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コラム

獨協大学法学部 教授 大谷 基道

2023.08.30

これからの自治体人材マネジメント~優秀な人材を確保するために~

 人口減少が進む我が国では、近い将来、労働力の絶対量が大きく不足すると言われている。自治体も例外ではなく、今以上に少数精鋭の職員による運営を余儀なくされるであろう。そしてその結果、職員一人ひとりの資質・能力が現在よりも高い水準で求められるようになるため、職員の採用や育成が極めて重要になると考えられる。
 自治体の採用試験の受験者数及び平均競争率は、近年、右肩下がりの状況にあり、採用予定人数を確保できていない自治体も珍しくない。そこで受験のハードルを下げて多くの人に受験してもらおうと、従来の教養試験・専門試験に代えてSPI等の適性試験を導入し、面接、集団討論、プレゼンテーション等と組み合わせて選抜する、いわば民間型の採用試験に切り替える自治体が急増している。そのような自治体では、受験者数の増加が見られる一方で、合格者の資質・能力については必ずしも満足できるレベルに達していないところも少なくないようである。
 その主な原因は、受験のハードルを下げて気軽に受験できるようにした結果、公務への思い入れが弱い者、勤務条件のみに惹かれた者など、「自治体が求める人物像に合致しない人物」の受験も増えてしまい、選抜段階でそれを見抜けずに採用してしまったことにある。本来であれば、求める人物像はもちろん、勤務条件や職場環境なども含め、良い面だけでなく悪い面も含めて正確な情報を提供し、求める人物像に合致しない人物が受験を回避するような状況を作っておく必要があるのに、十分な対策を講じてこなかった結果、このような状況を招いてしまったと思われる。
 そもそも、「求める人物像」を募集選考活動に耐えられるほど具体的に定めている自治体はまだまだ少ない。自治体の人事当局は「優秀な人物を採用したい」と言うが、「優秀な人物」とは具体的にどのような資質・能力を持った人物なのか。また、そのような人物を採用するにはどのような選抜手法が最適なのか。そういったことが明確になっていなければ、「優秀な人物」を採用できるはずがない。
 近年、自治体人事行政の分野でも「人材マネジメント」の考え方が注目を集めており、総務省もその導入を推進している。同省の研究会の報告書によれば、人材マネジメントとは、「組織理念の実現に向けて、組織目標を達成するために、職員の能力を最大限に引き出し、発揮させ、職員の成長が組織力の向上につながるよう、人材の確保、育成、評価、配置、処遇等を戦略的に実施すること」であるとされる。つまり、人材はあくまで経営資源の1つに過ぎず、自治体経営の全体方針がまずあって、それを達成するにはどのような人材をどのように確保・育成・活用するか、というように考えていくべきなのである。
 「求める人物像」が明確かつ具体的に示されなければ、採用のみならず、育成や人事評価にも影響が及ぶ。どのような人物を目指すのかによって育成方法も変わってくるし、人事評価の評価基準も変わってくる。また、人事評価の結果は給与、昇進に反映されるし、育成、配置にも活用される。採用の強化を図るには、魅力を高めるため、働き方の改善や給与の見直しも検討する必要があるだろう。このように、人事諸施策は互いに密接に関連しており、断片的な見直しではどこかに歪みが生じてしまう。
 愛知県豊田市では、評価、採用・配置、能力開発、報酬の4分野の人事施策を関連づけた「トータル人事システム」を展開している。例えば、人事評価については、若いうちは評価結果を育成に活用し、中堅以降は処遇に反映するというように、対応に差を設けている。また、配置と能力開発(育成)についても、単にジョブローテーションで様々な職場を経験させるだけでなく、各職場でどのような業務を経験したのかを「経歴管理台帳」に記録して可視化している。この情報は、異動の際に人事担当課から新所属の長に提示され、新所属でどのような業務経験を積ませてほしいかを伝えるために用いられたり、ジョブリクエスト制度と呼ばれる庁内公募制の選考時にも活用されたりするという。
 優秀な人材を確保するためには、採用あるいは育成に関する施策を別々に見直せば済むわけではない。自治体の現場から「近頃の新人は法律もろくに読めない」といった不満が聞こえてくることがあるが、専門試験を廃止して法律の知識を問うていないのであれば、法律が読めないのは当然である。法律の知識が必要なら、採用後に研修を受けさせれば良いのだが、採用手法を見直すだけでそれが育成にどのような影響を及ぼすかを考慮していないから、このような不満が出てくるのである。
 今後、人事施策を見直す際には、人材マネジメントの考え方を踏まえ、組織目標に沿った「求める人物像」を明確かつ具体的に定めた上で、俯瞰的な視野に立って総合的かつ戦略的に検討すべきことを強く意識する必要があるだろう。