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コラム
執筆者:徳島県小松島市法務監・弁護士 中村 健人
2017.12.26
自治体のコンプライアンス
1.「コンプライアンス」とは何か?
昨今では一般用語ともいえる「コンプライアンス」。
日本語では、「法令遵守」と訳されることが多いようです。
カタカナの説明は難しいですが、漢字を見る限り、「法令を遵守する(守る)こと」といったレベルでの理解は可能です。
とはいえ、法令を守ることがコンプライアンスだ、というのは同語反復に過ぎず、実質的なコンプライアンスの理解にはつながりません。
ある程度コンプライアンスを勉強された方であれば、アメリカのトレッドウェイ委員会支援組織委員会(COSO)が公表した内部統制に関するフレームワークを思い浮かべるかもしれません。
しかし、ちょっと待ってください。
公務員のコンプライアンスは、民間人のそれとは前提が大きく異なるのです。
2.官民における「法令」の違い
突然ですが、「法令遵守」という場合の「法令」の中で、公務員だけが守る必要があり、民間人は守る必要がないものはあるでしょうか。
ぱっと思いつくのは国家公務員法、地方公務員法あたりでしょうか。
実は、公務員だけが守る必要のある、もっと有名な法令があります。
それは、「憲法」です。
「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う。」(憲法99条)とされており、憲法を尊重し擁護する義務を負う者に民間人は含まれていないのです。
その理由を一言でいえば、憲法は権力を縛るための法だから、ということになりますが、ともかく、「法令」について、公務員の場合、民間人と異なり「憲法」が含まれることになります。
3.公務員特有のコンプライアンス規制
「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない。」(憲法第15条第2項)。
このいわば「全体の奉仕者論」から、公務員特有のコンプライアンス規制が導かれることがあります。
たとえば、賄賂をもらって特定の者の便宜を図る行為を処罰する収賄罪(刑法第197条以下)という犯罪類型は、公務員にのみ当てはまるものです。民間企業の社長が、下請会社から金品の贈答を受け、より多くの贈答を行った会社を下請けに起用しても、収賄罪には該当しないのです。
このような公務員と民間人の違いは、民間企業の社長が、社会ではなく会社のことだけ(一部)を考えていれば済むのに対し、公務員は「全体の」奉仕者であって、賄賂を受け取って特定の者(一部)に便宜を図ることは許されないといった形で説明が可能です。
また、公務員特有のコンプライアンス規制の中には、「全体の奉仕者論」に加えて、公務員が憲法尊重擁護義務を負っていることに基づくものもあります。
たとえば、全国のほとんどの自治体で「情報公開条例」が制定されていますが、この条例の根拠について、憲法第21条によって保障されると解されている国民(住民)の「知る権利」を実現するためと説明されることがあります。
このような説明は、住民全体の奉仕者たる公務員が、憲法尊重擁護義務を負っているからこそなされるもので、憲法尊重擁護義務を負わない民間企業が、自ら保有する営業情報を国民(住民)一般に公開するなどといったことは、およそ考えられないことです(そんなお人よしの企業はまず生き残れないでしょう)。
以上のように、公務員のコンプライアンスを考える際には、「憲法尊重擁護義務」と「全体の奉仕者論」という、民間人とは全く異なる前提を踏まえる必要があるのです。
4.「自治体の」コンプライアンス
上述の議論は、国家公務員を含む公務員全般に関わるものでした。
では、地方公務員、つまり自治体のコンプライアンスを検討するにあたり、考慮すべき事項はないでしょうか。
この点については、以下の地方自治法の定めを想起する必要があるでしょう。
「地方公共団体は、住民の福祉の増進を図ることを基本として、地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担うものとする。」(地方自治法第1条の2第1項)。
要するに、地方公務員の使命は、「住民の福祉の増進を図ること」なのです。
結論として、自治体のコンプライアンスとは、これまでの議論を総合して述べるなら、「憲法尊重擁護義務を負う自治体職員が、住民全体への奉仕を通じて、住民の福祉の増進を図ること」であるといえます。
5. 自治体コンプライアンスのこれから
本年(平成29年)6月、地方自治法が改正され、都道府県及び政令指定都市においては、内部統制に関する方針を定め、これに基づき必要な体制を整備する義務が課されることになりました(施行日は平成32年4月1日。なお、市町村においては努力義務)。
ここでいう「内部統制」とは、「担任する事務(中略)の管理及び執行が法令に適合し、かつ、適正に行われることを確保する」(改正地方自治法第150条第1項)ことであり、コンプライアンスを含む概念といえます。
また、今回の法改正には、監査制度の充実強化を内容とするものも含まれており(改正地方自治法第198条の3以下)、今後、自治体によるコンプライアンスへの取り組み姿勢に関する国民の視線は、一段と厳しくなることが予想されます。
そのような中で、本コラムが、漠然とした「法令遵守」ではなく、「自治体のコンプライアンス」に関する具体的イメージをつかむことに少しでもお役に立つことを願って、本コラムの締めくくりとしたいと思います。