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コラム

全国市町村国際文化研修所 調査研究部長 吉田 悦教

2021.06.23

~新型コロナワクチンの接種における公平・公正~

 JIAMでは、令和3年4月に、「感染症対策と地方自治体の課題」の研修を実施しましたが、偶々、その直後に、優先接種の対象者でない自治体の首長や職員に対して、新型コロナワクチン(以下「ワクチン」という。)が接種されたことを問題視する一連の報道がなされました。
 このワクチンの優先接種問題について、古い話で恐縮ですが、2018年に発覚した、医学部入試において女子受験生を不利に扱った不適切入試の問題と比較しつつ、「公平・公正」の観点から論じてみたいと思います。
 まず、過去の不適切な医学部入試の詳細ですが、「医学部医学科における不適切な事案の改善状況等に関する調査結果(文部科学省)」に掲載されています。その内容をみると、多くの医学部の一般入試で、性別、現役・浪人、同窓生の子弟など、入試要項等で事前に明らかにされなかった基準を合否判定に用いたという問題点があり、文部科学省が、医学部入試において不適切な事案のあった、これらの9大学と不適切な事案である可能性の高い1大学に対し、改善を命じています。
(https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2019/06/25/1409128_014_1.pdf)
 一方で、以前から、日本の医学部を含む私立大学の入試では、入試要項に明示のうえ、一般入試とは別に、同窓生子弟枠といった特別枠の入試が行われています。
 前述したようなペーパーテスト等による学力判定による一般入試の合否判定基準に性差など不合理な別の基準を加えることは認められませんが、一方で、入試要項に明示のうえ、各大学の判断により、一般入試とは別に、同窓生子弟枠などの特別枠を設けて入試を行うことは、卒業後に地域医療に携わる条件で行われる地域枠、付属校や指定校の推薦枠などの入試と同様、一定の合理性があるとして、認められている訳です。
 日本だけでなく、米国のアイビーリーグの1つであるハーバード大学でも、卒業生の子弟は「レガシー」と呼ばれ、同大学の入試で他の受験生よりも優遇されています。これについて、「正義論」や「白熱教室」で日本でも有名なマイケル・サンデル教授は、「レガシーの優遇には二つの面がある。一つはそれが卒業生たちの間に、世代を超えた共同体意識をもたらすことだ。もう一つは財政だ。ハーバードの豊かな財政の一部は、ハーバードの卒業生らによる多額の寄付金で支えられており、それらは経済的余裕がない学生への奨学金にも使われている」(「大学入試、なにが正義か サンデル教授と学生の「白熱対話」」2016.3.6 朝日新聞Globe)として、レガシーを不平等な入試制度ではなく、肯定的なものとしてとらえています。
 これは、①ペーパーテストや学校の成績に基づく「平等な」入試だけでは、ハーバードの校風を守ることができないこと、また、②経済的余裕のない学生にとって入学は絵に書いた餅であり、だからこそ、「レガシー」を基礎にした卒業生からの寄付を原資とした奨学金によって、その就学機会を現実のものとすることが必要であること、を理由に、「レガシー」の存在を認めていると考えられます。
 このように、一般入試のほかに、同窓生子弟枠のような特別枠の入試を設けることを認めると、形式的には平等(equal)でないようにみえますが、当該特別枠の入試を行う必要性や、その合否基準の内容や理由を、事前に決定・公表することによって、人々がその合理性や正当性などをチェックすることが可能となり、公平・公正(fair)を保つことはできるということかと思います。
 これを踏まえて、次は、ワクチンの接種について考えてみたいと思います。
 まず、今回報道された件は、「医療従事者等の優先接種対象者に該当しない者へ不適切なワクチンの接種が行われた話」と、「ワクチンロスを防止するため、優先接種対象者以外の者に、余ったワクチンの接種をした話」が混在していますので、2つを分けて考える必要があります。
 現在、ワクチンの総量が限られているなか、ワクチンの接種は、感染リスクや感染後のリスク(重症化のリスク)によって、医療従事者、次に高齢者、その次に基礎疾患を有する者や高齢者施設等の従事者の順で優先的に実施することが決定されています。
 厚生労働省によると、このうち医療従事者の定義は、「コロナ患者や疑いのある人に頻繁に接する人」とされ、接種会場で接種業務に従事する職員などは対象となりますが、高齢者の送迎や会場設営に携わるだけの人は対象外ですので、報道されているような「接種会場や病院の開設者」である者は、通常は医療従事者に該当しないと考えられます。
 前述した一般入試では、学力で判定する基準に、別途、性別や同窓生子弟など別の基準を合否判断に加えることは不適切とされましたが、同様に、現在の優先接種の対象に危機管理者など新たなカテゴリーを加えたり、医療従事者の定義の無理な拡張解釈で対象を増やすことは、ワクチン優先接種における公平・公正さを傷つけるもので、問題があると考えられます。
 一方、接種会場等での接種予約のキャンセルなどでワクチンが余った場合ですが、このワクチンは保存が効かないため、これを、すぐに他の誰かに接種しなければ、これを廃棄することになります。このため、感染拡大防止の鍵となる貴重なワクチンの有効活用の観点から、厚生労働省は、余ったワクチンについて、「別の者に接種できる方法を各自治体が検討する」としています。
 先ほどの入試の例で言えば、特別枠の入試のようなもので、その余ったワクチンの接種方法の決定は、通常のワクチン接種の場合と異なっており、その接種対象や順位の決定を自治体が自らの裁量で行いますが、ワクチンロス防止が最優先ですので、その接種対象者は、医療従事者や高齢者に限られるものではないと考えられます。
 したがって、各自治体の決定によって、接種会場や病院の開設者、危機管理者等の優先接種対象者以外の者に対して、余ったワクチンを接種することは問題がないと考えられます。ただし、これも特別枠の入試の実施が入試要項に明示されることが必要であるように、自治体が、住民に対して、余ったワクチンの接種対象者や順位などの基準や内容を明確にし、かつ、事前に、その基準等に係る自治体の事前の公表や周知を十分に行わなければ、公平・公正さに疑問が生じることになると思われます。
 例えば、川崎市のように、「コロナワクチンの予防接種実施計画」(参考を参照)において、「集団接種」、「個別接種」及び「巡回接種」のそれぞれのケース毎に、キャンセルで余った際の接種対象者を明文で事前に決定・公表し、これに基づき余ったワクチンを接種するならば、公平・公正の観点からの疑念が生じることはないと考えられます。
 なお、今回の一連の報道によって、自治体のワクチン接種の現場で過剰反応や委縮が生じ、キャンセル等により余ったワクチンの使用を躊躇すれば、ワクチンロスの増加につながるおそれがあります。
 ワクチンロスの防止の観点から、各自治体は、改めて、キャンセル等で余ったワクチンの接種対象とその順位を再点検したうえで、その内容について、事前に十分に住民に周知し、理解を得ることが必要ではないかと思います。

(参考)川崎市新型コロナウイルス感染症に係る予防接種実施計画(令和3年3月策定 川崎市)(抄)https://www.city.kawasaki.jp/350/page/0000127651.html

ワクチンロス防止の取組 
現時点で使用が想定されているワクチンは、いずれも1バイアル当たり複数回接種分の提供となる。ワクチンロスの恐れが生じた場合、貴重なワクチンを無駄にしないため、接種順位に関わらず、効率的に接種できるよう次の取組を実施する。

ア集団接種における取組
○ 効果的にワクチンロスを防止する観点から、接種会場に近隣に所在する消防、保育、学校の関係者や区役所の職員等のうち、ワクチン接種を希望する者から接種対象者を選定し、接種を実施する。

イ個別接種における取組
○ 個別接種の協力医療機関は地域に点在することから、接種施設の近隣に居住し、ワクチン接種を希望する者から接種対象者を選定し、接種を実施する。

ウ巡回接種における取組 

○ 職種を問わず、施設職員(従事者優先)の中から接種対象者を選定し、接種を実施する。

エその他

〇 個別接種においては、協力医療機関の判断により、かかりつけ患者・家族等への接種を実施する。

〇 訪問診療においては、協力医療機関の判断により、同居する家族等への接種を実施する。

〇 その他、ワクチンロスの防止に向けて、状況に応じた柔軟な対応を行う。