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コラム

一般財団法人日本経済研究所 技術事業化支援センター エグゼクティブフェロー  島 裕 氏 

2019.05.22

「オープンイノベーションによる地域の活性化」

1.Society5.0時代のイノベーション

 足元、オープンイノベーションの必要性については論を俟たないだろう。国の未来投資会議では「AIやIoT、センサー、ロボット、ビックデータといった第4次産業革命がもたらす技術革新は、私たちの生活や経済社会を画期的に変えようとしている。(中略)このため、国民一人ひとりの視点に立って、ゴールイメージの共有化を図り、SDGsに向けたSociety5.0の実現により、国民一人ひとりの生活を目に見える形で豊かにする」(2018年11月、経済政策の方向性に関する中間整理案)と技術革新の果実を社会実装することを政策目標として重要視している。
 ではイノベーションとは具体的に何であろうか。実に多くの定義があり、口にする人によって意図するところが異なるのではないだろうか。ビジネスの観点からその本質を言うならば、価値を創造し社会に実装するということに尽きる。ここで価値とは「対価を払っても手に入れたい便益」と定義しよう。人間の根源的な欲求は、喜びを増す(Gain Creator)もしくは困りごとを減らす(Pain Reliever)ことに帰着する。つまり、これまで気付かなかった新たな喜びや当たり前と思って諦めていた困りごとをゴールイメージとして問いかけ、そこに多くの人が共感する、そのソリューションを支持するところから、イノベーションの取り組みは駆動し始めると言えよう。その問いかけが社会課題に根ざすものであるならば、企業1社で解くことは難しく、利害関係者が共創する必然性が生じる。

2.共創の大目的 

 ここで留意すべきはオープンイノベーションはあくまでも「手段」であり、「目的」ではないということである。何らかの「目的」を達成するために企業と地域が共創することが有効ないしは不可欠という時に、オープンイノベーションという「手段」を選択するに過ぎない。即ち共創のパートナー間で一つの「目的」を共有することが前提であることを意味する。

 そもそも企業が目指す目的は、収益を上げ価値提供を持続することであり、一方で地域(行政)が目指す目的は、市民の安全安心など公共の福祉の実現である。両者の最終目的は必ずしも重ならないが、例えば高齢化社会への対応など社会善につながる大目的は共有することができよう。企業は高齢化社会が求める本質的な欲求を知ると同時に新しい市場を開拓する可能性が開ける。地域にとっても身近な社会課題を財政ではなく経済ベースで解消できるかも知れない。

 ただし大目的は多分に抽象的になりがちであり、「総論賛成・各論反対」、「同床異夢」に陥りかねない。共創のためには大目的について本心を話し合い、学び合い、現実をよく観察・分析することを通じてお互いに腹落ちする「問い」を絞り出すことがポイントとなる。その上で大目的を実現するための中間目標(中目的)を策定し、実践プロセスを設定する。例えるならば、それぞれが目指す山頂とそこでしたいことは異なるが(山頂から記録用の写真を撮りたい、山頂近くの見晴らしのよい尾根でコーヒーを飲みたいなど)、8合目までは協力した方が安全に早く登山できるとすれば、8合目までの登山計画と役割分担を一緒に考えようということである。

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3.地方創生とイノベーション・エコシステム

 既存の枠組みの延長線上にイノベーションは起こり難く、有志が信頼関係をもって顔を合わせ、固定観念や柵に囚われず本音で将来像を語り合い、それを具体化するための「場」が重要となる。この「場」には、①大目的となるテーマを探索し、実験的な試行を行う(リビングラボ)、②将来ありたい姿を共に構想する(フューチャーセンター)、③価値を創造する(イノベーションセンター)の3つの機能があり、相互につながることが重要である。

図2.png

 このうちリビングラボは地域の経済戦略としても注目を集めている。ヨーロッパにおけるリビングラボのネットワーク団体であるENoLL(The European Network of Living Labs)によるとリビングラボは、「ユーザーとの共創を基にしたユーザー中心の体系的なイノベーション・エコシステムであり、実生活のコミュニティにおける調査やイノベーション活動を担う」と定義される。国内でも福岡市の福岡地域戦略推進協議会(Fukuoka DC)、塩尻市のシビック・イノベーション拠点「スナバ」、高齢化社会への対応をテーマとする鎌倉市の鎌倉リビングラボなどリビングラボを標榜する取り組みが増えつつある。リビングラボでは、市民、企業、自治体をはじめとする地域関係者の共創により地域課題の調査分析から大目的の定義、中目的となるプロジェクトの立案と試行、生活の中での実証、ソリューションをより良くするためのフィードバックというイノベーションのスパイラル・アップを実践する。
 これは企業にとって潜在需要の探索過程であり、ビジネスアイデアをブラッシュアップする工程でもある。地域にとっては社会課題の解決や創造的活動への参加につながり、また外部から経営リソースや情報、人材、投資を地域に誘引する経済装置となり得る。
 Society5.0時代の地域(都市)活性化政策において地域と企業との共創は、技術革新の果実を地域に実装するためにもはや不可欠な「手段」であると言えよう。