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コラム
執筆者:関西学院大学専門職大学院経営戦略研究科教授 稲沢 克祐
2017.11.17
デジャビュ(既視体験)としての行政経営改革(上)-PFIなどの市場化への示唆-
1990年代後半から、自治体では、PFIや行政評価など、これまでの視点とは異なる行政改革が進められてきています。その行政改革は、民間企業の経営理念や手法、資源を行政の刷新のために導入していくという、「企業」、「経営」がキーワードになる手法に象徴されるものです。この時期、行政経営という言葉も生まれました。皆さんの自治体にも、「行政経営改革大綱」、「行政経営課」などの名称があるのではないでしょうか。実は、私にとって、行政経営はデジャビュなのです。
いきなりデジャビュという言葉ですが、その意味は、「初めて出会う風景や経験だけれども、過去に出会った記憶がある」ということで、「既視体験」と訳されています。言葉の音の響きや意味の神秘さから追想をしてみたり・・・などと柄にもないことを書くのが目的ではありません。前回のコラム(本年9月第171号)では、私が1995年~97年の2年間、群馬県庁から自治体国際化協会ロンドン事務所に派遣された時のこと、特に英国赴任直後の経験を書きました。今回は、英国赴任を終えて帰国した時の実感として、私のデジャビュとなった経験のうち、2つを思い起こしてみます。一つはPFI、もう一つは、スコットランドの自治体構造改革です。今回のコラムでは、一つ目のPFIについて回想してみましょう。自治体構造改革は来年1月に掲載の予定です。
PFIは日本の自治体でも1990年代後半から取組みが始まり、今では、人口20万人以上の都市、都道府県で導入検討が促進され、20万人未満の都市にも促進の動きが拡大するまでになりました。このPFIは1992年に英国で誕生し、その目的は公共投資手法の抜本的改革でした。
私がPFIに出会ったのは、1996年春のことです。「PFIという民間資金調達手法について、日本の関心が高まるだろうから、その内容を調べてください」との上司の指示を受けて、英国の文献を調べ始めたのです・・・が、さっぱりわかりません。「道路や学校などを、民間企業が資金の調達から、設計、建設、維持管理の一連を担う手法」、「公共部門は、これまでのように道路や学校といった資産を購入するのではなく、購入するのは、民間企業が取得し運営する当該資産から得られる良好な質の公共サービスである」との説明。今では、すっきりと入ってくる説明も、当時は、???の連続でした。まず引っかかったのは、「民間企業が資金調達」の箇所に「地方債の金利の方が民間企業の借入金利よりも低いだろう?」の疑問符。それと「民間企業が取得し運営する道路・学校」の箇所に「行政財産を民間企業が取得して運営?」の疑問符です。
こうした疑問符の連続を解くため、自治体職員向けの1日研修に参加するという無謀な行動に出ます。参加者は当然のことながら英国の自治体職員ですから、昼食時(こうした終日研修では昼食と午後の紅茶が会場で供されることもあります)には、珍しい参加者にたくさんの方々が話しかけてきました。「日本にもこうした手法はあるのか?」との問い。こちらからは「英国の自治体では、導入が進んでいるのか?」の問い。どちらの答えも「No」だったのは、今の日英の姿を見ると隔世の感があります。研修会の後に感じたのは、手法の大いなる「可能性」とともに、日本の地方行財政制度との「違和感」でした。PFIは、その後、日英の自治体間で採用例が増えていきます。それは、どちらの国も、制度導入のための障害、つまり先ほどの「違和感」を克服し、「可能性」が注目されるようになったことの証です。日本では1999年のPFI法(民間資金等の活用による公共施設等の整備の促進に関する法律)の成立から2013年以降のPPP/PFI推進アクションプランを経て、今では、空港や上下水道などに見られる「運営権売却方式」などのPFI概念の拡張的手法まで導入が進んできました。
こうした中で今、思うことは、導入が進めば進むほど、初心に帰る時が来ているということです。初心とは、PFIが届ける「良好な質の公共サービス」を、どのように確証していくかということです。まず選定段階では、公共サービスの質の確保・向上を目指す手法について、その優越性と実現可能性の提案をどう評価するのか。契約段階では、契約内容に計測可能な質が記載されているか。実施段階では、どのように、その質をモニタリングしていくのか。さらに実施期間中、質が低下してきた場合はどうするのか。
こうした視点は、PFI以外の市場化手法に全て共通する視点でしょう。他の市場化手法とは、体育館などの公の施設に導入されている指定管理者制度や、水道事業や庁舎管理などの包括的業務委託、そして、これまでの業務委託などです。さらに、これらの手法について、公共サービスの質の視点とともに官民の在り方を考えてみるということも、今こそ、必要な「初心」です。
初心に帰るために、英国での経験から示唆されるのは、たとえば、モニタリング・評価に当たる職員の評価技術の養成です。これは、各自治体などで充実した職員研修を実施していくことが求められます。さらに、評価技術の引継ぎと蓄積を体系的に行うことです。また、自治体の類似事例をデータベース化することによって、公共サービスの質を測定する評価指標を検討でき、目標値の設定もしやすくなります。
さて、もう一度、英国の経験に戻れば、極端な経費削減を目的とした一部の市場化が公共サービスの質を低下させてしまったということまで、デジャビュであって欲しくはありません。市場化が進展してきている今こそ、その岐路にあることの自覚が大切なのではないでしょうか。