メールマガジン

第14回2006.05.24

人事評価―3

何のために人事評価を行うのか
 前回筆者は次のように主張した。
 「そもそも組織にとって,職員の間に差を付けるためだけの評価には何の意味もないはずである。なぜなら,人事評価は,組織業績をあげるための1つの手段に過ぎないからである。組織業績は,構成員がどれだけ能力を向上させ,それを発揮してくれるかにかかっている。そのための種々のツールの1つが人事評価であるにすぎない。」

 人事評価の目的の重要な部分は,能力や仕事ぶりを評価して本人にフィードバックすることによって職員の能力開発、人材育成に役立てるという点が占めている。「選抜の論理」も結局は、選抜することが、個々の従業員のインセンティブを刺激しそれが組織効率をあげることにつながるということが根拠となっている。ただ、選抜の論理がインセンティブを刺激する回路や程度は、組織(年齢等の人員構成、組織風土、過去の経緯、政治との距離など)ごとにかなり異なる。
 フィードバックに際して、評価情報を開示して本人の振り返り材料にすることによって目的を達成できる場合もあれば、それだけでは本人のモチベーションがあがらず、処遇への反映をすることが本人の能力開発や労働意欲のインセンティブになるという考え方もありうる。
 自治体で今、職員のインセンティブを維持・向上させて組織を活性化・効率化することが求められているのは、住民サービスの向上のためである。極論すれば、住民にとっては昇進システムや評価システムはどうでもよい。住民は、職員のモチベーションやモラールが最大限に引き出され良質の行政サービスが適切なコストで提供されることを強く望んでいるのである。総額人件費が適正でありさえすれば、職員の給与に差をつけるかどうかは住民にとっては意味のない議論であるとの見方もありうる。「住民に仕える有能な職員集団」をつくっていくにはどうすればよいか、その中で、人事評価システムも考えていくべきである。

建前と実態
 自治体によっては、上記の点を十分に理解せずに、差をつけること自体を目的化しているところもある。そして、マスコミ用にその点を重視した発表をしておきながら、実態としては持ち回りを奨励するような動きも付随している。 次に紹介するのはX県のDさんからのメールである。

X県のDさんから
 人事評価について
地方公務員に人事評価を行う事は民間企業以上に重要な事であると考えます。なぜなら、民間企業は基本的には業績と給与がリンクしたものと考えて職員は働いていますが、公務員はそうはなっていません。そのようななか、職員のモチベーションを高め、ベストパフォーマンスを引き出すには人事評価は欠かせないと考えます。
 しかしながら、公務員の社会の現状は、現在所属長という立場に立っている職員にはそのような意識をもった職員が少なく、人事評価を導入したとしてもその運用は必ずしも適切なものになっていないという現状があります。
 X県においても、昨年から人事評価に基づき、賞与に0.1ヶ月や0.2ヶ月分の差を設ける制度を導入していますが、0.1ヶ月の賞与アップの職員の割合は約2割であるということを説明する際に、平均5年に一回程度回ってくるといった説明を行っていました。まったく人事評価を行う意義が分かっていない発言です。また、人事評価を行い処遇に差を設ける制度を導入する場合には、まず初めに職員にきちんとした説明が必要であると考えますが、職員に説明するよりもマスコミへの発表が先に行われ、職員は新聞報道により制度を知るといった笑えない場合もあります。
 これらのことは、本当に人事評価を導入して職員のやる気を引き出し、最小コストでベストパフォーマンスを引き出したいというよりは、本県は他の県に比べ進んだ取り組みを行っているというパフォーマンスに過ぎません。職員の満足度を高め、やる気を起こさせる制度を構築していかないと公共団体の行政運営の行く末は明るくないと思います。そのためには、職員に対する説明を十分に行い、職員みんなが人事評価の重要性を認識する必要があると考えます。
(X県庁・Dさん)

 Dさんのおっしゃることは誠にもっともなことである。マスコミ向けのパフォーマンスを狙った人事評価制度および賞与の格差付けが、いかに滑稽なものであるかを端的に示している。

総合的な視点から慎重な制度設計を
 
もちろん,人事評価の結果を、昇格、昇進へ反映させ、また給与処遇に適切に反映させることが、制度設計に緊張感をもたらし、結果として自学の促進につながる可能性もある。人材育成や任用管理以外の分野、特に処遇への評価結果の活用を一概に消極的に考えることもできない。「育成の論理」のみでなく「選抜の論理」を捨て去ることもできない。
 全国の自治体の組織実態や組織風土は様々である。この問題は、それぞれの組織特性、人事評価の定着度、職員の実態などに応じて、各自治体でメリット、デメリットを考慮して,判断すべきことがらである。
 「住民に仕える有能な職員集団」をつくっていくにはどうすればよいか、という根本的な視点をもちつつ、総合的な観点から慎重に人事評価制度の設計をしていく必要があるだろう。