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コラム
執筆者:関西学院大学専門職大学院経営戦略研究科教授 稲沢 克祐
2017.09.27
わが公会計改革事始め~財務書類理解のためのささやかなヒント~
2017年度は、多くの自治体で地方公会計の統一的基準による財務書類が開示される年です。振り返れば、今、大学院で「公会計論」の授業を持ち、自治体で公会計の研修を担当している私と公会計改革との出会いは、1995年の春に遡ります。そこには、驚きと感動がありました。この公会計改革が、自治体職員の皆さんの「納得」に至るには、ひとりひとりに、こうした驚きなどをきっかけにした「気付き」などがあればと思います。そこで、私の「公会計改革事始め」を基に、財務書類理解のためのささやかなヒントに話を進めてみましょう。
1995年4月に群馬県庁から自治体国際化協会ロンドン事務所に出向して、6月には、ロンドン南西部にあるリッチモンド・アポン・テムズ区役所にて、2週間の研修という機会を得ました。研修は、人事課、財政課などの管理部門から、図書館、高齢者施設、一般廃棄物収集の現場まで、月並みな言葉ですが、「目から鱗」の体験の連続でした。それらは、イギリスの6月のうららかな陽光と涼風とともに、新鮮に脳裏に刻まれていきます。
群馬県庁では前年の3月まで財政課に所属していたことから、予算と決算の現実には、特に関心がありましたので、この区役所の財政課でも、まずは「予算書や決算書をください」のお願いです。その言葉で渡された「決算書」は、「アニュアル・レポート(年次報告書)」の名称の冊子でした。表紙を開くと目に飛び込んできたのはバランスシート。「企業会計ではなく、一般会計なのに、なぜ???」と思うのは、自らの勉強不足を露呈しているのですが、言い訳すれば、当時は、ホームページで事前に入手可能という訳でもなかったのも事実です。それはそれとして、「決算書」なら日本の「歳入歳出決算事項別明細書」が英語になったような様式を想定していたのですから、驚きを隠せずにいると、説明に当たる区役所職員の次なる言葉は、「今日現在のバランスシートを打ち出してみましょう。」さらに、「部署ごとの資産なども、こうしてわかるのですよ。」。今度は、驚きが感動へと変わりました。自治体の、しかも各部署の資産などの状況が、その場で瞬時にわかるのか・・・」この日、この瞬間が、「わが公会計改革事始め」です。そして、22年間を経て今に至るという訳です。
貸借対照表などの財務書類は、本来、各部署の、日々の仕事や改革を具体的に支援し、わかりやすく説明していく情報なのでしょう、職員の皆さんが、それぞれの仕事と関心に結び付けて、そこから、その人なりの気付きが得られれば、公会計改革は、自治体の仕事の中に溶け込んでいくのではないでしょうか。そこで、その気付きのためのささやかなヒントとして、「貸借対照表の数値の意味するところ」という話をしてみましょう。
利益を求める企業であれば、貸借対照表の資産は、企業の儲けを稼ぎ出す原動力です。つまり、「キャッシュフローを生み出す能力」があるのです。たとえば、工場で生産する、店舗で販売する、といった活動で、それぞれの建物を使って収益を得ます。それとともに、工場や店舗といった固定資産を使用した結果は、「減価償却費」という費用として認識されることになります。一方で、自治体の一般会計等は、活動の内容が生産でもなく販売でもありません。つまり、利益の獲得を目的としていません、でも、一般会計等の貸借対照表にも、公用車をはじめ資産が計上されています。さらに、資産の数値の中には、道路などのインフラ資産や小中学校の校舎などの公共施設の数値も含まれています。
こうした資産の数値の意味を理解するためのキーワードは、「行政サービス提供能力」です。道路であれば、「交通サービス提供能力」、校舎であれば、「教育サービス提供能力」です。それでは、「交通サービス提供能力」とは何でしょうか。それは、道路の拡幅などによる「成果」とも言い換えられます。成果とは、まずは通行時間の短縮です。その短縮された時間は経済活動に充てる時間の増加となって地域経済の拡大が期待されるのです。もう一つの成果としては、交通渋滞の緩和による事故の減少です。事故対応の経費削減などが期待されます。たとえば、2億円の支出による道路拡幅では、こうした2つの成果を数量評価した結果が2億円を上回るという前提で、予算提案され議決されているということになります。そして、その2億円が貸借対照表に計上されるのですから、貸借対照表とは、自治体資産による行政サービス提供能力のリストとも言えるでしょう。ちなみに、歴史的建造物を2億円で購入した場合はどうでしょうか。やはり貸借対照表に資産2億円が計上されています。その数値の意味は、購入のために使われた2億円が他の行政サービスに充当されずに固定されていること、つまり、「投下資本の固定」ということです。
「行政サービス提供能力」と「投下資本の固定」が、貸借対照表の資産の数字を読んでいくための大切なキーワードに挙げられます。このキーワードをヒントに、皆さんの所属の固定資産の数値、そして、それが老朽化していくことの意味などを理解してみるところから、公会計改革の意義に思いをはせてはいかがでしょうか。