メールマガジン

コラム

農業ジャーナリスト 明治大学農学部客員教授 榊田 みどり

2021.02.24

地域資源を掘り起こし、磨き、組み合わせる ~現場起点で「地域農政」を考えるために~

「縦軸」と「横軸」で地域資源を掘り起こす

 農業・農村振興のキーワードのひとつとして、よく登場する「地域資源」。私が担当している全国町村会「地域農政未来塾」のゼミでも、最初に簡単なSWOT分析を兼ねて、自らの町村の「地域資源」を書き出してもらう。
 最初は、すでに地元で知られる観光資源や農業の特産品・基幹品目の知名度やブランド価値をどうすれば高められるか?という発想になりがちだ。しかし、視点を変えて地域を観察すれば、まだ眠っているもっと多くの「地域資源」があることに気づくはずだ。
 「地域資源」を掘り起こす上で、大事な視点が3つあると私は思っている。「縦軸で見ること」と「横軸で見ること」。さらに、掘り起こした地域資源を「組み合わせる」ことで新たな価値を創出することだ。
 「縦軸」は時間軸で、地域の歴史を丁寧に掘り起こすこと。たとえば、宮崎県西米良村の小川地区では、人口100人弱の地区に年間2万人前後のひとを呼ぶ「作小屋村」という交流施設があり、Uターン、Iターン者も20人以上生まれているが、この「作小屋村」も地域の生活文化を掘り起こして創出されたものだ。
 「作小屋」とは、林野率96%の山間地ゆえ、林業がさかんだった時代、繁忙期に備えて各戸が自宅から離れた田畑・山林の近くに建てる風習のあった寝泊まりできる作業小屋。交流施設は、この作小屋をイメージして建設されたもので、地区住民が茅を刈って茅葺屋根も復元。地区住民やボランティアで周囲の山にもみじや桜も植え、花見や紅葉を楽しみながら山村料理が味わえる人気スポットを創り出している。


地域資源を組み合わせ「農業×○○」を考える

 「横軸」は、自分の地域を俯瞰し、「ここにあって、ヨソにないもの」を探すこと。近年では広く知られている地元学の「あるものさがし」だ。これも、食・農・観光資源に限らず、祭り、伝統芸能、日常的な生活文化をはじめ、地場産業、小水力・家畜糞尿・間伐材・生ゴミなどの地域エネルギー資源、空き家や廃校などの遊休施設......と、視点を広げて考える。
 その上で、これらを組み合わせて農業に新たな価値を生み出せないか考えてみる。農業振興も、「農業だけで自立する」ことにこだわらず、「農業と地域資源を組み合わせて、何かできないか(農業×○○=?)」という視点で考えると、さまざまな発想が生まれるはずだ。
 たとえば、長野県根羽村は、「農業は農業、林業は林業と縦割りで考えると限界がある」と、山地酪農(林間放牧)×林業×観光を組み合わせた里山保全と交流人口づくりに挑戦中だし、温泉地として知られる静岡県伊東市でも、柑橘を中心とした従来の市場出荷が低迷する中、年間700万人近い観光客や別荘族という足下消費をターゲットに新たな農業とフードシステムへの転換に動き始めている。
 ちなみに、伊東市の農地の担い手への集積率は、10%以下。国の農政が求める集積率80%にはほど遠いが、それでいいのだ。平野部はホテルや商店が建ち並び、山間地にある農地をどんなに集積しても、市場では大規模産地と勝負にならない。それよりも、小規模・多品目を地消地産型で売り切ることを考えたほうが、地域ならではの「強い農業」への近道だ。
 このとき、プレイヤーとなる人材や地域自治力も欠かせない資源だ。営農組織、消費者組織、JA、公民館・自治会などの地域自治組織、商工会、観光協会、NPO、高校・大学(教員・学生)、地域在住でなくとも応援団になってくれる「関係人口」など、ここも農業というジャンルや地域内人材に限らず広い視点で考えることが大事だ。


国の農政と地域農政のちがい

 地域によって、農業が基幹産業の地域もあれば、他産業の雇用機会に恵まれ、農業は所得向上より農地管理が主眼の地域もあるなど、農業の地域における位置づけは異なる。農業以外に雇用機会が少ない地域では、担い手への農地集積=離農促進=離村増加=集落衰退を招きかねない懸念もある。現場では、産業としての農業振興だけでなく、地域政策を含めたトータルな「農村集落経営」の視点が必要だ。
 国の農政は、どうしても全国画一的にならざるをえないが、降りてくる先の地域はひとつ。そこにはさまざまな産業があり、いくつかを兼業している住民も多い。それぞれの地域に、それぞれ身の丈にあった戦略があるはずだ。まずは地域に立脚した農業ビジョンを作った上で、国の農政をどう活用できるかという思考のベクトルが必要ではなかろうか。
 そのためには、自治体自身も、農業・総務・商工・教育・福祉など縦割りではなく、トータルな視点での情報共有をしてほしい。近年は、農水省より「地方創生」事業を管轄する内閣府や総務省、国交省のほうが、農村政策では農水省より先行している印象すらあるが、たとえば「地域おこし協力隊」を新たな新規就農ルートとして活用できることを知らない農政担当職員もいる。たぶん総務省事業だからで、縦割りの弊害といっていい。
 昨年3月末に公表された「食料・農業・農村基本計画」では、中小・家族経営など多様な担い手が「地域社会の維持の面でも重要な役割を果たしている」と評価され、「産業政策と地域政策の両面からの支援を行う」と明記された。産業政策にシフトしていたここ数年の農政のベクトルが、少し変わり始め、より柔軟な地域農業ビジョンを打ち出しやすくなりつつある。今こそ、現場基点で魅力的な地域づくりと地域農政を考えて欲しい。