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分権時代の自治体職員
第119回2015.02.25
インタビュー:流山市総務部総務課 政策法務室長 帖佐 直美さん(上)
一昔前は、役所で係争事案などが発生すると、顧問弁護士のところに相談に行くのが常だった。往復だけでも時間がとられる。聞きたいときに聞けない、費用のことも気になる。軽易な法律問題などはそこまですることはできず、法制課が必死に調べて答える姿が普通だった。
千葉県流山市ではそのような際に、総務課に行って簡単に相談できる体制ができている。
インハウスローヤー(組織内弁護士)の存在である。インハウスローヤーは、企業内弁護士と、行政庁内弁護士に分けられるが、後者のうち自治体には、2014年7月現在、13都県、48市区町村で、78人の弁護士が常勤職員として勤務している。
今回は、流山市のインハウスローヤー、帖佐さんを訪ねた。
帖佐 直美氏
稲継 本日は千葉県流山市にお邪魔しまして帖佐直美さんにお話をお聞きします。帖佐さん、どうぞよろしくお願いいたします。
帖佐 よろしくお願いいたします。
稲継 帖佐さんは、今総務課の政策法務室長ということですが、同時に名刺の肩書には弁護士ということも書いておられます。いわゆる行政庁内弁護士として、政策法務室で働いておられます。まず今どういう仕事をやっておられるかというところから、お聞かせ願えますか?
帖佐 政策法務室には、主に四つの仕事があります。一つは職員から法律相談を受ける。二つ目は、政策法務に関する職員研修の企画、実施。三つ目が訴訟の対応。顧問弁護士の先生が訴訟代理人になりますが、指定代理人として訴訟には必ず一緒に行っています。四つ目は異議申立などの不服申立があったときに、その担当課から相談を受けるという業務があります。
稲継 なるほど。最初の法律相談を受けるっていうのは、これは市役所の各部署の方々が直面している法律問題に関して相談を受けるということですよね。
帖佐 はい。何かあればいつでも相談を受けるという体制です。
稲継 職員の方は、わざわざ弁護士事務所に行かなくても、市役所の中で相談所があると、非常に気軽に相談に来られますよね。
帖佐 そうですね。ちょっと気になるというときに来てもらえますし、内線電話でも答えますし。
稲継 差し支えない範囲で例えばどういう相談がありますか?
帖佐 市民の方からの問い合わせで、「法的な根拠を説明してほしい」と書かれる方も、今多くなっています。それを受けた担当課の職員が相談に来て、法的な課題を整理した上で回答するということはありますね。あとは、「賠償してほしい」というようなことが市民の方からあったときに、本当に流山市に責任があるのかどうかの判断をするような相談が多いですね。
取材風景
稲継 なかなか普通の職員の方はそういうのを抱えちゃうと悩んでしまい、どうしたらいいか分からない。弁護士事務所の敷居は高いし...。
帖佐 そうですね。
稲継 相談相手はいないし、困ってしまっている自治体職員たくさんいらっしゃると思います。流山市役所の職員の方はそういう意味では幸せですよね。
帖佐 そうだといいんですが。(笑)
稲継 気軽に相談できるっていうのはとても素晴らしい。
帖佐 そうですね。最初の対応で、きちんと整理しないで答えてしまうと、後々トラブルになることもあります。早い段階できちんと法的な課題を整理した上で回答できる。弁護士が内部にいるメリットかなと思います。
稲継 なるほど。二つ目の政策法務に関する研修、法務能力の研修をやっておられますが、これは具体的にどういうことをやっておられますか?
帖佐 現在、政策法務研修計画というものをつくって、これに基づいて研修を実施しています。まず新規採用職員に対しては人材育成課の方で、4月に新規採用職員研修がなされて、秋ごろにフォローアップ研修があります。このフォローアップ研修の中で政策法務の入門の研修を1日入れてもらっています。もう一つ初級研修が2月ぐらいに行われ、そこで地方自治法・地方公務員法を学んでもらう。大卒の職員だと入庁2年目になりますが、基礎法務研修ということで、1年かけて12回の研修を行います。
稲継 12回ですか?
流山市役所
帖佐 はい。憲法、行政法、民法、刑法については条例に罰則を設けるときに必要になるような罪刑法定主義とかそういった概念だけですが、基本的な法律の知識を1年かけて身に付けてもらいます。その後、入庁3年目に政策法務研修の基礎編ということで、法令の読み方ですね。衆議院法制局で勤務した経験のある方に講師に来ていただいて、法令用語の使い方や、法令の読み方のポイントだけでなく条例をつくるときにも参考になるような知識を身に付けてもらいます。ここまでで基本的なことを身に付けていただいて、政策法務研修<発展編>というのは、11~12年目ぐらいの中堅の職員ですね。こちらは演習問題中心で実際に政策法務室に相談があった事例を題材にして、法律上の課題を解決するプロセスをグループ演習で体験してもらっています。
稲継 政策法務研修についてとても力を入れておられるように見受けられます。
帖佐 そうですね。もともと流山市が弁護士を採用した大きな目的が、職員の政策法務能力の向上と聞いています。法律相談を受ける中でも、法的な課題を一緒に整理しながら解決するプロセスを体験してもらうことで能力は付いていくとは思いますが、全職員に対してというのがなかなか難しいので、研修に力を入れて、入庁から早い段階で基本的なことを身に付けてもらうことを目指しています。
稲継 1年間で12回基礎法務研修をする...。私は聞いたことないですが、かなり手厚い研修ですよね。
帖佐 そうですね。市川市さんの研修を視察に行かせていただきました。そこでは少数精鋭で手を挙げた20人程度を対象にですが、本当に手厚い研修をしていました。それを流山市ではいずれは全職員が受けている状態になるようにということで入庁何年目という区切りで全職員を対象にして研修を行っています。
稲継 最初の入庁した年に入庁時の6カ月後の研修、初級研修があって、その上に2年目に12回研修受けて、3年目に年5回基礎編を受ける。それだけ政策法務研修を受けると新規採用職員は相当の力付きますよね。
帖佐 そうですね。まだ、この研修計画をつくってから2年目ですが、意識は変わってきていると思います。
稲継 政策法務能力というのは、自治体で必要だとかということが叫び始められたのは、1990年の初めごろからだと思います。ここに来て相当この分野に各自治体が力を入れ始めているとは思いますが、ここまで手厚く職員研修しているところは、私はほかに知らないです。
ほかに市川市さんは、特定の人だけにやっておられるわけですよね。
帖佐 そうですね。毎年20人程度とおっしゃっていたので、本当にやる気がある手を挙げた職員を対象にされていると思います。
稲継 なるほど。もちろんそういう手挙げ方式も大事かもしれないけども、全職員に基礎能力を身に付けてもらうというのはとても大事なことだと、私も思います。
帖佐 はい。結局いくら弁護士が内部にいても、担当者が法的な課題に気付かないとそのまま見過ごされてしまいます。こちらとしても相談に来てもらわないと、それぞれの課でどんなことが起きているかは分かりません。課題に気付く能力というのは少なくとも全職員が持っていなければいけないという考えで、基本的なことはすべての職員がと。事務職以外の消防職員、保育士さん等も含めて。
稲継 消防士の方も?
帖佐 受けていただいています。
稲継 今おっしゃった、最初の段階でどこに問題があるかを気付くというのはやっぱり私もすごく大事だと思います。そこを見落としちゃうと、後で取り返しのつかないようなことになっちゃいますよね。
帖佐 そうですね。そこに気付いてさえもらえれば、あとは相談に来ていただければ一緒に解決に向けて考えていくことができますので。
稲継 なるほど。ありがとうございます。三つ目の訴訟、総括処理ですか? 指定代理人として法廷にも行かれるということですが、これはどちらかというと弁護士としての活動に近いものですかね。
帖佐 はい。ただ、訴訟代理人としては顧問弁護士の先生が付いてくださるので、自分が主体的に訴訟を進めるというよりは、担当課の考えを整理して顧問弁護士の先生に伝えたり、逆に顧問弁護士の先生の考えを分かりやすく担当課の職員に伝えたり、そういうことが主な役目です。あとは、大きな方針を決めるときには担当課の職員と顧問弁護士の先生と一緒に相談する中で、自分の考えも述べた上で方針を決めていくという形は取っていただいています。
稲継 なるほど。普通の自治体職員がいきなり担当の顧問弁護士と話をするときには、やっぱりそこに言語の違いがあったりする。それを翻訳してくれる人が必要になってきますね。まさに、その翻訳をする、あるいはコーディネートをする役割を帖佐さんが担っておられると考えていいんですかね。
帖佐 そうですね。顧問弁護士の先生も気を付けて説明してくださいますが、やはり担当の職員としては、よく分からなかったのだけど質問できなかったということがあります。そこを、少しあとで解説を加えたりしながら進めています。
稲継 なるほど。ありがとうございます。最後の不服申立、これは数としてはそれほど多くはないですか?
帖佐 そうですね。相談に来るほどのものは件数としては多くはありません。多いのは情報公開や個人情報保護関係で異議申立があったときに、審査会にもかかりますので、審査会でどういう説明を担当の部署でするかというところもお手伝いしたりしています。
稲継 帖佐さんは政策法務室長ということで今この4つの政策法務室の分掌事務を全部、統括してやっておられるということですよね?
帖佐 はい。
稲継 そもそも流山市に入られたのが、2011年とお聞きしていますが、2011年に入ったときから、これだけ四つともやっておられたわけですか? 徐々に増えてきたって感じですか?
帖佐 入った当初から政策法務室の事務というのは、その四つと決まっていましたので、当初は訴訟の対応だとか異議申立てだとかは、もともとは総務課の法規文書係が担当していたものなので、引き継ぎながら手伝ってもらいながらですが。
稲継 じゃ、総務課の法規係の仕事もどんどん引き受けるようになったということですか?
帖佐 法規文書係の仕事だったもので、政策法務室の事務になったものについては引き継いでいます。
稲継 今まで印象深かった仕事とかありますか?
帖佐 とにかくどう政策法務室を動かしていくかというところで、この4年は費やしているところがあります。一番初めに政策法務室ってどういうことを本来やるべきなのかということも分からないところから始まっています。千葉県に視察に行かせていただいたりしながら、例えば政策法務担当者を各課に置く。そして、その担当者を対象にした研修を始めるという動きをしてきて、やっと政策法務研修計画ができて動くところまで来たという大きな流れが印象深いといいますか、メインの仕事でした。
稲継 各課に置くと今おっしゃっていますね。もう少し詳しく教えてもらえますか?
帖佐 千葉県の県庁の方では政策法務主任という、組織に位置づけられた役職として、各部に1人確か置かれています。各部で政策法務の観点から解決すべき課題があると政策法務主任を中心に解決に当たり、政策法務主任だけでは解決できない課題について政策法務課に相談に来ます。流山市に入庁して、すぐに千葉県を視察に行って、流山市でもこれを導入したいと思いました。当時は政策法務室で法律相談を受けていることはそこまで認知されておらず、相談件数も少なかった。政策法務室があるということをまず知ってもらい、気軽に相談に来てもらうということを目指しました。各課に政策法務担当者を1人以上置いてもらい、その人たちと連絡を取りながら気軽に相談に来てもらえる体制をつくりたいと考えました。
稲継 なるほど。政策法務担当の方は、どういう方が任命されるんですか? 任命っていうんですかね。一応置くっていうね。
帖佐 一応「手挙げ方式でお願いします」ということで、「意欲がある職員を」ということで各課にお願いしていますが、若手の育成ということも考えていましたので、入庁10年目ぐらいまでの若い職員で意欲がある職員を各課で1名以上出してくださいと。
稲継 役職によるわけではないんですね。
帖佐 そうですね。
稲継 課長さんとか課長代理がなるのではなく、若手の方で政策法務の興味があって、やる気のある人を任命するということですね。それを各課に置いたことによって何かメリットってありましたか?
帖佐 その担当者を対象に研修を始めたことで法律相談は増えました。研修の中で「迷ったことがあれば、いつでも気軽に来てください」というアナウンスもしてきました。そうすると「実はこういうことがあるんですが」と相談が増えました。
稲継 なるほど。職員にとっても心強いですよね。この4年間がそういうことでいろいろ走り続けて来られたということですが、そもそもこちらに来られる前は弁護士事務所に勤めておられましたよね。で、市役所に対するイメージというのはどういうものを持っておられましたか?
帖佐 もともと勤めていた事務所も顧問先に自治体があり、そこの職員の方から法律相談を受けたり、一緒に訴訟をやったりということはしていました。皆さん本当に仕事熱心、勉強熱心で、訴訟も市民全体のためにこうあるべきだというものを持って取り組んでおられました。こういう人たちとずっと一緒に仕事ができたらいいだろうなという、そういう印象を持っていました。
稲継 じゃ、入る前から大体市役所はこういう仕事をしているとか、政策法務室はこういう仕事をしているとイメージは出来上がっていたわけですか?
帖佐 イメージは持っているつもりでしたが、実際に入ると違っていました。
稲継 どういうふうに違いましたか?
帖佐 顧問弁護士として見ているものは大きなトラブルになったものだけなんですよね。実際に流山市に来てみると、こんなことも市役所に聞くのかといいますか。市民の方はどこに相談したらいいか分からないものはみんな市に持ってこられるんだなというのが見えてきまして。
稲継 例えば、驚いたものの中にどういうものがありました?
帖佐 「隣の家の木の枝がうちに入ってきているから何とかしてほしい」とか。(笑)
稲継 それを市役所に言ってきたわけですか?
帖佐 はい。担当課もまじめな若い職員だったので、「何か市にできることはないでしょうか?」と相談に来て、「それは民法で解決できる問題なので市民向けの法律相談、無料の法律相談の窓口があるので、そこを紹介してあげたらいいんじゃないか」という回答をしたのですけど。
稲継 なるほど。市の公道に出ているとかそういう話なら、また別でしょうけどね。
帖佐 はい。そういう話ではないんですよね。ご近所トラブルも直接言いづらいから市に間に入ってほしいと、そういうこともあるようで。
稲継 なるほど。帖佐さんは、もともと弁護士からスタートしているわけですよね。61期の司法修習を修了されて弁護士登録されておられる。東京弁護士会ですね。最初そもそも弁護士になろうとした理由、動機っていうのはどういうものだったんですか?
帖佐 中学生のころ、社会科の先生がとても熱心な先生で、希望者を集めて裁判の見学に連れていってくださいました。そのとき初めて法廷に入って、こういう空気の中で仕事をしたいなと思ったのがきっかけです。
稲継 ロースクールに行かれて。
帖佐 ロースクールです。
稲継 弁護士になるのは大変だと思います。また、かなりハードな勉強が続いたと思います。睡眠時間削ってみたいな感じですか?
帖佐 1期生なので、今ほどシビアではなかったかもしれませんが。
稲継 ロースクールの1期生ということ?
帖佐 はい。ロースクールに行けば8割受かると聞いて入った世代なので。(笑)
稲継 実は完全なうそだったわけですけどね。で、ロースクールの後に新司法試験を受けられて、司法修習を受けられた。で、最初ある法律事務所に勤務されるわけですけれども、そこでは先ほど自治体の顧問もやっておられたという話ですが、主にどういう仕事をやる事務所でしたか?
帖佐 いわゆる一般民事を扱う事務所です。入ってくる相談は来るもの拒まず受けていました。離婚、婚約破棄、相続といった家事事件が多かったですね。医療過誤訴訟や労働事件もありましたし、本当に様々です。
稲継 その雑多な仕事をしながら徐々に、また弁護士としての実務を覚えていかれるわけですよね。で、それがある程度2年、3年たって脂がのってきた頃に、流山市役所に入られるわけですが、そういう募集公募があったわけですか?
流山市の職員は、日常の業務の中で気づいた法律問題について、政策法務室にいつでも相談に行ける体制が整っている。また、職員の政策法務能力を高めるために、政策法務研修を全員に受講してもらうことを目指している。
帖佐さんが言うように、「市民の方は、どこに相談したらいいか分からないものはみんな市に持ってこられる」。そこで突き返してしまうか、法律問題として取り上げるかはひとえに窓口の職員の政策法務能力にかかっている。