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コラム

大阪大学大学院人間科学研究科 教授 岡田 千あき

2025.01.29

グローバルな視点から地域のスポーツ振興を考える

 2024年、パリオリンピック・パラリンピックでの日本代表選手の活躍があり、複数のスポーツでプロリーグが運営されるなど、国内のスポーツは盛り上がりをみせています。一方で、中学、高校の部活動を学校から切り離して地域に移行する流れがあり、子どもの運動・スポーツ機会には格差が生じています。今後の日本のスポーツ、特に子どもや青少年のスポーツをどのように振興していくのかということについて、さまざまな視点から考えていくことが必要な時代になっています。

 私の研究は、「スポーツを通じた開発」と呼ばれる分野のものです。「開発」と「スポーツ」の関係には、大きく分けると3つの種類があります。1つ目は、「スポーツ開発」で、競技力の向上や運動実施率を高めるなど、様々な側面からスポーツの発展を考えるものです。2つ目は「スポーツ開発」で、スポーツ環境の整備と社会の発展のバランスを問う分野です。ゴルフ場やスキー場といった大規模スポーツ施設の開発と自然環境破壊は表裏一体であり、地域住民の生活に悪影響を与える例も多くみられます。3つ目が、私が専門とする「スポーツを通じた開発」で、スポーツを手段として活用することにより、様々な社会課題にアプローチし、問題の緩和や解決を目指すものです。一見すると、スポーツと関係が薄いと考えられる社会的な課題、例えば、感染症対策や平和構築、ジェンダー平等などの実現にスポーツの持つ力を活用する考え方です。

 「スポーツを通じた開発」の一例として、世界で最も新しい独立国のひとつであるアフリカの「南スーダン」の事例を紹介します。現在のスーダンからの分離独立を目指して、1955年から断続的に戦争が続けられましたが、2011年の住民投票で約99%の独立支持票を得て201179日に「南スーダン共和国」が建国されました。長期にわたる独立闘争が実現した南スーダンのニュースは、当時、国際社会から注目を集め、新たなアフリカの時代の到来を期待させるものでした。しかし、独立後に南スーダン国内で内戦が勃発します。大統領派と副大統領派の争いが続き、和平協定が締結されても履行が見送られたり、履行されても破られるという事態が起こっています。2024年現在は、比較的落ち着いた状況であるものの紛争で疲弊した国を立て直す「開発」のフェーズへの移行は順調とは言えません。

 南スーダンには、「暴力の文化」が根付いていると言われており、その根源には「牛」の奪い合い「牛強奪」があります。牛の所有は、経済活動であり文化であり富の証明でもあります。力づくで奪うことが可能であり、「良いこと」とされる社会において紛争の勃発は日常の営みであり、生きる意味でもあります。戦争が良いものであるとは誰もが思いませんが、歴史に裏打ちされた固有の文化と現代社会の規範、平和の希求という価値観の両立は簡単ではありません。そこで日本の国際協力の実施主体である国際協力機構(Japan International Cooperation Agency: JICA)は、平和構築の手段として「スポーツ」を採用しました。2016年から2024年まで、年に1回 "National Unity Day"(国民結束の日)と呼ばれる日本の国民スポーツ大会のような全国大会が開催され、さまざまな制約があるものの全国から地域を代表するアスリートが集まる大規模なスポーツ大会が開催されました。

 この大会で築かれた南スーダンと日本の友好関係は、東京オリンピック・パラリンピックにも引き継がれました。群馬県前橋市は、201911月から20218月まで、男女4名の選手、1名のコーチからなる陸上選手団の長期事前合宿を受け入れました。大会の10カ月前から選手団を受け入れることは異例ですが、費用についても寄付やクラウドファンディングなどを活用しながらそのほとんどが前橋市によって賄われました。東京大会の開催前に日本でトレーニングを行うこと、また、前橋市民と深い交流をすることを目的としていた中、コロナ禍で大会は延期され、選手たちの滞在は110カ月に渡りました。東京大会終了後も前橋市と南スーダンの交流は続いており、ザスパクサツ群馬アカデミーで南スーダンのサッカー選手2名がトレーニングを受け、また、東京大会の中心選手であったグエム・アブラハム選手は、茨城県にあるSHARKS陸上クラブに所属し、パリ大会にも出場しました。

 「スポーツを通じて平和を創る」というのは口で言うのは簡単ですが、実際にはとても難しいものです。しかし、南スーダンの事例からは、スポーツが何らかの形で平和に貢献する可能性が感じられ、そこに私たち日本人が関わることもできています。日本国内に立ち返ってみると、地域によっては、スポーツ振興そのものの課題も山積していますが、「スポーツを通じた開発」の視点を取り入れることにより、スポーツ振興とスポーツを活用した地域の振興の両方を達成することができるのではないかと考えています。