メールマガジン

コラム

観光まちづくりコンサルタント アレクサンダー・スタンコフ

2023.12.27

地域のためのインバウンド観光振興~地域資源を活用・保存・継承する方法~

 コロナ後の観光需要が急回復となった2023年に、観光立国推進閣僚会議により新たな観光立国推進基本計画が決定された。コロナ前とは異なり、本計画において「消費額拡大」、「持続可能な観光」や「地域誘客促進」をキーワードとして、年間の訪日客数のような人数に依存した指標ではなく、より観光の質を向上する施策が強調されている。国の観光戦略が策定された今、各地域が観光立国に向けて何を備えるべきかについて、大まかに3つのポイントを挙げて説明したい。

 1つ目は、現在や将来のトレンドを把握し、自地域に適した資源がないか徹底的に調べてみることである。コロナ前からコト消費が主流だったが、近年はサステナブル観光(注1)、リジェネラティブ観光(注2)、トランスフォーマティブ観光(注3)など各種トレンドが一層拡大した。国内外の旅行者意向調査が簡単に手に入る今、他地域や海外の取り組みを勉強し、自地域の既存資源の新規活用方法や再編による付加価値を創出するべきである。

 2つ目は、従来のインバウンドターゲットの見直しや特定化のことである。ここでは、一部の有識者やマスメディアが強く訴えている富裕層のみの誘客という妄想に囚われないよう、自地域の資源に見合ったターゲットを冷静に特定することが非常に重要である。富裕層の訪日客は言うまでもなく大事なセグメントだが、一セグメントに過ぎず、持続可能な観光振興に向けて主な手段でも目標でもない。世界の富裕層は多岐に渡り、市場により行動パターンや消費額が大きく変動する。いくら消費額の単価が高くても、それぞれの地域で、地域が潤うようなインフラの整備(ハード面)や想像を超える唯一無二のコンテンツ・サービス(ソフト面)を提供するのは現実的でなく、結果的に富裕層からの富が一部の地域に集中し、残りは完全に度外視されることになる。マスツーリズムに例えると、魅力がわかりやすい東京や京都だけに観光客を呼び込むことと同じで、富裕層に集中しすぎると全体的な消費額は拡大するものの、観光の分散化や各地の地域活性化につながらないだろう。

 ここに新たなターゲットにすべき層として提案したいのは、いわゆるSIT (Special Interest Traveler、特定の分野に興味ある旅行者)である。特徴として、旅行者の収入や全体的な観光消費額によりセグメンテーションするのではなく、興味や志向に見合った観光行動に対する消費を欲し、富裕層でなくても個人の興味分野に合う価値あるコンテンツに対し他の旅行者より大きく消費することである。殆どのSITeducated traveler(旅慣れた旅行者)で、文化・歴史的背景を学ぶことや異文化交流に重きをおく。スキー、伝統工芸、アニメ、巡礼、芸術など、趣味嗜好が多岐にわたり、自己ニーズにマッチしたコンテンツへの投資を惜しまないターゲットである。日本の各地域に独特な観光資源があるため、国籍および消費レベルを基準にターゲットを細分化するのではなく、その独特な資源に付加価値を付け、国籍・属性を超えるSITという特定したコアファンに訴求すべきである。

 3つ目は、観光コンテンツに付加価値をつけ、サービスを向上させることである。観光商品の付加価値化について様々な考え方があるが、ここに提案したいのは、ストーリーと差別化という2つのキーワードである。どんな地域のコンテンツにも魅力的なストーリーが必ず背景に存在するため、ターゲットのニーズに応じ感動を起こさせるストーリーを正しく伝えることが基本である。例えば、岐阜市の長良川鵜飼をただ見るだけでなく、鵜匠と会い、1300年の歴史を持つ伝統漁法がいかに長良川周辺の生活を形成してきたというストーリーを直接聞くことが挙げられる。更に、同域内または隣接エリアの類似体験と差別化するのも重要で、よりディープなものや非公開の資源を活用して体験内容を豊かにする、特典を付けるなど、目立つような商品になるよう差別化を図るのも必須である。

 サービスの向上に関し、運営面での工夫や磨き上げがいくつか挙げられる。例えば、多言語ツール(翻訳機、指差しシート、イラスト付き体験説明書など)の導入で多言語対応の強化、旅行中の予定変更にも対応できるようキャンセルポリシー適用期間や予約手仕舞い(締切)日の短縮化、魅力的な画像や動画の活用などで旅中のニーズに合うようなサービスが整えば、観光商品としての価値も上がり、その分を価格に転嫁できるようになる。

 以上、3つのポイントで国の目標に向けて取り組むべき対策の提案を挙げたが、他にも地域ごとの課題がたくさんある。いずれの場合も、観光振興に取り掛かる前に、まずはだれのための観光振興になるかを明確にイメージするべきである。例えば、話題となっているサステナブル観光は環境保護の文脈のみで使用されると誤解されるが、実際は受け入れコミュニティの社会文化や経済を守るのがより一層重要である。今後の観光振興の動きには、地元のコミュニティに焦点を当て、地元住民こそ地域の本当の宝物であるという認識を旅行者に持っていただけるよう具体的な企画を立てるべきである。


Alexander Stankov ブルガリア出身。在日13年以上。観光まちづくりコンサルタント。

2006年初来日。1年間の留学経験を経て、2011年に再び来日し、東京大学大学院学際情報学府卒業。2回とも日本政府の国費留学生制度の恩恵を受け、恩返しのためインバウンド観光宣伝を軸に大好きな日本地方の活性化に貢献できる事業に就任。47都道府県全てに足を運び、日本全国の魅力を知り尽くしている。その地域が持つ魅力を、外国人目線かつ他の地域との横比較して発掘できることが強み。中央省庁を始め、地域行政や観光まちづくり法人(DMO)に対して、付加価値の高い持続可能な旅行商品の開発企画や、外国人旅行者へのサービス向上についてアドバイスを提供。過去9年以上、日本各地で付加価値が高いユニークな旅行商品を数多く企画し、地域事業者が国際市場に向けて魅力的な観光コンテンツを販売するお手伝いをしてきた。


注1 サステナブル観光:持続可能な観光。国連世界観光機関(UNWTO)の定義によると、「訪問客、業界、環境および訪問客を受け入れるコミュニティーのニーズに対応しつつ、現在および将来の経済、社会、環境への影響を十分に考慮する観光」。

注2 リジェネラティブ観光:再生型観光。資源の保護のみではなく、更に新たな価値を創出する観光。

注3 トランスフォーマティブ観光:個々のニーズに応じた自己変革を促進する観光。