メールマガジン

コラム

東京都健康長寿医療センター研究所 社会参加と地域保健研究チーム 研究員 鈴木 宏幸

2019.07.24

認知症の正しい理解と認知症予防

1. 認知症の正しい理解

 日本を含む医療先進国では、平均寿命の延伸から一様に高齢者人口が増加しています。乳幼児や青年の死亡率の低減には衛生面の向上や交通事故減少といった生活環境の改善による影響が挙げられますが、高齢の方の寿命延伸には医療の貢献が大きくなります。数ある疾病の中で、65歳以上の死亡に直接関係している原因トップ3は悪性新生物、循環器疾患、肺炎です。95歳以上では老衰も死因として増えてきますが、事故などの外的な要因を押さえ、ほとんどの死因がこの3つに分類されます(総務省統計局2016年人口動態調査)。
 ところが、高齢の方に「なりたくない病気は何か」と尋ねると、圧倒的に「認知症」という回答が返ってきます。直接の命の危険よりもこれほど不安に思われている病気があるでしょうか。認知症の発症に最も関連しているのは間違いなく年齢であり、誰もが健康であることを目指した結果としての寿命延伸が認知症の増加に関連しているともいえます。医学の発展を是とするならば認知症患者の増加は宿命であり、長寿を成功として前向きに捉えたうえで、この状況を乗り越える術を探求する必要があります。
 認知症とは、「脳の障害によって知的な活動を担う認知機能に明確な低下が発生し、それまでに出来ていた普通の生活をおくることが困難になった状態」を指します。その正しい理解のための第一のポイントは、認知症が脳の障害、つまり神経の病気であるということです。第二のポイントは、認知機能の低下により日常生活に支障があるということです。個人差はありますが、脳の働きも加齢の影響を受けて少しずつその機能が低下していきます。徐々に頻度が増えるもの忘れは健常な加齢でもみられることであり、自立した生活をおくることが出来ている限りには認知症とはいえません。逆に、日常生活に支障があるほどのもの忘れが見られる場合にはアルツハイマー病や脳血管疾患などに由来する認知症である可能性があります。厄介なのは、アルツハイマー病や脳血管疾患も加齢に伴って発生しやすくなる点です。

表_70%.png
                          出典:DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル(医学書院)

2. 認知症予防の考え方

 意外に思われるかもしれませんが、先進国では認知症患者数は増えているものの、認知症有病率は低下しています。認知症の防御因子(知的活動等)の増加と危険因子(生活習慣病など)の減少による影響が考えられています。認知症は年齢と関連しているため、高齢になれば誰でも発症する可能性がありますが、「認知症になる確率をできるだけ減らす」ことと、「認知症になるのをなるべく遅らせる」ことは、認知症予防における重要な視点です。
 認知症になる確率を減らすためには食習慣に気を付け、運動習慣を持ち、健康的な生活を送る必要がありますが、ただ身体が健康であることを目指すだけでは、実は認知症の発症に一直線に向かっていることになってしまいます。認知症予防の観点から考えれば、健康的な生活を送ることはもちろん、知的活動や社会交流による脳の中身の強化もまた重要です。
 あるいは、自立した生活が維持されていれば認知症の定義を満たさないということも、認知症予防の考え方の一つといえるでしょう。認知機能が低下した状態でも身の回りのことができる環境が整っていれば、認知症という状態を後ろ倒しにすることができます。これは決して、認知機能が低下した人を放置すれば良いということではありません。むしろ積極的に認知機能の低下を早期に発見し、自分で正常な判断を下せるうちに今後の生活環境を整えましょうということです。認知機能と生活機能をそれぞれの軸で判断し、認知機能が低下したとしても可能な限り生活機能が保たれる環境の構築を目指す。これも認知症予防の重要な考え方といえます。

図1_70%.png

 もちろん、「認知症になった人は敗者ではない」という考え方も大切です。認知症は長寿と関係している訳ですから、高齢になれば多くの人が認知症になります。十分認知症予防に取り組んだ上で、加齢により認知症になったということであれば、それは長寿を達成した証であるともいえるでしょう。
 そして最も重要なのは、「認知症になっても幸福に暮らす方法はいくらでもある」というポジティブな考え方です。近年、認知症のケアや認知症になっても安心して暮らすことができる地域づくりについて多くの研究が行われ、優れた成果が挙がっています。認知症について考える際に忘れないで頂きたいのは、認知症を発症するまでは認知機能・生活機能を維持するという予防への取り組みが重要であり、認知症を発症してからは快適な生活、幸福な暮らしを目指すことが重要であるということです。認知症になってからの生活ではケアや福祉サービスを提供してくれる人の存在が大変重要になりますので、自分ひとりで解決できないことがある事実を受け止め、周囲の方の力を借りることを厭わない心持ちが大切といえるでしょう。

図2_70%.png