メールマガジン

第20回2006.11.22

職員研修―5

 このメルマガをご購読いただいている自治体研修担当者の方々は、各自治体の研修について、それぞれ思いをこめて研修プログラムを作成し、また、その実施に取り組んで来ておられることと思う。
 しかし他方で、各所属からは、「そんな研修受けたって現場では役に立たない」などとやや斜に構えて評価されることがあったり、また、「日常業務で忙しいのに研修所に人を送り込んでいる余裕はないよ」などと、煙たがられることさえあったりするかもしれない。
  そのはざまで、研修と仕事とのギャップとの間で、苦しんできておられる研修担当者も多いだろう。

研修と仕事の距離感
 諸橋省明は、知識やスキルを付与するなどの研修は別として、「仕事に直結するような、具体性のある研修はできないものであろうか」と問い、これまでの研修が仕事に役立つものであったか、という点では反省が必要であると指摘する。
 そして、なぜ、「仕事」と「研修」の間にギャップが生じるのかという点について、研修担当者と仕事現場との距離感、研修の規模、そして、正解のない研修を行うことへの抵抗感、の3つの原因をあげている。
 まず、研修担当者と仕事現場の距離感である。仕事に直結する問題点は、その職務を担当する職員にしかわからないことが多い。能力育成ニーズは、職員それぞれと、彼/彼女らの上司がもっとも良く知っている。ところが、そのニーズは研修担当者にはなかなか伝わりにくい。研修担当者は、自分自身が今まで経験してきた職務の内容しか、実感としてはわからない。その他には、雑誌や書籍、マスメディアなどからの知識がメインを占めてしまう。そのため、研修を企画するに際しては、どうしても現場との間に距離感ができてしまう。
 二つめに、研修の規模、研修対象者の範囲である。「個別具体的な行政課題に関する企画立案」は、自己研修所(各自治体に設けられた研修所)ではテーマとなりにくい、諸橋は指摘する。
 「介護保険」などのような執行事務に関する研修ならば、対象職員が多数いる場合もあるが、「個別具体の行政テーマに関する企画立案」などに携わる職員は、一般には、一つの自治体にそう多くはいない。例えば、「人事評価制度」導入の検討を上司から命じられとする。この場合、人事評価制度の構築を担当するのは多くて若干名、少なければ1名であることから、自己研修所でこのような研修を企画することはできない。彼は、こういったテーマこそまさに広域研修所が積極的に取り上げるべきものの一つだとする。(研修所の類型化については次号で検討する。)

正解のない研修
 第3に、研修企画側として「答えのない研修」を行うことには心理的な抵抗があることを指摘している。彼は次のようにいう。

 研修企画側として「答えのない研修」を行うことには心理的な抵抗がある。例えば、テーマ全体を解説しながら、時折、最高裁判例や既に確立された解釈がある論点について触れるような「講義」が、企画側にとっても、聴く側にとっても、落ち着くようである。
 実際、「回答がないような研修は、研修とは言えない」と感じる研修担当者もいるであろうし、研修生のアンケートでも「講師が答えを話してくれなかった」といったコメントを見ることがある。
 ところが、仕事に直結するような具体的課題をテーマにすると、「正解を教える」ことはできない。
 例えば「人事評価制度の構築プロセス」をテーマとして研修を実施するとしよう。この場合、能力評価基準においてどのような項目を選定するかは、重要な論点の一つである。しかし、この問題に正解はない。人の能力を評価すること自体の難しさもさることながら、この問題は、それぞれの自治体において人事評価制度を導入しようとする狙い・目的、自治体のおかれた環境・現状、トップの考え方など、様々な個別条件の中で決定される事項だからである。
 ところが広域研修所の場合、受講生の所属自治体はバラバラであり、従って個別条件もそれぞれ異なるため、「正解」は出せない。仮に個別条件をそろえることができたとしても、「正解を教える」ことは極めて困難である。行政はその時点でベストと考えられる選択はするものの、それが「正解」であることを保証することは困難だからである。
 ちなみに私は、「正解」を研修のメルクマールとする必要はないのではないかと考えている。
 諸橋省明「職員研修における一つの試み~JIAMにおける『実践的課題解決型研修』~」『地方公務員月報』2005年6月号。

 研修の中には、法律や条令が改正された際に、その説明会を開催するようなタイプの研修がある。これは、AからBへ法律が改正され、それに伴いaからbへ条例が改正されたため、現場でもそれに応じた対応をしなければならないという点を周知するものである。これは「正解」を「教える」タイプの研修である。
 しかしながら、研修の中には、「正解がない」タイプのものも多い。いや、むしろその方が多いのではないか。前号で指摘したように、芽が出る、種を蒔く、畑をきれいにする、という研修は、どれも「正解」を「教える」タイプのものではない。しかし、そのような研修をこそ求められている場合も多い。
 地方分権が進展し、従来のような「法律解釈能力」「政令省令や○○省△△局長通達の知識」「前例踏襲能力」よりも、むしろ現場で起きたさまざまな課題を発見し、その解決策を考えるために情報を収集していくつかの解決策の選択肢を提示できるような能力が求められるようになっている。10年前の「当たり前」は今では「過去のこと」になってしまっている。正解を国に求めても答えを出してはくれない。自治体職員自身が正解のない課題に取り組まなければならない時代に入っている。