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第10回2006.01.25

自治体組織の人材育成―5

人事異動と職員 
 上前回は人事異動、自学を促す仕組みとしてのジョブ・ローテーションについて述べた。
 人事異動のプロセスは、一般的に、毎年12月頃の所属ヒアリングから始まり、その後、人事課でのコマ配置があり、異動一覧表の作成、発令通知書の作成という流れになる。そして、4月の異動発令式に至るのである。
 異動対象となった職員は、発令式に出向き、市長や所属長から新しい「職」の発令通知書を受け取って、新しい職場へ向かう。落胆して向かう場合も喜々として向かう場合もあるだろう。そこはなじみの深い職場かもしれないし、全く知己のいない職場かも知れない。予期していた職場の場合もあれば、全く予想外の職場への異動が命じられる場合もあるだろう。いずれにしろ、これは本人が異動先を決めるというのでないことは確かである。
 従来、人事異動のプロセスにおいて、異動対象となる職員本人のヒアリングがされる機会は少なかった。住居の転勤を伴う異動の場合は別論であるが、そうでない場合(多くの市町村の場合はこれに該当する)は、上司やさらにその上司の手により、知らない間に異動リストに載せられていたりするのが通例であった。
 最近では、自己申告書の提出を取り入れたり、異動時期の前に職員本人への異動関連ヒアリングを取り入れたりする自治体も徐々にではあるが増えてきている。本人からアピールする機会が全くない旧来のシステムに比べれば、一歩前進だと言えるだろう。
  だが他方、異動希望や希望配属部署を書かせたところで、それに応じることができるのはわずかである。自治体によっては、自己申告書がアリバイづくりに利用されてしまっている場合もないわけではない。

異動の方式―日本の特殊性
  新しい仕事や職務内容がどのように決定されるかについて国際比較した場合に、日本の組織はやや特殊な位置づけとなる。
  日本では、官民を問わず、人事異動の季節になると様々な憶測が飛び交い、近くの飲み屋は異動の下馬評で盛り上がる。自分自身が異動対象と予測される年には、内示の日を期待しながら(あるいは、びくびくしながら)待つというのが一般的である。内示(あるいは内々示)までは、情報は本人には開示されていない。
  これは、諸外国における異動のパターンとは相当に異なる。欧米においては、民間でも公務でも、職の公募に応じて、異動するのが一般的である。公募に応じて、徐々にキャリアアップを図る。労働市場が比較的オープンであり、企業を超えて転職し、給与のアップもそれに付随してくることが多い。
  英国の公務部門で考えた場合、(国家公務員については日本と同様の異動のパターンも残っているが)地方自治体においては、職の空きが出たときに、内外に公募をかけ、応募者の中から適任者を選ぶという形が一般的である。
  例えば、広報課長が退職したとする。当該ポストに就く人は、定期人事異動で埋めるのではなく、「広報課長募集」の広告を、庁内LAN、自治体HP、地元新聞、場合によっては全国紙や雑誌などに載せ、当該自治体職員、他の自治体職員、民間企業在職者など様々な応募者の中から、書類審査、面接によって決めることになる。広報課長代理(のような者がいたとして)も応募しなければ広報課長になる資格がない。
  このように、本人からのアクションがない限り、職員本人は同一職場で同一の仕事をずっと続けることになる。そして、今と同じ給与を受け続ける。定期昇給は最初の数年だけであとはない。英国の公務員給与体系は、同一職種・等級であれば数年で頭打ちになるため、出世をあきらめて低給与に甘んじるか、資格や能力を磨いてより高い給与の仕事に応募するかという選択になる。ホワイトカラーの場合、キャリアアップや給与の上昇を期待して、いくつもの自治体を渡り歩く人も多い。
  日本では、同一職種・同一等級であっても、「自然昇給」(勤務成績を反映した定期昇給とは名ばかり)があるため、給与面で高い等級へ移ろうとするインセンティブが極めて弱い。そのため、現行の給与体系のもとでは、諸外国のような、職員からの応募を待つ異動形態は考えにくいとされる。同じ仕事を続けていても定期昇給があるのであれば、誰も苦労を買おうとしないだろうから、とされるのである。
  しかしこれは本当だろうか。職員の側は、自分の伸ばしたい能力、自分のやってみたい仕事というのがあるはずである。これは給与の多寡にかかわらない。ある仕事をやってみたいという職員にその仕事を任せるような仕事をトータルに考えることはできないだろうか。これは、広義にはCDP(キャリア・デベロップメント・プログラム)をどのように考えていくのかということともリンクする。

自治体職員のCDP
  職員が自律的に組織内における自分のキャリアアップを考えた場合、不意打ちの性格の強い人事異動の可能性が毎春にあるのと、ある程度、自分で次の異動への希望をしたためておいて、その関連の能力を磨こうと努力する機会を与えるのとでは、おおいなる違いが出てくる。
  採用後初期の能力育成期間は、本人の希望自体曖昧なものが多く、また自治体の業務に通暁していない段階での希望であるので、聞き置く程度で良いかも知れない。しかし、一定の職位以上については、人事課が専権的に決定する現在の方式からシフトして、職の公募方式をかなりの割合で取り入れること、が今後必要になってくるのではないかと考えられる。この人事制度改革は、人事課が密室で専権的に異動決定していたことに比べれば、オープンで本人のモチベーションを高めるという方式である。
  前回、ジョブ・ローテーションに関連して、採用後、少なくも10年間程度は、一定のルールに従って人材育成という観点から、計画的なジョブ・ローテーションを行っていく必要があると主張した。採用後の10年程度は職員個々人の適性を見定める期間でもある。自治体の人材育成基本方針やキャリア・プランでも、この時期は「能力育成期」とか「能力・適性評価期」と名付けている。
 次に30代前半から40歳前後にかけては、「能力拡充期」とか「能力開発期」として位置づけている自治体が多い。この時期には、能力育成期である程度明らかになってきた職員の適性を見定めた上で、職員として最も能力を発揮してもらえるような職場に配置し、その能力に磨きをかけてもらう期間である。40歳代に入ってからは、それまで開発してきた能力を発揮してもらう「能力発揮期」として位置づけられる。
  比較的良くできた人材育成基本方針は、このように職員の採用から退職までの期間を一定期間で区切って、それぞれの期間の方針、キャリア開発のための研修、人事評価の際の評価項目と関連づけている。
  これらの各時期に自分がどのような仕事に向いているのかを見極め、どういう能力を磨こうとするのかを、職員個々人に意識してもらうことが重要である。能力発揮期に就くポストには、公募ポストが多くあってよい。

静岡県の取組み例
  静岡県では、今年度から「静岡県キャリア・デベロップメント・プログラム」を開始した。これは、「個々の職員が、自分の能力や特性等を把握し、キャリア目標を設定し、その実現に向けて行動する、組織は、研修等を通じた能力開発や様々な職務経験をできる場などを提供し、職員個人を支援」するというものである。職員の意思・意欲、それに対する努力・研鑽、その行動・成果等を反映した人事管理を行うことによって、より専門性の高い職員を育成しようとしている。計画書では、職員「一人ひとりが主体性を持って自律的にキャリアを選択して能力開発し、組織がそれを支援、活用するという仕組み」と説明されている。
  職員はおおむね、30歳、35歳、40歳の時期に「キャリア開発研修」を全員受講し、自らの経歴の振り返りや能力評価を行って、将来のキャリア・プランを検討する。研修受講者はキャリア調書を作成して、毎年度、所属でキャリア面談を受け、その内容が、その後の人事異動に反映される、という。
  キャリア調書シートには、
  1.これまでの略歴、
  2.それぞれの勤務時に得た知識、経験、資格等
  3.これまでの知識、経験で強みのある分野、苦手な分野、それぞれの理由
  4.今後のキャリアの考え方
を詳しく記入するようになっている。
  4の今後のキャリアの考え方としては、(1)専門分野で能力発揮したい、(2)広く行政分野に従事したい、(3)どちらとも言えない、の中から選択し、(1)を選択した場合には、希望キャリア分野名とその理由を記入する。行政職の場合、専門コースの例として、総務・出納、税務、法務・訟務、予算・経理、福祉(さらに細分化されている)、電算・情報処理、国際化関係、公共用地、病院経営、防災、などから選ぶことになる。
  今後、専門コースを選択して能力開発を行い実績を評価された職員については、必ずしもマネジメントリーダーとして登用することはせず、ジェネラリストとは一線を画して高度の専門性を有する人材=スペシャリストとして管理職登用し、組織の内外でその能力を有効に活用していく「複線型の人事管理」の考えかたを進めていくとしている。
  静岡県の取組みは今年度スタートしたばかりであるが、職員個々人の個の自律と組織の支援とをマッチングさせるものとして、今後の動向が注目される。