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コラム

特定非営利活動法人里地里山問題研究所(さともん) 代表理事 鈴木克哉

2022.07.27

「獣がい対策によるソーシャル・イノベーション―多様な人材で価値の転換を図る―」

 多くの農村を悩ます深刻な「獣害」。しかしながら、獣害を逆手にとった施策で地域に人が集まり、やりがい・生きがいが生まれ、収入も増加する― そんな方法があるとしたら、農村を救うソーシャル・イノベーションとなるのではないか。こうしたモデルを創り全国に拡げていくために、2015年にさともんは丹波篠山市に設立されました。

1. 「ジビエ」モデルの限界
 「獣害」を逆手にとって「地域活性化」を図る施策といえば、「ジビエ」を思い浮かべる人が多いかもしれません。最近は国主導でジビエ振興施策が展開されています。被害を与える「害獣」を捕獲して資源として利活用し地域の活性化にも資するというストーリーは、一石二鳥の良案として話題となることも多いです。しかしながら、単純にジビエを導入して獣害問題(少なくとも農業被害)を解決することは困難といえます。
 理由はいろいろとありますが、もっとも大きな理由として被害を受ける受苦者と、ジビエの振興により利益を得る受益者が異なるという構造上の問題があります。せめてジビエにより推進される捕獲が地域の被害軽減に直結していれば救いはありますが、そのようなしくみのうえでジビエ施策を導入しているところは少ない現状です。むしろ、有効活用することが前提となると、安定供給や品質保持のために捕獲・搬出しやすい場所・方法で対処しなければならないという条件が付与されることになります。当然、捕獲者はそうした条件が満たせる場所で捕獲をすることが優先となり、今まさに農地や集落に出没していて被害を出している個体を捕獲して欲しいという被害農家の需要と必ずしも一致しません。こうした構造的な問題を解決するしくみの上でジビエを推進しなければ、問題の本質的な解決には至らないでしょう。

2. さともんが目指す関係人口との共創
 さともんが目指すのは、受苦者に直接的に利益が還元されるしくみです。「害獣」を資源にするのではなく、「獣害」そのものを地域に人や金を呼ぶ「資源」にしてしまおうというものです。確実な手法で「害」を軽減するだけでなく、多様な人材の参画により、新たな交流や共感を生む前向きな「獣がい対策」を推進し、人口減少・高齢化する地域を元気にすることを目指しています。そのための核となるのは、これまで獣害とは直接関わりの少なかった「関係人口」の活用です。
 例えば、『獣害から地域を守る』丹波篠山黒豆オーナー制度は、農村と都市が連携して地域の獣害対策を支援しながら、耕作放棄地を活用して地域の特産品の黒豆畑を再生し、都市部住民がオーナーとなって資金援助をするプロジェクトです。2017年度から開始し2021年度は120名のオーナーと延べ342名のボランティアが黒豆栽培や地域の獣害対策活動に参加するなど、規模が拡大。中にはオーナーからステップアップして地元農家に弟子入りし、毎週丹波篠山に通って就農準備を始める方が現れるなど、その輪を拡大しています。
 また、20歳以下人口0人の限界集落目前の集落を支援する「川阪オープンフィールド」では、増加する耕作放棄地を再生させて、都市住民が農村体験をしながら、地域の獣害柵点検、景観維持活動(草刈り・ゴミ拾い)、秋祭り運営支援などの活動を支援しています。2021年度は延べ866名が参加するなど年々増加傾向にあり、耕作放棄地の再生面積も増加しているほか、持続可能な米栽培のために、低迷する地域の米価を向上させようと、参加者で付加価値をつけた商品を開発し、従来の約6倍の価格で販売目標を達成するなど、地域の農地の価値向上のために貢献しています。
 そのほかにもある高校生は、獣害の原因となっている放任柿を有効活用するためのスイーツのレシピを考案し「将来は自分の店を開き、地域の問題解決に貢献できるパティシエになりたい」と語ります。またある小学校では、小学生が特産品のスイカを獣害から守り、地域にPRすることで、生産者が少なくなっている特産品の復興を図ろうと取り組んでいます。

3. ソーシャル・イノベーションのモデルを全国に
 このように「獣害」をきっかけに多様な人材を呼びこみ、地域を守り活性化するための共創が進めば、「負」の価値は「正」の価値に転換され、獣害は「害」でなくなります。そんな新しい「獣がい対策」を効果的に進めるためには、自治体における計画や体制整備が不可欠です。
 丹波篠山市では2020年度に「獣がい対策推進計画」を策定し、5つのミッション①獣害を克服し自立的に対応できる集落を増やす、②生きがい・やりがい・笑顔をプラスして、活気ある集落を増やす、③獣がい対策に取り組む農家の所得・意欲を向上させる、④地域の獣がい対策を支援する関係人口を創出・拡大する、⑤地域を支援し、計画を推進するための協働の体制をつくる)を掲げました。それに伴い2022年3月には丹波篠山市とさともんが、『獣がい対策の推進に関する包括的連携協定』を締結し、本計画を協働して進めていきます。また7月からはこうした計画を進めていくためにガバメントクラウドファンディング「人も野生動物も豊かに暮らす丹波篠山の未来をみんなで創りたい!」を実施中です。獣がい対策によるソーシャル・イノベーションを全国に拡げていくためにも、ぜひご支援ください。