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コラム

慶応義塾大学経済学部 教授 植田 浩史

2024.01.24

「中小企業振興基本条例」と中小企業支援

「中小企業振興基本条例」の広がり
 JIAMの「自治体の中小企業支援」(以前は「地域産業のイノベーション」)研修に関わって10年以上がたつ。202311月の研修では参加者が約50名、過去最大になった。北海道から沖縄、中核都市、中小都市、町など参加自治体の地域、規模は多様であった。地域の中小企業や産業の状況は異なるものの、どの自治体も従来以上に中小企業支援への関心を高めている。以前と比べ、若者や女性が多く、多様な視点から中小企業支援が考えられていることを感じた。
 中小企業支援への関心の高まりを示すものとして「中小企業振興基本条例」の広がりがある。「中小企業振興基本条例」(あるいは「中小企業・小規模企業振興基本条例」)とは、地域社会・経済・生活にとって中小企業は重要な存在であり、自治体や中小企業に関わる様々な組織・団体・主体がそれぞれの立場で中小企業を支援するとともに、中小企業自身も真摯な経営と努力を行っていくことを記した理念条例である。1979年に東京都墨田区で制定されたのが嚆矢とされ、墨田区は今日まで自治体の中小企業振興の一つのモデルとなっている。21世紀に入り、自治体の新たな中小企業振興を特徴づけるものとして、条例は大阪府八尾市(2001年)、北海道帯広市(2007年)などで策定された。私自身も条例制定に向けた講演や学習会などで多くの地域を回り、中小企業振興について検討する会議(産業振興会議、円卓会議などと呼ばれる)に参加することも多かった。
 とはいえ、2010年ころまでの条例制定件数は多くて年間10数件程度に過ぎなかった。条例の制定件数が急増するのは15年以降で、17年から19年は毎年100近くの自治体で制定された。20年代に入り、勢いは緩むが、今日739の自治体で条例が制定されている(都道府県47、市区411、町244、村3720231122日時点、中小企業家同友会全国協議会調べ)。23年に研修に参加した自治体にも、条例にもとづいて新たな取り組みを進めている、条例制定後に中小企業振興が新たなステージに入った、と事前レポートで記したところが見られるようになっている。

 地域に即した中小企業支援は必要、だが...
 2015年以降、条例制定が全国で広がったのには、商工会が各地で積極的に取り組んだことなども影響している。しかし、その背景には地域社会・経済・生活の要である中小企業に元気さが欠け、中小企業が地域で求められる課題に対応しきれていないという危機感がある。中小企業の実情は、地域によって異なり、中小企業への対応も地域の実情に合わせて展開しなければならない。中小企業支援は100%応用問題であり、しっかりと問題を読み込み、解決のための式から自分たちで考えないといけない。
 条例は本来、地域が、地域固有の環境と条件の下で、地域独自の状況にあった中小企業支援を図っていくことを目的としている。私が条例の策定に携わった自治体では、こうした点を強調してきたし、制定後も地域独自の中小企業支援を重視している。しかし、実際には条例制定自治体が、地域の状況にあった中小企業支援に積極的かというと、必ずしもそうではない。
 第1に、条例の検討や策定に、地域の中小企業支援に関わる方々や中小企業との協働によって進めるための時間と手間をかけることができなかったことである。
 第2に、最近のコロナ禍対応など緊急支援や国の中小企業支援事業などに市町村の担当者が追われてしまい、地域の状況に合った独自の支援策を考える余裕が失われていたことがある。緊急支援も国のスキームでの中小企業支援も重要であることはもちろんなのだが、それに追われる状態は決して好ましいわけではない。


協働と「パクリ」
 応用問題としての自治体独自の地域の状況に即した中小企業支援をどう進めるべきなのか。私が重視するのは協働と「パクリ」である。
 協働とは、条例で示されているような中小企業支援に関わる様々な団体、組織、機関等々、そして支援される側である中小企業との協働であり、具体的には現場の声を聴き、整理し、議論し、政策に反映していくことである。条例制定自治体には、産業振興会議や円卓会議といった協議体が存在するところが多い。こうした協議体を中小企業支援の協働の場としてどれだけ生かし、新たな中小企業支援策の創造ができるのかが重要である。
 もう一つ、「パクリ」(あまりいい表現ではないが)とは先進的な対応をしている自治体の取り組みを知り、学び、自分の自治体に取り入れていくことである。先進的な事例を知り、学び、取り入れていくことができれば、時間と手間を節約しながら、新しい取り組みを実行できる。但し、「パクリ」は簡単ではない。中小企業支援と地域の中小企業の現状について問題意識を持ち、先進的な事例を意識的に探す努力を常に行っていないとできない。
 条例を生かし、地域の状況にあった中小企業支援を展開していくために協働と「パクリ」を意識的、戦略的に取り組んでいくことを提起したい。