メールマガジン
分権時代の自治体職員
第30回2007.09.26
インタビュー:静岡県富士市総務部人事課研修担当 久保 博司 さん
全国各地の自治体は、組織の規模も組織風土も様々で、それぞれが「個性」を持っている。各自治体の個性を人的資源管理の側面から支えているのが人事担当セクションであるが、いろいろな自治体を訪ねてスタッフの方々とお話をしていると、「凄いなぁ」と思う人も少なくない。
富士市の久保さんもそのようにして出会った自治体職員の一人である。研修スタッフとして働きながら、前例踏襲を嫌い、さまざまな改革を進めている。話をしていて、まず、その勉強量に驚嘆した。そして、プロ顔負けのアンケート分析の手法や、ポータルサイト(職員個々人がログインするイントラネット上の画面)内における職員研修のためのインターフェースの構築などに見られるIT能力の高さ、能力診断ツールの開発などの新手法の開発能力にも舌を巻いた。
今回と次回の2回にわたって、静岡県富士市の久保さんにお話をお聞きする。
稲継 今日はどうもありがとうございます。富士市役所で非常に積極的に能力開発に取り組んでおられる久保博司さんをお訪ねしております。
はじめまして、よろしくお願いいたします。
久保 よろしくお願いいたします。
稲継 はじめに久保さんの簡単な自己紹介をいただければと思います。
久保 私は、平成7年に富士市役所に入庁しました。最初の配属は障害福祉課で、身体障害者担当のケースワーカーとして、主に自立支援などの業務に携わりました。障害福祉課には7年間在籍し、平成14年に人事課に異動しました。人事課に配属された後、今日に至るまでの5年余りは職員研修を担当しています。
私が今までに携わった業務の本質は、自分で何かをすることではなく、対象者こそ違いますが、関わった人たちが主体的に問題を解決できるように支援することにあるのではないかと思っています。
稲継 どうもありがとうございます。
平成14年に人事課に異動して職員研修担当になられたということなんですけど、その頃にですね、平成15年度に富士市の人材育成基本方針、タイトルが面白いんですが「富士市役所人づくりMAP」というものをお作りになっておられます。これを作られた時にどのようなプロセスで作られたのか、あるいは、どういう参加者がいて、どういうふうに作られたのかということについてお教えいただければと思います。
久保 人材育成基本方針は、自治体の人材育成の根幹をなすものなので、人事部門だけで策定したり、コンサルタントに作ってもらったりはしないで、職員の手作りにこだわりたいと思いました。このため、庁内からワーキンググループのメンバーを公募し、17人のメンバーが1年間に15回の議論を重ねて策定しました。策定に際しては、ワーキンググループのメンバーを対象に勉強会を実施したり、世論調査を実施したり、全職員を対象にアンケート調査を実施したりと、かなり丁寧に作ったのではないかと思っています。
稲継 ありがとうございます。
今、世論調査とか全職員調査とお聴きしましたが、世論調査というのは、これは市民にアンケート調査をするということなんでしょうか。
久保 私どもでは、広報広聴課が毎年3,000人の市民を対象に世論調査を実施しておりますので、そのテーマの募集に応募して、職員の能力開発に対する市民側の意識やニーズを調査しました。
稲継 どういう職員を求めているかということを市民に直接尋ねたということですね。それを人材育成基本方針の中に盛り込んでいかれた。同時に職員に対してもアンケート調査をされた。対象は何人ぐらいだったんでしょうか。
久保 当時の正規職員全員の2,341人です。
稲継 なかなか全職員対象の調査というのはめずらしいんではないでしょうか。
久保 他市の状況はわかりませんが、私どもでは、アンケートの集計などの作業は確かに大変になりますが、人材育成基本方針策定のためのアンケート調査なので、すべての職員の意見を聞くことが必要だと思いました。
稲継 他市では、職員のサンプリング調査というのが一般的ですけれど、全職員対象の調査というのは非常にめずらしいと思います。本当に手間暇をかけてお作りになられた人材育成基本方針かなと思いますし、そのように拝見いたしました。
ここで、富士市さんの人材育成に対する基本的なスタンスというものについてお話しいただけたらと思います。
久保博司氏
久保 私どもの人材育成に対する基本的なスタンスは、職員の主体性と現場の能力開発ニーズを重視している点にあります。能力開発の主役は、人材育成部門ではなく、やはり職員自身や現場であるべきだと思います。
私は、従来の職員研修では、組織側の職員に対する能力開発ニーズが優先されていて、研修を受講する側のニーズがあまり重視されていなかったのではないかと感じています。職員の能力開発については、組織側がこういう能力を身につけさせたいと一生懸命研修を実施しても、稲継先生も「ひとは『自学』で育つ」とおっしゃっていますが、当人にその能力を身につけたいという動機付けがない場合にはなかなか効果は上がらないだろうと思います。
職員自身や現場が能力開発の主体であると位置づける契機になったのは、平成16年度に職員研修委員会が実施した「自主研修に関する意識・実態調査」です。次の表はその調査からの抜粋ですが、職員研修に携わる者としてこの結果には大きな衝撃を受けました。
ここでは、職員がそう思っているということしか証明されていないわけですが、一人当たり3つまで回答できるのに、私どもが提供していた職場外研修を挙げた人はたったの7.7%に過ぎませんでした。職員研修事業費だけで2,000万円弱、担当者や研修生の人件費も含めると8,000万円を超えるコストを毎年かけながら、そのパフォーマンスはあまり高くないかもしれないという事実を突きつけられて、能力開発に対するアプローチを抜本的に変えるしかないという思いを強くしました。
職員に求められる知識や能力が、個別化、専門化していくなかで、人材育成部門が各職員の能力開発ニーズを吸い上げて、一元的に職場外研修を実施していくというやり方は限界にきていると思います。そこで、どの研修をいつ受講するということを職員自身が決めることによって、主体的に集合研修に参加してもらえるのではないかという考えに基づいて、多様な能力開発ニーズのある一般職員に選択制研修を導入しました。
ただし、組織として職員の能力開発を行っているので、組織側が職員に求める能力開発ニーズと職員自身の能力開発ニーズをできるだけ近づけるような努力をしていかなければなりません。少し極端な比喩かもしれませんが、今までの職員研修事業というのは、山の頂上を示さずに、ただ登り方だけを教えていたように思います。これに対して、これからは山の頂上は指し示すけれども、登り方については、一定のルールのもとで各職員に任せても良いと思っています。本市では人材育成基本方針で目指すべき職員像や求められる行動などを示すとともに、その能力がどの程度身についているかを自己診断する能力診断ツールを用意しています。また、どの研修を受講するか上司と相談をすることを推奨しています。
また、自己啓発やOJTが重要だという認識はあったのでしょうが、従来の人材育成部門の仕事の中核は職場外研修を実施することにあったのではないでしょうか。人材育成に関する予算や人員の8割から9割程度が職場外研修のために投入されているというのが現在においても一般的な自治体の職員研修事業の状況だと思います。人材育成部門の仕事は職場外研修を実施することだけではなくて、文字通りに、いかに人材を育成するのかという視点で考えると、さまざまな選択肢があることに気がつきます。これからも特定の知識やテクニカルなスキルを伝達する場としての集合研修はなくならないと思いますが、ただ集合研修を実施するということではなく、日々現場で行われている仕事と集合研修を結びつけたプログラムを開発することが求められていると思います。
人材育成諸施策の効果を高めるためには、多くの識者が能力開発に対する職員自身の動機づけ、内発的なモチベーションを向上させることが重要だとおっしゃっています。こうした指摘を踏まえて、私どもの組織の現状に見合った、本当に人が育つしくみを作り上げていかなければならないと考えています。
稲継裕昭氏
稲継 どうもありがとうございます。
いろいろ面白い、興味深い比喩ですとか、あるいは、仕組みをお教えいただいたと思います。山の頂上を示さずに登り方だけを教えていた研修から、山の頂上は指し示すけれど、どうやって登るかはそれぞれ一定のルールのもとで各職員に任せる。あるいは、能力がどの程度身についているかという能力診断ツールを用意しているという話でした。この能力診断ツールとはどのようなものなんでしょうか。
久保 能力診断ツールは、職員研修委員会で職員の自律的な能力開発を支援するために開発したものです。
本市の人材育成基本方針では、職務遂行能力、問題解決能力、対人関係能力、行政経営能力の4つの能力が必要だと定めていますが、これを一般職員用にアレンジして、実務能力、課題形成能力、問題解決能力、チームワーク力、顧客対応能力、行政経営能力の6つの能力を診断しています。庁内LAN上で合計30問の問に回答すると、診断結果がレーダー・チャートで返ってきて、自身の結果と組織が求める水準や職員の平均との差がわかります。
この能力自己診断ツールは、選択制研修の科目選択の参考にするように呼びかけていただけですが、今年度からは新規採用職員研修の中のキャリア・デザイン研修の事前課題にして、能力開発計画の策定に役立てる方針です。
稲継 今、お話の中に出てきた職員研修委員会とはどのようなものなんでしょうか。
久保 人材育成基本方針を効果的に推進するために、平成16年度から人事・給与制度検討委員会と職員研修委員会の2つの組織を立ち上げました。職員研修委員会は昭和54年度から平成8年度まで常設されていたのですが、それ以降休止状態にありました。しかし、人材育成基本方針で提言したことを実行していくためには、職員を巻き込んだ議論の場が欠かせないという判断のもとで、再度設置することにしました。
稲継 職員研修委員会というのは、色々な職場から人を集めて職員研修のあり方について議論する場と考えればよいのでしょうか。
久保 はい、現在の第11期職員研修委員会では、11部17課から委員を選任しています。委員は公募を原則としていますが、特定の職場や職員組合からも選任して、人材育成制度全般について幅広く議論しています。
稲継 この職員研修委員会には、そのように色々な職員の方が、言ってみればクロス・ファンクショナルに参加しておられるのでかなりの成果が期待できると思うんですけど、実際のところどうでしょうか。
久保 組織の中で一定の人数が一定期間議論をした結果というのは大変な重さがあるので、職員研修委員会は職員研修の改革に極めて大きな力を発揮しています。具体的には、能力自己診断ツールの開発や選択制研修、メンター制度及び市政キーパーソンゼミナールの導入を提言するなど職員研修制度改革の中核を担っています。
職員研修委員会の運営については、多くの委員は、既にそれぞれの行政経験を通じて自分なりの人材育成に対する考え方を持ってはいますが、人材育成に関する体系的な知識や今日的な課題などに接する機会が少ないので、人材育成に関する先進的な考え方やさまざまな事例を丁寧に情報提供するように心がけています。また、このような形態のクロス・ファンクショナル・チームでは、事務局側に高いファシリテート機能が求められるので、議論の進行や合意形成の仕方などに気を遣っています。
稲継 面白いですね。職員研修委員会で提案されたことが、次々に実現していっているというところが興味深いところであります。
今、おっしゃった中で選択制研修ということが出てまいりました。選択制研修について、若干ご説明いただけませんでしょうか。
久保 本市では、平成16年度から研修満足度評価システムを導入しました。それ以前にも研修終了後にはアンケートを実施していたのですが、それぞれの担当者がそれぞれの研修ごとに設問を考えていたので、個別の研修科目の改善には一定の効果はあったのですが、研修事業全体の改善に結びつきにくいというのが実情でした。
このため、設問を統一して、すべての研修で満足度を調査することにしました。同じ指標で調査し始めると、今まで分からなかったことや何となくそう思っていたという課題が顕在化して、議論がしやすくなりました。
図1は階層別研修の研修満足度の比較ですが、採用4、8、12年目に行っていた一般職員向けの研修の満足度が低いことが分かります。
こういう結果が示されると、次にはなぜ低いのかという議論が起こるようになります。このデータを基に原因を推測し、「能力開発ニーズと研修科目が一致していないから」、「仕事が忙しく、時間の余裕がないから」、「『やらされ感』があるから」などの仮説を立てました。
稲継 これは非常に興味深い図ですね。非常にわかりやすく、見事に第Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ部研修のところで低くなっているという数字が如実に現れていますね。それを研修の組み立ての基本である「分析」(Analysis)というところで仮説を立てて考えられた。これも多くの研修所で学ぶべきところだと私は思います。
次号に続く