メールマガジン

コラム

帝京大学法学部政治学科長 井川 博

2020.01.22

地方議員と政策法務

 2009年4月、初めてJIAMで政策法務に関する研修を担当した。その後、ほぼ毎年、市町村議員を対象に条例立案の演習を中心にした研修を担当している。2009年4月には、自治基本条例、たばこのポイ捨て禁止条例、安心安全のまちづくり条例を素材に政策法務に関する研修を行った。その後、地域の課題や地方議会の動きなどを踏まえて、演習の題材とする条例の見直しを行っており、昨年8月の「地方議員のための政策法務」では、議会基本条例、住民参加・活動推進条例、地域支え合い活動推進条例、空き家の適正管理条例を対象にして演習を実施した。
 分権改革により自治体の自主立法権や自主行政権が拡大する中で、地域の実情に応じた政策の実施が求められ、自主的な法令解釈や条例制定の重要性が増している。また、地域施策への住民の参加が拡大する中で、自治体活動にはこれまで以上に説明責任と法適合性が求められている。さらに、厳しい財政状況の中で、住民の異なる利害、意見の調整を公正かつ公平に行い、財政に頼らないで問題を解決していく必要がある。こうした中で、自治体における法務の重要性が拡大している。
 地方議会には、議員の定数や報酬、議会の機能や議員活動などをめぐり、住民の厳しい目が注がれている。こうした中で、地方議会の合理化が進められている。地方議員の数は、1998年末の約6万3千人から2018年末には約3万2千人へと大幅に減少し、地方議会に要する経費(議会費)も、1998年度から2017年度までの20年間に約3割の減少を示している。
 しかし、合理化より以上に大切なのは、二元代表制の一翼を担う地方議会の機能向上と、それを可能とする議員活動の充実である。地方議会の機能(役割)には、①住民の意思(意向)を把握し、反映する機能(住民代表機能)、②執行機関の活動(施策)を監視(チェック)する機能(監視機能)、③政策を立案(提案)する機能(政策立案機能)がある。こうした地方議会の機能(役割)について住民の厳しい評価がみられる中で、地方議会の改革(活性化)が大きな課題になっている。
 自治体における法務が重要性を増すとともに、地方議会の改革(活性化)が課題となる中で、地方議員には法務能力の向上が求められる。自治体の法務には、様々なものがある。法治主義の確立という観点からすれば、日常の事務執行における法務の役割が重要であり、自治体職員の法務能力の向上が求められる。一方、地域課題を解決するための自主的な条例制定など政策法務の役割も重要であり、地方議員の場合には、地方議会の住民代表機能、政策立案機能を強化するためにも、条例制定などに関する法務能力の育成が大切となる。
 条例の立案においては、条例制定の必要性とその目的を明確にすることが重要である。そのためには「立法事実」の検証が大切である。立法事実とは、立法の基礎となり、それを支える事実のことであり、法律や条例を制定する際にその必要性や合理性を基礎づけるような事実を指す。例えば、地域の空き家にどのような問題があるのか、その中で、条例制定による解決が不可欠な問題は何か、条例を制定して解決することが望ましい問題は何か、などが、空き家の適正管理条例の立法事実として考えられる。これらは、同条例を制定する必要性とその内容などの合理性を検証する上で極めて重要な事実である。こうした立法事実を検証することにより、条例制定により解決すべき法的課題を明らかにするとともに、併せて条例制定以外の方法による施策の可能性についても検討することにより、条例制定の必要性とその目的を明確にする必要がある。
 条例の立法事実の検証に際して、憲法や行政法、地方自治法などの法学的な知識が重要なのは言うまでもない。しかし、法学的知識と同様、或いはそれ以上に大切なのは、地域の現状や課題に関する知識である。例えば、住民の参加、住民との協働が提唱される時代において、住民活動の現状や問題点など地域の実情に関する情報は、住民参加・活動推進条例の必要性を議論し、その内容の合理性を検討する上で極めて重要である。地方議員が、日常の議員活動などを通じて、様々な地域の実情や住民の意見を把握し、地域の現状や課題に対する知見を得ることは、条例の立法事実の検証において大きな意味を持ち、地方議員の政策法務能力の向上においても重要である。
 地方議員による条例案の提出は、まだまだ少なく、9割以上の条例案が市町村長の提案による。こうした中で、地方議会が首長提案による条例を充分に審議し、チェックすることが大切である。特に、立法事実の検証において、地方議会には大きな役割を果たすことが期待され、地方議員の政策法務能力の向上が重要となる。立法事実については、条例の立案にあたり首長部局において検証がなされている。しかし、各議員が、様々な地域の実情や住民の意見を把握し、多様な観点から条例の必要性とその内容の合理性などを検討することが大切である。こうした議員活動の充実が、二元代表制のもとでの地方議会の監視機能の強化に資するとともに、地方議会の住民代表機能の向上にも役立つ。
 地方議員の政策法務能力については、首長提案条例の審議や議員立法の実践などの議員活動を通じてその向上に努めることが重要であり、議員研修等により法学的知識の充実を図ることも大切である。また、地方議会の政策立案機能を強化するためには、各議員の政策法務能力の向上とともに、議会事務局の充実、大学との連携など、条例等の政策を検討するための体制を整備することも大事であると思う。