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コラム
大阪公立大学大学院生活科学研究科 教授 垣田 裕介
2025.03.26
生活困窮の多様な側面と支援策の考え方
私が専門としている研究は、生活困窮と社会政策です。日ごろ、全国各地でヒアリングや視察などの調査を行って生活困窮の実態を分析し、それに対する政策や現場での支援のあり方を考えています。ここで書くことも、各地の現場で学んできたことばかりです。
私が生活困窮の研究に携わるようになったきっかけを与えてくれたのも、現場です。大学4年生だった1997年、民間企業への就職が内定した翌週にゼミのフィールドワークで初めて、日雇労働者の街として知られる大阪市西成区の釜ヶ崎(あいりん地域)を訪れました。その頃は釜ヶ崎にもホームレス状態の方が多く、その状況にたいへん衝撃を受けた私は、生活困窮やホームレスの研究に取り組みたいと思うようになり、進路を企業就職から大学院進学へ変更することにしました。この日のフィールドワークの経験がなければ、私は現在の仕事に就いていなかったと思います。それほど、生活困窮の実態や支援の現場のもつ力は大きいといえますし、その後も今日までそのように実感し続けています。
このような経緯で生活困窮の研究に携わるようになった私は、冒頭に書いたように、現場での調査を研究の主軸に位置づけてきました。そのなかで、私が生活困窮の実態について論じる際に最も重要視しているのは、生活困窮は多様な側面をもっていて、お金が足りないという面だけではないということです。生活困窮あるいは生活上の困りごとというのは、お金のほかにも実に様々です。例えば、漢字の読み書きができなくて仕事探しが困難、知的障害や精神疾患を抱えているため日常生活のサポートや定期的な医療・服薬が欠かせない、保証人を確保できずアパートの賃貸契約を結べない、ギャンブルやアルコールの依存症を抱えていて安定的な家計遣り繰りができない、などのように、生活で困っているのはお金だけとは限りません。日常の会話や相談の相手がいないという社会的孤立も、生活上の困りごとといえます。そして、生活困窮や生活上の困りごとをどのように捉えるかによって、生活困窮に対する支援策についての考え方は大きく異なってくることになります。
次に、生活困窮に対する支援策の考え方について、ここでも最も強調したいことを述べると、生活困窮者の困りごとを把握して生活再建を図るうえで、行政機関や民間支援団体などによる相談支援が重要な役割を果たすということです。もちろん、お金が足りない場合には当然ながらお金が必要で、そのために現金給付の社会保障制度が設けられています。ここで相談援助の重要性について述べたいことは3点あります。第1に、生活困窮者が抱える困りごとはお金だけでなく複合的に絡まり合っていることも多いため、どのような困りごとを抱えているかを支援者等が相談支援を行うなかで見立てて整理するプロセスが重要です。第2に、複合的な困りごとへ対応するために、支援者等が相談支援を行いつつ各種の制度や窓口に順次つなげていくという、個別的で包括的なコーディネート機能です。第3に、生活困窮者が制度利用や就労などに結びついたあとも、その後の状況や変化を見守るアフターフォローも場合によっては必要です。私たちはこのような支援の考え方を「伴走型支援」と呼んで提唱してきました(奥田知志・稲月正・垣田裕介・堤圭史郎『生活困窮者への伴走型支援――経済的困窮と社会的孤立に対応するトータルサポート』明石書店、2014年)。
ここで、生活困窮に対する支援策について付け加えておきたい注意点は、生活困窮者が抱える困りごとは、かならずしも解消できるものばかりではないことから、本人に伴走して相談支援を継続することそのものに意味がある場合も考えられるということです。課題解決だけが支援策のゴールとは限りません。この点に関しては厚生労働省が昨今、「地域共生社会」を目指す支援の両輪のアプローチ(「具体的な課題解決を目指すアプローチ」、「つながり続けることを目指すアプローチ」)として描いています。
以上のように、私の研究のテーマや出発点、生活困窮の多様な側面を捉える視点、生活困窮に対する支援策の考え方について述べてきました。ここで限られた文字数で述べた内容について、より具体的に書いた最新の文章もお読みいただけると幸いです(垣田裕介「生活困窮と社会政策」石井まこと・所道彦・垣田裕介編著『社会政策入門――これからの生活・労働・福祉』法律文化社、2024年、第10章)。
最後に、私が勤務する大阪公立大学の広報の企画で、以前に私の研究を紹介する動画が撮影され、YouTubeでご覧いただくことができますので、この機会に紹介させてください。動画のロケ地は、冒頭でふれた釜ヶ崎と、大学の研究室です。志の大きな広報企画で、海外の方にもご覧いただけるよう英語字幕も付けられています。もしよろしければ、下記のURLからご覧ください。私の人生を変えてくれた釜ヶ崎の街の光景も映っています。
Meet our researchers - Poverty and Social Policy: Professor Yusuke Kakita(大阪公立大学 / Osaka Metropolitan University)