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第34回2008.01.23

インタビュー:山口市職員課長 伊藤和貴さん(下)

 山口市職員課長伊藤さんへのインタビューの続きである。前回まで、伊藤さんの入庁後、現在の職員課長になるまでの経歴を振り返りながら、その職務内容、その時々の課題、それにどう取り組んできたかをみてきた。伊藤さんへのインタビュー最終回の今回は、職員課長としての苦労ややりがい、人材育成のことなどについてお聴きした。


「人事」の評価

稲継 職員課長としてのお仕事をいろいろお聴きしているわけですけれど、職員課長として、何が一番大変か、逆にどのような時にやりがいを感じるのかを教えてください。

伊藤 難しい質問なんですけど、例えば、財政課長の時は、予算があって、決算があって、それに対して財政指標という数値が出るわけですね。極めてわかりやすい世界なんですね。予測があって、それに対する評価ができる。財政というのは、そういう意味で非常にクリアな世界なんですね。
 ところが、人事というのはそうはいかない。例えば、定期異動で人事異動をすると、それはある種の試みですよね。それに対しての効果測定というがどのようにできるのか。実はできないんですね。逆に数字と人の違いはそこにあるのかもしれないと思ったりもするんですけど。人はどういう状況にあっても上手にとけ込む能力がありますから、その評価というのが非常にしづらいということを感じましたね。そういう意味では人事評価システムというのは、そっちの方でも求められていくのかなと思います。

稲継 そっちの方というは。

伊藤  その人事によって、どれだけの効果、組織パフォーマンスが上がったのかということを測定する目安として使えるものはできないんだろうか、ということがありますね。職員を個別に差をつけるという意味ではなくですね。最近の言葉で言えば、部分最適と全体最適ですか。従来の人事評価では、部分最適は把握できるのですが、全体像までは捕捉し得ないもどかしさがあるというか。そういうところで非常に悩ましいところがありますね。それともう一つは、市の仕事というのは、総合計画主義、いわゆる総合計画を頂点とした中で、仕事の体系が決まっていて、その中で職員が仕事を進めているという基本ルールと、人事サイドでの人の評価をどうマッチングさせるのか。企画の方では、行政評価システムを来年度から入れようとしているんですね。その総合計画がどれだけ進行しているのか、それが市民に対して寄与しているのか。それも評価制度ですよね。人事は人事の方で評価制度を入れようと、今模索している中で、職員にあまりにもたくさんのシートを書かせる労力をさせたくないということがありまして、できれば行政評価に歩み寄る形で目標管理ができないだろうかと模索しています。
 職員一人一人がどのくらい総合計画に寄与できたか、このような視点からの評価ができればベストなんですが。今担当レベルで調整させている段階ですね。そうすれば職員の負担も楽になるだろうと、それで、人事評価は能力評価をしっかりやっていけばいいのかなと、できるだけシンプルに、冗談めかして日本一簡単な人事評価を考えてみないかと言ってるんですが。

稲継  今おっしゃった行政評価と目標管理のドッキングというのは、実は、ほとんどの自治体ではされていなくて、事務事業評価、施策評価、人事評価などなど、評価シートがたくさん送られてきて評価疲れがおきていますね。そういう意味では、今おっしゃった両方がリンクしたような評価シートであれば、管理職の方の負担もかなり少なくなると思いますね。是非取り組んでもらいたいなと思います。

伊藤 評価期間のとらえ方に若干のズレが生じるなどの課題もありますが、チャレンジしてみようと言っていますね。

稲継 今、職員課長として、どういうことをやっていく必要があると感じておられますか。

伊藤 自分自身が職員課長として、どれだけ組織に寄与できているのか、その効果測定もまだできていないというのが現状です。合併して、そろそろ2年近くになるんですけど、まだ職員の中にある種の合併疲れから抜け出せていないような組織的な疲労が若干残っているなというところもありますし、若い職員にとっては合併によって管理職が増えているという中で閉塞感が出ていますから、そのあたりを数年できちんと整理していく作業が必要なんだろうと、そこまでできれば、新市の職員課長としての当面の役割を果たしていけるんだろうと思いますけど、それほど長くいられるわけでもないので、それをうまくバトンタッチしていくことが大事だと思っています。

気がかりなこと

稲継 なるほど。職員課長として、気がかりに思っておられることなどはありますでしょうか。

伊藤 現在、パソコンが一人一台という中で、極めて事務の効率化が進んでいるというIT革命の一つのいい面はあります。ただ、その反面置き忘れてこられたもの、極端なことを言えば、パソコンさえ動かしていれば、一日中人と会話をしなくても仕事は回るという環境がある中で、人材育成という観点からその状況を見た時に、それをどう評価するのか。例えば、自学が中心であるという観点から言えば、自学を誰が主導してくれるのか、会話のないところに自学を触発するネタもない。そこが今一番気になっていますね。静かな職場が増えすぎたなと。そこで、人事として何をしていくのかという、これは根本的な話なんですけど、いわゆるコミュニケーション研修、人と人が話すことの意味合いなり、その方法論・スキルなりといったことを組織的に取り組まないと、ITの方だけに流されてしまうかなと思います。人という部分の本質をもう一回、組織的に再認識する研修、それが今一番急がれる研修なのかなと思っています。

稲継 どうしてもパソコン中心に仕事をやらざるを得ない環境に、時代の流れの中でなってしまっている。パソコンを眺めていると仕事が完結してしまうような世界になっているんだけれども、そうすると先程おっしゃった隣の人は何をやっているかわからない状況になってしまう。そういう職場が比較的多いと、それをなんとか解消するためのコミュニケーション能力を維持し、高めていくためのいろいろな取り組みが必要なってくるということですね。

伊藤 IT環境も当然必要な環境なので、それを補完する組織的なスキルという意味で、コミュニケーションという柱がいるなというように考えています。

自治体の人材育成

稲継 人材育成について、お尋ねしたいんですけど、自治体における人材育成というのは本来どうあるべきだと思いますか。ご私見で結構ですので伺えますか。

伊藤 公務員というのは非常に特殊な職業ですよね。法律によって身分が保障されて、その代わり労働基本権がない。といった世界観で、極端に言えば資本主義の埒外で仕事をしてきた人々の集団ですよね。ただ、その枠組み自体が今大きく揺れている。指定管理者制度、市場化テスト、労働基本権論議など。そんな荒波の中で、新しい公務員像をどのように提案していけるのかが、職員課の腕の見せ所になるんじゃないか思います。それと併せて、基本的には地方自治法なり、地方公務員法の枠組みの中で公正性の視野に立ち首長に忠誠を誓うんだと、そこで住民サービスが担保されていくんだというそこを今一度職員に再確認させる必要があるのかなと思います。特に合併後ということもあるんでしょうけど、かなり属人的なとか、あるいは、地域ごとの仕事の仕方なり、やり方にかなり差が生じている状況なので、基本路線をしっかり押さえながら新市としてどういう職員が必要なんだというメッセージを人事の方から送っていかなければいけないと思っています。人材育成基本方針が一つの方向性になって欲しいと思っています。

稲継 山口市では、人材育成基本方針はどのような状況でしょうか。

伊藤 新しい給与制度の中で、人材育成基本方針なり、人事評価システムについては若干取り組みが遅れていますが、現在策定中です。基本的には、地方公務員法が来年4月1日に改正されて、能力主義が前面にでてくるとすれば、再来年以降の昇給からは人事評価を反映した運用をしなければならない。それと併せて今年度中に新山口市としての人材育成基本方針をオーソライズしていこうという作業を進めています。

稲継 人材育成基本方針の中では、何を重視しておられますか。

伊藤 期待される職員像として4点掲げているんですけど、「自ら考え、調べ、行動できる職員」「パートナーシップが発揮できる職員」「プロフェッショナルとしての職員」「組織を強くすることができる職員」その4点が今、地方公務員に求められる職員像ということで、設定をしています。この根っこは簡単に言えば、コミュニケーション能力、人の話をしっかり聴くことができて、自分の意見もしっかり伝えることができるということが底流に流れていると思っています。そこを分解していくと4つの方向性があるんだろうということで示しています。

稲継 求めておられる職員像を育成するためにどういうことが必要になってくると思いますか。

画像:伊藤和貴氏写真
伊藤和貴氏

伊藤 いろいろな研修もやるんですけど、いわゆる職場研修とか職場外研修とかあるんですけど、一番大事なのは稲継先生もよく言われているように自学しかないだろうと思います。やっぱり自分から進んで勉強しなければ身につかないというのは当然のことなんで、ただ、それをどうやってインスパイアしていくのか、必要なのはそのきっかけづくりをどう組織としてコーディネートできるのかですね。それもおそらく職員課が提供するメニューで、こういう研修があるから手を挙げませんかということが本質ではないような気がします。職場の同僚とのディスカッションなり、上司からのサジェスチョンなり、そこが一番のキーポイントだと思っています。やはり、チームリーダー像とか課長像とかを明確に作っていかないと職員が育たないという気がしています。もちろん、自ら進んで対外的な研修の場を求める前向きな職員もいますが、それでもやはり、現場で生身の課題を解決しながら獲得していく知識・経験とは質的に異なってくると思いますので。

稲継 係員として職員課におられた時にジョブローテーションを始められましたね。これもある意味で非常に重要な人材育成ですよね。当初の10年間で3カ所回ってそこで仕事を覚える。そこで育てていく。あるいは、新採職員のチューター制度ですかね。これを当時若かりし伊藤さんが導入された。当時から人材育成を意識しておられたのか、意識しておられなかったのか。無意識のうちに人を育てるのは大事だということを思っておられたんですか。

伊藤 そうですね。当時は、人事係と研修係は分かれていたんですね。研修係は係長さんが一人で年間研修をたててやっているという。実際には、人事とのマッチングはなかった。というのが実状ですね。だから、そういう意味で言えば研修とか職員育成を非常に意識した上での制度の導入とまではいかなくて、ある意味では直感的な段階ですね。

稲継 今は、職員課の職員の方と名刺交換をさせていただくと、皆さん人事研修担当となっていて、研修の仕事もやるし、人事異動も担当するという職場になっているということですね。

伊藤 そうですね。

稲継 職員課の方は、みんな人事異動にも携わるし研修にも携わる。これは大規模な自治体にしては珍しい組織編成になっていまして、たいがい人事課と研修担当は分かれていて、研修の側は研修の仕事だけ、人事課は人事異動とかその他の処遇とかを担当する。ところが、先程お聴きしていますと、全部やるんだと、研修もやるし、処遇もやるし、何でもやるんだと、あるいは、ジョブローテーションもやるんだ、人事異動もやるんだということで、まさに研修と人事管理が一体になって仕事としてやっておられる。

伊藤 まさに分けようがない状況ですね。

稲継 一般の地方自治体の職員からすると、非常に先進的なことをやっておられるんだけれど、無意識の内にやっておられるというイメージがありますね。
 人材育成するためには、人事管理と必ず連携しなければ、研修だけ切り分けてやったんでは人材育成できないよということをいつも考えていて、いつも書いたりしているんですが、それをまさに実践としてやっておられるのが山口市の職員課だと思うんですけど。

伊藤 その意味で言えば、人事の戦略と人材育成が、同じテーブルで常に動いている状況なんで、うまくいくはずだと思ってはいるんですけど。

稲継 それはある意味すごいことだし、他の自治体も見習ってもらいたいなと思うんですけどね。分けるというのはよくない。どちらもやるというのが大事かなと思いますね。

伊藤 もっと言えば給与も同じでもいいという感じなんですけどね。やっぱり昇級なりというのは人事と連動しているものですから。そう言うと人事も研修も給与も一つの仕事という感じですね。

人事評価について

稲継 人事評価制度についてはどのようにお考えでしょうか。

伊藤 そうですね。先程申しました人事調査書の他に、昇任調査表というものを級が上がる時に、所属長さんに記入いただいています。これは級ごとに評価基準を変えています。こういった、いわゆる人事評価を過去から入れています。これにもう少し手を入れることと、人事調査書に更に能力評価的なものを加えることで十分対応できるのかなと思っています。

稲継 敢えて、きらびやかな人事評価制度じゃなくても十分やっていけるんじゃないかと。

伊藤 これを改良していけば、あまり力を入れて「人事評価やります。全職員集めて説明会開きます」なんて言わなくても、組織文化の延長線上で人事評価というものを定着させていければということを模索しています。先程の目標管理は企画の方とセッティングするということができると思っているんですが。
 それとこれは去年から始めたんですけど、人材育成・能力開発シートというもので、基本的には、各課長が各職員の人となり感覚なりを全部把握してほしいという思いがあるんですが、やっぱり人事との直通ルートをライフラインとして作っておこうと思いまして。

稲継 この人材育成・能力開発シートを各職員は、人事に直接提出するということですか。

伊藤 そうです。去年それを作りました。

稲継 必ず、本人から直接職員課人事担当に提出する。「所属とりまとめ厳禁」と上に書いてますね。

画像:インタビュー風景写真

伊藤 そうですね。これまでの人事に関するシートは上司と本人が、お互いのコミュニケーションの上でつくるものが中心なんですよね。ただ、そうは言ってもなかなかぶつけられない本音の部分はあるんじゃないかという、特に合併後、旧町の課長が上にきて、旧市の職員がいたら、お互いプロフィールがまったくわからないわけですよね。そういった中で互いのコミュニケーションだけで全部出ているのかなと。特に合併ということもあってそういうことを始めたんですが、結構反応がありましたね。上司の評価と食い違うこととか。そしてまた、360度評価というような役割も果たしていますし。

稲継 カタカナ文字のついた様々な評価システムが各地で話題になっていますけれど、そういうハイカラなものじゃなくても、地道なシートでもフィードバックしてもらうことが職員課としては、職員の人材育成、能力把握に大変重要になってくるということですね。

伊藤 これはやってみたけど結構有効だなと思いましたね。この中身は当然、所属長には言いません。気になる点があれば、書いた本人と直接面談するようにしています。

稲継 これもやはり、出発された時の「真理は現場にある。されど現場は遠い。」という発想からきてるんですかね。現場でいろいろな問題が発生していたら、やはり所属長経由ではなくて、その人とコミュニケーションをとって把握してみようよということですね。

伊藤 こういうルートがあってもいいんじゃないと。定型ルートはいるけれど、こういうものを求めている職員もいるんじゃないかという発想ですね。結構反響があって、結果的にいろいろな多面評価の材料に成り得たんじゃないかと思います。
 また、人材育成・能力開発シートは希望者だけですが、こっちの人事調査書に関しては、去年から全職員に提出してもらっています。それを各課長がとりまとめて、私は、2ヶ月くらいかけて、全課長をヒアリングします。

稲継 課長さんは何人くらいおられるんですか。

伊藤 87人ですね。

稲継 87人全員ですか。

伊藤 そうです。87人の課長一人ひとりと、その所属全員の人事調査書についてヒアリングします。

稲継 では、全職員についてのヒアリングを職員課長さんが、自らやっておられるということですね。これはすごい作業ですね。

伊藤 定期異動の前にですね。疲れますけど、非常に大事な作業ですね。

稲継 そうですね。大事な作業ですね。

伊藤 職員の評価も見てるんですけど、実はその評価をしている課長さん本人のヒアリングをしたいんですね。どういう観点から、この人は部下を見てるんだろうかとか。中身については、職員課の主幹に任せています。まあ、リキまなくても、しなやかに人事評価に入っていけるような気がしてますね。

稲継 人事評価制度を入れようとしているところはどこでも、ものすごくリキんでますよね。

伊藤 大変だろうなと、現場の職員の苦労が眼に浮かんでしまうと、こんなことまでやらして、企画から行政評価がきて、環境からはISOの評価書もくるよなって、そうイメージをすると職員にやらされ感が出るじゃないですか。それが出たら終わりなんで。

稲継 やらされ感が出ないで、リキまないで、人事評価を入れていくと。

伊藤 そう思っています。今やっていることを体系化して、足らない部分があれば、オプションとして加えていくことで事足りるし、その方が職員にとっても、ブレイクスルーしやすいのかなという気がしています。うちの課の職員も勉強家が多くて、人事評価の導入に向けてものすごく勉強して、一つの完成系というか、べき論を組み立てることが上手ですから、その経過報告を受けたときに、「これをやって上手くいくと思う?」という等身大の議論をした時に、「もう少し考えてみます」ということでやってくれますね。

稲継 なるほど。しなやかな人事評価、興味深く拝聴させていただきました。

「任せる」ことが人を育てる

稲継 長時間、主に経歴を追う形で各職場でのご苦労話とかをお伺いしてきたわけですけれど、最後に今後の抱負などございましたら教えていただけますか。

伊藤 まあ、しっかり公務員としての仕事をやっていければと思っていますね。それと、もうそろそろ50になるという年なんで、後輩達をしっかり育てることができる管理職をめざしていきたいと思っています。

稲継 前に聴いたお話しでは、かなりの権限を部下に委任しておられますよね。

伊藤 そうですね。あまり課長に権限を集中し過ぎてもロクなことがないと経験的に感じているんで、例えば、人事なんかも全部、素案は担当に作ってくださいと、最初は職員に任せます。「そろそろできた?見せて」という感じで、1次原案を見て、ディスカッションをすると、「この人事異動の意味は?」と。1700名の職員の内500名の人事異動をしたら、500名のそれぞれの異動理由を言ってくださいと、逆に言えば、それを職場内研修だと思っています。また、私にとってその間のガチンコ議論が楽しいし、為にもなるんです。

稲継 すごい職場内研修ですよね。係員の方にとってはものすごいトレーニングを受けていることになりますよね。

伊藤 それで説明できない人事があれば、その人事ははずしておこうと、それを繰り返しています。

稲継 課長さんになっても良きチューターでいらっしゃる。職場研修の推進者という形でやっておられるんですね。

伊藤 そういう意識でもないんですけど、将来若手が市を背負ってたつわけですから、極力私がいる職場で育つ部分があれば、そのチャンスを与えたい、共有したいという感じですね。

稲継 山口市の伊藤課長さんにお話しをお伺いしました。どうも長時間ありがとうございました。

伊藤 こちらこそありがとうございました。


 3回にわたって山口市職員課長伊藤さんへのインタビューを掲載してきた。笑顔の素敵な職員課長さんは、やはりただものではなかった。様々な経験を経た上で、「真理は現場にある。されど現場は遠い」という教訓を、新しい職場で繰り返し反復しながら、柔軟に環境変化に対応していく「しなやかな職員課長さん」であった。
 公民館長時代は、年に247回、地元の人と飲んでいたという。確かにこの人と飲むととても楽しいひとときがもてる。私も時間を忘れて遅くまで語り明かした。