メールマガジン
分権時代の自治体職員
第28回2007.07.25
インタビュー:人材育成型人事考課制度~ 大阪府岸和田市広報公聴課長・小堀喜康さん(中)
前回、小堀さんは研修の重要性を認識しつつも、その限界をも指摘していた。
研修だけではだめだと思いました。やはり、職員が育っていくというのは、仕事の実践の中で、キャリアアップしていくということが必要ではないかと思いました。しかし、研修は効果がないということではなく、職員というのは、私自身の経験でもそうですが、やはり、人事異動で新しいセクションに変わった時とか、新しい仕事を任された時、そういった何らかの新しい環境、新しい仕事に直面した時に勉強して、あるいはスキルを身につけていい仕事がしたくなると思いますので、そのタイミングで学習する機会が提供されたら、非常に効果的な人材育成ができると思います。そういったものを作っていくためにはやはり人事考課といったものがあって、職員の適性なり、能力なりをきちんと把握した上で人事をしていくことが必要だと思いました。それが人事考課制度を導入、開発しようとしたきっかけです。
ここで述べられているポイントは、人材育成の観点から人事考課の必要性を痛感し導入しようとしたという点である。従来多くの自治体で行われてきた「勤務評定」において、そのような位置づけをしているところはかなり少数派に属していた。もちろん、勤務評定、人事評価については、職員団体からの抵抗も根強くある。今回はその点の質問からインタビューの続きを紹介しよう。
稲継 人事考課制度というと、全国どこの自治体でも人事評価制度あるいは勤務評定制度に対して相当なアレルギーがあるわけですが、岸和田市さんにおかれて、この人事考課制度を開発するに当たって何かプレッシャーとか、抵抗とかありませんでしたか。
小堀 ありましたね。やはり、労働組合の活動が、特に大阪は活発な地域ですので、岸和田市も例外ではなく、従来から勤務評定の導入には、反対があって、当初から導入されていませんでした。ですから評価制度をまったく持たない状態でいましたので、大変なアレルギーがありました。
評価をする管理職の側も評価をすることに対する不安があり、評価制度と言えば給与決定のためのものだとイメージされてしまいます。それに対しては非常に心理的な抵抗が管理職も含めて職員にあり、当然労働組合の立場としても反対であるということが一番大きな抵抗だったと思います。
稲継 その抵抗を乗り越えて開発されたわけですね。そのポイントとして、労働組合と一緒にアンケート調査を実施されたとお聞きしましたが・・・。
小堀喜康氏
小堀 今申し上げたように、人事考課制度は給与決定のためのものだということが従来の評価制度の概念でしたが、そうではなく、先程お話したように人材を育成する、あるいは人材を活用するという目的で、そのためのシステムとして岸和田市では人事考課制度を開発しようと考えました。当初から給与には反映しないと、労働組合に対しても明言しながら、あくまでも職員の能力開発のために使っていく、あるいは、処遇面で言いますと人事異動あるいは昇格管理とった人事面では使うが、給与決定の道具としては使わない。そういうことをスタンスとして打ち出しながら取りかかりましたので、労働組合の理解も得られたと思います。それと人材育成基本方針(※下記参照)を策定するに当たって、アンケート調査を全職員対象に行いましたが、そのアンケートを実施する際も労働組合と、このような内容で人材育成のためにアンケートを行いたいと事前に話し合いを持ちました。労働組合も当時の人事課の方針なりスタンスを十分理解してくれたので、今おっしゃられたような抵抗という部分はクリアできたのではないかと思います。
稲継 組合の協力も得ながら人材育成基本方針策定のためのアンケートを実施されて、それを基に基本方針を作っていかれたわけですね。
基本方針を策定されてから、人事考課制度を開発されたわけですが、従来、他の自治体にないような形の人事考課制度に仕上がっていると私は考えています。特徴として、人材育成型の人事考課制度ということですが、なぜ人材育成型なのでしょうか。
小堀 従来のものでよく問題になるのは、評価制度の場合、客観性ということだと思います。一時期、評価制度をめぐっては、客観的なものを作ろうとすごく精緻で緻密なものを作る方向にいろいろな団体、企業も含めて取り組まれた時期があったと思います。しかし、どれだけ精緻なものを作っても、客観的な評価ができるかというと逆に難しいのではないか。結局、客観性を追求するより、職員の納得性を高める方が重要だという見方が次第に強くなってきました。
私もやはり主眼はそこに置きたい、人材育成、能力開発のためには、職員が納得でき、そこから「気づき」が生まれるという制度をつくりたいと思いました。その辺が従来の客観性を重視しているものとは違い、納得性と本人の気づきという部分を最も重視して能力考課を考えたということだと思っています。
稲継 制度の基本的なコンセプトをいくつか挙げていただくとすれば、どういうことになりますか。
小堀 本人がまず自分自身の能力をよく知るところが能力開発の出発点ですので、基本的なコンセプトとしては、今申し上げた「気づき」をいかに提供できるか、そこが基本的な部分だと思っています。
それから職員の「個性を生かす」ということを人材育成基本方針の中でもコンセプトとして打ち出しています。従来の研修もそうですが、人材育成の考え方は、割と一律的、画一的な職員を作ろうとしてきたと思います。
人材育成基本方針には、どこの自治体でも、私どももそうですが、目指す職員像というものを掲げます。私どもも掲げておりますが、職員像をご覧になったら、例えば、バイタリティのある職員、行動力のある職員、人間性豊かな職員、政策形成能力の高い職員などすばらしい職員像が挙げられています。おそらくそれを読んで、こういう職員を目指そう、こういう職員になりたいと思う人はほとんどいないと思います。「私には無理だ」と思う方が多いのではないかと思います。
様々な要素がありますが、全部の要件を満たす職員というのはなかなかいません。人間というのは、長所と短所がありますので、短所があっても、長所もそれぞれの方が持っておられますのでそれを伸ばす。理想の職員になろうということではなく、一人ひとりが自分の持ち味を生かす、そういう人材育成が本当は必要なのではないかと思いました。
人事考課制度もコンセプトとしては、画一的な評価をするということではなく、職員自身が評価項目を選択できるというような従来の考え方にはない評価項目の自己選択制というものも今申し上げたコンセプトから生まれてきたと思っています。
稲継 評価項目の自己選択制、極めてユニークな他になかなか見かけない制度ですが、これもやはり、今おっしゃった個性を生かすということから編み出された手法なんですね。
小堀 当時、コンサルタントと私ども人事スタッフとでフリートーキングをしている中から偶然こんなことをしたら面白いね、というような話になりまして生まれたものです。瓢箪から駒というところですね。
稲継 岸和田市さんの基本的な人事考課制度の枠組みは、様々なところに紹介されているとおりですが、その中に簡易コンピタンシーという特徴があると書かれております。コンピタンシーとはわかりやすく言うとどういうことでしょうか。
小堀 私自身もこのコンピタンシー、あるいはコンピテンシーという言い方もされますが、最初は全然わからず、何だろうと思い、いろいろ調べました。
従来の能力評価というのは、潜在能力も含めた保有能力というものを観察から推測して評価するというようなものです。それと比べてコンピタンシーというのは、具体的な行動、成果に結びつくような行動といったものに注目して評価をしていこうという考え方です。従来のものとはかなり違うと感じました。そういう意味では従来のものが保有能力という目に見えない能力を含めた、そしてそれがどのくらいのグレード、レベルかという質的な評価でしたが、コンピタンシーは行動評価であり、そういう意味でより客観的でわかりやすいと思いました。
アメリカで通常使われているコンピタンシー、あるいは日本の企業でも使われているところが多い行動のレベル評価、どの程度のレベルの行動をとっているかという評価ですが、この評価を簡易にしたものにたまたま研修関係のツールとして出合いました。
リーダー研修に入る前の自己診断として、自分自身の行動能力を把握するという意味で、360度評価という上司、同僚、部下から評価されるというものがありました。そこで使われていた簡易な形にしたコンピタンシー評価というものに出合い、これを研修のためのツールということではなく、人事評価のためのツールとしても十分活用でき、それに耐え得る。また職員にわかりやすく、作りやすいのではないかと思い、その岸和田版(能力考課シート)を作ろうと思いました。
それを実際に試行して、あるいは運用してきて思うのは・・。すごく簡単な具体的な行動があるかないか、で判断する評価基準になっているということです。だから、逆に評価をされる職員側からすると、評価の基準であると同時に、そういう行動を取れば評価が高くなる。そういう行動規範、行為規範という意味があると思います。そして、こういう行動を取りましょうという組織から職員に対するメッセージ、そういうメッセージ性が非常に大事だと思っています。職員がその基準を読んで、自分はこういう行動をすればいい、こういう行動をすれば組織にとってプラスになる、仕事上の成果に結びつくということが非常にわかりやすいことが重要だと思いました。そういう意味では、簡易なコンピタンシーというものは、行動指針になり得るし、同時に評価基準にもなると思っています。
稲継 コンピタンシー辞書というものは詳しいものは驚く程詳しくて、開発に相当苦労されているだろうし、そして評価する側も評価できる人ばかりだといいんですが、全員が必ずしもそういう能力を持っていない。そして行動規範としては、逆にそれを見てどう行動していいかわかりにくいという両面の難点が今まであったわけですが、岸和田市さんの簡易コンピタンシーというのは、つける側も楽につけられるし、受ける側もそれに基づいてこういう行動をすればいい、こういう行動をすれば市民のためになる、ということがわかりやすく書かれている行動規範として機能しているということですね。
小堀 もちろん、簡易にしていますし、一つの評価項目について、3つの着眼点という形で具体的な行動を示しているだけですので、漏れていることもたくさんあります。ですから、例えば、コミュニケーション能力を評価する場合、私どもが設定している3項目の行動だけで、コミュニケーション能力が十分に本当に客観的に評価できるか疑問だとは思います。
しかし、先程お話ししたように客観性を追求するよりは、職員にわかりやすい行動規範、そしてメッセージ性を追求するべきだと思いました。それはなぜかというと、評価するのが目的ではないからです。これによって、先程言ったように職員にどんな「気づき」が生まれて、それからどんな行動変革が職員に生まれるかということが大事なのです。例えば、コミュニケーション能力の中には、これもごく一般的なことですが、「報告・連絡・相談をしているかどうか」という着眼点を設けています。一般的にコミュニケーション能力というと様々なことを想像しますので、コミュニケーション能力を高めるにはどうしたらいいのか、職員はとまどいます。様々な研修を受けたり、様々なことを学ばないとコミュニケーション能力は高まらないと思いがちです。そうではなく、毎日の報告をきちんとする、それが第一歩ということに気づく。例えば一人の職員が評価を受けて面談をして、その上司との話し合いの中から一つの「気づき」が生まれて、「あっそうだ。私は報告が少なかった」と気づいて、その職員が報告するようになる。一人ひとりの職員が何か一つでいいから行動を変える。2000人の職員が一つでいいですので、行動を変えたとしたら、組織とすれば非常に大きな変革になり、職員の能力アップ、その積み重ねとしての組織力アップになると思います。ですから、私どもが人材育成型をとっているのは、評価をするのが目的ではなく、人材を育成する。最終的には組織力をアップするのが目的ですから、それにつながるかつながらないか、その部分が大事だという考え方です。
次号に続く