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コラム

一般社団法人Neighborhood Care 代表理事 東京大学高齢社会総合研究機構 客員研究員  吉江 悟

2020.11.25

地域包括ケアの「土」と「葉」を組み合わせた実践:千葉県柏市での取組み

 地域包括ケアに関する施策のなかでも住民主体の取組みとして注目されている「通いの場」や、地域における高齢者の社会参加や支え合いの充実をはかるために各市町村に配置されている「生活支援コーディネーター」の活動などを活かしながら、訪問看護ステーション看護師が訪問看護利用者以外の地域住民とも接点を保ち、地域保健に取り組む一例を紹介する。


○地域包括ケアにおける「土」と「葉」
 図1は、厚生労働省老人保健健康増進等事業により設置された有識者会議「地域包括ケア研究会」が示している、地域包括ケアの構成要素についての概念図である。


図1 地域包括ケアの概念図[1]
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 この図について、厚生労働省は以下のような説明をしている。


 本人の選択が最も重視されるべきであり、本人・家族がどのように心構えを持つかという地域生活を継続する基礎を皿と捉え、生活の基盤となる「住まい」を植木鉢、その中に満たされた土を「介護予防・生活支援」、専門的なサービスである「医療・看護」「介護・リハビリテーション」「保健・福祉」を葉として描いています。[2]


 このうち、「葉」の部分については、主に専門職により提供されるサービスを指すことが多く、「土」については、「専門職の関わりを受けながらも、その中心はセルフマネジメントや地域住民、NPO等も含め、それぞれの地域の多様な主体の自発性や創意工夫によって支えられる」[1]とされており、住民が主体で展開されるものとして整理されている。
 地域包括ケアの実現にあたっては、当然ながら、専門職自身が提供するサービス(=葉)のみならず、住民の生活により近い位置にある住民主体の活動(=土)を視野に入れることが大変重要だと考えられる。



○訪問看護と通いの場を組み合わせた実践の一例
 筆者は、専門職(看護師・保健師)として専門的なサービス(訪問看護)を自ら提供している一方、住民主体の通いの場の運営をサポートするとともに、生活支援コーディネーターとしてそれ以外の住民主体の活動を応援する役割も担っており、2015年の開始から約5年が経過した現在、「土」と「葉」の相乗効果を体感している(図2)[3]。


図2 筆者らが関わる通いの場の風景

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 当初オランダの地域ケア組織ビュートゾルフ[4]に学びながら国内での実践のあり方を模索していたこともあって、まずは看護職のチームによって、可能な限り地域包括ケアやプライマリ・ケアの要素を満たした実践を、肩肘を張らずに実現できればと考えていた。看護職の立場でもっとも取り組みやすい事業として筆頭にあがったのが訪問看護であったが、ただ訪問看護は通院の難しい要介護者等が主たる対象となることから、地域の中では限られた層しかケアすることができず、また提供形態も「訪問」に限られ「外来」がないという限界があった。そこで、あらゆる地域住民に開かれた場をと考えた結果、当時各市町村で少しずつ取組みが始まっていた「通いの場」を併設するに至った。
 開設当初から目指しているイメージは、図3の通りである。要介護状態にある方から人生の最終段階までを支える道具として訪問看護という仕組みを使っているが、それよりも手前の住民に対しては、通いの場や生活支援コーディネーターの活動による住民どうしの交流の場づくりに取り組んでいる。



図3 ビュートゾルフ柏が取り組む地域看護
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○専門職が住民主体の場を設置する自己矛盾
 しかしながら、実はこの時点で自己矛盾が生じる。住民主体と言いながら、専門職である筆者らが住民主体の場を設置したいと思う時点で、そこには「専門職として住民を幸福/健康にしたい」というある種のパターナリズムを含む。また、住民の側も、個人差はあるものの、特にさまざまな疾患をもっていることも多い高齢者は医療系専門職の提案を疑うことなく素直に受け入れてしまう(というより、受け入れる方が集まる)傾向がある。筆者らは開設当初からこの傾向を念頭に置いて、通いの場の運営を住民によるボランティア組織(法人格のない任意団体)に一任し、求めがない限りは運営方針に口をはさまないように努めている。また、ボランティアは非常に勤勉で「一度始めたら活動を続けなければいけない」という思いをもつことが多いので、負担が大きいときにはいつでも閉鎖できること、継続という要素以上にボランティア自身が通いの場の運営を楽しめることが重要であることを再三強調している。


○訪問看護ステーションと住民による通いの場の関係
 訪問看護ステーションと通いの場は、場所自体はいずれも同じ一戸建ての中にあるものの、運営は基本的には独立し、近すぎず遠すぎずの関係性が保たれるように意識している。日常的には、通いの場に来る住民やボランティアと看護師の接点は、一緒にお昼ご飯を食べたり、同じ建物内で立ち話をしたり、あるいは同じ町内ですれちがった際にあいさつをするという程度の、まさに「ご近所」どうしの間柄である。住民の中には、筆者らが看護職であることを知らない人もいるかもしれない。
 通常、看護職が住民と関わるときには、すでに住民が何らかの医療的な課題を持った状態で、ケア提供者―利用者(患者)という関係性を前提として住民と出会い、その枠を超えることは多くない。しかしこの通いの場においては、その関係性は生じていない段階で、医療の文脈とは関係なく顔馴染みの関係を築くことができることから、その後に住民が何らかの課題を自覚し、あるいはその住民自身は自覚していなくても周囲(看護職を含む)がそれを確認した際(例:通いの場でのやり取りを通じて認知症の症状に気付く)には、それを解決する方法について、受診や訪問看護等の利用をはじめとする医療的・専門的な手段、通いの場の利用や住民どうしの支え合いなどの非医療的・非専門的な手段の両方からアプローチすることができる強みがあると捉えている。
 筆者の知る限り、訪問看護、通いの場、生活支援コーディネーターを組み合わせた実践例は、全国的にまだ多くない。しかしながら、筆者としては、この活動は行政保健師が地区担当として保健活動[5]を推進するのと目的を一にするものと捉えており、今後推進されていくであろう「高齢者の保健事業と介護予防の一体的な実施」に向けても合理的な手法の1つと考えている。



[1] 三菱UFJリサーチ&コンサルティング. (2016). <地域包括ケア研究会>地域包括ケアシステムと地域マネジメント(平成27年度厚生労働省老人保健健康増進等事業), p15

[2] 厚生労働省ホームページ. 地域包括ケアについて. (URL: https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12300000-Roukenkyoku/link1-5.pdf)

[3] 一般社団法人Neighborhood Care. (URL: http://neighborhoodcare.jp/)

[4] BUURTZORG. (URL: https://www.buurtzorg.com/)

[5] 厚生労働省健発0419第1号健康局長通知. (2013.4.19). 地域における保健師の保健活動について.