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コラム
(一財)消防防災科学センター研究開発部長兼統括研究員 黒田洋司
2019.06.26
災害発生時のマネジメント~災害対策本部の運営~
はじめに
今年も出水期を迎えました。昨年7月の豪雨災害を教訓に「警戒レベル」が新たに導入されるなど、市町村長や防災担当の職員のみなさんにとっては、より緊張感を持った災害対応に迫られる日々となります。このコラムでは、平成の時代の市町村の防災体制や防災環境の変化を振り返り、特に風水害時の災害対策本部の運営についていくつかの提案をしたいと思います。
1 平成の時代:大きく変化した市町村の防災体制や防災環境
平成の時代を振り返ると、市町村の防災体制や防災環境は、幾多の災害の教訓、平成の合併に伴う面積の拡大や職員数の減少、インターネットを核とする技術革新、そして災害情報の進化などを背景に大きく変化しました。代表的な3点を挙げます。
■組織体制の強化
まず、組織体制が多くの市町村で強化されました。30年前の組織と比べると、たとえば総務課の中に防災担当者が配置されているだけであったものが、「係」となり、さらには「室」「課」として独立した部署に拡大していった市町村も多いのではないでしょうか。
■災害対処ツールの革新的な充実
平成の時代は、市町村にとって災害に対処するためのツールが革新的に充実した時期でもあります。風水害でみると、避難の意思決定に役立つよう、土砂災害警戒情報、危険度分布等さまざまな災害情報が生み出されました。また、防災メール、緊急速報メールなど一人ひとりに情報を伝達するツールも誕生し、現場との情報のやり取りの場面ではスマートフォンや携帯電話といった日常的なツールが手軽に活用されるようになりました。
■事後対応から警戒避難対応へ
市町村に求められる災害対策に、大きな比重の変化があったことも重大です。風水害では、災害が起きた後の事後対応から、災害が起きる前の警戒避難対応により重点が置かれるようになりました。平成16(2004)年の度重なる風水害を踏まえ、翌年、国から「避難勧告等の判断・伝達マニュアル作成ガイドライン」(現「避難勧告等に関するガイドライン」)が初めて示され、市町村には、被災後の被災者の救援や施設・設備の復旧に止まらず、住民の生命を守るための警戒段階での対応がより強く求められるようになりました。
2 今求められる災害対策本部
今日、市町村は、こうした変化を踏まえ、また、生かしながら、より迅速・的確な災害対応のあり方を追求していくべき段階にあると言えます。風水害時の災害対策本部室(以下「本部室」)やその運営の観点からは、特に次の3つの点を検討していくべきではないかと考えています。
■ワンストップ型の本部室の整備
刻々と変化する気象情報、河川の水位情報などの災害情報を迅速に処理し、的確に意思決定していくためには、情報の収集、共有、意思決定を一つの場所で集中して行えるようにすることが望まれます。情報を把握する端末が庁内のバラバラの部署にあったり、意思決定を行う場所と離れたりしていると、当然、意思決定に過誤や遅延といった問題が生じやすくなります。情報の収集、共有、意思決定が同じ部屋で完結するワンストップ型の本部室の整備を追求していくべきではないかと思います。
ワンストップ型の本部室は、常設専用の部屋でなくても、また多大な費用をかけなくても十分実現可能です。兵庫県佐用町がその例です。平成21(2009)年に大水害を経験した佐用町は、第三者による検証委員会の提言を受け、ワンストップ型の本部室を整備しました。各種情報端末などを常設した部屋は、平常時には通常の会議室として運用されます。警戒段階になるとレイアウトを変えて本部室となり、そこに本部長や本部員が集まり、情報をリアルタイムで収集、共有しながら意思決定を行っています。
■集中継続型の災害対策本部会議
災害対策本部会議には2つの開催方法があります。一つは、本部長、本部員がその都度集まって意思決定を行う「都度集合型」です。もう一つは、本部長、本部員が1箇所に継続的に詰めて意思決定を行う「集中継続型」です。それぞれ長所・短所がありますが、事態が刻々と変化する警戒期から発災直後の段階では、素早い意思決定とそれに基づく全庁的な対策の遂行が最優先ですので、それを実現しやすい集中継続型の開催を検討していくべきではないかと考えています。
■大失敗を減らすための対応の自動化:「空振り」から「素振り」への発想転換
風水害の警戒段階では、その時その時で体制や対策を判断していくよりも、対応を自動化することで、「大失敗」を減らすことができると考えられます。警戒レベル3相当の情報が発表されたら災害対策本部体制に移行し、本部室を設営して本部長、本部員が集合する。そして同時に、避難準備・高齢者等避難開始の発令や避難所の開設などの対策を実行する。こうした対応を、状況に関わらず自動的に行うようにしておくということです。
当然、この方法は「空振り」が多くなります。土砂災害警戒情報をはじめとする災害情報の鉄則は見逃しを避けることであり、必然的に安全側に立って発表されるからです。しかし「空振り」を過度に恐れては失敗を招きやすくなります。岩手県釜石市に、「100回逃げて、100回来なくても101回目も必ず逃げて!」という中学生の言葉が刻まれた津波記憶石があります。災害対応についても同じことが言えるのではないでしょうか。対住民では「オオカミ少年効果」も懸念されますが、行政は違います。京都大学の矢守克也教授は「「空振り」改め「素振り」」と語っています。「素振り」を厭うことなく積み重ねるようにすることが、「大失敗」を減らすことに繋がるのではないでしょうか。
なお、平成29(2017)年の九州北部豪雨災害のように、風水害でも事態が一挙に深刻化することがあります。警戒レベル相当の情報が、必ずしも段階を経て出されるとは限らないことには十分留意しておく必要があります。
3 市町村長の理解促進
どのような体制を整えていくにしても、災害対策本部長である市町村長の理解が不可欠です。令和の時代を迎え、総務省消防庁が昨年度から実施している「一対一方式」による研修など市町村長向けの研修の機会は増えています。また、研修に参加することが難しくても、今日、インターネットを通じてさまざまな情報が発信されています。当センターでも、近年大きな災害を経験された市町村長の方々にインタビュー(※)を行い、その教訓を発信しています(http://www.isad.or.jp)。こうした情報を定期的にピックアップし、市町村長に積極的に示していくことも理解促進に結びつくと思います。
(※)インタビューは6月末までに掲載予定