メールマガジン
コラム
執筆者:徳島県小松島市法務監・弁護士 中村 健人
2017.08.23
特定任期付職員(弁護士)から見た自治体のガバナンス
1.弁護士が自治体で勤務することは使命に反するか?
近年、自治体で勤務する弁護士が増えています。その数は、2017年7月時点で、約150名にのぼります(日本弁護士連合会調べ)。
私も、2013年4月から2016年3月までの3年間、政策法務室長(特定任期付職員)として徳島県小松島市に勤務しました(現在は、同市法務監(特別職非常勤職員))。
ところで、弁護士の使命は、「基本的人権を擁護し、社会正義を実現すること」です(弁護士法第1条第1項)。
私が小松島市で勤務することになった当時(おそらく現在でも)、弁護士が自治体で勤務することに否定的な見解もありました。
要するに、「弁護士は権力と対峙し、基本的人権を擁護するのが使命であるのに、権力側で仕事をするなどケシカラン」というわけです。
果たしてそうでしょうか?
私は、基本的人権の擁護には、大きく2つの実現方法があると考えています。1つは、違法又は不当な権力行使に対する救済を図ること、もう1つは、違法又は不当な権力行使を未然に防止することです。
従来の弁護士は、前者の方法を中心に基本的人権の擁護に努めてきました。今後もその必要性や重要性が失われることはないでしょう。
しかし、だからといって、後者の方法の有効性が否定されるわけではないと思います。
そして、権力濫用を未然に防止するため、おそらく最も有効なのが、弁護士が権力機構の内部に入り、そのガバナンスに関わることです。
この観点から、弁護士が自治体で勤務することは、基本的人権の擁護という使命に合致こそすれ、反するものではないというのが私の見解です。
ところが、実際に自治体で勤務してみると、自治体のガバナンスに関わることは、思ったより難しいことが分かってきました。
2.自治体ガバナンスの特殊性
私は、自治体で勤務する前、民間企業に勤めていました(いわゆる企業内弁護士)。
民間企業のガバナンスにも様々な課題はありますが、営利企業には、事業展開にあたり、社長から新入社員までを貫く、分かりやすい指針があります。
「それって、儲かるの?」です。
これに対して、自治体には、政策展開にあたり、民間企業ほど分かりやすい指針はないように思えます。
これに加え、自治体のガバナンスを難しくする要因として、統治機構の複雑さが挙げられます。自治体職員の多くが、筆記や面接試験によって選抜され、OJTなどを通じて実務経験を積んでいくのに対し、自治体の長は、選挙によって信託を受けた政治家であり、必ずしも行政実務に精通していないという点は、民間企業の場合、業界事情や実務に精通している者が社長となるのが一般的であることと対照的です。さらに、自治体では、重要事項の決定に議会の議決が必要であり、議会を構成する議員も選挙によって選ばれる、二元代表制と呼ばれるシステムが採用されています。
権力機関の相互けん制を図りつつ、多様な民意を反映する、といえば聞こえはよいですが、このことは、自治体を一つの組織として見たときに、統一性のあるガバナンス体制を構築することの難しさも示しています。
本年(2017年)6月、改正地方自治法が成立し、都道府県知事及び政令指定都市の市長には、内部統制に関する方針を定め、これに基づき必要な体制を整備することが義務付けられましたが、民間企業における内部統制の仕組みを、そのまま自治体にスライドさせるということではなく、自治体ガバナンスの特殊性を踏まえた方針・体制とする必要があると思います。
その際、自治体には、なにか拠って立つべき指針はないのでしょうか。
3.ガバナンス体制構築の指針
自治体のガバナンス体制の構築にあたり、私が注目しているのが「法律による行政の原理」です。
「法律による行政の原理」とは、文字通り、行政は法律に従わなければならないというものですが、言葉が端的で、意味も分かりやすいことから、指針に適していると思います。
民間企業は、民法を中心とする法令によって取引を行いますが、その多くは当事者が合意すれば法律に定めるルールに従う必要がない任意規定であるため、独占禁止法や下請法などの強行法規を除き、法律が指針となる場面は、実際にはそれほど多くありません。
これに対して、行政の場合、関連する法令なく実務を行うことはまずない(はず)です。まさに、「法律に基づく行政」なのです。
ただ、自治体においてこのことを常に意識している職員は、意外に少ないような気がします。行政の実務には長年の積み重ねがあり、また、ルーチンワークも少なくないことに照らすと、ある程度やむを得ないことなのかもしれませんが、いざ問題が発生した場合に、関連する法令を知らなければ、対処に困ることになります。
例えば、自治体に使用料や手数料を納める必要がある場合、多くの人は当該自治体の定めたルールに従って納付するでしょう。しかし、これを納付しない者がいる場合、自治体としてはどう対処すべきでしょうか。
この問題に直面した場合、地方自治法第231条の3が思い浮かべば、少なくとも対処のきっかけはつかめるはずです。さらに、地方自治法施行令第171条以下にまで思い至れば、よりスムーズな対応が可能になるものと思われます。
このように、関連する法令に基づいて、円滑かつ適正に業務を実施すること、すなわち、法律による行政の原理の徹底が、自治体のガバナンス強化につながるのではないか、というのが今の私の考えであり、今後、具体的な施策について掘り下げて検討してみようと思っているところです。