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第02回2005.05.25

人材育成は入り口から-採用試験の昔と今,そしてこれから(上)

人材育成は,職員の採用から始まっている。貴重な原石を採用し,それに磨きをかけることによって,住民にとってすばらしい働きのできる輝く職員になる。
 自治体の人事担当者が「A様を採用したい」という思いは,昔からあったようにも思われる。しかし,従来は,それを超える他の要素を考慮しなければならない時期が長かった。少し歴史をさかのぼってみよう。
 そもそも,戦前の都道府県レベルにおいては,職員の独自採用のインセンティブは極めて弱かった。官選である知事(戦前は知事は選挙で選ぶものではなく,内務省の高級官吏が務めていた)や主要な部課長はじめ,人材は内務省などの国の省庁の官吏で占められるのが通例であった。町村レベルにおける職員の採用は,通例は,知己を通じて人を探すというのが一般的だった。市レベルにおいてすら,縁故採用がどちらかといえば一般的であった。東京市(昭和18年に東京府と一緒になって現在の「東京都」となるが,それまでは市制が施行されていた)などの大都市においては,吏員採用試験に関するノウハウが蓄積されていたものの,その他の地方団体では,縁故採用が多かったと推測される。
 終戦後,自治体が取り組んだ重要な仕事は戦後復興であった。同時に,戦地から帰還した人々への職の提供も重要な課題であった。新しく市制をスタートした自治体をはじめ,多くの自治体では,自治体内部でそれらの人々への職を提供することも多かった。
 昭和25年に公布された地方公務員法には,任用関係の多くの規定がおかれた。能力実証主義(15条)をはじめとして,競争試験の方法(20条)などに関するものもある。これに基づき大部分の自治体において採用試験が「新たに」開始されたが、自治体の人事担当者は翻訳調の耳慣れない法令用語に戸惑い、人事院やすでに戦前から吏員採用試験を行っていた大都市のアドバイスを受けながら手探り状態で採用試験を実施して行った。
 開始当初は、成績主義イコール筆記試験の順位による登用とほぼ同義に解していた自治体も多かった。国家公務員採用試験の第1次試験においては、多肢選択式の出来不出来によって順位付けがなされていたため、自治体においてもその後、筆記試験優位の採用試験が「科学的」であるとの考え方が一般的になって行ったと思われる。自治体が独自に採用試験を行うようになって以降、筆記試験の得点が最も重視されてきたのは、いうまでもなく、「ネポティズム(情実主義)の排除」が至上命題だったからである。
 昭和30年代(自治体によっては昭和40年代)までは,有力者の影響力を背景とした縁故採用が続いていた場合もあった。高度経済成長の時代においては,優秀な人材は民間企業へ逃げていき,募集が埋まらないこともあったため,縁故採用への批判もあまり強くはなかった。しかし,第一次オイルショックあたりから自治体への応募者は急増し,縁故採用に対する批判も目立つようになってきた。自治体はそれ以降,採用時における「平等取り扱いの原則」「能力実証主義」を貫徹するように努力してきた。こうして,安定成長期における職員採用試験の一般的な傾向が定着していく。
 そこでは,第1次筆記試験の成績が相当重視され、そこでかなりのふるいがかけられる。第1次試験合格者数は最終合格予定者数の1.2倍程度として、第2次試験の口述試験では不合格者は殆ど出さないという採用試験方法をとっていた自治体も多い。口述試験では有力者からの口利きなど恣意的な要素が入りやすく,また,担当者の手間や時間的なコストが膨大なものとなるため、自治体人事部門ではそれを避けようとする配慮も働いてきた。
 この採用試験戦略は,ネポティズム排除という点では大きな功績をもたらした。しかし同時に,貴重な原石を第1次試験でふるい落としてしまうというリスクを冒し続けていた。特にバブル経済崩壊以降,自治体人気が再び急増すると,公務員試験予備校も増え,筆記試験の受験テクニックを磨いた受験生たちの間で,1点をめぐる争いが繰り広げられる。受験倍率も10倍,20倍は当たり前という状態が現出してきた。このような過酷な筆記試験を通過する合格者の中には,受験テクニックは長けているものの,人間味に欠ける者や,住民サービスへの意識が欠如している者などが含まれてしまうようになってきた。配属された部署から人事課への苦情が続く自治体も増えてきた。他方,地域のために貢献しようとボランティアに取り組んできたものの,受験予備校に通っていない学生は,第1次試験で排除されてしまう。
 民間企業では面接試験を第一に重視する。何次にも及ぶ面接を経て,ようやく採用内定者を決定する。国家公務員の採用試験においても、事情は同じである。人事院による採用試験の最終合格は採用内定を意味しない。採用の有無を決定するのは省庁訪問、すなわち各省の採用担当者による面接試験である。朝から夕方まで省庁に缶詰になって,何度も何度も様々な職員による面接を受け続ける。省庁側は,そこで真に必要な人材を何次にも及ぶ面接で絞り込んでいくのである。
 つまり官民含めて職員採用においては面接試験、人物試験が最も重要な判定材料となっているのに,自治体のみが人物試験の比重が小さく、またコストもかけずにすませてきたのである。これでは「A様」の採用や,荒削りの原石の採用はままならない。
 では,これからの自治体は,どのような採用戦略,採用試験戦略をとればよいのであろうか。次号では,多様化しつつある採用試験について,先進事例を踏まえて考えてみよう。
 このシリーズでは,「分権時代の自治体職員」「人材育成」というキーワードで,自治体職員のポテンシャルの向上,人材育成について皆さんとともに考えていく予定です。