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第38回2008.05.28

インタビュー:愛知県豊田市東京事務所 伴 幸俊さん(中)

 伴氏は、人事課に配属される前にすでに、「やはり組織がチャレンジングな風土になっていかないとダメだ」と感じたという。また、人事に対する「隠匿の信頼」も持っていた。ところが人事課に配属されると、その「隠匿の信頼」は大きく崩れ、「こんなことで職員を異動させているのか」「昇任はこんなふうに決まっているのか」と、衝撃をうけることになる。つまり、主観的な人事が行われていることに対する衝撃である。
 そこから、大胆な改革をしていく必要を痛感し、それを進めていくことになる。ただ、役所の中には、旧態的な考えを持っている人も多く、その人々とのやりとりは厳しいものになっていく。


稲継 当時、人事係長をやられていた頃はまだ40歳前後くらいですよね。その頃に50歳を越えた年配の管理職を相手に激論を交わされたわけですね。

 そういうこともありました。きっと生意気だと思われたでしょうね。でももちろん、反対している人ばかりではなくて、「若いうちに昇任をして係長をつくらなければ組織がダメになる。」とか「がんばった人が報われる評価制度を早く導入しないと...。」という先輩はたくさんいました。そうした職員のほうの割合が多かったので、こうした改革がやれたのだとも思います。

稲継 少し人事系統とは外れるんですが、議会からの反応はありましたか。あるいは、無反応でしたか。

 議会はその当時、職員の意識改革をどうするのかという質問は、本会議でも時々出ていたんですが、このシステムを作って、市議会の皆さんにも説明をしていく中で、非常に理解を示してもらいました。豊田市というのは、ご存知のとおり、トヨタ自動車という大企業を抱え、市民の多くの方が、それまでの公務員にはない厳しい職場環境の中で働いています。ですから、例えば「評価するとか給与に反映するとかは当たり前じゃないか」というような議会の声、また市民の意識はあったんだろうと思います。ですから、この改革というのは、「もっと早くやってもよかったんじゃないか」と言われたことはありますけど、改革すること自体に反対だと言われたことはなかったですね。

稲継 いろいろな改革に取り組んでいかれたわけですけど、具体的なシステム改革をいくつかご紹介いただけたらと思います。

 改革全般をどういう目標でやってきたかということなんですけど、一言で言うと、「組織力の向上を目指した改革」だと思います。トータル人事システムの中で「プロ人材」という概念がありますが、職員一人ひとりが自治体職員としてプロの意識を持って成果を出せるような仕組みづくりというのを考えたわけです。これを実現するためには、「採用・配置」「評価」「報酬」「能力開発」といった4つの要素がトータルでリンクした改革でないと、実効性が薄いと考えました。この中でも一番幹となった制度改革は、人事考課制度をどうするかということなんですけど、どこの自治体でもこれに一番頭を悩ますんだろうと思います。豊田市では、平成11年度から人事考課制度を導入していますが、目標管理を活用した人事考課制度をやり出しました。目標管理を行う場合、組織の目標と個人の目標をうまくセットしなくてはならないのですが、組織目標管理は豊田市の場合、もう何十年も前からやっていたんですね。

稲継 それはどういうものですか。

画像:伴 幸俊さん
伴 幸俊さん

 自治体行政は、通常年度で回っていきますけど、3月議会で当初予算が確定し、その予算に基づいて4月から執行しますが、年度当初の4月に「重点目標ヒアリング」という会議を過去から行っていたんです。これは4月1日で所属長が代わるなどの人事異動もありますし、予算を要求している時期から何ヶ月も経っているということもあって、その年度の組織の重点になる部・課の目標をもう一度市長以下幹部と各部局が議論をして、1年間どのように進めて行くか、仕切り直しをするということです。それは情報交換の場であり、意見調整の場であったわけですけど、これを人事考課制度の中にとり込めないかと思ったわけです。組織目標管理は、組織の中で定着していましたし、全く新しい人事考課制度を導入するより組織になじむと思いました。
 人事考課を行う場合は、個人の目標を立てるわけですけど、組織目標と個人目標がうまくリンクできなければ、組織力の向上にはつながりません。人事考課制度の中では、個人目標に難易度や達成度を設定し、それを評価していったわけですね。また、管理職から先に導入していって、評価ができる風土を作っていこうとも考えました。ですから、かなり長い年月かけて順番に職種・職位の拡大を行ったわけで、一度に人事考課制度が確定したわけではありません。

稲継 重点目標ヒアリングとおっしゃいましたが、そのシステムは昔からあって、目標をもとに仕事をするという風土はあったんですね。そこで目標管理制度を入れられたというわけですね。

 そうですね。また、考課制度の定着のためには、一般的に行われる考課者研修のほかに仕掛けたこともあります。評価をするとか、されるとかいう風土づくりですね。信頼できる人に評価されるのかどうかというのは、人事考課の永遠の課題だと思うんですけど、この頃ではよく言われる逆査定制度を導入したんです。自治体によっては360度評価だったりいろいろ工夫を凝らしているところもありますが、豊田市ではそれを平成12年度から取り入れました。

稲継 なんと呼ばれていますか。

 「部下による上司診断」です。

稲継 なかなか面白い名前ですね。

 課長級と部長・次長級を被考課者にして、直属の部下が評価します。毎年やるとマンネリ化するんで、1年ごとに、一定の項目について評価を受けて、それを人事課が集計して本人と被考課者の上司に渡すというやり方をしてます。この評価結果をダイレクトに人事考課に使っている市もあると聞くんですが、豊田市の場合はあくまで、評価される職員の自己啓発資料であり、考課の風土づくりということで活用しています。人事考課へダイレクトに反映させないのは、上司が部下の人気取りになってしまっては困るということです。あくまで現状として、部下は単純にこう思っているんだよというための資料にしたんですね。でも結構あたっているという結果は出ていますがね。また、やはり評価をこれからされる人(部下)が(上司を)評価するわけですから、評価をするとか、されるということが、組織運営上、そんなに悪いことじゃないし、いい仕事をするための仕組みづくりなんだという風土を作りたかったということもあったんですね。

稲継 慣れてもらうということですね。

 そうですね。だから、いきなり全職員に人事考課をやっていくということよりも、風土を少しずつ醸成していかないと、定着していかないと思いましたので、こうした方法をとったわけです。

稲継 これが平成12年度ですね。
 平成10年度に人事係長になられて、準備期間をおいて、平成11年度から人事考課制度を管理職に導入されて、これは徐々に拡張していかれるわけですけど、翌年には部下による上司診断を導入されたと。他にどのようなことをされましたか。

 平成11年度には昇任試験も導入しました。

稲継 それまでは昇任試験はなかったんですね。

 はい。かなり以前はあったと聞きましたが、もう何十年も昇任試験制度はなくて、その当時、課長になるための昇任試験制度を導入しました。これを導入するにあたっても考えたことは、当時調べた政令指定都市の試験はかなり難しい試験をやっていて、法令問題でも条文のみでなく判例まで知らないと解けないような問題もあると聞きました。将来の幹部候補生をつくっていくということかもしれませんが、豊田市の昇任試験制度は、とにかく試験問題を簡単にしようと思ったんです。

稲継  それはどういう理由ですか。

 どうしてかというと、昇任試験制度の目的を、人を選抜するためのみではなくて、究極の自己啓発だというふうに考えたわけです。たまたま先日ある市長さんがセミナーで話してみえたのですが、自分の市の管理職は家に帰ってから何をしているのかという質問に対し、その市の幹部会議か何かで目をつぶって手を挙げさせたらしいです。本を読んで勉強している時間とテレビを見ている時間とどちらが長いかと、ほとんどの職員は正直にテレビを見ている時間が長いという結果で、その市長さんは非常にショックだったとのことです。でもこれが地方公務員の実態だと思うんですね。それでそういう勉強しない職員を、毎年では疲れてしまいますので、ある一定の役職に就く前には真剣に勉強してもらいたいと思ったのが昇任試験制度導入のひとつの大きな目的でした。総合計画から1問出しますよとか、○○方針から出しますよと言うとイヤでもその書類を読むわけですからね。

稲継 今まで自分の部署以外のことは勉強しなかったけど、試験があると市政全体のことを勉強するようになりますよね。

 そうですね。あとで聞いた話ですが、正直今まで総合計画なんてしっかり読んだ覚えがないという職員が、イヤでもその時期には読みますので、その時点では市政のザックとした部分について勉強できたと逆に感謝されたりもしました。この課長昇任試験を平成11年度に導入して、平成14年度からは係長にも同じような主旨で昇任試験制度を入れています。
 昇任試験制度というのは、組織の中心になる課長と、初めて部下を持つ係長の2段階で導入し、しっかりした組織をつくっていきたいと思いましたし、若いうちから組織で認知された役職者を作りたかったからです。試験がないと何故そんな若いやつが昇任したのかと言われる風土がまだありましたからね。本人もかわいそうです。試験導入後は、昇任年齢が実際3、4歳くらいは若返ってきました。係長については1年ずつ受験資格を下げていって、今ですと35歳くらいから係長になれるようになっていますね。
 そして、平成14年度からは、採用制度の改革を行いました。その時、自己アピール採用という採用制度をつくったんです。

稲継 全国的に非常に有名になった制度ですね。少し詳しく教えていただけますか。

 これは簡単に言うと、教養試験、専門試験すべてのペーパーテストを撤廃して、面接だけで職員を採用しようということなんです。これもどこかの市を参考にしたわけではありません。

稲継 どこもやっていなかったと思います。

画像:インタビュー風景

 そうですか。なぜ思いついたかと言うと、その当時、若い職員に対し、知識はあるんだけど、何か「言われたことをやる型」のような、そういう不満が組織の中にありました。公務員になる人というのは、大学3回生くらいから公務員になるための勉強をはじめて、公務員への道を目指すという人が多く、公務員試験の勉強はしなかったけれど、違う意味での能力を持っている人は、早い時期に民間に内定していたという実態がありました。その民間に行く優秀な人たちをなんとか公務員にできないかということだったんです。
 それで、地方公務員法の採用の条項を読むと、もちろん能力に基づいて採用しなければいけないんですが、どこにも筆記試験をやれとは書いてないんですね。じゃあ、やってみようかということでやりだしたのがこれなんです。当初は、やはり情実採用と疑われたりしないかとか、能力の測定方法などに不安があるという心配もありましたしが、今までにない人材をとれる可能性があると判断し、自分をアピールしてもらうプレゼンテーション試験を中心に採用試験を組み立て、実施してみたところ、いろいろな面白い人が入ってきたと思います。

稲継 例えば、どのような人がいました。

 例えば、最初に受験した人の中に日本の伝統芸能をやっているという人がいました。自分の家が家元をやっていて、小さい頃からこれに関わっていたので、経歴を聞くと伝統芸能の能力もすごかったんですけど、もちろんそれで採用したわけではありません。そういう組織の中で、何年もやっていると若くても上位の職に就くらしいんですが、その人はその伝統芸能の古い体質をこのように改革をしてきたということをアピールしてきたんです。特に古典的な組織というのは、私たち素人が想像する以上に変化を起こしにくい組織でしょうから、そういう組織でいろいろな改革をしてきたという事を評価し、その人を採用しました。今も頑張って貴重な戦力になっているようです。
 この試験がスタートした年は80人くらい応募があった中で、3人を採用するということになったのですが、わざわざ県外から受けにきてくれた人もいましてね、ある受験生が面接のとき言った印象的な言葉は、「こういうやわらかい発想ができる自治体で働いてみたいです。」ということを言われたんですね。学生たちも自分の働く先を選び、どう自己実現していこうかということを、真剣に考えているわけで、受け止める組織の方もいかにそういう人たちの能力を組織に取り込むかという採用方法を考えていかなければいけないと思います。現在に至っては、毎年度10名ほどをこの制度で採用しているようです。ですから、一般の試験で入ってくる人たちもいますが、それが30名程度ですので、かなりのウエイトで採用されています。

稲継 先程の面接を受けに来た人の話を考えると、自己アピール採用試験というのは、もちろん受験者の自己アピール試験なんですけど、この自己アピール採用試験をやっているということは、豊田市のアピールというか、シティセールスになっていったとも受け取れますね。

 採用のことについては、いろいろな雑誌で取り上げていただいていたり、平成20年2月号の「月刊ガバナンス」(ぎょうせい)でも紹介していただいていますね。

稲継 おっしゃったように、地方公務員法上は必ず筆記試験をやれとは、どこにも書いていなくて、様々な口述とか身体とかいろいろなことを勘案して採用しろということが書いてあります。それがそもそも昭和25年の地公法制定時の趣旨だったわけですけど、いつの頃からか筆記試験至上主義になってしまって、試験で1点高いかどうかで、受かるか受からないかということが大前提になっていました。それが特にバブルが崩壊した後の就職氷河期の時には民間企業が採ってくれないということもあり、みんな公務員に殺到してくると競争倍率が非常に高くなってものすごく勉強した人しか受からない特異な試験になっていたということがありますよね。
 そういう意味では逆に人間的にはどうも「?」という人がいろいろな役所に入っていたということがあったかと思うんですね。その時期にこれをやり始められたことは非常に画期的なことだと思うんですね。今、いろいろな自治体がこれに追随する形で豊田市さんが始められた自己アピール採用制度を導入され始めておられるというところかと思います。

 そうですか。それは私もよく知らなかったんですけど、ただ、この制度もすべてがうまくいっているわけではなくて、かなり個性的で組織に馴染みにくい人も入ってきます。今までの市役所の組織文化に馴染めないんでしょうね。でも、そういう人が一人出たことがこの制度の失敗かというと、私はそうは思っていなくて、組織力の向上という一番の命題を考えた時に、そうしたこともあるんじゃないかという感じで受け止めているんですが、それは賛否両論出てくると思います。


 次号に続く。