メールマガジン
分権時代の自治体職員
第03回2005.06.22
人材育成は入り口から-採用試験の昔と今,そしてこれから(中)
高度成長期,その後の低成長期を通じて,自治体において「採用試験戦略」というものは,あまり真剣に考えられてこなかった。すでに述べたように(前号参照),ネポティズムの排除=筆記試験の順位重視が大きなウエイトを占めるとともに,「受験生を多く集めれば優秀な人材はおのずと獲得できる」という暗黙の前提があった。
オイルショック後の低成長期には受験生が増え(自治体採用試験受験者総数は1970年の21万人から1978年の58万人にまで一挙に増えた),自治体の人事課は嬉しい悲鳴をあげながら受験生を「捌く(さばく)」事に専念した。採用試験受付後の書類の山の整理に追われ,試験会場の手配をどうするか,試験監督者の手配をどうするか,彼らの昼食の手配をどうするか,当日の受験生の流れをどうするか,2次試験の面接試験官を誰にするか,などなど,実施面に関する問題で走り回った。
バブル経済期には,逆に受験生が急減し(受験者総数は10年で半減し,1989年に30万人になる),受験生確保のために自治体人事担当者は走り回った。採用案内パンフレットの作成をはじめた自治体や学校訪問を強化した自治体も多く,電車の中吊り広告や,なかにはテレビCMを作成した自治体もあった。受験生の負担を軽減するために,選択解答制を導入したり,専門試験科目を(全部または一部)削減したりした自治体もあった。
こういった取り組みの一定の成功と,より端的にはバブル経済崩壊以降のデフレ下で,公務員試験人気に再び火がついた(受験者総数は1995年には65万人になっている)。この時期は,自治体の財政悪化が顕著になっていく時期と重なる。自治体はアウトソーシングなどの手法を用いて,職員総数の抑制に努めるようになり,採用者数は従来に比べてかなり少なくなってきた。受験者数が増える一方採用者数が減少したため,受験倍率は極端に高くなってきた。
倍率が高くなると従来の勉強方法では第1次試験の突破はおぼつかなくなり,予備校が台頭してくる。1980年代前半,司法試験や公認会計士試験の予備校が急激に伸びたが,その後やや過当競争気味になっていた。1990年代に予備校がターゲットを定めたのが「公務員採用試験」であった。司法試験受験層(2万人)よりも,公務員試験受験層(数十万人)の方がマーケットは大きい。受験テクニックに関しては予備校としてこれまで各種資格試験で培ってきたものがある。予備校の公務員試験講座の充実により,受験生の第1次試験突破のための対策は万全になってきた。高倍率下では,多肢選択式の問題に関して予備校で訓練を受けた「成績上位者」が,第1次試験の筆記試験を突破するようになってきた。
では,それで優秀な人材を集めることができるようになったのだろうか。「A様」を多く採用できるようになったのだろうか。もっといえば,「採用者数に占めるA様の割合」は増えたのだろうか。
担当者が気にしていたメルクマールである有名大学出身者は増えたかもしれない。しかし,「A様割合」は,むしろ減少したと嘆く自治体の首長も少なくない。高倍率になればなるほど,訓練を受けた偏差値エリートしか通らない第1次試験になる傾向があるのである。実際,多肢選択式には強いが,「正解のない問題」への対処ができない新規採用職員が増えている。課題発見や課題解決といった,分権時代に求められる能力に欠ける新規採用者が多くみられるようになってきたのである。
さすがに,腰の重い人事課も事態の深刻さを理解し始めた。1990年代半ばからは,第1次試験での選別を緩やかにして,採用予定者の3倍とか4倍の合格者を出し,第2次試験での口述試験を念入りにする自治体が増えてきた。
先進的な自治体では,第1次試験で口述試験をするところも出始めた。また,第1次試験の口述試験で民間の人材コンサルタントや民間企業の人事部長等に面接試験を任せるといった方法をとるところも出始めている。ネポティズムの危険性を回避する目的や,公務部門の50歳代の者が面接官になることへの抵抗感などからである。また,第2次試験の口述試験では,集団面接や個別面接だけではなく,集団討論を取り入れるなど,多様なものを複数組み合わせるのが一般的になりつつある。
このような人物重視の傾向は,2000年前後から多くの自治体で見られるようになってきた。従来のように,「第1次試験の筆記試験で採用予定者の1.2倍から2倍程度に絞って,第2次試験の面接(20分程度の個別面接を1回きり)では殆ど落とさない」といった採用試験を旧態依然として継続している自治体は,現在ではむしろ少数派になりつつある(こういった自治体では偏差値エリートの配属に困っている)。
しかしながら,受験生(さらには,その背後に潜む予備校)側も必死である。受験生にとっては一生の職業がかかっている。「B様」にとっては何よりおいしい職場が手の届くところにあれば,必死に勉強し,面接試験や集団討論の対策もする。予備校にとっても,どれだけの合格者を輩出したかは,「お客様(受験生)」を呼び込むための大きな売りになる。まさに生き残りをかけた戦いである。情報収集に全力を挙げ,多角的な対策を立てる。どのような問題にどのように対処するかはもちろんのこと,自治体別の試験のくせ,採用試験で聞かれること,集団討論の手法などについての情報も,前年度の受験生へのヒアリングなどを通じてかなりの精度で集めている。面接試験や集団討論の特別クラスを用意している。合格可能性の高い受験生は,1次試験を突破した時点で,面接の特訓を無料で行う予備校もあるそうだ。
迎え撃つ自治体側(採用試験実施側)の変化は緩慢である。○○自治体でこんな試験をはじめたらしい,という情報を1,2年遅れで入手して,その後検討をし,取り入れることができるかどうかの稟議をし,「もうしばらく様子をみよう」ということになる。のんびりとしたものである。
受験予備校で面接試験の訓練を重ねてきた受験生たちにとっては、「面接官として一時的に各職場からかり集められた幹部職員」を個別面接で得心させるのは容易なことである。質問がなされれば、自分の得意な分野に引き込んだ上で、あらかじめ用意しておいたパターンシートに沿って受け答えを進める、圧迫面接にはこう対応する、など、マニュアルには細かく書かれており、模擬面接も何度も経験している。また、公務員試験(面接試験)の練習のつもりで民間企業を回る学生も多い。面接官の数の方が多いとしても、土俵としては受験生の側に有利である。
では,自治体側は,この隘路をどのように突破すればよいのであろうか。一部の自治体で経験者を対象としてプレゼンテーション試験が数年前から取り入られてきた。神戸市職員採用試験では,2004年度からそれを一般の大学卒職員採用試験にまで拡大して成果をあげている。次号では,このプレゼンテーション試験を紹介するとともに,近未来の採用試験のあり方について述べたい。
→第1回の掲載内容について、メルマガ読者・馬渕さんからのご意見がありましたので、紹介するとともに、回答したいと思います。
このシリーズでは,「分権時代の自治体職員」「人材育成」というキーワードで,自治体職員のポテンシャルの向上,人材育成について皆さんとともに考えていく予定です。