メールマガジン

コラム

人事院公務員研修所客員教授 高嶋 直人

2022.03.17

「定年年齢引き上げのインパクト」

 再来年度(2023年度)から2年に一歳ずつ定年年齢が引き上がります。そのことによる影響を分かり易く解説してみたいと思います。

1 役職定年制の導入~公務員人事管理に黒船来襲?~
 定年年齢引き上げに伴い導入される役職定年制。このインパクトは絶大で、黒船来襲とも言える程です。これまでの公務員人生は徐々に昇任を繰り返し、降任されることなく上り詰め定年を迎える。そんな人がほとんどでした。しかし、役職定年制導入後は、60歳を越えると原則役職から外れ(つまり降任され)残りの公務員人生をヒラで過ごしてから定年を迎えることになります。
 年功序列人事(採用年次による昇進管理)が多い自治体組織に画期的な変化が予想されます。多くの管理職にとって、自分の部下の中に元上司がいる。そんな状況が日常になるからです。これまでも再任用制度があったのでそんな大きな変化ではないという識者もいます。しかし、私はそうではないと予想します。それは、次の理由です。
・辞める人はごく少数となる。
 処遇は基本給の7割保障。再任用よりも格段に良くなるほか、今、再就職先でそのような処遇が保障されるところはまずありません。
・現職として働ける。
 定年が引き上がるということは、原則と例外が入れ替わることを意味します。特段の意志表示をしなければ、現職として組織に残れることになります。
 一番の変化は、「これまでのマネジメントでは通用しない」ということです。過去自分の上司だった人を部下としてマネジメントをする。しかもその部下は、定年まで残り5年を切った人です。これまで部下マネジメントで語られてきたことの多くが通用しません。敢えて極端なケースで思考実験をしてみましょう。
 前日までの上司、部下関係が入れ替わるというケースです。立場が入れ替わったからといって、勤続年数が自分より長い(元上司の)部下を育成していくには、非常に困難を伴うことは明らかです。つまり、求められる人材マネジメントの内容が大きく変貌し、難易度が高くなることを意味します。実は既に自分の目の前にいる部下は、会計年度任用職員、再任用職員、派遣職員、そして年齢も逆転の先輩職員という管理職がいる職場は決して珍しくありません。にもかかわらず、今や現実には存在しない部下の構成を前提とした(しかも公務職場を知らない民間講師による)マネジメント研修しか組織が提供してくれないという自治体が存在します。今まではそれでもどうにかやって来られたかも知れません。しかし、役職定年制導入後には対応できないどころか問題を大きくさせてしまう危険さえあります。多様な属性の部下をミッション(今流行りの言葉で表せばパーパス)でまとめ上げ、組織目標を達成する「ダイバーシティ(多様性)マネジメントスキル」を公務職場の現実に即した内容で行う必要があります。組織経営のど真ん中に位置づけられるマネジメントを民間研修業者等にアウトソーシング(丸投げ)してしまっては、この新たな職場環境変化に対応出来ません。経営をアウトソーシングしたら、その組織はつぶれていまいます。

2 高齢化は必至
 定年年齢は令和5年度から2年に1歳ずつ引き上げられ、令和13年度から定年は65歳となります。マラソンに例えれば、ゴールが見えたと思ったら、そのゴールが遠ざかるイメージです。今55歳以下の職員は、もれなく65歳が定年となります。
 組織への影響は、「高齢化」です。60歳から65歳までの職員が占める割合が増えます。高齢化というと、まるで我が国で進行中の少子高齢化の様に思うかも知れません。しかし、決定的な違いがあります。国全体の少子高齢化には「定員」がありません。出生率を向上させれば国民の平均年齢は高齢化しません。しかし、定年年齢の引き上げの場合、必ず職員の平均年齢を引き上げてしまいます。理由は「定員」があるからです。定員全て職員で埋めていると仮定すると、退職者数と同じ数しか新人を採用出来ないからです。
 高齢化とは、「無理が効かない職員」が多くなるということです。この様な変化に対応するには、これまで60歳定年を前提で実施してきた退職準備プログラムの様な研修を抜本的に改め、65歳の定年を迎えるまで現役として働き続けるためのキャリアデザイン研修を55歳当たりの職員を対象に今のうちから実施する必要があります。しかもその内容は、健康経営やウエルビーイング等ライフシフトを前提とした最新の知見を含んだ内容でなければなりません。

 職員一人ひとりが自分の将来に大きなインパクトを与える「定年年齢の引き上げ」に関心を持ち、自分の公務員人生を見つめ直し、自律的にキャリアをデザインすること、そして組織がそれを今から支援することが求められています。