メールマガジン

コラム

新潟大学副学長・経済科学部教授 宍戸邦久

2022.08.24

地方議員と政策法務―条例立案演習に携わって―

 筆者は、数年前よりJIAMで市町村議会議員を対象とした政策法務に関する研修を担当している。その中では主として条例立案に際しての留意点などを話し、また、実際に受講者の皆さんには少人数のグループに分かれて条例案の作成に携わってもらいながら、要綱や逐条解説の準備など条例案作成の作業やそれを通しての勘所を経験してもらっている。以下ではこれらの研修で筆者が感じた点を述べる。
 まず感じるのは、全国から集う市町村議会議員の皆さんが、真摯な態度で研修に臨まれていることである。機関委任事務の廃止とそれに伴う自治事務・法定受託事務への事務区分の見直し、義務付け・枠付けの見直し、事務権限の移譲などの「平成時代の地方分権改革」を受けて、地方団体の条例制定権の範囲は大幅に拡大した。これにより、議会の現場でも執行部から提案される条例案の審査の機会も格段に増えたであろう。また、二元代表制の一翼を担う地方議会としても政策形成能力の向上が期待されていることから、執行部からの条例案の提案に向こうを張るように、議員による条例案の提出の動きも見られている。実際、筆者も新潟県内の自治体からの要請を受けて、議員提出条例案のブラッシュアップや逐条解説の作成などでアドバイスをする機会も増えており、議論を通しての議員の皆さんの「熱い思い」に触れることもしばしばある。また、そのような条例の制定後は、公民館やコミュニティセンターなどを会場に、党派を超えて住民に丁寧に説明する場を設けて周知を図っている事例なども見聞する。このような動きは、「日頃は何をしているか住民からは見えにくい」と揶揄されがちな地方議員の側に起きた新たなうねりと見ることもできる。このような機運の中での研修は、市町村議会議員の皆さんの熱い思いも受けて、まさに熱気を帯びていることを感じている。
 もちろん、そこで議論されていること全てが手放しに喜べるものとは言い難いこともある。筆者の視点からは、条例の目的を踏まえると対象が外れているのではないか、条例案全体を見渡した時に前半と後半とで不都合が生じるのではないか、などの「?」もなくはない。ただ、それを事前に解消して本番たる自らが所属する地方団体での提案において遜色のない条例案を用意できれば、まさに研修としての意味があるのであって、今後とも前向きに期待されるものである。
 今後このような地方議員による条例立案演習の機会は広く増えていくのではないかと思われるが、更なる内容の充実を図るために次の2点を押さえておく必要があるのではないかと考える。
 まず1点目としては「立法事実の確かな検証」である。立法事実とは、条例の必要性、合理性を基礎づけるような社会的、経済的、政治的な事実のことである。具体的には、害悪などの解決すべき課題であったり事件であったり、これまでの対応での限界であったりする「条例の必要性・正当性を裏付ける事実」と、科学的な知見や目的と手法とのバランスがあるといった「法的妥当性(合憲性・適法性を裏付ける事実)」からなる。前者では、なぜ地方団体が限られた経営資源の中で条例を制定してまで対応する必要があるか、また、それは正当か、といった検討が必要になる。後者においては、法的秩序への配慮や条例の内容が法体系全体の中で妥当性をもっているかどうかといった検討が求められる。この立法事実の検証をしっかりと固めていないと、ともすると(〇〇〇乾杯条例等で見られるように)「他の地方団体も制定しているから」などといったブームに流されて勢いで制定してしまい、制定後暫くすると(立法事実を押さえておかなかったばかりに)守られない、忘れ去られてしまう条例に成り下がってしまいかねなくなる(筆者はこのような条例を「フワフワ条例」と呼んでいる。)。この場合、条例というのは「遵守されてナンボ、守られて・守ってもらうことこそ条例」であり、最初から守ってもらわなくても構わないなどという姿勢は厳に慎むべきである(そのような姿勢では、結局は住民もその地方団体の言うことに耳を傾けなくなる。)。
 2点目としては「解釈法務の充実」である。そもそも「法務」の言葉には、条例を制定する「立法法務」の他にも、既存の法令や条例を解釈・運用する「解釈法務」、自ら興した訴訟や住民等から起こされた訴訟に対応する「訴訟法務」、国等に対して提言を行う際の法的な理論武装を行う「政策提言法務」などおよそ法的な観点を持つ仕事全般の意味がある。この中でも、事務事業に携わる職員(執行部)に一番身近な法務は、解釈法務であろう。確かに議員は事務を執行する立場にはないものの、条例を制定する立場にある者が条例の解釈やそれを前提とした運用をも視野に立案することは、条例の制定後も予測しながら条例の確かな遵守・執行に十分資するものと考える。のみならず、執行部提案の条例案審議においても、複眼的に様々な面からの審査やチェックが可能となり、議会の活性化にもつながるものと考えられる。今後の地方議員の政策法務研修においては、条例立案に加えて、例えば類推解釈と反対解釈の使い方など解釈法務の手法についても研修の機会を増やしていくべきではないか、と考える。
 議会改革の必要性が叫ばれて久しいが、現時点においては道半ばの観もなくはないと思われる。更なる地方議員の活躍のためにも、まずは政策法務力の充実強化が肝要であると思う次第である。