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コラム
観光レジリエンス研究所代表 髙松 正人
2023.06.28
観光地の危機コミュニケーション ~危機・災害発生時、危機後の復興に向けた情報発信のポイント~
風水害や地震等の自然災害や事故・事件等の災害、感染症等が発生すると、旅行者や観光地・観光関連事業者がさまざまな影響を受けます。そんなとき、観光へのマイナス影響を最小化するための「危機コミュニケーション」として、何をしたらよいでしょうか?
まず、危機・災害で影響を受けた地域にいる旅行者・観光客等の不安を解消し、現場の被害や混乱を最小限にとどめるための情報提供・発信が必要です。また、風評によるその後の旅行見合わせ等による経済的影響を抑止するために、危機・災害で影響を受けた地域に旅行を予定している旅行者や関係者向けに正確な情報発信を行うことが大切です。
さて、あなたの地域の観光地では、こうした危機コミュニケーションの備えができているか、以下の質問で確認してみてください。
1.観光に影響のある危機・災害時に、どこにいる、どのような人が、どのような情報を必要としているか、あなたの組織内で理解・共有されていますか?
2.危機・災害時に必要な情報は、どのような方法で、どこから収集できるか確認できていますか?
3.危機・災害時の観光に関する地域からの情報発信窓口は、どこかの組織に一本化されていますか?
4.危機・災害時の観光に関する広報対応は、どの組織のだれが行うか決まっていますか?
5.災害・危機発生時の情報収集・情報発信の訓練を実施していますか?
この5つの質問すべてに「はい」と答えられた地域は、観光における危機コミュニケーションの備えがかなりしっかりできています。危機や災害が起きても、必要な情報を迅速に収集し、地域内の旅行者や市場に対して的確に情報提供・発信できるでしょう。いずれかの答えが「いいえ」であれば、そこが危機コミュニケーションの弱点です。その点を中心に備えを見直してみましょう。
どのような危機・災害の場面で、だれに対して、どのようなコミュニケーションが有効か、もう少し具体的に考えてみましょう。
1.危機発生が間近に予想されるとき
台風や大雨等で大きな影響が予想される時や、水害や土砂災害のリスクが高まり、警戒レベル防災情報が発表された時などを思い起こしてください。
この場面で必要なのは、外国人を含む旅行者・観光客に適切な安全確保の行動を促す情報を提供することです。気象情報や自治体の発表する災害警戒レベル情報をそのまま提供しただけでは、土地勘のない旅行者、とりわけ外国人旅行者は、どうしたら安全が確保できるのかわからないかもしれません。
ですから「警戒レベル4、避難指示が発令されました。危険な場所から全員避難してください。」という防災情報を、旅行者のいる場所や建物の構造等を考慮して、「浸水の恐れがあるので、この建物の4階以上に避難します。」のような安全確保行動を促す情報に「翻訳」できるようにしておきましょう。
危機発生が間近に予想される時は、交通機関の(計画)運休・遅延、道路閉鎖や観光施設等の臨時休業などが行われることがあります。旅行者にとって重要かつ切実なこうした情報を、正確に、わかりやすく提供できるよう準備しておきます。必要に応じて、早期の帰宅や移動を促したり、屋外での観光行動を取りやめるよう助言します。
2.災害が(突発的に)発生したとき
地域内にいる旅行者・観光客が、自分自身の安全を確保できるようコミュニケーションします。たとえば大きな地震の揺れを感じた時や緊急地震速報が出た時は、地震であること、体を低くし、落下物から頭を保護し、揺れが収まるまでその場にとどまるよう指示します。日本人であれば、幼い時から防災訓練をしているので、地震時にはテーブルの下に身を隠すなど、安全確保の行動が取れますが、地震を経験したことのない外国人旅行者は、どうしていいかわからずパニックになってしまうでしょう。
「DROP!(体を低くして)COVER!(頭を守り)HOLD ON!(動かない)」の3つの言葉(シェイクアウト)は、全世界共通に使われている地震時の安全確保の呼びかけです。こうしたことばが観光の現場で確実に伝えられるようにしておくことが、外国人を含む旅行者の安全と安心につながります。
3.危機・災害後
危機・災害が発生した後は、危機コミュニケーションの本番です。
地域内にいる旅行者・観光客には、避難や一時滞在ができる安全な場所とそこへの行き方等の情報を提供します。外国人を含む観光客を市町村の指定避難所に受け入れられるかどうかも考慮して、避難場所等を案内します。
災害に伴う交通障害で、移動や帰宅ができなくなった旅行者・観光客が一番知りたいのは、いつ、どのような方法で、ここから移動、帰宅、帰国できるかです。交通に関する最新の情報を提供することが求められます。
地域への旅行を計画している人や旅行業者等は、危機・災害後の現地の状況が知りたいでしょう。被害の状況はマスコミ等を通じて繰り返し詳細に報道されますが、この観光地では被害は小さく、宿泊施設も観光施設も営業を継続している、という類の情報はメディアがなかなか取り上げません。危機・災害によって影響を受けた地域では、地域内の観光・宿泊施設の営業状況や交通・道路情報等をすばやく収集し、市場に提供することが、その後の「風評」や旅行自粛による経済被害の防止につながります。
海外の旅行市場への情報発信の際は、日本の地理に疎い人が少なくないことを念頭に、誤解や風評を招かないわかりやすい表現を心がけましょう。たとえば、熊本で大きな地震があった、という報道に接した海外市場の人々は、鹿児島や長崎、さらには西日本全体が観光できる状況でなくなっていると思い込むかもしれません。(実際に2016年の熊本地震の際、そのような誤解・風評があり、九州全体のインバウンドが落ち込みました)。こうした時は、地図を使って情報提供することも有効です。
4.災害・危機からの復興
災害や危機からの観光復興マーケティングでは、「当地はほぼ通常の状態に戻っており、現在、観光客の皆さんは、いつも通り観光を楽しんでいる」を市場に伝えることが何よりも大切です。災害時の報道やその後のインターネット上の被害状況などの情報は、現地の状況が回復しても、人々の脳裏やインターネット上のアーカイブとして残っています。そのイメージを払しょくしないと、観光客はなかなか戻ってきません。
行政やDMOなどが、災害から回復した現地の状況を画像や動画などを交えて伝えることが基本ですが、それに加えて、実際に現地に来てくださった観光客が、災害前と同じように観光を楽しんでいる様子を、観光客本人がSNSなどに投稿すると説得力が格段に上がります。観光復興応援アカウントなどを作って、投稿を促すのもよいでしょう。
このような危機・災害発生時、危機後の復興に向けた情報発信を確実に、効果的に行うためには、平常時からの備えが不可欠です。非常時を想定した情報発信の「テンプレート」を作っておくことや、地域における危機コミュニケーションの体制や役割分担を決めておくこと、必要な情報の収集先をリスト化しておくことなど。そしてもう一つ重要なのは、いざという時を想定して、危機コミュニケーションのシミュレーションや訓練をしておくことです。「訓練したことはできる、訓練したことしかできない」は災害対応の基本です。