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コラム

一般社団法人公立大学協会 常務理事・事務局長 中田 晃

2019.08.28

「公立大学を活かしたまちづくり」 ― 「ofの知識」の必要性

 JIAM研修「公立大学を活かしたまちづくり」は、すでに4か年度に渡り実施されている。多くの講師・先生のご登壇を得て、公立大学に関する政策に関し、多くの貴重な示唆をいただくことができた。本稿では、この研修に関連して、平成期に急増した公立大学を地域において活用する際に必要となる「知識」について、公共政策学の「ofの知識」という観点から、少しばかり述べさせていただきたい。

1 93大学となった公立大学
 公立大学は93大学にまで増加した。昭和期の末ごろまでは30数大学で推移してきた公立大学は、86の国立大学を既に数のうえでは上回っている。
 特に都道府県においては、公立大学設置はほぼ標準行政になっている(公立大学を設置していないのは4県だけ)。基礎自治体の方はどうか。20の政令指定都市のうち8つの市が公立大学を設置している。中核市・施行時特例市では85のうち12の市が、一般市では600を超える数から見ればごく一部であるが、それでも15もの市が公立大学の設置者となっている。これらに加え、公立大学を設置する事務組合への加入という形で、いくつかの町村のかかわりもある。大学教育についても地方自治体が責任を果たす時代が到来している。
 一方で、地方自治体に大学設置の政策判断を促した理由については、あまり理解されているとは言えない。専門の研究においても、18歳人口急減期において公立大学が急増したという点にことさら着目して、「無計画な乱造」「適切な政策の欠如」といった否定的な文脈で捉えられがちである。ここではまず、このように語られる平成期の公立大学設置政策について、政策過程論を借用して少し異なる理解を試みよう。

2 なぜ公立大学は急増したのか
 多くの地方自治体にとって大学設置は未経験の大事業であった。地域からの要請があったとしても、おいそれと実現に踏み出せるものではない。このようなハードルの高い政策の実現には、様々な政策のせめぎあいの中を流れる「問題の流れ」「政策の流れ」「政治の流れ」という3つの流れが同時期に活性化し、合流することが必要とされる。J・キングダンの「政策の窓」と言われるモデルである。公立大学設置に関しては、次のように言えるだろう。 
 「問題の流れ」については、かねてからの身近に大学進学先が少ない状況が、平成不況の就職難による進学要求の向上により、地域からの若者流出の問題として一気に顕在化した。特に、平成初期にピークを迎えた18歳人口への対応により膨張しきった都市部の大学入学定員が、18歳人口の急減期には巨大な「真空空間」と化して、地方からの進学者を吸引する。このことへの危機感は大きかった。「政策の流れ」については、超高齢社会における高度医療人材育成や、地域経済衰退への対応策としての大学立地など、高等教育政策とは異なる文脈が公立大学設置政策として形作られた。「政治の流れ」については、バブル経済崩壊後の大規模なインフラ投資が、典型的なハコモノだけではなく、人や知の集積拠点として息づく公立大学設置にも活用できたことが、首長に積極的な政治判断を促した。
 こうした様々な条件を巧みに結び付けることのできた政策担当者の働きにより、平成期の公立大学設置は実現した。したがって、「問題分析」→「政策立案」→「政治決定」と因果連関的に進むことを「良し」とする政策決定モデルのみを前提として、公立大学設置を「無策」だと批判することは適切でない。

3 公立大学の活用に対し求められる知識
 このように公立大学設置は、ポスト福祉国家のもとで、多様な政策要請を集約して生まれた総合政策といえる。したがって、公立大学は複数の政策課題に戦略的に活用可能な知的資源として、自治体政策の上位に位置付けられ議論される必要がある。こうした点に着目し、JIAMでの研修においては、公立大学政策のトレンドや、地域活性化のための活用事例を数多く紹介し、貴重な知識の共有を図ってきた。今後はそれらに加え、公立大学の活用への「支持」を各方面から調達し、政策を実現・発展させるための知識も必要となる。
 公共政策学の教科書の冒頭で解説される概念に、「ofの知識」「inの知識」という2つの知識の峻別がある。後者の「inの知識(knowledge in process)」は、公共政策形成の議論に投入される知識のことである。公立大学活用の「好事例」などがこれにあたる。こうした知識なしでは、適切な公立大学の活用政策を得ることはできない。一方で、「ofの知識(knowledge of process)」は、政策プロセスに関する知識である。地方自治体が抱える多くの政策課題が優先順位を競う中で、「公立大学の活用」がどのような文脈で重要問題として浮かび上がり、関係政策がどのように吟味され、どのようなタイミングで政治的決定をみるかを示す知識である。公立大学の総合政策としての性格に照らせば、自治体政策全体の技術的方法論の底上げに資する知識とも位置付けられよう。
 一般に、政策経験の蓄積が少ないとされる公立大学所管部署が、公立大学とともに必要な政策的知識を得ることができれば、各種の行政課題に目配りの効いた公立大学政策の実現が可能となる。このような知識を共有するためのパンフレットとして『公立大学の将来構想 ―ガバナンス・モデルが描く未来マップ』が公立大学協会によって取りまとめられている。ぜひご一読いただきたい。

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