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コラム

そだちと臨床研究会 菅野道英(元滋賀県彦根子ども家庭相談センター所長)

2025.06.25

子ども虐待の理解と対応

私は、長く児童相談所で心理職として児童家庭相談に携わってきました。児童相談所は、ご家庭からのご相談に応じる傍ら、その時代の子ども達の支援の課題について、具体的な支援策やシステムを開発することに取り組んでいました。私が勤め始めた頃は、障害を持った子どもと保護者の支援、健診から療育というシステムを市町村の福祉・保健の職員さんと取り組んでいました。その後は、不登校の子ども達の支援を学校とともに取り組み、その後は児童虐待対応に追われる日々で、それは現在も続いています。

児童虐待の防止等に関する法律が施行され、その後の児童福祉法の改正で、平成17年4月から市町村が児童家庭相談の第一義的な窓口となりました。これは、単なる児童相談の初期窓口の役割を果たすだけではなく、個別事例の援助方針を関係者と決め、実際に援助を行っていく役割を果たすことが求められことになりました。

このような背景のもとで、JIAMが平成18年度から児童虐待対応のための研修を始めました。当初から私もお手伝いをさせていただくことになり、20年弱、講師を勤めさせていただいています。

「児童虐待」と聞くとどのような印象を持たれるのでしょう。虐待死のニュース、救えなかった命がインパクトを与えます。児童虐待の極端な事例が虐待死ですが、児童相談所が児童虐待と判断して対応している件数は、令和5年度で、225509(厚労省)となっています。児童相談所が関与せず、市区町村で相談を続けている場合も多くありますので、児童虐待と判断される環境下で生活している子ども達が心配になります。

児童福祉法では、「第1条 全て児童は、児童の権利に関する条約の精神にのっとり、適切に養育されること、その生活を保障されること、愛され、保護されること、その心身の健やかな成長及び発達並びにその自立が図られることその他の福祉を等しく保障される権利を有する。」と子どもの権利を規定し、「第2条 全て国民は、児童が良好な環境において生まれ、かつ、社会のあらゆる分野において、児童の年齢及び発達の程度に応じて、その意見が尊重され、その最善の利益が優先して考慮され、心身ともに健やかに育成されるよう努めなければならない。」と規定されています。また、保護者は、児童を心身ともに健やかに育成することについて第一義的責任を負うこととし、国や都道府県、市区町村にも保護者とともに、児童を心身ともに健やかに育成する責任を負うとされています。

子ども達は、成長の過程で、さまざまな体験によって、自尊感情や自己肯定感、自己効力感を育み、社会に適応的な価値観やスキルなどを習得していきます。この子ども特有の権利を妨げることが児童虐待であり、そのまま大人になると生きにくい生き方を身につけてしまいます。そうならないために、安全・安心な環境での育ちを保障していく取り組みが児童虐待対応をなります。

担当の研修では、『子どもの発達上のニーズを安全に保障し、子どもの現在~未来の生活のクオリティを少しでも高めるための支援、発達する権利の保障⇒生きやすさの保障』と伝えています。

虐待と判断される家族には、課題となる養育が見られます。何が課題なのか、リスク(危険性・不安定要因)を的確に判断して、改善を求めていくことになります。ただし、養育のすべてが問題という訳では無く、子どもが健全に育っていくために役立つストレングス(強み)もあります。家族には、それぞれに歴史と価値観や行動様式があります。そのような家族の事情を家族とともに明らかにして、安全・安心な環境の中で子ども達が育っていくことができる環境や関係を作っていくことになります。

この時のポイントは、リスクを無くすことを目標とせず、リスクが子どもの健全な成長を妨げないようにモニターしつつ、子どもの健全な成長に役立つストレングスを増やす。「子どもとは、こんな感じで接するとこんないい結果に結びつきますよ」と保護者をサポートしていくことが大切になります。加えて、良好な関りは見逃さず、それが続けられるように称賛することも大切です。不適切な関りを無くす支援ではなく、適切な関りを増やす支援を目指します。

児童虐待対応をする機関や職員は、このような、地道な支援を家族と協働することで、子ども達の育つ権利を保障し、生きやすさの保障に取り組んでいます。

 

参考・引用文献

1)令和5年度福祉行政報告例(児童福祉関係の一部)の結果の概況(厚生労働省)

https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/gyousei/232/dl/kekka_gaiyo.pdf2025/04/30閲覧

2)法令リード、児童福祉法、https://hourei.net/law/322AC00000001642025/04/30閲覧