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第74回2013.05.29

フランス・ストラスブール・移民史博物館

フランスは、「共和国モデル」に基づいた、独特な移民統合の理念で知られていますが、移民受け入れの歴史がヨーロッパの中で最も長い国でもあります。19世紀後半から移民の受け入れが始まりました。その背景には、ドイツや英国など他の欧州諸国の人口が大きく増加した中で、人口の伸びが緩やかだったことがあります。そして、第一次世界大戦で150万人もの若者を失い、労働力不足に陥った結果、近隣諸国から労働者を受け入れ、1930年頃には外国人の比率が7%に達していました(その後低下)。

 第二次大戦後、「栄光の30年」と呼ばれる高度経済成長期を迎え、再び労働力不足を補うため、近隣や旧植民地の国々と二国間協定を結び、労働者の受け入れを始めました。その結果、外国人の比率は再び上昇し、7%を超えました。

 オイルショック後の1974年に、フランスは外国人労働者の受け入れを停止し、失業した外国人労働者の帰国を奨励しました。しかし、フランス国内の外国人労働者の多くは帰国せずに、家族を呼び寄せたために、外国人は増加を続けました。これ以降1990年代後半まで、新たな移民受け入れの抑制と移民の社会統合がフランスの2つの基本政策となりますが、左派と右派の間で政権交代が起こる度に、外国人の権利の拡大と縮小が繰り返されました。

 象徴的なのが滞在資格のない外国人の滞在を一斉に認めるアムネスティ政策です。1981年、外国人の地方参政権を公約に掲げたミッテラン氏率いる社会党政権が誕生し、オーバーステイなどの外国人12万人のアムネスティを実施しました。アムネスティは、1997年にも8万人に認められました。

 1990年代後半になると、IT技術者の積極的受け入れが始まり、2003年には、移民を選別し、技能や資格をもつ人材を積極的に受け入れる法律が成立しました。同年には、移民の社会統合を推進するため、移民にフランス語と公民教育を行う受入・統合契約の試行も始まりました。

 2005年10月から11月にかけてパリを中心に全国の都市郊外で起きた移民2世等による暴動に衝撃を受けた政府は、2006年に移民の選別と統合を強化する法律を制定し、滞在資格がなくても10年居住すれば滞在許可を与える制度の廃止や家族呼び寄せ要件の厳格化を実施しました。2007年に就任したサルコジ大統領はハンガリー移民2世ですが、出入国管理と社会統合をあわせて所管する移住・統合・国民的アイデンティティ・連帯開発省を設置し、受入・統合契約を義務化するなど、移民政策に力を注ぎました。同省は2010年に廃止され、再び、内務省が出入国管理と社会統合を所管しています。2012年5月、オランド氏率いる社会党政権が誕生しましたが、今のところ、大きな移民政策の変更はないようです。

 筆者は2013年2月にフランス北東部にあるストラスブール市を訪問しました。ストラスブール市は、近世以降、ドイツとフランスが領有権を争ったアルザス地方にあります。欧州評議会や欧州人権裁判所またEUの欧州議会の本会議場を擁し、ベルギーのブリュッセルと共に「欧州の首都」とも呼ばれる都市です。

 ストラスブール市の人口は約30万人で、その14%が外国人です。1992年にフランスの主要都市の中では初めて外国人住民会議(Conseil des Residents Etrangers)を設置しました。2001年に市長が代わり、同会議は一旦廃止されましたが、2008年に就任した現市長は、外国人会議を2009年に再設置しました。2010年には外国人の地方参政権を求める全国的な署名運動を始め、2011年に各地の外国人住民会議の全国ネットワーク(Conseil Francais de la Citoyennete de Residence)を組織し、座長に就きました。

 2013年3月には、パリにあるOECD本部の移民政策担当部門を訪ね、自由時間に市内にある国立移民史博物館(Cite nationale de l'histoire de l'immigration)を訪問しました。筆者が訪ねた移民博物館は、オーストラリア・メルボルン市にある Immigration Museum、米国ニューヨーク市にある Ellis Island Immigration Museumに次いで、3つめとなります。

 この博物館はフランスにおける移民受け入れの歴史を19世紀から現代まで振り返るだけでなく、移民に関する教育や研究、啓発など多様な機能を有する意欲的なものですが、1990年に移民研究者らによって博物館の構想が打ち出され、2000年代前半にシラク大統領(当時)の支持を得て、サルコジ大統領(当時)のもと、2007年に開設されるまで、紆余曲折があったようです。特に、2007年の開設時には、博物館開設の顧問を務めていた研究者らが辞任するという事態も起きています。

 フランスの移民政策は、同化主義的なアプローチとして、否定的に評価されることもありますが、移民をめぐる歴史をフランスの歴史として正面から認めようとするこの試みは、明治期以降、中国や朝鮮から事実上の移民を受け入れた歴史を有する日本にとって参考になるのではないかと思いました。

Conseil des Residents Etrangers de Strasbourg (フランス語)
http://www.cre-strasbourg.fr

Conseil Francais de la Citoyennete de Residence(フランス語)
http://www.cofracir.org/

Cite nationale de l'histoire de l'immigration(フランス語)
http://www.histoire-immigration.fr/