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第09回2005.12.21

自治体組織の人材育成―4

 人材育成のために、最も重要なポイントは「自学」をいかに促すのかという点である。前回みたように、人は、「そうせざるを得ない状況に置かれたとき」や「人から評価されたとき」、もっともよく学び、自己変革を遂げる。そのような環境をつくること、自学促進のための状況を現出することこそ、人的資源管理の担当セクションである人事担当の責務である。

自学を促す人事給与システム

図:自学を促す人事給与システム

 
 上の図の様々なシステムが相互に連動しながら、自学を刺激し、能力開発・人材育成へとつながる。今回からはしばらく、これらの諸ツールについて考えてみよう。

自学を促す仕組みージョブ・ローテーション/人事異動
  自学がどのような時に刺激されるのかを考えていったとき、ポイントの一つはジョブ・ローテーションや職務割当の変更である。人は新しい仕事を割り当てられたときに、それにいかに取り組むかを迫られ、従来の経験を踏まえつつ新しい知識や技術を修得しようとするインセンティブが働くとともに、チャレンジ精神が鼓舞され、それに一生懸命取り組もうとすることが多い。
 
 新しい仕事の割当ては、ジョブ・ローテーション/人事異動(両者は同義ではないが、しばらくの間、便宜上同じものとして扱う)による場合と、同一職場内での職務割当の変更による場合とがある。このうち、前者のジョブ・ローテーション/ 人事異動について、まず考えてみよう。
 自治体における人事異動は、おおむね次のような手順で行われてきた。
 まず、人事課による所属ヒアリングが、12月頃はじまる。各所属の人事担当者は、所属内の各原課の課長などから、個々の職員の状況についてヒアリングした結果をとりまとめて、人事課ヒアリングに応じる。その際、昇任対象者、異動対象者のリストが提出される形式をとっている自治体が多い。
  人事課職員は、2月・3月は会議室にこもって人事異動作業に専念する。朝から晩まで、「コマ」(現場では、「タマ」と呼ばれることもある)を動かすことに追われ、(多くの自治体では)人事課職員の残業時間はこの時期、多いところでは月に150時間、200時間になる。つまり、毎晩25時(午前1時)、26時(午前2時)まで働き、土日も出勤するというものである。通常の職場での作業は情報漏洩の可能性があることから、庁舎内の隠れ会議室や、庁舎から距離を置いた共済施設などの会議室を借り上げて作業を行う場合も多い。
  一つのコマ(甲)を動かすためには、甲の後にどのコマ(乙)を持ってくるか、さらに乙の後にどのコマを持ってくるか、というように、いくつものコマを動かさなければならない。いわゆる玉突きで順に重ねていく。
作業が終盤に近づきすべてのコマがうまくはまるとそれで良いが、予期せぬ要素(政治的要素やタマ自身の問題など)が入ってきたりすると、会議室内は戦場に近い状態になる。何とかコマの配置を終えると、異動一覧表を作成し、発令通知書を清書して、ようやく一連の異動作業を終える。
 そして、4月の異動の直前に、異動対象職員に内示が出されるのである。(県庁など、住所の移動を伴う人事異動がある組織においては、内示は比較的早くなされるのが通例であるが、狭域の異動が通例の市役所においては、内示が前日という例も多い。)
  人事課職員は、諸先輩から受け継いできたこのような流れを当然のものと理解し、その「伝統」を守ってきた。ただ、自治体によって、この「伝統」にはかなりの違いがある。管理職異動についてみると,昇任試験制度をとっている自治体は早めにタマを確定できるが,そうでない自治体では,ぎりぎりまで昇任者の決定がずれ込むことも珍しくない。
  一般職員の異動に関してのもっとも大きな違いは、異動を一定の明確なルールに基づいて行っているのか、所属との交渉によって毎年いきあたりばったりでやっているかの違いである。
  かなりの割合の自治体が、後者の方式をとってきた。異動ヒアリングで所属から異動対象としてあがってきた「タマ」を異動対象のコマとしてとらえ、それを空きポストに回す作業を人事課で行ってきたのである。しかしこの方式は、所属原課に情報を秘匿するインセンティブをもたらす。当該職員に関する情報については,原課と人事課との間に情報の非対称性がある。日ごろの働きぶりや種々の能力、対人関係などなど、所属原課は職員に関する種々の情報を有している。原課としては、その課になくてはならない人材をできるだけ抱え込み、いなくても困らない職員を外へ出そうとする。そこで、異動対象リストに優秀な職員を載せずに、そうでない職員を載せることになる。
  人事課サイドとしては、より優秀な職員や、当該課での在職年数が長い職員をリストに載せるように原課を促すが、原課は当該リストに載った職員が「優秀である」と言い張り、また、長期在職者を出せない理由(余人をもって代えがたい、今年は○○という重要案件がある、昨年△△が抜けていまは大変などなど)をいろいろ並べ立てる。人事課は最終的には、所属原課の意向を尊重することになることも多い。
  結局,優秀な職員を手放そうとしない管理職が多いために,優秀な職員ほど当該職場に長くいることになり,そのため他の職場に行く機会を失ってしまう。逆に,能力的にはやや劣る職員があちこち転々としていき,どの仕事も身に付かないという皮肉な事態に陥っている自治体もある。
  そもそも自学を促進するためには、新しい仕事へのローテーションが不可欠である。優秀な職員の同一職場長期在職は当該業務への習熟を意味し、上司にとってはまことに都合がよいが、本人の成長はそこで止まってしまう。例えば新規採用後10年間同じ仕事をさせていれば、次の所属への異動は本人にとってかなりの苦労を伴う。場合によっては職場不適合を起こすことさえある。そこまでいかなくとも、新しい仕事に慣れるためには半年も1年もかかってしまうことになる。つまり、各所属原課が人材育成コストを削減しようとするために、かえって組織全体のための人材が育たないというパラドックスに陥ってしまう。

  霞ヶ関のキャリア官僚の場合、通常、1年前後で職場を転々と変わる。しかし、職場を変わることに慣れているために、着任後2週間程度でほぼどのような業務かについて飲み込み、大臣レクチャーができるまでになっている場合が多い。頭がよいからすぐに理解するというわけでもない。着任後、死に物狂いで当該業務について勉強をしているのである。
  これは、地方へ出向したときも同じである。筆者の知り合いのある自治官僚は、県へ出向が決まってからの2週間、寝る間も惜しんで当該県の諸情勢について学んだという。トイレの中には、県の地図や諸データを貼り、風呂の中ではラミネート加工したシートで覚えたという。夢の中にまで県のデータが出てきたというからその勉強振りは推してしるべしである。知識面で自学自習するとともに、職場ではさまざまな人から熱心にコツや伝統を学ぼうとする。このような学び方をしているために、2ヶ月もいればもうかなり自信を持って議会答弁ができ、1年もいれば相当なベテラン選手になっている。自治官僚の場合、きわめて頻繁な霞ヶ関と地方とのジョブ・ローテーションの過程で、彼らの能力を磨くことが恒常化しているのである。
  地方自治体においても、人材育成の観点に基づいた、計画的なジョブ・ローテーションが是非必要である。塩漬け人事はやめ、少なくとも採用後10年間に3箇所くらいの異なる行政分野(福祉、教育、市民生活、まちづくり・・・・・)を、しかも、異なる部門(窓口、管理、事業部門...)と組み合わせる形で、計画的に経験してもらうことが有益である。
  例えば、入庁時に市民課の窓口に配属された職員を、3年後には教育委員会の管理部門にローテーションし、その3年後には福祉の現場にローテーションする、といったようにである。自治体によって、行政分野のきり方はさまざまであり得るし、また、ローテーションのパターンもさまざまに考えられるだろう。ポイントは、ある一定年限までは定期的に必ず異動を行う、それを計画的に実行するということである。所属原課は優秀な職員を引き止める権限を持たないため、新しい人間が来ることを前提に業務引継ぎ等の改善や、業務内容の改善を図る必要が出てくるが、これは組織全体にとってもプラス方向の改善である。
  このような計画をちゃんと持っていて、それを職員に開示することが、それぞれの職員の自学の刺激にもなっていく。同じ仕事の長期継続は、職員のモチベーションを徐々に下げていってしまう。中学、高校、大学とおおむね3年から4年で大きな環境変化があったのに、市役所に入ったら10年間同じ仕事というのでは、やる気のある職員の芽を摘んでしまう。同じ仕事の継続は自学を促すことにはならない。所属における業務遂行は多少不自由になるかもしれないが、それは業務引継ぎ方法の改善などによってカバーできる場合も多く、組織にとって重要な若手職員の育成を優先すべきであると考えられる。