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コラム

同志社大学政策学部・大学院 総合政策科学研究科 教授 野田 遊 

2020.03.25

これからの自治体運営~情報提供と住民ニーズ~

 ほとんどの地方自治体は、人口減少と財政難のなか、限られた資源でいかに行政サービスを維持するかに頭を悩ませている。本社機能があり、高額納税者が多数居住し、大規模プロジェクトや投資が実施される首都圏とは全く異なる状況である。団塊ジュニアが高齢者になる2040年には低所得高齢者が増加し、今日の高齢者像からはかけ離れた地域社会が到来する。一刻も早く、自治体運営を住民の選択で判断する自治体側の姿勢が求められる。
 行政サービスは住民が自治体に信託しているものであるため、行政資源を効率的に使うことを、住民が民主的に決定するのが原則である。要するに、効率性と民主性が、自治体運営の基準となる。ところが、民主的に決めるとは、言うは易く行うは難しである。民意は一枚岩ではないし、そもそもの問題として、自治体の政策の体系や地域の問題の本質、細かな制度について住民はほとんど理解していない。行政職員であっても担当した経験がなければ、それらを十分に認識できない。住民が情報を十分に持ち合わせていない中で、広報誌で市政や地域の情報をただ提供してもほとんど読まれないし、読んでも問題の本質をわかるはずがない。マスコミで報道される課題の多くは首都圏の話の流布であり、多くの地方自治体の実情とはかけ離れていることにも注意が必要である。たとえば待機児童対策が本当に重要課題であろうか。人が集まる恵まれた地域以外で同じであるはずがない。
 地域の課題を十分に見極めたうえで、それを住民に問うために行う自治体からの情報提供こそが、これからの自治体運営において重要である。行政による情報操作という批判もあろうが、圧倒的に多くの情報を持ち合わせているのは自治体である。情報を流通させ民主的に合意形成を図る役割は自治体の職員と議員にある。自治体の改革は、改革派首長がいればそれなりに進むが、その場合でも住民に情報提供を行ったうえでの住民のニーズが民主主義の前提となる。
 これまでの自治体の情報提供は、計画の内容や事業の評価結果など、効率性に関するものであった。今後は、施策や事業の判断を住民に仰ぐための「民主的決定のための情報提供」が必要になる。これは、事業の優先順位の明確化に向けたものであり、既得権益に切り込むことが必要である。決断力のない市長は判断を後回しにし、また、枠配分予算の権限をもつ部長が定年前に波風立てることをおそれ判断を避けるなかで、事業の優先順位付けは、最終的には住民ニーズに依拠するしかない。できる限り現実を反映する情報を住民に流し、住民に判断を促すのである。とりわけ、税をしっかり納めている住民が自治体の歳出配分の実情(特定地域への対策費、特定団体への補助金、医療福祉等の独自助成、就学援助の受給世帯数等)を知ったうえでの判断がなされなければならない。
 「民主的決定のための情報提供」は、自治体が今後どうなるか(見通し)、選択できる政策案(選択)、選択した各政策の効果の予想や推察(効果)の3つの内容が求められる。財政状況が悪くX地区とY地区の人口が減少し支所の再編が必要となるため(見通し)、A[集約案]、B[集約案]、C[現状維持案]での対応が考えられ(選択)、A(またはB、C)を選択すると財政状況と利用状況はこうなると予想を示し(効果)、住民とともに案の選択について判断するのである。どの政策や施策、事業を選択すると将来どうなるかを示す情報が肝要であり、その情報提供をもとに、住民と住民の議論の衝突を促すのである。住民と住民の議論が衝突し、住民相互で妥協するのが民主主義であり、地方自治の源泉である。住民の税金を、代理人である自治体が信託を受けて配分している意識をもち、住民には自治体のオーナーとしての感覚を取り戻してもらうという発想を行政職員や議員がもつべきある。
 住民への情報提供と住民の評価の関係を追究する研究は、行動行政学といって近年盛んになされている。たとえば、ポジティブな情報よりネガティブな情報が、また統計情報よりエピソード情報が、住民に強く影響すること、情報提供の効果は一定期間後に薄れてしまうこと、住民が事前にもっている信念や態度が評価に強い影響を与えることが明らかにされている。特に最後の点は「動機づけられた推論」とよばれ、民意をよみとく前提として知っておかなければならない。住民がもともともっている信念が動機づけとなり、その信念にあう情報は収集されるが、あわない情報は信用されず、政策の良し悪しが判断されるという現象である。たとえば、支持政党や政府への信頼がそうした信念にあたる。維新の会支持者は改革志向、共産党支持者は福祉志向の評価をする。大阪都構想の評価は、メリットやデメリットの情報提供にかかわらず、維新の会支持者であれば高評価、共産党や公明党、立憲民主党の支持者であれば低評価になることを筆者は実証している[1]。また政府に不信感を抱く人はいくら政府が高業績を上げても低業績と評価し、信頼する人はその逆の評価を示す。結局、住民がはじめからもっている信念により、自治体からの提供情報が主観的に解釈されてしまうのである。
 このことは、情報提供を行う以前に、信頼される自治体であることを要請し、単に情報提供を行えば、民主的に決定されるわけではないことを示している。住民は、行政が都合のよい情報だけを提供していると解釈する可能性が高いともいえる。すなわち、信頼される自治体からの情報提供であると、住民に認識されてはじめて住民は提供情報をもとに客観的な判断を行う。
 それでは、信頼される自治体であるためにはどうすればよいのか。まずは、適切な情報提供の継続が信頼を生むという点を念頭におくべきである。情報提供のパラドックスのようであるが、信頼は一朝一夕で確保できるものではないので、他自治体に先んじて適切に情報提供を継続し信頼を醸成しようとする姿勢が必要になるのである。普段から住民が求める情報を効果的に提供しつつ、信頼を醸成し、そして今後の自治体運営に関わる政策を住民とともに判断するために、民主的な情報提供を実践するのである。2040年に向けた低所得高齢者増加を念頭においた持続可能な行政運営に向け、一刻も早く民主的決定のための情報提供をスタートするのが望ましい。


[1] 野田遊「大阪都構想の賛否の程度は情報提供で変化するか?」『同志社政策科学研究』第21巻第2号、2020年(https://www1.doshisha.ac.jp/~ynoda/research.html)を参照。ちなみに、収集データを用いて特別区別にみた都構想の評価(回答者の平均値)をみると、最も高いのは淀川区、次いで北区、中央区(北区と中央区はほぼ同水準)、他より少し低いのは天王寺区となっている。なお、大阪都構想に賛成する学者はいないという人がいるが、広域自治体の規模縮小の契機になる意味では私は賛成である。