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コラム

明治大学 農学部 教授 小田切 徳美

2023.05.24

プロセス重視の地域づくり

 地域では、住民を主体とする様々なプロジェクトが進んでいます。
 たとえば、地域運営組織(RMO)づくりです。最新の総務省の調査結果では、全国に7207組織も存在し、49%の市町村に見られます。このような広がりもあり、設立やその後の運営のプロセスに関して、いくつかの教訓と議論が生まれています。
 第1に、設立プロセスにかかわり、「時間はコストではなく投資」であるという考え方が重視され始めています。地域運営組織の設立を自治体が主導する場合、時には「年度計画」で進められることがあります。そのため、設立に向けた地域の話し合いが、補助金の申請期限などを理由に十分に行われず、いわば見切り発車でスタートされることがあります。その結果、組織の運営に地域住民の内発的な意志が十分に活かされず、行政の思惑とは逆に、住民サイドに「やらされ感」が生まれてしまうという傾向が一部の地域にありました。そのようなことから、むしろ、スタートの時には時間を区切らず、また補助金を理由に住民を追い立てることもなく、「じっくりと時間をかけることが将来的に大きな成果につながる」という話を聞くことができます。つまり、「かかる時間は投資」だという意識が広がり始めているのです。
 第2に、組織づくりの目的にかかわり、「課題解決より主体形成を」という議論の登場です。これは、上村靖司氏(長岡科学技術大学教授、雪氷工学)による、豪雪地域での除雪対策の実践サポートの積み重ねの中で生まれたものであり、強いリアリティがあります(上村靖司等『雪かきで地域が育つ』(コモンズ、2018年))。上村氏は言います。「過疎化・高齢化・人口流出のように、唯一の正解がなく、かつ主体が住民である課題に対しては、他人事でなく自分事であるという認識がないかぎり、前には進みません」。そこで、①課題の顕在化→②課題の自分事化→③課題の本質の理解→④課題に向き合える主体の形成というサイクルの重要性が主張されています。もちろん、課題解決という目的を否定している訳ではありませんが、それを急ぎ、主体形成のプロセスを軽んじる対応への警鐘が意識されています。
 そして、第3に、「多様な主体の協働重視」という考え方です。ごく一部でしょうが、国や県の政策担当者の中には、現場におけるプロセスや地域の時間軸を意識せず、政策が実施されれば、地域は自動的に変わるものと思う方がいます。そうなると、本来はいろいろな主体が関わりを持ち協働するプロセスを見るべきなのに、視野に入るのは政策のみとなり、逆に政策への依存傾向が強まります。ポリシーメーカーの政策に対する思い込みが、本来の多様な主体の協働の場を奪ってしまうとも言えます。そのために、そのような協働の場とプロセスを、今まで以上に重視しようという主張です。
 以上3点は、地域運営組織のみではなく、ほとんどの地域づくりに当てはまる内容とも言えます。このような、結果を出すことだけではなく、プロセスそのものに価値を置く考え方を、企業のプロジェクトマネジメントではプロセスデザインと呼んでいます。
 筆者がこのプロセスデザインの重要性を実感したのは、新潟県中越地方で論じられている集落再生の「足し算・かけ算のプロセス」という議論に接してからでした。詳細はまとまった著作(たとえば、稲垣文彦他著『震災復興が語る農山村再生』(コモンズ、2014年)に譲りますが、ひとことで言えば、2004年の中越地震の被災から復興する集落は2段階の変化を示し、それに対応して、外部からの関わりも、足し算-かけ算という異なるステージが必要であるというものでした。
 前者は、復興支援の取り組みの中で、コツコツとした積み重ねを重視するものであり、それはあたかも足し算のような作業であるとされています。例えば、住民(被災者)の悩み、嘆きと小さな希望を丁寧に聞き取り、「やっぱりこの地域で頑張りたい」という思いを掘り起こすような過程を指しています。予想されるように、ここには華々しい成果もスピード感のある展開もありませんが、中越地方における実践経験からは、被災後の数ヶ月から数年はこのタイプの対応が必要だったと言われています。
 それに対して、後者の「掛け算のプロセス」は、具体的な事業導入を伴うもので、足し算の時期を基盤として、「物を作る」「ゲストをよぶ」という形で短期間に形になるものです。取り組みのすべてが成功するわけではありませんが、あたかも掛け算の繰り返しのように、大きく飛躍する可能性もあります。
 この二つの段階の峻別の重要さは、現場では次のような比喩で語られています。「マイナスの領域で『掛け算』をしてはいけない。数学で学んだように、符号がマイナスの時に『掛け算』をすれば、負の数が拡大してしまう」。これは、復興支援とは、まずは被災した人々に対して、寄り添うような対応が重要であり、それをせずに、いきなりプロジェクトを仕掛けてしまうとむしろ地域は混乱し、衰退がより加速化する可能性さえあることを教訓化した言葉です。これも地域づくり一般に当てはまると言えそうです。
 KPIを意識して、「成果」という結果だけを気にする考え方ではなく、ここで論じた「時間はコストではなく投資」「課題解決より主体形成を」「多様な主体の協働重視」を含めて、プロセス重視の発想やそれを計画に取り入れる「プロセスデザイン」の具体化を、自治体はさらに意識しても良いように思います。