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第04回2005.07.27

人材育成は入り口から-採用試験の昔と今,そしてこれから(下)

 採用試験に関して,人事課と受験生(およびそれをサポートする公務員試験予備校)との間のいたちごっこが続いていることを前回みた。真剣さという点では,どうやら「受験生+予備校」連合の方に軍配があがるようだということも指摘した。
 では,これからの自治体職員採用は,どのように展開していくことになるのだろうか。今回は,今後の自治体の採用試験を占う意味で,先進自治体で本格的に始まろうとしているプレゼンテーション試験についてみてみよう。
 プレゼンテーション試験は,すでに数年前からいくつかの自治体の経験者採用で導入されているが,ここでは一般の大学卒(見込)者を対象とした行政職採用試験でもスタートした神戸市を取り上げる。

試験内容

 神戸市(大学卒事務)の平成16年度職員採用試験は次の内容で行われた。第1次試験は、教養試験、専門試験、口頭試問(集団面接および個別面接。教養,専門試験の成績上位者のみ対象),第2次試験では、論文試験、口頭試問(個別面接)、プレゼンテーション試験、身体検査からなっている。第1次試験である程度のふるいをかけて口頭試問をしているので,実質的には3次試験まであるといえる。
 第1次試験の個別面接では、若手担当職員と係長クラスがペアで面接官になり、受験生1人に対して10分から15分かけて行われる。また、集団面接では、受験生5人に対して3人~5人が試験官となり、45分から60分かけて行われる。第2次試験の個別面接では、受験生1人に対し3人~5人が試験官となって、20分から30分かけて行われる。第1次試験、第2次試験を通じて、何度も異なる角度から人物を見ていることがわかる。

プレゼンテーション試験

 第1次試験合格者に対しては、合格通知とともに、「プレゼンテーション試験」の課題が送付される。第2次試験受験者は、3つあるテーマ(平成16年度の例では,「交通弱者に席を譲るには」など)のうち1題を選択し、そのテーマに関する対策やアイデアを発表することが求められる。選択したテーマについて10分間の発表の時間が与えられ、その後、試験委員からプレゼンテーションの内容に対する質問が10分程度行われる。プレゼンテーションにおいては、ホワイトボードの使用が認められているが、OHPやパソコンなどの使用は認められない。
 このプレゼンテーション試験は、課題に関する考察力、発表の際の表現力や説明能力をみることに主眼が置かれており、知識量や、発表を行う際の調査の有無・内容は評価の主眼とはならない。また、「課題についていかに独自性のある自由な発想ができるか」を観察するものとされている。
 神戸市ではすでに経験者の採用試験において、プレゼンテーション試験を2002年度から導入していた。それを、2004年度に、メインの試験である新卒を主ターゲットにした大学卒事務・技術職員採用試験に導入したものである。

プレゼンテーション試験のメリット

 前回も指摘したように、種々のマニュアルや予備校で個別面接対策をしてきた受験生は、面接試験ではほぼ完全な挨拶や表情の演出、模範的な応答などが出来るようになっている。一般的な質問のやりとりについては、相当の訓練を積んできている。そういった受験生の中からいかに求める人材像に合致する,柔軟性を有した、積極的で意欲・情熱にあふれ、創造力に富む職員を選抜・採用できるかが、自治体の人事担当部門の重要な責任である。
 神戸市がはじめた「プレゼンテーション試験」においては、まず、受験生の発想やアイデアを見ることができる、また、受験生の一方的な発表を求めるだけではなく、不意をつくような質問に対して、いかに対応できるのか、柔軟な対応ができるのかを見ることができる。個別面接で模範的な応答をしていても、プレゼンテーションの内容がつまらない、あるいは質問に対して的確な応答ができない受験生もいるという。
 思うに、行政現場において求められる能力は、プレゼンテーション試験で問われている能力と近いものが多くある。自治体現場では、マニュアルどおりにはいかない仕事も多い。当該分野に関する知識を有していると言うだけではなく、住民の方々にいかに納得していただけるのかという説明能力、説得力も重要である。住民説明会や出前トークにおいて、予想外の質問が出ても、それに冷静に対応し、答えることができるということが、住民の信頼を得る大きな要素でもある。このプレゼンテーション試験は、それらの能力の有無を、かなりの程度判定することができると考えられる。
 プレゼンテーション試験においては、試験実施側が、課題テーマを作成するに際して種々の回答を予想し、それに対する異なった角度からの質問をあらかじめ用意しておくことが出来る。また、面接官が実際に自治体現場で体験したことや住民から突きつけられた質問を、受験生に向けることも可能である。その際に、どのように応対できるのか、まさに実践的な能力評価が可能になってくる。

分権時代の自治体職員に求められる能力とプレゼンテーション試験

 分権時代の自治体職員に求められる最も重要な能力は,課題を発見し,それを解決する能力である。従来のタイプの「法令や通達を熟知し解釈する能力」,「前例踏襲能力」よりも,地域で生起する種々の問題の要点を把握し,それをどのように解決すればよいかが求められている。その意味からも,プレゼンテーション試験は,実践的な能力を判定する試験へと発展させることが可能である。実は,中央省庁の各省面接では同様のことがなされている場合も多い。人事院の試験をパスした受験生は,志望官庁に缶詰になって,数多くの先輩や人事担当課の人間から,一日中,360度さまざまなことについて考えを聞かれ,質問攻めに合う。この試練にパスした者を各省は採用しているのである。
 前回も指摘したように,一般的な面接試験で通り一遍の質問をする程度では受験生の資質を見抜くことは極めて困難である。数では多い面接官も,面接のプロではない。役職に応じて各職場からかり集められた面接の素人たちである。土俵としては面接の訓練をいくつも受けてきた受験生に有利である。これに対して,プレゼンテーション試験においては,立場が完全に逆転する。予備校の面接訓練を受けてきた程度の受験生と、日々生起している諸課題に何十年も行政現場で対処してきた職員とでは、圧倒的な力の差がある。プレゼンテーション自体は受験生が用意するが、土俵としては試験実施側に有利である。

プレゼンテーション試験のデメリットー手間

 プレゼンテーション試験は、自治体が求める、柔軟性、積極性、意欲・情熱、を見極めうる新しいタイプの試験方法として、大変注目されるところである。もちろん、相当の手間と時間コストがかかるというデメリットもある。しかし、職員一人の採用は、生涯賃金を考えると、2億円から3億円の買い物をするに等しい。B様ならちょうど2億円分の仕事をするにすぎないが,A様ならそれは5億円の価値を生み出してくれるかもしれない。価値を生み出すよりもむしろ自治体にとってのお荷物になるC様を採用すると自治体や住民にとっては悲劇である。採用試験への手間ひまを惜しむべきではない。
皆さんの自治体でも,プレゼンテーション試験を導入してはいかが?