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コラム
NPO法人自殺対策支援センター ライフリンク 代表 清水康之
2021.08.25
コロナ禍における自殺対策 ~今こそ地域自殺対策の強化を~
1 コロナ禍で露見した日本社会の脆弱性
昨年、全国の自殺者数が11年ぶりに増加した。自殺対策基本法が2006年に制定され、それまで「個人の問題」とされてきた自殺が「社会の問題」として捉えられるようになり、社会全体で自殺対策が進められるようになった中、一昨年までは十年続けて自殺者数が減少していたが、昨年は前年比で4.5%増の2万1081人となり、リーマン・ショック後の2009年以来の増加となった。
特に増加したのが女性の自殺だ。男性は前年比で0.2%(23人)減少した一方で、女性は前年比で約15%(935人)増加。7月以降は、前年比で約4割も増えている。中でも「同居人がいる女性」の自殺が著しく増加した。背景としては、コロナ禍で女性の非正規労働者の数が大幅に減少したことや、ステイホームやリモートワークによってDV被害が増えたこと、介護や育児等をより一層孤立した状態で担わざるを得なくなったことなど、女性の自殺の要因となりかねない様々な問題が悪化したことにより女性の自殺リスクが高まった可能性がある。
高校生以下の子どもたちの自殺も増加した。1978年に警察庁が自殺統計を取り始めて以来、最も多い499人が昨年亡くなった。緊急事態宣言解除後の6月の学校再開時期と、例年よりも夏休みが短くなったことによってお盆明けと重なった2学期の開始時期に、とりわけ増加。長期休み明けに子どもたちの自殺が増えることは広く知られているが、昨年も同じことが起きてしまった。
私がライフリンクとは別に代表を務める厚生労働大臣指定法人いのち支える自殺対策推進センター(以下「JSCP」と呼ぶ)の分析によって、インターネット上で「学校 行きたくない」という言葉の検索が増えた後に、子どもたちの自殺が増えていたことも明らかになっている。しかもこれは昨年だけでなく過去5年間分を分析してみたが同様の結果だった。一定数の子どもたちにとって、学校の存在(再開)が命を危険にさらすほどの脅威になってしまっているということだろう。
女性の自殺も子どもの自殺も、コロナ禍でその深刻さが鮮明になったが、ただ実はもともと日本社会においては多くの女性や子どもが「生きる基盤をいつ奪われるか分からない不安定な生活状況」の中で生きていたことから、「女性と子どもの自殺の増加」という形で日本社会の脆弱性があぶり出されたのだろう。
2 今こそ地域自殺対策の強化を
その意味で、地域の自殺対策を強化することが、コロナ禍における自殺対策にもなる。それぞれの地域で、コロナ禍でどういった人の自殺が増えているのかを分析し、それを踏まえて、地域の関係機関や専門家等が連携する中で自殺対策を推進すること。具体的には、2016年の自殺対策基本法の改正において、都道府県及び市町村は地域自殺対策計画を定めるもの(計画策定の義務化)とされたことを受けてほとんどの地方自治体がすでに自殺対策計画を策定しており、これを活用しない手はない。特に下記の2つのポイントに留意しながら、ぜひ地域自殺対策計画を検証し、対策をさらに強化すべきだ。
1つ目のポイントは、地域自殺対策の推進体制のあり方についてである。「地域自殺対策計画策定の手引(厚生労働省)」において、地域自殺対策の推進においては「行政トップが責任者となる」ことが強く推奨されている。自殺対策基本法にも「自殺対策は、保健、医療、福祉、教育、労働その他の関連施策との有機的な連携が図られ、総合的に実施されなければならない」とあり、庁内横断的な体制でこれを推進するには行政トップが責任者となるべきだからだ。
自殺はその多くが、様々な悩みや課題が連鎖しながら最も深刻な状況になった末に起きる。ライフリンクが行った自殺の実態調査からも、自殺で亡くなった人は平均4つの悩みや課題を抱えて亡くなっていたことが分かっている。裏を返せば、ひとりの自殺を防ぐためには、平均4つの関係機関や専門家が連携すること、平均4つの支援策を連動させることが必要なわけで、そうした地域の連携を推進するためには行政トップのリーダーシップが欠かせない。
もう1つのポイントは、自殺の実態を踏まえた対策の計画及び推進についてだ。すべての地方自治体には、JSCPから毎年「自殺実態プロファイル」と呼ばれる、各地方自治体の自殺に関する詳細なデータが提供されている。また、厚生労働省のHP※1には、毎月の自殺統計が、当該月の翌月下旬には、市町村単位で公表されている。
これらによって、各地域で元々どういう人の自殺が多いのかといったことや、いまどういう人の自殺が増えているか(もしくは減っているのか)など、地域の自殺実態を迅速かつ正確に把握することができる。これらを踏まえて、地域の自殺実態を踏まえた対策を推進していくことが求められる。
最後になるが、自殺は、その多くが、様々な悩みや課題が連鎖しながら最も深刻な状況になった末に起きている。裏を返せば、自殺の問題に対応できる地域の力やネットワークというのは、他の様々な問題にも対応できる力になり得る。地域で起きる最も深刻な問題である自殺に対応できるのであれば、その手前にある問題に対しても有効に機能するはずだからだ。
コロナ禍において自殺という形で露呈した地域の深刻な課題に対して、迅速かつ的確に対応できる地域を作っていくことは、地域のセーフティーネットにおける脆弱な部分を補強し、「誰も自殺に追い込まれることのない地域」の実現に向けて大きく前進することにもなる。現在と将来の命を守るため、今こそ、地域自殺対策を強化していきたい。
※1 厚生労働省HP:地域における自殺の基礎資料(令和3年)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000197204_00007.html