営に関して、室長の補佐の仕事をしています。
 それから、本業とは直接関係ないのですが、岡山大学大学院の社会文化科学研究科で自治体政策法務論というのを教えています。

稲継 非常勤講師をやっておられると。

宇那木 ええ、非常勤講師で、2単位持たせていただいています。また、今年、ひろしま自治人材開発機構・広島県自治総合研修センターから、研修の講師のお話をいただきました。私自身、広島市に住んでいたことがありまして、とても楽しみです。

稲継 あそこは県と市町村の職員が一緒に研修しますよね。

宇那木 ご一緒みたいですね。おそらくは、住民福祉の充実を図るためには、県も市町村もないというお考えからであると思います。市町村の職員が同じ研修を受けることは、とても刺激にもなりますし、また人的関係を作る上でもとてもいいことだと思います。岡山県ではこうした研修制度はなく、県の職員は、県の職員、市町村の職員は市町村の職員と別々に研修しています。少し残念な気がします。

稲継 広島県自治総合研修センターとしては、実務に近いお話を、講義でしてほしいということですね。

宇那木 理論から実務を見るのではなく、実務から理論をみるといった講義を望んでおられるのだと思います。

稲継 市役所の業務に加えて、講師もされていて、非常にお忙しい毎日を過ごしておられると思いますが、プライベートで何かやっておられる趣味等はありますでしょうか?

宇那木 昔からずっとスキーをやってます。今も趣味って言えばスキーが一番です。

稲継 趣味程度ですか。

宇那木 趣味の域を超えているのかもしれませんね。

稲継 ちらっと耳にはさんだのですが、全日本の公認指導員をされているとか。

宇那木 はい、全日本スキー連盟公認の指導員として、非常勤ですが、何年か前までは、スキー学校で教えていました。それに、公認検定員として、いわゆる1級とか2級とかのスキー検定を実施したり、県スキー連盟のお手伝いをしたこともありました。

稲継 岡山県市町村職員研修センターの講師、岡山大学大学院非常勤講師をはじめ、全日本スキー連盟の公認指導員といっぱいで、すごい働きですね(笑)。

宇那木 そんなことはないですよ。スキーは全くの趣味の部分ですから。

稲継 これは、指導者としては、時期的に冬に固まっているので、役所の仕事と両立が難しいときもあったかと思うんですが、その辺りはどのように乗り越えてこられましたでしょうか?

宇那木 ほとんど土日の活動で、周りの理解もありましたので、特に問題はありませんでした。

稲継 兼務職員の発令によって、岡山市役所全体の法務能力を向上させていく、育てていくっていく気持ちをすごく受け取ったんですけど、このスキーの指導員として、それぞれのスキーヤーというか生徒たちを育成していくところに何か通じるところがありますよね?

宇那木 そうですね。スキー指導の場合、やはり、みっちり、技術を教え込むというのではなく、必要最小限度の知識だけ与えて、あとは、スキーの学習者自らが試行錯誤しながら学べるような自主学習の環境を提供してあげられることが重要であると考えています。このような指導法が、スキーの初学者には、特に向いています。1から10まで教えるよりは、 スキー学習者自身が自ら考え、学習することが上達への近道のような気がします。このことは、職員の研修にも当てはまるのではないかと思えます。
 兼務職員を充て職にしなかったのも、今では正解ではなかったかと思っています。法務を学ぶやる気のある若い人たちの可能性に期待して、こうした職員に実践で法務を学ぶ環境を提供し、彼らの自主学習に期待したいと思っています。もちろん、必要な研修の場は、政策法務課で、十分提供しているつもりです。若いうちに担当部署のことだけでなくて、法務を経験させてあげれば、将来的に決して損はしないと思っています。兼務職員はそういう意味では、20代の後半ぐらいから、30代までの若い職員中心でやってもらっています。若さからくる創造性の豊かさとか、若いうちに指定代理人として1つの訴訟をやり遂げたときの、知識の伸びとか、思考力の向上とか、それは目を見張るものがありますね。

稲継 ずっと、政策法務ということを中心にお話いただきましたが、最後に全国の自治体の職員に対して、メッセージがありましたら、何でもお聞かせ願えればと思うんですが。

宇那木 まず、法務は黒子であって、主役はやっぱり原課、担当部署だと思うんですね。問題意識を持っているのも担当部署だし、課題を克服できる人的資源や予算をもっているのも原課であって法務担当者ではありません。自戒を込めて言うのですが、法務によって、原課の創造的政策思考を否定してはならないということです。法務は社会を幸福にするための手段です。法務を行うことが目的ではありません。社会の幸福を実現するための政策を伝統的「法務」の枠内に収めて考えるのではなく、政策を実現するために、「法」を道具としていかにうまく使うかという思考で法務に取り組まなければならないと思っています。法務を使って原課のお手伝いをするというのが、これからの政策法務課の役割だと思っています。「法務に行くとなんか、色々けちばっかりつけられて、結局なんだかんだいって、つぶされちゃうよ」とか「なんか偉そうな顔して、色々法律論の講義を行う」と言われないようにしなければなりません。

稲継 それは一般の市役所の法務課のイメージですよね。

宇那木 だから、そういうふうにならないように、やっぱり主役はあくまで、原課ということで、お手伝いをするという立場でやっていくと、法務に対する信頼っていうのも、増してくると思います。そうすれば、法務と協力して、一緒にやってみようかということで、政策と法務の融合が益々よい方向に向かっていていくのではないかと思っています。
 それから最後になりますが、これからの法務担当部署の役割として、人的ネットワークの構築も重要であると思います。自治体の人的資源は限られていますし、自治体法務を全て自己完結的に処理するには、コスト的にも難しいと思います。私は、平成18年度に財団法人日本都市センターが自主研究として実施した「都市自治体の訴訟法務に関する研究調査」の委員として、1年間にわたり活動させていただきました。この研究会を通じて、座長の宇賀克也先生をはじめ、金井利之先生、中川丈久先生などと議論する機会に恵まれました。それがご縁で、先生方に、ご講演をいただいたりしています。自治体の行政運営にご理解のある先生方とのネットワークづくりは法務組織、ひいては自治体の大きな財産になると思います。

稲継 今日はどうもありがとうございました。

宇那木 ありがとうございました。




 政策法務のプロとも呼べる宇那木さんは、本業以外に、いろいろな場所での教育にもあたっておられるが、プライベートではスキーの指導員をするなど、生活そのものをエンジョイしている様子がうかがえる。分権時代の自治体職員の新しい姿がそこに見てとれる。